新潟カウンセリング研修センター

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体調が変なとき放っておかないように

2022-11-29 13:57:01 | 私の声
咳や鼻水、頭痛や腹痛が認めたら行動に移す。
イライラ、モヤモヤ、やる気が起きない、眠れないなどのときは、我慢したり打ち消したりしがちのようだ。
身体的な不調は分かりやすい反面、精神的な不調は邪険に扱う傾向がある。
人間にならせて頂きたがっている「お知らせ」なのだ。
すべての人間は生まれながらにして、人間になる資質を具えられてきているのである。
あなたには生まれながらにして、「主体的」「独自的」「創造的」「社会的」「統合的」な存在になれるようになっている。
姿はねこでもなく、犬とも蛇とも違うが、人間になれるかどうかは生まれてからの関わりに恵まれるかどうかだ。
関わりに恵まれてこそ、その資質が猫や犬や蛇とは異なり精神がいよいよ人間になる歩みを歩ませてもらえるのである。それが「カウンセリング学習」といえる。
学びを重ねるほどに、人間の成長(主体的・独自的・創造的・社会的・統合的な存在に)が促される往く。
さあ、精神の変化を大事にし、チャンスをのがさないように!

不安はあなたのために訪れる

2022-11-15 13:16:44 | 私の声
「不安」を感じていませんか。
「不安」を、打ち消そうとしてやいませんか。
何事も無いかのように、ごまかしていませんか。
「不安」は、必要があってあなたにやってきてくれているのだ。
ほとんどの方は、除外しようとする。
どんなに除外しようとしても、ならないようになっているようだ。
いのちの要請が「不安」になって、尋ね来ている といえる。
「不安」大事に採りあげて、さぁ声にしよう。
聞かせていただきたい。
「より機能する人間」にならせていただくために。
充実した人生を歩ませていただける道が、すでに用意されている。
「不安」に鈍感になっていませんか。

やる気が起こらない・なんとかしたい貴方へ

2022-11-08 13:16:35 | 私の声
 疲れやすい、やる気が起こらない、充実感が欲しい、希望がもてない等などで暮らしていませんか。一度限りの人生です。貴方が貴方として行き往く道は、すでに用意されているのです。
諦めや惰性で生きていやしませんか。また、そのうち何とかなるだろう、などと行動しないのでは?
 カウンセリングでは、すべての方々の歩みのお手伝いさせていただいています。一人で考えていたのでは、一向に歩めませんね。元気がでない、やる気が起こらない、等などになったときがカウンセラーを求めているときでありましょう。
 よく考えてから、では道が閉ざされてしまい、貴方自身が大事になって往かないですね。試みられる方は開かれて往ける!

今せずして!

2022-10-30 14:14:08 | 私の声
 講読している新聞の最初の紙面に目が止まった。「小中不登校全国最多」「小中高いじめ増」の見出しである。減少していくような状況は、全く見当たらない。「感染拡大影響か」とも記載されていたが、全く見当違いと言わざるを得ない。以前から増加の一途であるのは、当然のこととして、受け止めている。教育の質に焦点が当てられていかない現実に、深く憂慮している。

  正しい答えを言えば0,予め用意されている答えでないとされると×と評価に終始しているところでは、人格は育まれないのだ。生身のその人が阻害されたままになっている。また、いまだに「教育相談」ということがなされている。操作主義の形である。そこでは、かけがえのない尊い人、と理屈は知っていて言っているだけで、全く相反している点が一人独り明らかになる必要があるのである。。
 当研修センターでは、通って来ている方々と、真の教育に近づこうと年間を通して学び続けている。自分のことばで、「今ここ」が表明できるひとに・そのひとの「今ここ」に聞かせていただけるひとに、ならせていただくために。十分に機能する人間にならせていただくための学び、今すぐ始める必要がある。必要のない人はいないのだが・・・

共感的理解

2022-10-25 13:08:35 | 私の声
 カウンセリングに出会い40数年になる。ひたすら師・岩下滎次先生、小河豊先生にご一緒させていただき、体験学習に励んできた。全国各地の方々に関わらせていただき、体得にならせていただいてきた。アメリカ史上最も影響力のあるクライエント・センタード・セラピーの提唱者・カール・ロジャーズの人間の個人的成長への深みのある教育、科学、哲学に学ばせていただいている。
 
「共感的理解」はロジャーズ理論の三つの「中核条件」の一つである。当センターでは年間を通してロジャーズの60年あまりの歳月のプロセスに聞かせていただき、通っていらしゃる方々とコツコツ学び続けさせていただいている。「共感する」「そうだよね」「解る」「そうそう」など迎合するように聞くことを、共感と思い込んでいるようだ。声にしてもらい、自他共に明らかになる。

 ロジャーズの言っている「共感的理解」を聞くとき、私には「as if」が届けられてくるのである。改めて味わわせていただいている。人との関係に必要であり十分といただいている。