一昨日、プレムダンで一人の結核患者が話しかけてきた。
彼は自分の子どもに会いたいから、一日外に出たいとのことだった。その彼からはかなり前から、そのことを聞かされていた。
その日、シスターにその話をした。しかし、外出することは断られた。
結核患者は病状が良くなると時間をもてあますのだろう。すぐにもう自分の体は治ったと思い込んでしまう。
以前、こうしたことがあった。
一人の結核患者が「自分は外に出て、もっと良いものを食べる。こんなところから出る」そう言って自らプレムダンを出てしまった。
そして、彼はまた路上で病状が悪化して、名前を変えて、またプレムダンに入った。そのときもまた同じように「こんなところに居られない。外に出て、もっと良いものを食べる」そう言って出て行った。
三回目は自分が彼を運んだ。彼は墨のように汚れきった顔をして、彼が座り込んだ目の前にはあからさまに判る結核患者のタンが無数にあった。
自分は彼に「プレムダンに行くか?」そう聞くと、彼はうなずいた。
しかし、彼はプレムダンに運ばれて30分後に息を引き取った。
どうしようもない憤りを感じた。空しさを味わった。助ける手立てが無くなった。そのとき、そこにいたシスターも同じような感覚を味わっていた。祈るだけしか出来なかった。
今朝もプレムダンを自ら出て、マザーハウスの近く寝起きをしている結核患者が様態が悪化し、ボランティアは病院に彼を検査に連れていった。
もうプレムダンには帰ることは出来ないのでバライプールにある{カーリーガート}マザーの施設に運ぶ予定だ。
結核患者が普通に生活できるようになるのは、この街ではほんとうに難しい。
「子どもに会いたい」と自分に話をしてきた患者と少し離れた静かな場所で話をした。子ども8歳で物乞いをしてカーリーガートの近くに居るとのことだった。
シスターの許可が下りないことを何度も丁寧に話し、もっと病状が良くなってから行くことを言い聞かせた。そして、彼の気持ちをちゃんと聞いてあげた。
彼は納得してくれた。彼には話しを聞いてくれること、自分のために時間を割いてくれること、そうしたことを欲していたようだった。ただ、そのことに時間を置かないと気が付かない愚かな自分がいたことが判った。
今朝、病院に行く前に以前旦那をプレムダンに運び、その後数日で亡くなった彼の奥さんに、運んで以来初めて会った。歩道橋の上で会った。
これは自分の仕事だと、ずっと思っていた。
自分が彼の死を告げた。
それでも、彼女はヒンディー語で「彼は良くなっているんでしょ?そうなんでしょ?」何度も自分に言った。「彼に会いに行く。会える?」何度も自分に言った。
自分は間を置いてゆっくり空を指差して「彼は亡くなった」そう話した。
彼女は聞き入れてはくれなかった。彼女の言うすべては自分には理解できなかった。しかし、その雰囲気で思いは痛いほど伝わってきた。
自分とバーニーは病院の訪問に行かなくてはならないことを彼女に伝え、すぐに戻ってくるから、ここで待つようにと、いつもゆで卵を買う店で彼女を待たせた。
病院の訪問を終えて帰ってくると彼女はいなかった。
心が激しく騒いでいた。また明日会えることを思い描くしかなかった。そして、今度は何よりも彼女の心を第一にして、もっとゆっくりと話す必要があること、何度も自分に言い聞かせた。