闘う社長の再起編

大きな夢を持って、日々、いろいろな事と格闘しています。
このブログは、そんな私の毎日の成長記録です。

私の社会活動

2007年10月08日 23時15分00秒 | Weblog
今日は一日中仕事。でも一応休日だから、早めに切り上げた。

今日は私の様々な活動について少し書いてみる。
私は、学生の頃から今日まで、様々な社会の活動に参加してきた。
その内容も、福祉に関するもの、社会運動に関するもの、動物に関するもの
パブリックオピニオンなど多岐に渡っている。

私が様々な活動に参加する理由は、主に3つです。

一つは、社会と関わっていたいという気持ちである。
ただ、受動的に社会に関わるのではなく、能動的に関わることで
自分の存在意義というか、自分の生きている理由を見つけられるかと思っている。

もう一つは、もっと健常者も障害者も、人間も動物も
より住みやすい環境を求めているからだ。
政府に任せっきりでは、絶対住みやすい環境などできない。
ましてや、弱者切捨ての今の政策においては
一部の人間だけに住みやすくても、多くの人間は不満だらけだ。

特に高齢者や障害者に対する政府の姿勢は、勧善に姥捨て山だ。
高齢者の人たちは、日本を戦後復興から高度成長を経て、
経済大国にするために汗を流した人たちだ。
そういうお膳立てがあってこそ、今日の日本があるのにも関わらず
用が済んだらポイ!か。

障害者の人たちは、好き好んで障害を持っているわけではない。
障害を持っていたら、幸せに暮らす権利がないというのか?
人間としての生きる尊厳がないというのか?
障害者の人たちも、健常者と同じように幸せになりたいと望んでいる。
それを切り捨てるような環境は、絶対改善しなければならない。

そして最後は、地球というシステムは、海があり、山があり、平野があり
そこに暮らす多種多様な生物がいるから成り立っているのだ。
人間もそういう地球システムの一つのユニットにしか過ぎない。
そのユニットが、地球システムを破壊し、他の生物を絶滅させ
身近な動物たちの生存権を奪う権利がどこにあろうか。

ましてや身近な動物である犬や猫などを、物のようにように扱う今の環境は
命に対する尊厳を全く無視している。
動物たちには感情がないでしょうか? 動物たちは痛みを感じないでしょうか?
否、彼らのそれらの表現方法が人間と違うだけで、基本的には人間と同じ。

最近は処分される犬猫の数は減ったとはいえ、いまだ年間20万頭以上が
処分という良心が痛まないような言葉で殺戮されているんです。
交通事故での死者の25倍以上ですよ、これがまともな事でしょうか?

以上が、私が社会の活動に参加する理由です。

良い例がここにあります、長崎県の諫早湾です。
これは地元の人たちと様々な形で共に干拓の反対活動をやりましたが
残念ながら事業を中止に追い込めませんでした。
現在、当時、政府や行政が予想した以上に深刻な影響が出てきています。
この影響に対して政府や行政は、どのように責任を取るのでしょうか?
このような政府や行政の横暴がある限り、私は社会活動に参加して
横暴を食い止めたいですね。


今日目に付いた記事:
 ・タカラトミー、音の高低聞き分け動く亀型ロボット
  こういうモノが売れる商品とは、ユーザのニーズは本当にわかりませんね~

今日の気持ちステータス:

今日のオススメサイト:
 ・磯谷利恵さんの署名サイト
  もし、趣旨に賛同して頂ける方は、是非とも署名しください。
  磯谷利恵さん:
   平成19年8月24日に名古屋市千種区内で拉致され、そして惨殺された後
   遺棄されました。
  このサイトは、その犯人の極刑を嘆願する署名サイトです。
  このような場合の過去の判例では、主犯でも無期懲役、共犯なら十数年で出所。
  普通に道を歩いていたOLが、命乞いをしたのに自分たちの勝手な都合で
  惨い殺害方法で殺害しておいてこの刑期です、これには納得できません。

   

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