闘う社長の再起編

大きな夢を持って、日々、いろいろな事と格闘しています。
このブログは、そんな私の毎日の成長記録です。

瀋陽出張報告

2011年03月17日 20時43分16秒 | Weblog
昨日、瀋陽から帰国しました、いやぁ~日本は凄い事になっていますねー。
お亡くなりなった方々には心よりご冥福をお祈りするとともに
行方不明になっておられる方々には、早くご家族と再会して頂きたい。

中国でも日本の地震や津波のニュースがひっきりなしに流れていました、
特にやはり原発の状況については、大変興味があるようで
ニュースの多くの時間を割いておりました。
私が日本を立つときには、ひどい事になっている事を認識していましたが
これ程ひどい事になるとは、思いもよりませんでしたよ。

今まで「安全だ」「安全だ」と言っていた原発関係者には
それ相応の謝罪をして頂きたいですね、ホント、頭にきます!
確かにトリガーは巨大地震すが、そのあとの対応を見る限り完全に人災ですよ、
何とかメルトダウンを防ぐべく、多くの人たちがいろいろ手立てを
講じていることは理解できますが、もしアメリカのスリーマイル島の事故より
さらにひどい事になるとしたら、日本は原発をすべて止めるべきです。


さて、私が出張した瀋陽は、遼寧省(旧満州)にあり、関東軍が駐留していた頃には
奉天と呼ばれていた中国の中でも比較的大きな都市です(写真)
それに清朝の初期の皇帝・愛新覚羅皇太極(ホンタイジ)の廟があります。
寒かったですねー、風が吹くと刺すような寒さです。
でも乾燥しているので、無風だとそれほど寒く感じません、
でもマイナス10度と私が体験した最も低い気温でした。

関東軍が行軍した道路も、今は片側4車線のとっても広い道路、
そこを自転車・自動車・人が同時に通るのですから、とても日本では考えられません。
何しろ何人かは、自動車が渋滞しているその大きな通りを横断するのですからね。
自動車も、車間距離なんてあって無きが如し、少し車間距離があくと
横から自動車が割り込みます、クラクションもいつもどこかで響いています。
人間が横断していても自動車は減速しません、何故なら自動車にひかれたら
それは人間が悪いのだそうです

郊外に行くと広野が広がっているのですが、周りのどこを見ても山がない!
すべて地平線しか見えません!日本では見たことがない光景です。
島国しか知らない日本軍が、こんなところまで戦争しに来たのかと思うと
その無謀さを痛感しますな、百歩譲っても戦争に勝てるはずが無い。
あんなに広い土地に棲んでいたら、島国根性の細かい日本人のように
細かい事にこだわらなくなるでしょうね。

瀋陽の街中では、自動車も多いし、日本と変わらないファッションの人が
沢山いましたけど、郊外に行くと、まだまだ貧しい人たちが沢山いました。
薄汚れたセーターを着た農民らしき人、ロバで何かを運搬している人、
モンペ姿で野良作業をしている人・・・これが中国なんですよね。

今回は3泊4日の日程での出張でしたが、カルチャーショックを受けましたよ。
中国の警官は、よく映画に出てくるように偉そうな態度で命令口調だし
人々もルールなんてあって無きが如しですが、
あのくらいでないと、あのような大きな国土では暮らしていけないでしょう。
そんな人たちとひ弱な日本人が競争するには、
もっと日本も本当の意味でのグローバル化しなければなりません。
日本で「図々しい」と言われるくらいの人で、やっと中国人の普通くらいですから

まだまだ私には、中国へ行くチャンスがあります。
もっといろいろな物事を見聞きし、大陸の人たちとともに働き
様々な文化を勉強しつつ、自分自身を大きくしたいと思っています。
次は、台湾か上海に出張だと思われます、また瀋陽とは文化が違いますから
それはそれで楽しみにしております。


今日目に付いた記事:
 ・挙国一致の体制、特命相を…輿石氏が首相に迫る
  この人も100年に一度くらいは良いことを言うね

今日の気持ちステータス:

今日の一言:
 中国では、街中といえども自由に写真を撮っていると逮捕される可能性があるので
 あまり面白くない写真ばかり撮ってきました。
 また追々、アップロードしたいと思っています。
 今日アップした写真は、瀋陽の町の中心部です。