新潟カウンセリング研修センター

研修・講座のお知らせを掲載

人間(ひと)は、言葉で歩めるようになっているのだが

2019-02-14 08:27:24 | 私の声
 辛い・苦しい・悲しいときがある。そんなとき、ひとは黙り込み我慢するか、時間が経てば忘れられると思い、じっとしている。話しやすい仲間に話してみても、らちが明かない。次第に積もり積もって憂鬱になり、身体に症状が現れてくる。そして、内服薬に頼るようになっていく。
一人で考えても、努めてみても泥沼に沈んでゆくばかりだ。そのようなとき、いつでも手を差し伸べさせていただきたい。思い切って電話してみてほしい。虐待・いじめ・イライラ・憂鬱・引きこもり・不登校・元気が出ない等など、自分に感じたら一人で抱え込まない。カウンセリングの必要なときだ。超えられないものはない。あなたが動き出すのだ。言葉に精神が育まれる合えるカウンセラーが、どうしても必要である。

 
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カウンセラーを目指している方へ

2019-02-06 08:44:45 | 私の声
 カウンセラーを目指して研修を重ねていきたい方、4月開始に備えて募集を始めました。まずはお会いして説明をさせていただきますので、3月10日(日)までに「新潟カウンセリング研修センター  ☎025-230-5320」 に申し込んでください。
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分かち合いませんか

2019-01-31 08:04:51 | 私の声
 出会いたくありませんか、真の自分に!目先の事柄に追われて毎日生活しています。いつしか乾いたまんま、乾いている心も感じられず時が過ぎていっている。自分自身を安心して語り、もう一人の独りの方に聞いていただき、かけがえのない自分に出会わせていただける集いです。聞いてほしい・安心して声にしたい・誰にも語れないと感じている方へ。参会費は、1時間1000円です。2月6日(水)10時~12時、語り聞かせていただき合う場と時間です。まず、足を運んでみましよう。なにかが始まります。一人で考えているのでは、何も始まりません。
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ご案内

2019-01-22 07:05:53 | 私の声
 「歎異抄」と言う名を聞くと、聞いたことがある方が多いのではないか。また、手元に持っているがそのままにしたままになっていた、と言う方もおられた。一方で、なじみの薄い方も多いのも事実だ。歎異抄に触れ始めたきっかけは、「カウンセリング」に出会って学ぶにつれ、その味わいの奥深さに引き付けられ、ますます親しませていただいている。しかし、その最初は、表されている文字が読めず、文脈も難解だったのだ。よき師(カウンセラー)に恵まれ、いつの間にか私にとっては愛読書であり、私の生活のどこをとっても添ってもらっている言葉に出会えるのだ。勇気・安心・希望・・・に。先人が遺してくださった言葉を、この感動を関心のある方々と分かち合えたら、と言う思いは予てからあり、この度お誘いに至った。1月30日(水)10時~12時、当研修センターにて第一回目を予定している。詳細は研修センターへお問い合わせください。
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指先が語る?

2019-01-10 15:48:27 | 私の声
2019年になって今がパソコンに向かい、指先で吾を語る、語り初めになる。しばらくパソコンから離れており、それは叶わずにいた。思えば語りは指先にお任せだったことが、これまで今ここの吾に語らせていただいてきたと言える。頭で考えて作文していた頃は、言葉にならず語れなかった。言葉に締め出されていたんだと、うなずけている。「考える」という、やっかいな習慣が学校教育で身についてしまっていたのだ。その自覚はないまま、不自由も闇に包まれていた。「カウンセリング」に出会えて学ばせていただくにつれ、「考える」を諦めさせていただき言葉との関わりようが、顕かに変わったのだ。最近、歯科治療で通院し主治医さんとの関わりで、整形での治療で看護師さんの関わりの相(言葉のすがた)に、感動した。言葉が行為に伴っていたところにであった。私は黙って医療行為をされると、怖さが増大するのだが。一人で食事ができない方に、口元に食べ物を差し出す前に言葉が先にあったのを、見ていた私が安心だった。食後に看護師さんに食べさせてもらっていたその方に、感想を聞かせてもらった。私のために。言葉と共に食べさせてもらったとき、「おいしかった」と。
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