新潟カウンセリング研修センター

研修・講座のお知らせを掲載

死んでしまいたくなっているあなたに!

2016-11-26 08:30:21 | 私の声
 生きていく気力がなくなってしまったあなたに、私は会いたい。誰にも言えない・分かってもらえないと思っているあなたに、私は会いたい。ただ名のり出てくれればいい。いろいろ考えずに、ただ会うために動き出せばいい。死に急ぐ前に、あなたの声にしてほしい。こんな所があるよと、元気のなくなっている人に知らせてあげてほしい。まず、受話器に手をのばそう。  ☎025-230-5320(新潟カウンセリング研修センター)へ、いつでも、どんなときにも開かれていることを知ってほしい。そんな人がここにいると言うことを、伝えたい。

課題に導かれ

2016-11-22 09:50:25 | 私の声
 昨日まで岡山県は玉野市において、「ことばの相(すがた)」に聞かせていただく学びをさせていただいていた。「ことばの相」は実にシンプルで具体的であるが故に、その「ことばの相」に聞かせていただく世界の測り知れない広さと深さに、改めて恐れ入るのである。学ばずにはおれなくさせていただいている由縁であろう。場に臨むことを長年重ねてくるにつれて、どんな相手であろうとも、どんなことばであろうとも、その人のところとして聞けるようになってきている実感をいただいている。傷ついたりストレスにならずにすめるようになってきている。有難い。なんと言っても継続なしには得られなかったところである。傷つくような聞きよう・ストレスになるような聞きようがなされていたのだと。そこが、顕かになってきたのである。この身に顕かになるところこそ、真に頼りになる。頼れる自分になるには、なんと言っても吾ことばにするほかに手はないのだと、またまた思い知らされたのであった。

答えを求める・答えを与える

2016-11-17 09:58:15 | 私の声
 どう言うわけか、相手に答えを求めたがる。日常会話ならともかくとして、苦しみや悲しみ・悩みに、他人の答えを聞いて真にこの身の為になりゃしないのだが。この身に他人の答えが為にならないと言うことが、実感として得られていないところに起因しているのであろう。納得になり答えになった・安心になった他人のところとは、この私に納得になるようにはなっていないのである。そのところはなかなか分からずに、吾の外に探し続ける。不毛だから、衰弱していっているではないか。姑息に答えたり同情したりの関係が満ち満ちている。そして、恨んだり憎んだりだましたりだまされたり・・・。人間は生まれながらにして、建設的に創造的に変化しつづけていけるようになっている。関わりによって、その素質が生かされていける。そこに深く手をさしのべ、セラピーになる関わりを、カウンセリングと名付けられているのだ。偉大な先人が、あなたに・私に・全人類に遺してくださっているんだよ。目先の苦悩が少し楽になると、たちまちご一緒なさらなくなるのが残念に思う。生涯学び続けられたら豊かな人生が・測り知れない深く広い世界に開かれていけるであろうのに・・・。今日はここまでで。

生涯学習になる

2016-11-14 12:44:00 | 私の声
 「した方がいい・しなければ」・・・のところに居ては、生涯続けることはできない。しんどくなって、止めたくなるのは当然。動機として、「しなければ」というような思いだったとしても、いつしか取り組んでいるうちに「しないではいられない」思いに、次第に変化していることに気付かされる。まさしく「カウンセリング」の学びに言える。従って私にとって生涯取り組ませていただける学びになっている。有難いことに、学べば学ぶほどに、「分からなさ」がやってきてくれるのである。おのずから育まれ合えるのだ。学校教育では体験できなかった、素晴らしい体験をさせていただいている。課題がおのずと自身に訪れるのである。うれしい。他者から与えられる課題ではないからである。課題が顕かになるとは、学べている証と秘かに自負している。学校教育の貧しさが気になってしかたがない。あの長い時間と経費が有効に生かせたら・・・募る思いで、私にできるところをやらせていただく他はない。ひたすらさせていただくところは、願うところに通じている確信はある。12月8日 グループカウンセリング「語らい」のお知らせ→問い合わせ・申し込みは☎025-230-5320(新潟カウンセリング研修センター)

声にするのを避けている(防衛)

2016-11-11 09:08:27 | 私の声
 「声にしてみよう」「声を空気にふれさせて!」「まず声に」「声にするのが自然」等などのことばで、研修会の場でどれだけ師に聞いてきたことか。ことばの発声とともに他者との関わりで、どうやら「しまった!、言わなければ良かった」のような、経験をし続けてきていたのではないか。そして今もね。安心してことばを発声しにくい経験を重ね、ことばをその都度体の奥底に置き去りにする習慣になってしまってきたのだと。防衛は不健康を招く。それゆえ、他者と通じ合えないばかりか、自分自身のところが限界になって身動きがとれなくなってくるのだ。他者を攻撃したり、自身を責めたり、心身を病むのである。自覚になっている人もいない人も。「カウンセリング」は、声にできずに歪になっているどなたにも、いつでもどこからでも手を差し伸べさせていただくのである。人間にならせていただく学びだ。思い立ったら躊躇せずに、まず足を運んでくることから始まるのだ。まず連絡をすることから始まるのだ。人生が開かれていくのだから・・・。☎025-230-5320(新潟カウンセリング研修センターへ)