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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・156『実はなになに・1 那須与一』

2020-07-06 13:47:32 | ノベル

せやさかい・156

『実はなになに・1 那須与一』さくら        

 

 

 実は~ということが世の中にはある。

 田中さくらが実は酒井さくらやったみたいに。

 

 田中さくらが酒井さくらになったのには色々事情があった。本人である酒井さくらでも完全には分かってない事情が。

 そのことはええんです。実は~という例えに出したことやさかい。

「那須与一って知ってます?」

 ずっと雨が続いてるさかいに文芸部の活動は進んで、わたしはラノベ、留美ちゃんは中学生向けの古典文学集を読んでたりする。今は平家物語やそうで、パタリと置いたページには昔風の合戦の挿絵。

「えと……この人?」

 挿絵の騎馬武者を指さす。

「そうです! さすがですね!」

 そら、挿絵の真ん中に描いてあるし(^_^;)

「えと、沖の小舟に立てられてる扇を打ち落とした源氏のおさむらい?」

「ピンポンピンポン! 完璧です!」

「アハハ」

「その那須与一の与一って、どういう意味だか分かります?」

 え、それは……あはは。

 なんかかっこいい名前という印象やけど、なんでか言うとこまでは考えたことが無い。

「十一番目の子って意味なんですよ。長男は太郎で、次男は二郎」

「三番目が三郎、で、四郎、五郎って感じよね」

「はい、義経は九番目なんで九郎義経、十番目だと新宮十郎行家とかです」

 博識やなあ、この時代の武士は義経と頼朝しか知らん。

「十一郎って言いにくいじゃないですか。だから『余』って字を付けて余一、でも、なんか余りものっぽいんで『与』に変えて与一ってしたんです」

「ほんなら、那須与一は十一男!?」

「はい、だから、大将の義経が『あの扇を射落とせる者はおらぬか!?』って全軍に聞いた時真っ先に手を挙げたんです。十一番目だから与一って日陰者だったんですけど、これで名を挙げられれば、身の誉れですからね。与一はお妾さんの子どもで、他の兄弟ともいっしょには暮らせないで、お母さんと二人暮らしだったんです。少しでも名前を挙げて、お母さんに楽をさせてあげたかったんですね」

「は、はあ」

 同い年やのに、留美ちゃんはすごいよ(;'∀')

「それでね、与一って言うのは与太郎と意味同じなんですよ」

「え、与太郎と!?」

 与太郎いうのは落語でよく出てくる名前。人はええねんけど、ちょっと抜けてるボケキャラ。

 お寺で時々やる落語会で憶えた知識。

「こういう『実はなになに』的な話って好きなんです(^▽^)/」

「ああ、あたしも好き。ほら、堺市の堺が実は街が摂津・河内・和泉の三か国に跨ってるから付いた名前やとか……あ、これも留美ちゃんから聞いたんやった!」

「アハハ、でしたっけ」

「うんうん、春の大仙公園で動画撮ってる時に」

「じゃ、ひとつ問題です」

「はい!」

「これの正式名称はなんでしょうか?」

 留美ちゃんは、見慣れた文房具を取り上げた。

「ホッチキス!」

「ブッブー」

「え、ちゃうのん?」

「はい、じゃ、宿題です。ググったりしないで調べてくださいね(^▽^)/」

 

 それで、わたしはホッチキスのことについて考えたり思い出したりしている。

 

 表は、本堂裏の部室に居ても分かるほどの雨が降り続いております。

 

 

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かの世界この世界:01『昇降口の惨劇!』

2020-07-06 07:14:15 | 小説5

:01

『昇降口の惨劇!』   

 

 

 寺井さ……。

 

 声を掛けられた時にヤバいと思った。

 寺井さんと声をかけるつもりが、ほとばしる怒りの為に「ん」が消えている。寺井さんの「ん」まで続けてしまえば、その時点で動物的な叫びになって掴みかかって来ただろう。

 美しい冴子の顔が嫉妬と憎しみで歪むのは、わたしに原因があるんだろうけど、おぞましい。

「なにかしら、二宮さん」

 昨日まで「冴えちゃん」とフランクに呼んでいたのだから、改まった苗字では他人行儀を通り越し、互いに針の先を突き付けたように剣呑だ。

 階段を下りてきた二年の生徒が「ヒッ」っと声をあげ、二階へ戻っていってしまった。

 斜陽気味であるとはいえ、有数のお嬢様学校であるループ学園。こんな剥き出しの憎悪がぶつかり合ってるところなど見たことがないんだ。

「昨日の事だったら二宮さ……冴子の誤解だから」

 だめだ、階段の下から言えば、どうしても上目遣い。上目遣いは、それだけで挑戦的になってしまう。

 それに、夕べろくに寝ていないので目の淵にはクマが出来ている、いっそう恨みがましく見えているに違いない。

 ああ、冴子がキレる。

 そうだ、階段を上がって、冴子と並行になろうと思った。並んで正対すれば話ができるかも……。

 

 冴子は、そうは取らなかった。

 

 キーーーーーーーーーー!

 

 猿のような叫びをあげると、爪を剥き出しにして飛びかかってきた!

 そして、わずかに取り戻した冷静さも吹き飛んでしまった。

 昇降口に繋がる階段の残り五段余りを、もつれ合ったまま落ちていく。周囲の生徒たちが悲鳴を上げて散っていく。

「ちょ、冴子!」

「いつもいつもいつも、盗っていくんだ、わたしの大事なものは、いっつも盗っていくんだ、ヤックンはヤックンは、わたしが! わたしが!」

「離して! そっちこそ勝手に嫉妬してっ! 離せ! 離せ!」

「返せ! 返せ! わたしのヤックン返せえええええええ!!」

 日ごろお嬢様然として抑えていたものが爆発したんだ、ブレーキが効かない。

 

 バリ!

 

 ブラウスのボタンが飛んで、顎に痛みが走る。どこか血管が切れたんだろう、冴子の頬に返り血がとんだ。

 冴子の目の焦点が合わなくなってきている。

 なんとかしなければ、次の瞬間、冴子の指はわたしの喉に食い込んでしまう。

 

 パシッ!

 

 思い切り張り倒した。

 もう言葉ではどうにもならない、とっさの判断、いや、わたしも切れていたのかもしれない、冴子の頬には三本の爪痕が走ってしまった。

 

 ウオーーーーーー!!

 

 さっきの数倍の殺気を放ちながら跳びかかって来た!

 

 グフ…………

 

 傘があったのが悪いんだ。

 ただ、自分を庇おうとしただけなのに、傘の先は深々と冴子の胸に突き刺さり、冴子の重みに耐えきれずにくの字に曲がってしまった。

 

 キャーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 ほんの十秒前まではクラスメートであり、同学年であり、上級生であった生徒たちが、猛獣を見るような目で見て、いや、恐怖している。

「ち、違うんだって、こ、これは……」

 

 ギャーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 わたしは、そのまま逃げることしかできなかった。

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い

  

 

 

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あたしのあした・45『心臓やぶりの雲母坂』

2020-07-06 06:20:32 | ノベル2

・45
『心臓やぶりの雲母坂』
      


 

 城址公園の雲母坂は心臓やぶりだ。

 この坂を上り切ったところで、さすがの春風さやかのペースもガクンと落ちる。
 だから、雲母門の陰で待っていた。

 ザッ、ザッ、ザッ、聞きなれたジョギングの足音が二人分近づいてきた。
「今よ!」
「了解!」
 とたんに智満子が「うーん、うーん」と仰向けになったまま唸りだす。
「智満子、大丈夫? 大丈夫?」
「智満子、死んじゃやだよ!」
 おろおろした声で、わたしとネッチが途方にくれる。

 わたしたちを少し追い抜いたところで、さやかと伴走者が立ち止まって近づいてくる。計算通りだ。

「どうしたの、具合悪くなったの?」
 さやかお得意の優しい声で近づいてきた。
「あ、はい、雲母坂を上りきったところで……」
「あー、この坂がんばっちゃうとバテるのよ。どれどれ……」
 さやかは、体育の女先生のような頼もしさで智満子の横に跪いた。
「大丈夫でしょうか?」
 ネッチが、いかにも心配そうな声を出す。
「……うん、呼吸は、ちょっと荒いけど、脈は落ち着いてる。あなたたち、普段は、こんなに走らないでしょ」
「はい、今日から始めたとこで……」
「ここまでは調子よかったんですけど」
「それはランナーズハイよ、注意しないと。ちょっと過呼吸ね、ゆっくり呼吸して……」

「あ、君は横田不動産の下の娘さんじゃないか?」
 伴走の南君(次席秘書)が気が付いた。

「え、あの横田不動産?」
「ええ、県内最大手の……園遊会でお見かけしました」
 南君は若いが、このへんの物覚えはぴか一の議員秘書だ。ネットで検索して、南君が伴走する日を選んで正解。ひっくり返る役を智満子にしたのも良かった。わたしの読みでは、次にこう反応する。
「落ち着いてきたようね、じゃ南君、あとは頼むわね。彼は救急救命士の資格も持っているから、任せておけば大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 過不足のないお礼を言っておく。
「じゃ、わたしは行くわね。ほら、手を握ってあげて。こういう時はスキンシップが大事なんだから」
 チャームポイントである方エクボを見せて、さやかは走り出した。

 倒れたのが普通の女子高生なら、さやかは、ずっと付き添っていたはずだ。

 国会議員の一日は忙しい。議員になる前、ジョギングは日課だったが、今は一日おきだ。そうそうイレギュラーなことに時間は割けない。だから、一般庶民なら、それっきりの縁として回復するまで付き添う。そしておしまい。
 県内有数のブルジョアの娘だからこそ、さやかは南君に任せた。ブルジョアだと言って特別な扱いはしないという特別さで印象付けるのだ。あとで電話の一本も入れておけば、そこから新しい関係が生まれる。そういう機微を教えたのはわたし自身なのだけれど。

「春風さやかさん」

 百メートルほど追いかけて声を掛けた。
「あ、あなた?」
「すみません、あまりに奇遇なんで追いかけてしまいました」
「智満子さんは大丈夫なの?」
「はい、すぐに戻ります」
 一瞬迷って、こう続けた。

「わたし、風間寛一の娘なんです」

 さやかの目が演技ではなく、まん丸になった。
 

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プレリュード・21《空襲の後と、そのずっと後》

2020-07-06 06:11:15 | 小説3

プレリュード・21
《空襲の後と、そのずっと後》    



 

 地下鉄本町駅の地上出口は、逃げ場を失った人らで一杯だった。

「開けてくれや、もうわしら逃げ場所……熱っう、もう、そこまで火いきてんねんぞ!」
「ニイチャン、今は非常時の非常時や、今開けへんかったら、あんたは大阪の人間とちゃう。血い通うた人間やったら、開けるで!」
「そない言われても、終電後は規則で……」
「人見殺しにして、規則もへったくれもあるかあ!」
 警防団のおっちゃんまで、シャッター越しに当直の若い駅員に詰め寄る。

 大阪城の向こうで、一トン爆弾が何発もさく裂する音がして、地面は地震みたいに揺れている。周りの建物はみんな巨大な松明みたいになって燃え盛ってる。それでも若い駅員は、シャッター越しに規則通りの答えしかせえへん。
「おい、駅員。わしはネソ(曽根崎署)の坪井や、駅長呼べ、駅長!」
「駅長は、運転司令と電話してはります!」
「鴨野君、シャッター開けなさい!」
 シャッターの向こうから声がした。
「駅長です、すまんこってした。運転司令とは連絡が途絶えました。わたしの権限で開けます!」

 シャッターが開いて、人が殺到した。曽根崎署の坪井いうお巡りさんと、警防団のオッチャンが整理と指揮を執る。

「通路降りるんは二人ずつ。じきに南口も開くやろさかい、後ろの人は南口に、せや、そのオッサンから後ろは南口。女子供が優先や!」
 その混乱の中を、富久子は友達といっしょに地下鉄へ。

 ここまでが、すでに撮り終えてる未編集のV。この後に新しいシーンが加わる。

「難波の松坂屋(今の高島屋)まで、なんにもあらへん……」
「フクちゃん、見てみ、生駒山から近鉄電車が出てくるのが見えるわ」
「きれいさっぱりやなあ……」
 地下鉄から出てきたわたしたちは、大阪の街の変貌ぶりに茫然とする。
「シズちゃん、うちら、どないしたらええねんやろな……」
 そう言うと、朱里が演ずる富久子は、立ったまま涙をぽろぽろと流した。CGをはめ込むためにグリーンのシートで囲まれたスタジオで、よう泣けるなあと思ったけど、わたしも虚脱感と悲しさが湧いてきて自然と涙が出てくる。これが無対象演技やねんだろう。芝居って、お騒がせのO先輩が言うてたようなハッチャケればらいいというもんじゃないことが、よく分かった。
 ほんで、監督が事前に未編集のVを見せてくれた意味も。演技の基本は想像力だということが、よく分かった。ここで昼休みの予定。

 と思ったら……。

「無表情で二メートルほど先を見る。三パターンほどください」
 監督が、なんとも抽象的な注文。想像力もメソードもへったくれもない。
「はい、奈菜ちゃんいくよ」
 対象物どころか説明もなしに、ただ無表情で見ろというだけ。あたしの脳みそをよぎったんは『ああ、お腹空いた』だけ。
 三パターンは、いろいろ注文がついて百近く撮らされた。
 やっと二時半ぐらいに解放されてお弁当。
 スタジオに戻ると、監督とスタッフが、さっきのラッシュと事前に撮ってあった映像の組み合わせに余念が無かった。
 お腹空いたと思ったというところは、死にかけたお婆ちゃんが、無意識に蠅を手で追ってるとこ……つないでみるとサマになってる。
 プロの仕事は、いい加減そうに見えて、大変で意味のあることだとしみじみ思った。

「はい、OKです。黛さん、加藤さん、お疲れ様でした」
 チーフADが言うと、どこからともなく花束が。そしてスタジオ中から拍手。ぐっと感動が湧いてきた……。

            奈菜……♡ 

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