サッカー日誌 / 2010年12月11日


賀川浩さんの功績


サッカー殿堂入り祝賀会
(12月7日 東京・グランドプリンスホテル新高輪)

◇東西で大掛かりなパーティー
 サッカー・ジャーナリストの長老、賀川浩さんが2010年度に日本サッカー殿堂に掲額され、そのお祝いの会が開かれた。11月25日に賀川さんの地元の神戸で、12月7日に東京でと、東西で大掛かりに呼びかけた盛大な会だった。
 殿堂入りは、賀川さんの長年にわたるサッカー記者活動に対する表彰だが、実を言えば、ジャーナリストの仕事に日本サッカー協会のような「権威」からお墨付きをもらう必要はない。賀川さんが新聞や雑誌に書いた記事は、読者大衆が厳しい目できちんと評価している。また業績は、活字になっているから後世まで残される。
 とはいえ、賀川さんがサッカーの技術的な評論で独自のスタイルを開拓したのは大きな功績である。また歴史に残すべき人びとの評伝を書き続けているのは貴重な資料である。そういう仕事は、殿堂入りの機会に改めて評価していい。

◇技術に裏付けられた評論
 賀川さんが、いろいろな分野で数多くの文章を書いているなかで、もっとも独創性が高いのは技術論だろう。ボールの持ち方、相手を抜く方法、パスの出し方など、さまざまなテクニックを、プレーの内容に即しながら具体的に文章で解説する。そういう面で賀川さんの右に出る者はいない。
 賀川さんの技術評論が光っているのは、賀川さん自身がテクニシャンだったからだろう。小柄な体を足技とすばやさで補って一流プレーヤーになった。その経験を生かして技術を論じている。
 「背が低いほうがサッカーはうまいんだよ」と言われたことがある。同じように小柄なぼくを慰めて言ってくれたのだが、残念ながら、ぼくは小柄でも下手くそだった。
 しかし、記者クラブのチームで協会の長老役員と試合をしたとき、賀川さんとのコンビでいいプレーができた思い出がある。賀川さんがボールをとったとき、ぼくが傍に寄ると、すぐパスを出してくれて「ほい、前へ」といって、いい場所に走り出て、ぼくからのリターンパスを受けてくれた。

◇神戸一中のサッカー記者トリオ
 賀川さんは、若いころから個人の技術重視のサッカーを説いていた。同じ記者仲間として、その点はもっとも教えられた点である。「蹴って走る」が主流だった時代である。
 技術重視は、賀川さんの出身校の神戸一中(旧制)の伝統だろうと、ぼくは思っていた。神戸一中出身の新聞記者が3人いた。大阪朝日の大谷四郎さん、毎日の岩谷俊夫さん、それに賀川さんである。揃って技術重視を説いていた。このトリオが、全部サッカーの殿堂入りした。これもすばらしい。
 東京での祝賀会のとき、元日本代表の細谷一郎さんに会った。神戸一中の後身である神戸高校を出て、早大、三菱で活躍した人である。「ぼくが入学したころの神戸高校のサッカーにはテクニック重視の神戸一中の面影はなかったですね。先輩の岩谷さんが来てクラマーさんの方法を教えてくれて、またテクニック重視に変わりました」
 賀川さんたちを生んだ神戸一中の伝統を、改めて調べてみたいと思う。


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