闘う社長の再起編

大きな夢を持って、日々、いろいろな事と格闘しています。
このブログは、そんな私の毎日の成長記録です。

創業技術者が現場を離れる日

2007年10月06日 23時47分15秒 | Weblog
やっとソフトの不具合修正が一段落しました。
この状態で、1週間連続して動かして、問題がでなかったらOK。
不具合修正の間は、本当に不健康な生活でしたわ。
今回は、特にうちの会社のブランドで出している製品だけに普段以上に修正に
気を使いました。←決して他の製品で気を使ってないわけではない...けど。

うちのような零細では、いくら社長と云えども、また現場を離れたと云えども
いざという時には、現場の作業をしなければなりません。
その間、会社の仕事が一時的に停滞しても、緊急事態から抜け出す方が最優先。

町工場が、家族的な雰囲気なのは、こういう事もあるからでしょうね。
たとえ社長といえども、従業員たちと一緒に汗を流し、
同じ釜の飯を食って、ともに苦しみ、ともに喜ぶ。
しかし、企業が大きくなると、社長はもう雲の上の人だ。
この点が、私の将来の課題にもなってくるでしょうね。

私はいくら会社が大きくなっても、従業員とは夢でつながっていたい。
そういう意味では、考え方として一番近いのはホンダ技研でしょうかね・・・
本田宗一郎さんが、従業員と一緒に油まみれになって夢を追いかけ
宗一郎さんが現場を離れる日が来ても、夢で従業員とはつながっていた。
そして、亡くなられた今でも、夢はホンダの中に生き続けている。

特にホンダやSONYをはじめ、うちの会社もそうですが、技術系の企業においては、
夢は企業の理念として大変重要な位置を占めていると思います。
技術を駆使したモノを世に送り出して、人々の生活が豊かになったり
苦しんでいた人たちに希望を持ってもらえたり。
逆に言えば、それだからこそモノづくりは止められない。

ただ、それ故に創業者が完全に現場を去る時には、悲しいものがありますね。
宗一郎さんも最初は生涯現役でいたいと、考えておられたのではないでしょうか。
モノづくりが好きだから、モノをつくる会社を興したのに
自分は現場から去らなければならないのですからね。

しかし、時代は流れるし、優秀な若者が次々と入ってくると
トップとしての仕事も増えてくるし、もう時代は古いエンジニアを必要としない。
結局、現場には創業エンジニアの居場所がなくなるんですよね。
逆に企業としては、そうならなければならない。

まだまだ、私が時として現場に立たなければならないようでは
企業としてはダメですよね~。


今日目に付いた記事:
 ・米マイクロソフト、ゲーム機向け主力ソフトの開発部隊を分社
  ついにマイクロソフトもゲーム業界に本腰を入れてきましたね

今日の気持ちステータス:

今日のオススメサイト:
 ・任天堂
  現在は、私がアルバイトをしていた時の任天堂と大違い

最新の画像もっと見る

コメントを投稿