サッカー日誌 / 2016年04月09日


ヨハン・クライフの思い出(上)


4通りのイメージ

肺がんで死去。68歳。
(3月24日、バルセロナ)

★「インサイト(洞察力)」
 20世紀のサッカーを代表するスーパースターだったヨハン・クライフが亡くなった。
 アヤックスのストライカーとして台頭し、1974年のワールドカップで決勝に進出したオランダ代表の中心選手だった。
 その後、スペインのバルセロナの監督として、1992年に欧州チャンピオンズ・カップ優勝へ導いている。
 1974年ワールドカップのオランダは、決勝戦で地元の西ドイツに敗れたが、クライフを軸にした「トータル・フットボール」は、世界のサッカーを変えた新しいサッカーだった。
 プレーヤーとしては、突破の速さと巧みさを高く評価されている。
 しかし、ぼくの考えでは、クライフのもっともすぐれていた点は「洞察力(insight)」である。
 それは、ゲームの展開を読む力である 次にどういう攻めが生まれるかを予測してプレーする能力である。

★次のプレーがひらめく
 プレーをしながら、その瞬間、その瞬間に、次のプレーがひらめく。
 その「ひらめき」が、クライフの武器だった。
 そういうふうに見ていたから、クライフに次のように訊いたことがある。
 「ゴールに結びつくパスを出す秘訣は何か?」
 答えは、こうだった。
 「多くのプレーヤーは、自分にボールが来たとき、どういうプレーをするかについて、3通りのイメージを持っている。しかし、ぼくは4つのイメージを持っている」。
 その4つイメージのなかで、他の味方のプレーヤーが、イメージしているものを感じとり、それを選択する。それがゴールに結びつく。
 そういう趣旨の話だった。

★知力が決定的
 当時の日本のサッカーのレベルは、あらかじめ次のプレーをイメージするレベルでは、なかったように思う。
 パスが自分の足元に来てから、きょろきょろと周囲を見回し、パスを出す先を探すようなレベルだった。
 そういうわけで、クライフの話に驚いた。
 この話は、その後、いろいろな機会に、いろいろなメディアに書いたが、クライフが亡くなった機会に、改めて書き残しておきたい。
 サッカー選手に必要なのは、技術と体力だけではない。トップレベルでは、知力が決定的だということである。
 クライフは、技術と知力で抜群だったが、体力に任せてグラウンドを走り回るプレーヤーではなかった。
 そのため、当時の日本のジャーナリズムには、クライフを評価しなかった記者もいた。日本のスポーツでは「がんばる」ことへの評価が高すぎたためである。


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