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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・04『敵中横断九百メートル』

2019-03-19 06:30:46 | 小説6

ひょいと自転車に乗って・04
『敵中横断九百メートル』
        
 

 自転車に乗れたら世界が広がるよ

 京ちゃんに言われ、彼女に助けてもらって自転車に乗れるようになった!

 いつもより三十分も早く目が覚め、三十五分も早く朝の準備を終えて、四十分も早く家を出た。

 今日から、自転車で学校に行くのだ!

 見ている分にはダサイと思っていた通学用のヘルメットも、自分で被ってみると、なんだか出撃前の兵隊になったみたい。
「お、ルーキーだな!」
 早出のシゲさんが冷やかす。
 シゲさんの一言で、コンバットのテーマ曲が、わたしの頭の中で高鳴った。

 タカタッタッタタータタッタッタタタン!  タカタッタッタタータタッタッタタタン!

 外環を走る自動車の音が飛び来る弾丸の飛翔音に聞こえる。
 うちは戦車とかの特殊車両のレンタルを生業にしているので、事務所のモニターにコンバットが流れている。
 コンバットの第何話だったかに、サンダース軍曹の分隊に新兵さんが配属されてキンキンに緊張しまくるエピソードがある。
 今の今まで忘れていたけど、その新兵さんの感覚が、そのまま自分の中に蘇ってしまった。

 ゴーアヘッド! ゴー! ゴー! ゴー!
 
 突撃するときのサンダース軍曹みたく掛け声をかけてしまう。
 駐車場の角を曲がると生活道路だ。
 激闘の野戦を潜り抜け、市街戦が予想される街中に突入した感じ!
 十字路に差し掛かると、スーツ姿の企業戦士たちと合流。大阪市内の学校に通う高校生、OLの女性部隊、足早なのは公務員か学校の先生か。みんな、これから戦いに行くんだと連帯感を感じてしまう。
 恩地川に向かう緩い坂道、勇んだわたしは立漕ぎになる。

 景色が変わった!

 立漕ぎすると、ペダルの分だけ身長が高くなる。
 たかだか十数センチなんだろうけど、世界が違う。道行く人の半分以上が、わたしよりも低くなる。
 男子の女子を見下したような視線。やだと思っていたけど、少し分かる。
 視線が高いと言うのは気持ちがいい。
 いやいや、これは謂れのない優越感だ。思い直してサドルに座る。
 高安銀座通りに入る。
 駅に向かう人と、外環から近鉄の踏切を超える車とで、道幅五メートルの銀座通りは怖い。
 歩いていたころには感じなかった怖さだ。
 かといって、通学路しか分からないわたしは、下手に脇道には入れない。
 情けないけど、降りて自転車を押す。下りると、とたんに自転車はお荷物。
 あ、今だ! と思った隙間に入っていけない。
 いつもなら電柱とお店の間を通ったりするんだけど、自転車は通れない。

 チ!

 瞬間立ち止まってしまうと、後ろで舌打ちされる。
「すみません」
 条件反射で謝ると、同じ中学の一年生が忌々しそうに追い越していく。凹むなあ。
 転校生とは言え二年生だぞ! 腹は立つけど、お邪魔虫はわたしの方だ。忍耐、忍耐。

 やっと高安駅まで着いたら、開かずの踏切だ。

 すぐ横に駅舎を兼ねた跨道橋がある。  「高安駅踏切」の画像検索結果
 そうだ、昨日までは踏切待つのがまどろっこしいんで跨道橋を使っていた。
 自転車では跨道橋は渡れない。
 当たり前のことなんだけど気が付かなかった。なんだか、とても自分が愚かな子に思えてくる。
 高安駅は近鉄の拠点駅で、隣接して操車場がある。
 回送されてきた電車や営業運転に入る電車、中には洗浄中のために人が歩くほどのノロさの電車もある。
 すぐ右横に見えるホームの人たちが踏切を見ている。
 なんだか「この下民ども」って見下されているような気になる。気のせいなんだろうけどね。
 十分以上待って(体内時計の感覚)踏切が開く。
 次々と後ろから自転車に追い抜かれる。
 昨日まで気にも留めなかった自転車乗りの人たちがスタントマンのように思える。
 踏切の歩道は、幅が一メートルも無く、とても自転車に乗って渡る勇気は出ない。
 しかたなく押して渡るんだけど、そんなのはわたしぐらいのもので、とても焦る。
 舌打ちこそは聞こえないけど、無言のプレッシャーを感じ、小走りになって渡る。

 え、そんなー!

 半分渡ったところで警報機が鳴った!
 アセアセになって、やっと渡り終える。

 今朝は、この秋一番の冷え込みなのに、腋の下なんかに汗をかいている。
 明日からは通学路を考えないと、とてもこの踏切を渡ってなんかいられない。

 玉櫛川を渡る信号にひっかかる。
 黄色になったとこなんだけど、踏切で気弱になったわたしは渡れない。
 あとから来た自転車が黄色信号にかかわらず渡っていく。厳密にはルール違反なんだろうけど、これくらいの要領はかまさなきゃ、世の中渡っていけない……んだろうけど、むかつくなー!

 玉櫛川を渡ると自転車が軽くなった?
 あ、この道は下り坂になってるんだ! 歩いていたころには気が付かなかった。スイスイ漕がなくても進む自転車に嬉しくなる。

 学校に入る時は、なんだか晴れがましい気分になる。

 敵中横断九百メートル(昨日グーグルマップで確かめた)の爽快感!

 ヤター!

 密かに左拳を握って、小さくガッツポーズしたのだった。  

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高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・4(最初のエロイムエッサイム)

2019-03-19 06:14:11 | 小説4

秘録エロイムエッサイム・4
(最初のエロイムエッサイム)



 沙耶が五時間目に事故死したことは、六時間目が終わって分かった。

 五時間目に救急車が来て校内は騒然とした。直ぐに警察が来て事件性はないか設備上の不備はないかと捜査を始め、マスコミもドッと押しかけてきた。
 そして、六時間目の間に、沙耶の死亡が病院で確認された。
 六時間目のあとは、臨時の全校集会になり、校長が沈鬱な表情で事情の説明をした。
 沙耶のクラスがごっそり抜けていた……警察の事情聴取を受けているんだろうということは容易に想像できた。全校集会のあと真由は事故現場に行ってみた。何人かの同級生が泣きながら実況見分に立ち会っていた。

――あたしのせいなんだ――

 真由は、どうしても自分を責めてしまう。気に掛けないでくださいと、最後に沙耶は言った。でも自分が殺したという気持ちから抜けきれなかった。
「……検死解剖」
 そんな一言が耳についた。そうだ、テレビのドラマなんかでもやっている。こういう場合、状況から死因が特定できても、本当に事件性がないかどうか検死のための解剖がされるんだ。
 冷たいステンレス製の解剖台の上に裸で寝かされ、喉の下から下腹部まで切り裂かれて、内臓を取り出され、あれこれ検査される。思っただけで真由は恐ろしく、おぞましく、かわいそうだった。

『この世よなくなれ』と『わたしを殺せ』という内容のことだけは願っちゃいけない……沙耶の言葉を思い出した。

――今なら助けられる!――

 真由は、そうひらめいた。ダメ元で、真由は小さく声にした。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……沙耶を助けたまえ!」
 効果が表れたのは家に帰ってからだった。

「ねえ、この小野田沙耶って、真由の友達の妹じゃないの!?」
 帰ると、母がリビングから顔を出し、興奮気味に言った。
――ああ、やっぱダメだったのか――
 そう思ったが、違った。

――さきほどもお伝えいたしましたが、A女子学院で階段から転落し、一時死亡が確認された女子生徒が、死亡確認後二時間たって蘇生したとA警察と病院から発表されました。当該の女生徒は、同校一年生の小野田沙耶さんで……――
 夕方のワイドショーのMCが自分の事のように嬉しそうに繰り返していた。母親は、それが伝染したように、涙ぐんでいた。
 真由は、魔法が効いたことを実感した。

「ちょっといいですか?」

 本人の沙耶が二日後の昼休みに真由の教室にやってきた。前回と違って、教室のみんなが注目「おめでとう」「よかったね」と声を掛けられていた。沙耶は照れながら真由の机にやってきた。
「ちょっと、例のところまでよろしく」
 今回は目立たないように、沙耶が先に行き、少し遅れて真由が続いた。

「朝倉さん、あなたとんでもないことやったんですよ……!」
 沙耶は、小さく、でもしっかりと真由の目を見つめて言った。
「なんのこと?」
「あたしが、今こうしてここにいること」
「やっぱり魔法が効いたのね!」
「シッ、声が大きい」
「ごめん、でもよかった。ほんとに効いて」
「よくないんです。沙耶は死んでいるんです。二日前に魂は、あの世にいっていたんです。人間は死ぬことが分かると、怖さや諦めから、魂だけ先に、あの世に行っちゃう人がいるんです。死ぬまでの何十時間は、いわば惰性みたいなもので、魂の無い状態なんです。こういうのを易学では『死相』が出ていると言います。あたしは、そんな沙耶の体を借りて、あなたに忠告にきたんです」
「じゃ……あなたは?」
「正体は言えないけど、この世のものじゃありません。でも、二つ言っときます。あたしはこの体が死ぬまで小野田沙耶として生きていくんです! それと……もういいわ、あなたを傷つけるだけだから。アドレスの交換やってもらえます?」
「え、ええいいわよ」
「これからは、時々真由さんに連絡しなければいけないことが起きそうだから」

 ちょうどそこへ、沙耶のクラスの子たちがやってきて、ピーチクやり始めたので、沙耶は、それに合わせ、真由は教室に帰った。

 真由は、まだ本当には自分の力が分かってはいなかった……。

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高校ライトノベル・時かける少女・42『女子高生怪盗ミナコ・8』

2019-03-19 06:05:13 | 時かける少女

時かける少女・42 
『女子高生怪盗ミナコ・8』 
      



 渋谷で妙な事件が起こった。ガングロ茶髪のギャルたちが集団に襲われたのだ。

 ところが、暴行もされなければ、なにを取られるわけでもなかった。
 ギャル達が数名でたむろしていると、どこからともなく、ごく普通の若者たちが十人ほどで取り囲む。ほんの二三秒取り囲み、姿を消すと、ギャルたちは素っ裸にされ、ルーズソックスさえ身につけていない。髪は黒髪や地毛にもどされ、山姥のようなメイクも取られ、スッピンにされる。
 周囲の人たちが「ええ!」「うわ!」「なんで!」とか声を上げ、JK達も気づく。

「きゃ!」「ぎょえ!」「なんで!」「ハズイぜ!」「分け分かんない!」

 その後、また別の集団が集まり、学校の校則通りの制服を着せていく。JKたちは、とても恥ずかしそうに、その場を三々五々離れていく。
 同じようなことが、池袋や新宿でも起こり、ギャル達は二日ほどで、姿を消してしまった。

「へえ、へんな追いはぎもいるもんだなあ……」
 爺ちゃんは薩摩白波をチビチビやりながら、テレビのニュースを観ていた。

――それでは、ここでいったんコマーシャルです――

 見慣れた女性タレントの長距離恋愛をテーマにしたJRのコマーシャルである。時間に間に合わせようと懸命にホームに向かう女性……ここまでは、いつものCMであった。
 その後、彼女は走ることを止め、カメラに向かって話し始めた。
「これ見て、ガン黒茶パツにしてた子の頭蓋骨。かわいそうだけど、一人だけ標本になってもらった。ね、骨まで茶色になっちゃうんだよお。ちなみに、この子はアツミ。明日ハチ公前に置いときます。知り合いの人取りに来てあげてね。あ、それから同業者のミナコちゃん。これ観てるかなあ……観てたら、あたしの上いってごらん。待ってます。あ、こんな顔してるけど、ミナミです。じゃ、提供は、みなさんのJR東海でした」

 そのあとスタジオは騒然とした。

――いま、不適切な映像・音声が流れました。原因は調査中です。分かり次第、視聴者のみなさんにはお伝え致します。くり返します……――
「おもしれえ、ミナコ、ご指名の挑戦状だぜ。どうする、受けるか、それとも布団被って寝ちまうか?」
「あたりき、布団被って……」
 ミナコは布団を被ってしまった。
「しょうがねえな、おめえにゃ意地ってもんが……」
 爺ちゃんが布団をめくると、ミナコの姿はなく、丸めた布団に書き置きが貼り付けてあった。
「本気になりやがったな。このオレが気配も感じなかったもんな……フフフ」

 爺ちゃんは、残った薩摩白波をなみなみと注いで、気持ちよく飲み干した……。

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高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・003『渡辺真智香の復活』

2019-03-18 13:51:45 | 小説

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・003

『渡辺真智香の復活』 

 

 

 おさおさ怠りは無いはずだった。

 

 七十三年ぶりの復活。

 復活するにあたっては条件を出してある。

 普通の女学生をやらせて欲しい。

 魔王は「そうさせてやりたいんだが……」と奥歯にものの挟まった言い方をした。魔王というのは渾身ハッタリで生きているようなところがあって、こういう時にも視線を逸らしたり、顔を背けたりはしない。自分の不手際であっても――それは魔法少女たる、お前次第だ――という責任転嫁をする。

 咎め立てていてはチャンスが逃げて行ってしまいそうなので大人しくケルベロスの車に乗った。

 あ、ケルベロスってのは魔王の秘書というか世話係。伝説では双頭の犬ということになっているが、年齢不詳の男。オッサンの時もあるしニイチャンの時もある、どうかすると少年のナリをしていることもある。ま、魔界の事はボチボチと。

 復活が許されたのは日暮里にある都立日暮里高校。

 通称ポリコウ。偏差値55という平凡な学校。平穏な女学生の生活を送るにはちょうどいいステージなんだろうけど。

 日暮里というのが気になる。東京の山の手がストンと落ちて関東平野が広がる境目に当たる。なんだか境目とか結界をイメージさせる。じっさい日暮里駅の構内には荒川区と台東区の境界がある。ほかに、駅前の太田道灌の銅像などにイワクを感じるのだが、普通の生活を目指すので詮索はしない。

 

 クラスは二年B組だ。

 ガラス窓から降り注ぐ早春の陽光にくるまれて、左手にブェルレーヌの文庫本、右手に箸を持ってお弁当を頂く。

 昭和十七年、学習院の春、級友の女生徒たちと机を囲んで以来の事。

 つい気が緩んだのだろう、陽光とヴェェルレーヌの明るさに、つい無意識に魔法とも言えぬ技を使ってしまった。

  仕方がない、ヴェルレーヌの言葉は春の木漏れ日のように調子がいいのだ。教室に残っている弁当組は、みな二三人で机を囲み、自分たちの取り留めもない談笑に余念がない。

 うかつだった。

 食堂利用者と分類されていた要海友里が息せき切って戻ってきて、自分の弁当を取り出したところで、浮遊する弁当のおかずを目撃してしまったのだ。普通に箸を使って食べていたのだが、ついヴェルレーヌに熱中し魔界の食べ方をしてしまっていた。

 え? ええ!?

 一瞬遅れておかずを弁当箱に戻したのだが、友里は息をのんで驚いている。わたしのことを気に留めない級友たちも友里に注目する。

「あ、要海さんもお弁当なんだ」

「は、はいいい!」

 友里は頭のてっぺんから声を出した。

「よかったら、いっしょに食べない?」

 友人として取り込まざるを得なくなった。

 

  講師の安倍晴美もそうだ。

 まんべんなく刷り込んでおいた疑似記憶が、こいつには効いていなかった。

 五時間目の授業に来た彼女は――窓際の席が一つ多い上に見たことのない生徒が座っている――と見抜いてしまった。

 放置しておくと「あんた誰?」と聞きそうになっているので正直焦った。

 運よく授業が遅れそうだったので、彼女は深入りしてこなかった。

 すぐに彼女のノートを書き換えて事なきを得た。まあ、今週末には期限の切れる非常勤講師、放っておいてもいいだろう。

 

 わたし、元魔法少女渡辺真智香が復活した。普通の女学生として、いや、今は女子高生というのか。

 とにかく、二度と戦わないと心に決めた。

 

 

 

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高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・03『乗れた!!』

2019-03-18 06:37:55 | 小説6

高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・03
『乗れた!!』
        


 100回以上コケて自転車に乗れるようになった。

 100回以上というのは、100回目で、それ以上数えることを止めてしまったからだ。
 105回かもしれず、170回ほどかもしれない。
 数えることを止めたとといのは、不貞腐れたというんじゃなくて、ヘゲヘゲになって数える気力が無くなったから。
 尾道にいたころ、比叡山のお坊さんが『千日回峰行』という命がけの修行を成し遂げたというニュースをテレビで観た。
 お終いのころには意識ももうろうとするようで、テレビの画面を通しても、幽霊のようにやつれた姿が痛々しかった。
 わたしは、あの時のお坊さんのようになってしまっているんだ……乗れるようになったら、あのお坊さんみたいにテレビで紹介されるのかなあ……これだけやつれたら、体重の5キロくらいは痩せて、ぐっとスリムな美智子になれるんだ。そんなことを思っていた。

 ほれ、あと一周!

 京ちゃんに叱咤され、言い返す気力もなくてペダルをこいだ。
 一周と言っても、うちの駐車場だ。装甲車とか戦車とかジープとかがゴロゴロしている。その合間を縫っての一周だから、障害物競走のようなものだ。
「ゴール!」
 京ちゃんが叫んだ時には、ドウっと、自転車ごとひっくり返ってしまった。もう限界なんだ。
 やっぱ、十四歳で自転車の稽古だなんて無理なんだ……もう自転車になんか乗れなくてもいい。
 ひっくり返った目には戦車と装甲車に縁どられた空が茜色になって「もうお終い」を暗示している。

「おめでとう! 乗れたやんか!」

「乗れた? なんで?」
 いぶかしがるわたしに、京ちゃんが続ける。
「最後の一周は、あたし、後ろに着いてただけやねんで。ミッチは一人で一周したんや!」

 実感が湧くのに数秒かかった。

 自分が感動しているのは、茜色の空が滲んできたことで理解した。

「ミッチ、おめでとう!」

 番頭格のシゲさんが乾杯の音頭をとってくれた。
 お母さんは「今日あたり乗れるようになる」と踏んで、記念の宴会の準備をしてくれていた。
 駐車場にバーベキューの用意がされ、恐縮する京ちゃんも混ぜて、宴会になった。
「大阪に来て、一番目出度い宴会だなあ!」
 遅れて戻って来たお父さんやらバイトさんたちも含めて文字通りの大宴会に発展した。
 いつも仕事ばっかりのお父さんやお母さんが気にかけてくれていたのが、とても嬉しかった。

 口にこそ出さなかったけど、住み慣れた尾道を離れて大阪に来るのは辛かったんだ。大阪に来るのには、ここでは言い切れない事情と気持ちがあるんだ。

 人に気を遣われるのは苦手、苦手だから気を遣われる前に気を遣う。
 そんなのくたびれるだろう。シゲさんは言う。
「そんな、気なんか使ってないよ」と、気を遣ってしまう。

 でも、今夜の大宴会は、自分にも達成感があったせいか、気を遣っているという重しがとれた。

 それもこれも、もう生まれた時からの友だちみたくなっている京ちゃんのお蔭だと思った!
 

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高校ライトノベル・メタモルフォーゼ・19・ちょっとちょっと!

2019-03-18 06:27:53 | 小説3

 


メタモルフォーゼ・19・ちょっとちょっと!    

 




 年が明けた成人式の日、メンバー最年長の堀部八重さんが卒業した。

 突然の卒業宣言に驚いたけど、八重さんの卒業の言葉で、あたしの人生が変わった。

「KGR46も、もう八年目になります。わたしは二十歳で第一期生になり、もう、今年の春には二十八になります。古いといわれるかもしれませんが、KGRとして、みなさんに夢をお届けするには、少し歳をとってしまったかな……メンバーもそれなりに歳を重ねて、少し大人びた表現をすることも多くなってきました。あ、みんながババアになったって意味じゃありませんので、怒るなよナミミ(KGRのリーダー)ナミミは永遠の少女だよ……て言ったら、今度は泣くだろ。勘弁してよ。わたしは、次のステップにすすみます。一人のアーティストとしてがんばります……で、わたしの後釜のポジションを指名していきます。あとは、チームRの渡辺美優に任せたいと思います」

 一瞬の静寂の後、会場いっぱいの拍手。あたしは実感のないまま、メンバーに背中を押されて八重さんと並んだ。
「美優は、わたしが見込んだんだから、しっかり頼むわよ!」
 そういってハグされてやっと八重さんと、そのポジションの重さ。そして、あたしに託された思いが伝わって、涙が溢れてきた。

 あたしは、この数ヶ月で、進二(だったかな?)から、美優という演劇部の女子高生になり、県の中央大会で、最優秀をとり、KGRのオーディションに受かってしまい、とうとう八重さんの後釜に指名された。まるでおとぎ話。

 高校演劇の関東大会は、急遽武道館に会場が変更された。予定していたS県のホールでは観客が収まらないからだ。
 予選のときは、ただの女子部員だったけど、今は、KGRの選抜メンバーだ。で、実行委員長の先生から、こう言われた。
「悪いけど、渡辺さんはプロなので、審査対象から外します」
「は……それは、仕方ないことですね」
「で、君の受売高校の作品は『ダウンロ-ド』……一人芝居だ。で、上演作品そのものを外さなければならない、分かってくれるね。受売の替わりには県で優秀賞をとったM高校に出てもらう」
 承知せざるを得なかった。

 最初と終わりにKGRの選抜メンバーによるパフォーマンスをやった。そうしないと、観客の九割が受売高校だけを見て帰ってしまうからだ。
 会場費は放送局が負担した。そのかわり放映権を獲得し、半分以上あたしの『ダウンロード』に尺を費やした。事実上の渡辺美優の『ダウンロード』と、KGRのコンサートみたいなものになった。 
 なんだか申し訳ない気がしたが、運営の先生方も気を遣ってくださり、貢献賞という例年にない賞を臨時に作ってくださった。

 そして、それが事実上の高校生活の終わりだった。

 県立の受売高校では、とても必要な出席日数をこなせず。三年からは芸能人が多く通うH高校に転校して、芸能活動との両立をはかった。
「オレのことなんか、直ぐに忘れてしまうかもしれないけど……これ、受け取ってくれ」
 健介が、制服の第二ボタンを外して、あたしにくれた。あたしはカバンで隠してそれを受け取った。どこでスクープされるか分からないからだ。

 健介は、いろいろ芸能記者や、週刊誌の記者に聞かれたようだけど、第二ボタンの件も含め、ネタになりそうなことは、いっさい喋らなかった。

 あたしのKGRの活動は、八重さんと同じ二十八才まで続け、卒業した。

 卒業し、ピンでの仕事も順調だった。二十九で大河ドラマの主役もやり、主演映画を含め四本の映画に出て、どうやら、女優として生きていくんだ。そう自覚したときガンになった、脳腫瘍と言った方がいいかもしれない。

 二年間治療しながら、仕事もこなした。

 そして……あの声が聞こえた。

「あなたは、二人分の人生と、その運命を背負っているの。進二と美優。だから、人生を半分ずつにした。どちらか一人にしても、あなたの寿命はここまで。よくがんばったわね」
――そうだったんだ……――
 そのあと、もう一言、そう思った。

 そうして美優と進二は永遠になった……。

 

 メタモルフォーゼ……完

 

 ちょっとちょっと!

 きれいごとで終わらせないでくれる!?

 進二、あんた、けっきょくわたしに任せっぱなしだったでしょーがあ!

 メタモルフォーゼとか言って、双子のわたしにあずけっぱなしで、高二からずっと引きこもりっぱなしじゃない!

 こんなことで幕下ろせないから、もっかい十七歳に戻ってやん直しなさい!

 ちょ、どこいくの!? 

 そっちは天国の門……させるかああああ!

 逃げんなあ、そっちは阿弥陀様の極楽!

 待てええええええええ!

 ドスン!

 あ、ごめん。

 ぶつかるつもりなかったんだよ。進二、体力無さすぎ……だめだって、ここでふらついちゃ!

 あ、そっちは地獄の入り口!

 もーー! 世話焼けんなあ!

 あやうく地獄に足を突っ込むところで、美優は進二の襟首を掴まえた……。

 

 おしまい……♡

 

 

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高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・3(助けた命 助けられなかった命・2)

2019-03-18 05:58:37 | 小説4

秘録エロイムエッサイム・3
(助けた命 助けられなかった命・2)



 朝倉真由が通うA女学院は、最寄りの駅から歩いて八分ぐらいの高台にある。

 今朝は、この坂道に10分以上かかってしまった。
 ついさっきのことが頭から離れないのである。
 目の前でG高の女生徒が、特急に跳ね飛ばされ大惨事に……なったはずである。
――だめ!――と、反射的に思って目をつぶった。
 そして、目を開けると、G高の女生徒は、何事もなく特急が通過したあとのホームを歩いて、真由と同じ車両の隣のシートに座った。そして、A高の一つ手前の駅で降りて行った。

 坂を上って学校が近くなり、同じA高の生徒たちの群れに混ざってしまうと、あれは夢だったんだという思いが強くなった。今朝は朝寝坊して少し寝ぼけていた。だから、駅に着いた時も、頭のどこかが眠ったままで幻を見たんだ。真由は、今朝の出来事を、そう結論付けた。そう思わせるに十分な青空が真由の上には広がっている。

 学校では箕作図書館が焼けたことが少し話題になっていたが、ほとんどいつもの学校だった。真由も一時間目の英語の長ったらしい板書を写しているうちに忘れてしまった。

「朝倉さん、いらっしゃいますか?」

 昼休みお弁当を食べ終わると、見知らぬ一年生が、教室の入り口でクラスの生徒に聞いていた。
「真由だったら、窓際」
 そう言われて、その子は、ニコニコ笑顔で、真由たちのブロックに近づいてきた。ブロックの仲間が、一斉に、その子と真由を見比べた――知り合い?――仲間たちは、そういう顔をしていた。
「突然すみません。小野田沙耶っていいます。朝倉さんが一年のとき一緒だった小野田麻耶の妹です」
 そう言えば、どことなく麻耶に似ていた。でも性格は真逆のようで、上級生の教室に入ってきても、ぜんぜん緊張していなかった。真由の知っている姉の麻耶は、教室でも目立たない子で、席が近くだったので、少しは喋るという程度の仲でしかなかった。

 その妹が何の用だろう。

 南側の階段の踊り場で話をすることにした。日当たりが良くて、人目を気にせずに話ができるからである。

「今朝、G高の生徒が死にかけましたね」

 ギョッとした。

 自分自身やっと白昼夢だと整理したばかりのことであり、誰にも喋っていない。それをこの子はなぜ知っているんだろう。真由は口をパクパクさせ、額に脂汗が吹き出してパニック寸前になった。
「落ち着いてください。あのG高の子は死んだんですけど。朝倉さんが助けたんです」
「あ、あたしが? え? え? どうやって? どういうこと?」
「一瞬『ダメ!』って思ったでしょ。あれで助けてしまったんです」
「そんな、あたしに魔法が使えるとでも言うの……」
「ええ、今朝から。朝起きた時におでこに血文字が浮き上がっていたでしょ?」
「……あれも、本当にあったことなの?」
「夕べ、箕作図書館が焼けました。あれで魔道書の封印が解かれて、朝倉さんの頭に焼き付いたんです。朝倉さんの四代前のお婆さんはイギリスから来た人です。四代が限界なんです……魔道を受け継ぐの。正式な魔法の使い方をお教えしておきます。心の中で『エロイムエッサイム、エロイムエッサイム』と唱えてください。意味は『神よ、悪魔よ』という呼びかけ。コールサインですね。あとは念ずれば、たいていのことは叶います。叶わないのは『この世よなくなれ』と『わたしを殺せ』という内容のことだけです。別に使命を与えられたなんて、安できのラノベみたいに考えなくていいですから。あなたは、魔道継承の適任者だった。それだけですから」
「小野田さん、あなた……」
「落ち着いてください。真由さん、あなたは死ぬはずだった人間を助けてしまったんです、ただの恐怖心から。帳尻が合いません。代わりにいま喋っている、この子が死にます。でも、気に掛けないでください。この子は明日事故で死ぬはずなんです。それが一日早くなるだけですから。それじゃ」
 それだけ言うと、沙耶は皮肉とも励ましともとれる笑顔を残して、階段を下りて行った。

 そして、五時間目の教室移動の途中で、小野田沙耶は階段を踏み外し、首の骨を折って死んでしまった。

 真由は、死ぬべき人間を助け。たった一日とは言え、生きているはずの人間を殺してしまった……。

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高校ライトノベル・時かける少女・41『女子高生怪盗ミナコ・7』

2019-03-18 05:47:32 | 時かける少女

時かける少女・41 
『女子高生怪盗ミナコ・7』 
    

  

 美少女怪盗現る! 

 三面のトップに見出しが踊った!

 と、言ってもミナコのことではない。
 ミナコは、この秋に発表された『千と千尋の神隠し』を、なんと身銭をきって観にいき、感動状態のままである。

「爺ちゃん、あたしがやってることって、やっぱ泥棒なんだよね……千尋みたいなのが、やっぱ、人間のあるべき姿なのかも……だから、ハクも助けてくれるんだよね」
「あのな、ミナコ……」
 ミナコは、縁側から吹き込んでくる夕立あとのそよ風に髪をなぶらせ、ぼんやりと空を見上げている。
「ち、イッチョマエにタソガレやがって。五十年早えぜ……」
 爺ちゃんは、新聞の切り抜きを石川五右衛門の神棚に供えると、片手拝みして、映画館に行った。

「ミナコ、おめえのは、浅いんだよ……」
「そんなことないよ。KYKで盗んできた揚げ方の通りだから、立派にきつね色だよ」
 ドロボーは、あらゆるモノに化けなければならないので、世の中の職人や技術者がやることは、その修行段階で、確実にものになっている。
「メンチカツのことを言ってるんじゃねえ。むろん、関係はあるけどよ。『千と千尋』は、道を究めた上での人間性や救済を言ってるんだ。単にドロボーを否定したもんじゃねえ。千尋は、名前と親を取られたことで覚醒していくんだよ」
 爺ちゃんは、メンチカツの二口目を囓りながら、DVDの再生ボタンを押した。

「分かったか?」
「……なんとなく」

 二人で観たのは『ルパン三世・カリオストルの城』と『ラピュタ』だった。共に『千尋』同様ジブリの作品で、ドロボーの美学について触れている。
「これを見なよ」
 爺ちゃんは、新聞の切り抜きを神棚から降ろして、ミナコに見せた。
「な、なによ、これ!?」
「一歩先を越されたな」

 新聞には、『紅のミナミ参上』の張り紙と、サーチライトで照らされたミナミの黒ずくめの全身像と、高解像したミナミの口元だけを隠した顔のアップが出ていた。
 高階屋で行われていた大英帝国秘宝展、そこに出されていたヴィクトリアという国宝級のダイアモンドをまんまと盗み、わざわざ、高階屋の屋上で決めポーズをして撮らせた写真である。このあとミナミは、高階屋の屋上裏から飛び降り、着地したときには、抜け殻のような黒装束しか残していなかった。

「ダイアモンドは換金し、元来の持ち主であるインドの1000の福祉団体に振り込む」
 達筆な茜色の文字で、添え書きが、いっしょに送られていた。
「キザな女郎だぜ」
 そういう爺ちゃんの目には、久々に闘志が湧いてきた。

「怪盗ミナミ……上等じゃない、アイウエオ順じゃ、ミナコの方が上だわよ……」
 祖父と背中合わせで、ライバル登場に燃えるミナコであった……。

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高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・002『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』

2019-03-17 14:26:04 | 小説

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・002

『渡辺真智香を認識 安倍晴美の場合』 

 

 

 今週いっぱいでお役御免だ。

 

 仕方がない、任期一か月の非常勤講師なんだから。

 えーと、残り時間は二時間ずつ……と思っていたら、B組が最後の授業だ。

 進路部の要請で金曜の授業を進路説明会に明け渡したんだ。

 非常勤講師と言う立場上「はい」と言わざるを得ない。

 もっとも、非常勤講師なんだから授業進度をきっちり揃えて本職さんに引き継ぐ義務なんてない。

「B組は、ここまでしか進んでいません」と返事しておけば済む話だ。

 でも、性分なんだ。仕事はきっちり済ませたい。

 きっちり済ませて次の学校……決まってるわけじゃないけど、都立高校は200校以上ある。国語・地歴・公民・保健体育と四つも免許持ってりゃ、どこかに口はあるだろう。産休、病休、介護休暇、本職の先生たちには様々な特権がある。その特権行使のお蔭でわたしたち講師の口があるんだもんね。

 教案のプランノートを開く。

 えーと……仕方がない、今日の板書はプリントで済ませよう。中島敦の山月記だ、要点をチャチャっと済ませて「孤高な自尊心とか才能」のプラスマイナスを楽しく話してやろう。個人的には中島敦は嫌いだけどね。

 博学才穎(はくがくさいえい、読みの問題で必ず出す)とか「卑吏に甘んずるを潔しとせず」とか、反吐が出る。おまけに、境遇に拗ねまくって虎に変身するなんてさ、虎をバカにしてません? タイガースファンが黙ってないと思うよ、大阪とかで山月記を教える自信ないねえ……ぶつぶつ言ってるうちにプリントができあがり。早いこと印刷して昼ご飯食べなきゃ。授業するってのは力仕事だからね、食べなきゃやってらんねえ。

 国語準備室を出て印刷室に急ぐ。

 階段を下りて二階の廊下に差しかかったところで生徒とニアミス。

 ウワッ!

 そいつは、そのまま二階への階段を駆け上がっていく。B組の要海友里だ。

 成績は真ん中。日暮里高校で真ん中だから東京全体じゃ中の上。ルックスもスタイルもイケてるんだけど、自分では平凡だと思ってるだろう。自分の事を平凡か、それ以下と思うことを心の安全弁にしている。石橋をたたいて苦笑いするタイプ。壊しもしなければ渡ろうともしない。人生損するぞ、気が付いたら魔法少女厄年マヂカ! なんだぞ。

 でも、要海友里はノンコ(野々村典子)と清美(藤本清美)とお友だちで昼は三人揃って食堂のはず……てか、そんなことを覚えてる非常勤講師ってどーよ?

 本職になったら、ずいぶんお役に立つと思うんだけど、もう連続ウン回落ちまくってる採用試験。

 

 起立 礼 着席

 

 ちゃんと始業の挨拶をやってくれる。

 さっさと教室入れえええ! などと怒鳴らなくて済む。いい学校だよポリ高はさ。

 チャッチャと出席取って授業に入る。

 と言っても、出席点呼をないがしろにはしない。

 受け持ちクラスの座席表は揃えている。自慢じゃないけど、受け持ってる生徒は、座席込みで全部覚えてる。

 それだけで分かるんだけど、空席になってるところは必ず呼名点呼する。出欠と言うのは場合によっては学年末の当落に影響する。ミスは許されないのだ、いざという時に「正確にとってました!」と言い切るために手は抜かない。

 で、あれ?

 窓際の席が一つ多い上に見たことのない生徒が座っている。

 出席簿に貼ってある座席表をチラ見。

 そこには渡辺真智香と書いてある。

 なんちゅうか……同性で、ずっと大人のわたしが見てもドキッとするような美少女だ!

 人は美しいものを見ると瞳孔が開きっぱなしになる。

 目がスースーする、きっと開きっぱなしの瞳孔のせいだ。

 でも不審は不審。あなた、前からいたっけ?

 いつもなら聞く。ごくたまによそのクラスとか学年とか、時によっては他校生が混じっていることがある。制服さえ着ていれば不審には思われない。ほかの生徒もめんどうに巻き込まれるのはやだから、たいていポーカーフェイス。自分のノートを確認、窓側の席は出席簿のそれよりも一個少ない。渡辺真智香という生徒は存在していないのだ。

 あんた誰?

 喉まで出かかったんだけど、あえて聞かない。だって、こに一時間でB組はおしまいだから。山月記終わらなきゃいけないから。

 授業を終えて、職員室で聞いてみる。

「B組の渡辺真智香……」

「ああ、今日はいっそう美人に磨きがかかってましたねえ」

 今日は?

「入学以来、学年一、いや、日暮里一番でしょうねえ」

 入学以来?

 職員室に備え付けのクラスの集合写真と個人写真を確認する。

 2年B組36番 渡辺真智香

 教室で見たのと同じベッピンぶりで写っている。

 念のため、自家製の座席表を再確認……ちゃんと、窓側最後尾の席に渡辺真智香の名前があった。

 

 だめだ、今日は早く帰って寝よう。

 

 

 

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高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・02『自転車に乗られへん!?』

2019-03-17 06:54:25 | 小説6

ひょいと自転車に乗って・02
『自転車に乗られへん!?』
        

 もっと肩の力抜いて!

 もう十回は言われてる。

「あ、あ、あ、あーーーー!」

 ガシャン!

 またしても装甲車にぶつかってしまった。
 
 自転車に乗れるようになろうと、一念発起したわたしは、外環沿いにあるうちの駐車場で練習している。
 師匠は京ちゃん。
 学校が終わると、そのまま駐車場に来て教えてくれている。
 京ちゃんは、高安に来てからの数少ない友だち。で、わたしに自転車に乗ることを強く勧めてくれた、天使だか悪魔だか、よく分からない存在。

 自転車に乗れたら世界が広がるよ。

 そう言ってくれた京ちゃんは天使だったと思う。
 でも、何度失敗しても、やり直しを指せる京ちゃんは悪魔だ。

 今日だけでも二十回以上はぶつかったり、自転車ごと転んだりしている。
 膝と肘ににはプロテクター、頭にはヘルメットを被っているんだけど、あちこちが痛い。

 うちの駐車場を使っているのは、適当な広さがあるから……だけではない。
 うちは、軍用車両を中心として、撮影やらイベント用に特殊車両を貸し出したり販売したりする会社をやっている。
 いかつい装甲車やら戦車ばかりなので、普通の車のように、ぶつけても傷つくことが無い。ぐるっと塀に囲まれているので恥ずかしいところを見られることもない。
 中学二年にもなって、幼稚園の子どものようにフラフラと自転車の稽古をしているところを見られるのは、絶対いや!
「言うたでしょ、自転車は回転することで遠心力が働いてコケんようになるのん。これは物理法則! 猿やなかったら学習しなさいよ!」
 京ちゃんは、まことに厳しい。コーチを頼むんじゃなかったと、十回目くらいの後悔。

 稽古に入る前に、京ちゃんは、スクラップの中から自転車の車輪を取り出し、転がして見せてくれた。
 車輪はゆっくり走って、スピードがゼロになると倒れる。それで、自転車は倒れないものだと言うことを学習させてくれた。
「なるほどね~、うん、分かった!」
 頭では分かるんだけど、いざ、自転車に跨ってみると全然ダメだ。体が理解していない。
「これ持ってみなさいよ」
 京ちゃんは、車輪に鉄の棒を通したものを突き付けた。
「しっかり持ってなさいよ!」
 そう言うと、勢いよく車輪を回した。
「よし、それを横に倒してみて!」
「う、うん……あ、あれ?」
 まるで、オバケが邪魔してるみたいに、車輪は倒せない。
「それが遠心力。動いてる自転車は、それくらい安定してるものなんよ」
「なるほどーー」

 そうして、再び訓練にいそしむわたしなのだ。

 一念発起したのには理由がある。

 こないだの勤労体験で、集合時間に間に合わないので、お母さんに車で送ってもらった。
 その車が、ただの車ではなかった。アメリカ軍のM8グレイハウンドという装甲車。
 待ち合わせのグル-プの子たちだけではなく、本町交差点に居合わせた全ての人に驚かれた。
「如月さん(わたしの苗字)、ガルパン同好会に入らへんか!」
「装甲車で来るなんて、並のミリタリーオタクやないで。埋もれさせとくのんはもったいない!」
「オタクの鑑や!」
「ぜひ入って!」
 と、男子に迫られた。
 そんなのに入れられちゃたまらないので、つい言ってしまった。
「あ、わたし自転車に乗れないから、それで仕方なく、あれで送ってもらったの! 別にガルパンオタクってわけじゃないから!」
 すると、オタク男子の目つきが変わった。

「「「「自転車に乗られへん!?」」」」

 その声にクラスのみんなが振り返り、珍獣を見るような眼差しになった。
 で、京ちゃんを師匠にして、猛特訓が始まったというわけなのです!

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高校ライトノベル・メタモルフォーゼ・18・環境ごとメタモルフォーゼ

2019-03-17 06:43:01 | 小説3

メタモルフォーゼ・18・環境ごとメタモルフォーゼ        


 カオルさんのお葬式の帰り、思い出してしまった!

 年末には、お父さんとお兄ちゃんが帰ってくる。あたしが女子になったこと、まだ知らない。
 あたしは、もう99%美優になってしまっていて、バカみたいだけどメタモルフォーゼしてから、ちっとも思い至らなかった。

「どうしよう、お母さん。年末には、お父さんも、お兄ちゃんも帰ってくるよ」
「そうよ、近頃は盆と正月だけになっちゃったもんね、楽しみね。でも男なんか三日でヤになっちゃうだろうな」
「いや、だから……」
「いまや、美優もKGR46のメンバーなんだからさ。胸張ってりゃいいのよ」
「だって、お母さん……進二は?」
「進二……だれ、それ?」
「あ、あの……」
 あたしは一人称として「ぼく」とは言えなくなってしまっていたので、自分の顔を指した。
「美優……知ってたの。あなたが男の子だったら、その名前になってたこと。うちは女が三人続いたから、最後は男で締めくくろうって思ってたんだけどね。麗美は小さくて分かってなかったけど、留美と美麗は『おちんちんが無いよ!』ってむくれてたわよ」
「あたし、最初っから美優……」
「そうよ、それよりゴマメ炒るの手伝って。お母さんお煮染めしなきゃなんないから」
「ダメよ、紅白の練習とかあるし」
「え、美優、紅白出るの!?」
 仕事納めから帰ってきた留美ネエが、耳ざとく玄関で叫んだ。
「うん、三列目だけど……あ、もう行かなくっちゃ!」

 深夜にレッスンから帰ってきて、自分の持ち物を探してみた。

 そこには進二であったころの痕跡は、一つも無かった。CDに収まっているはずの進二時代の写真も無かった。
「どういうこと、これ……」
「そういうこと……」
 レミネエが寝言とオナラを同時にカマした。

 二十九日からは、それどころじゃ無くなってきた。レコ大(レコード大賞)と紅白への追い込みが激烈になってきた。
 レコ大は大賞こそAKBに持って行かれたけど、KGRも「最優秀歌唱賞」を獲得。その晩タクシーで家に帰ると……。
「美優、おめでとう! しばらく見ないうちに、ほんとにアイドルらしくなったなあ!」
 お父さんが、赤い顔でハグしてきた。お酒臭さがたまんなかったけど……。
「ごめん、あした紅白。ちょっと寝かせて……」
「おお、そうしろそうしろ」
 進一兄ちゃんが、これまた酒臭い顔で寄ってくる。
「悪いけど、お風呂まで付いてこないでくれる!」
「明日起きたら、サインとかしてくれる?」
 あたしは無言でお風呂に入り、鼻の下までお湯に漬かって考えた。

 いや、考えるのを止めた。

 どうやら、あたしを取り巻く環境ごとメタモルフォーゼしてしまったようだ……。

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高校ライトノベル・秘録エロイムエッサイム・2(助けた命 助けられなかった命・1)

2019-03-17 06:36:21 | 小説4

秘録エロイムエッサイム・2
(助けた命 助けられなかった命・1)



 荒い息のまま改札を抜けてホームにたどりついた。

「ああ、よっこいしょ……と」
 思わずお婆さんのような言葉が口をついて出る。隣に腰かけたキャリア風のオネエサンがクスクス笑っている。朝倉真由は真っ赤になった。
「ごめんなさい。出るわよね、朝急いで電車の席に座れたときなんか」
「アハハ、ども」
 真由は自分の中にお婆さんがいるような気がしたが、すぐにこの言葉が自然な年ごろになるんだと開き直り、当駅仕立ての準急に乗れたことをラッキーと思ったが、束の間だった。八十ぐらいのお婆ちゃんが真由の前に立ってしまった。
「あ、どうぞ」
 真由は潔く立って席を譲った。
「どうも、ありがとね」
 お婆ちゃんは素直に座ってくれた。こういう時、変に遠慮されると気恥ずかしいものである。キャリア風が「ナイス」というような顔をした。真由はこういうのが苦手だ。コックンと目で挨拶して反対側の吊革につかまった。

 島型のホームなので、電車を待つ人、ホームを歩く人が良く見える。真由は、こういう時退屈しない。人間と言うのは、なんだかんだ言ってもアナログの極みで、電車を待つという行動だけで千差万別である。それを観察しているだけで楽しいほどではないが時間つぶしにはなる。
 この準急は、特急の通過待ちなので、発車まで二分近くある。観察は、より深くなる。ホームにいる大半の人がスマホや携帯を見ている。集団の中の孤独という言葉が浮かんで思わず写メる。真由の、ささやかな趣味。いろいろ撮っては自分一人で楽しんでいる。一頃友達に見せたりしていたが、コピーされてSNSに流されたことがある。男女の学生風が至近距離ですれ違う瞬間、女子学生が偶然目をつぶって、切り取ったコマは、まるで二人がキスする直前のように見えた。関係者が、この写メに気づいて、冷やかしのコメントでいっぱいになり、本人とおぼしき女学生が「迷惑している」という書き込みをしていたので、それ以来、自分一人の楽しみにしている。

――G高いいな。あの制服のモデルチェンジは正解だよ――

 そう思って見ていると、刹那無意識に人を避け、避けた重心を戻せず、あろうことか線路側によろめいて落ちた。

 危ない!

 そこを特急が通過!
 血しぶきをあげて、女生徒の体はバラバラになって弾き飛ばされた!

――だめ!――

 瞬間心で強く思った。目はつぶったがスマホのシャッターは切っていた。
 阿鼻叫喚になる……はずであったが、特急は、何事もなく轟音を立てながら通過していった。跳ね飛ばされたはずの女生徒は、スマホを見ながら平然と準急にのってきた。そして真由の横で吊革につかまった。
――え、なんで……?――
 習慣でスマホを見る。いま撮ったばかりの惨劇が写っていた。思わず口を押えた……そして、写メはしだいに薄くなって、当たり前のホームの朝の姿に戻っていった……。

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高校ライトノベル・時かける少女・40『女子高生怪盗ミナコ・6』

2019-03-17 06:22:49 | 時かける少女

時かける少女・40 
『女子高生怪盗ミナコ・6』 
      


 琴子の前に出た五十がらみの男が簑島工業の工場長と名刺交換をした。

 名刺には、山城繊維(株)工場長 郷田源一 と書かれ、口を一文字に結んでいた。
「うちのカーボン繊維は、どんなガスバーナーでも、穴も開きません、焼き切ることもできません」
 ニコリともせずに、昭和の叩き上げ工場長は言った。
「うちのガスバーナーは、どんな金属でも穴も開き、焼き切るのはもちろん、蒸発させてみせます」
 簑島の工場長は、相手が荒川の町工場であることもあり、余裕の笑みをこぼした。
 琴子は、いつになく緊張し、顔を青ざめさせていた。
「郷田さん、大丈夫……」
 郷田は、額の汗を拭い、黙って頷いた。

 このバーサスには裏がある。

 簑島工業のバックには、四菱産業が付いており、米軍の新鋭戦闘機F-35の主翼のカーボン繊維を受注の一歩手前まで持ってきていた。そこに思わぬ対抗馬が現れた、荒川で細々と金属と繊維という畑の違う仕事をコツコツと続けてきた山城工業である。山城工業は以前は中堅の会社であったが、保科産業の株操作で三億の赤字を出して倒産。以来、荒川に引っ込んで、細々と下請けの仕事に甘んじてきた。
 しかし、郷田工場長がコツコツ開発してきたカーボン繊維をアメリカ軍が目を付け、新鋭戦闘機の素材にしようとしていたのだ。お陰で、それまで四菱の採用は、ほとんど御破算になりかけてしまったのだ。
 そこで、四菱はスポンサーとなり、『バーサス』という番組を立ち上げた。

 全ては、山城繊維を引き出すためであった。

 簑島工業の、試合会場には、様々なカメラや検知機が仕掛けてあった。全ては、山城のカーボン繊維の特製や、性能を知るためである。
 山城繊維の社長は悩んだ。勝てば、その情報は四菱に筒抜けで、そのコピーを、格段に安い価格でアメリカに提供し、勝利され、仕事を持って行かれる。
 わざと、劣った製品を持っていけば、プラグマティズムのアメリカは、四菱を躊躇無く選ぶだろう。
 どちらに転んでも、山城繊維に分がない、必敗の試合であった。

 ミナコは、そんな事情も知らず、テレビスタッフに紛れ、爺ちゃんに言われた通り「負けた方の素材」を盗む準備をしていた。

「さあ、ガスバーナーのトップメーカー簑島が、職人気質の山城繊維を焼き切るでしょうか!? はたまた伝統の日本の職人が、簑島のガスバーナーの灼熱の炎に耐えるでしょうか!? 勝負は三十分。いよいよのスタートのゴングが鳴り響きます!」

 カーーーーーーーン!!
 
 ミナコのインカムに付けられたカメラから、映像は謙三爺ちゃんのもとにライブで送られている。五分、十分、二十分たっても勝負はつかなかった。バーナーは白に近い炎を山城の炭素繊維に吹き付け、山城の炭素繊維は、真っ赤になりながらも、よく耐えていた。

「いやあ、まいりました。ここまで強靱な相手だとは思いませんでした」
 簑島の工場長は、悔し涙にくれる社員を尻目に、にこやかに握手の手を差しのべた。
「汚えぜ、四菱。これでスペックは、全部盗めたわけだ。日本人も地に落ちたもんだ。郷田さんよ、あんたの技術者根性は立派だけどよ……ん、郷田さん、その目は……」

 郷田は、晴れ晴れとした勝利者の顔をしていた。琴子一人が落ち込んでいる。

「そんなら、そーと言ってよね! このガスバーナー、バラして持ってくんの大変だったんだからね!」
 ミナコは、頭に来ていた。
「あ、すまねえ。そんなものはいらねえよ」
 と、帰るなり爺ちゃんが言ったからである。

 謙三爺ちゃんは、こう思っていた。

 郷田は秘密を守るために、ニセモノを持ってきて、わざと負けるだろうと。負けたら、その屑をミナコに回収させ、盗品の成分分析屋に調べさせるつもりだった。そして、渡りを付けた米軍の関係者にニセモノと知らせるつもりだったのだ。
 ところが、郷田の、あの晴れ晴れとした顔を見た爺ちゃんはピンと来て、米軍の関係者に連絡をとった。

「山城繊維は、新製品のサンプルを送ってきたよ。試験中だが、前のより二割以上はいいスペックだ」

 そう、郷田は現用のものより優れたものを開発し、送ってから、現用品で勝負に出たのである。
 爺ちゃんは、ひそかに、このことを保科産業の社長にも知らせてやった。
「ハハ、さすが山城のとこの工場長だ、取引銀行に言って、山城に融資するように言っときますよ。しかし、これで、ますますですなあ」
「何が、ますますだい?」
「ま、それは、いずれ」

「バッキャロー、保科のセガレなんかにミナコをやれるか……」
 そうボヤキながら、爺ちゃんは風呂に向かった。
「もう、どうしてロックしてんのに入ってくるかなあ!」
 ミナコが前を隠しながら、いつものように怒った。
「こんなの、無意識で外しちゃうぜ。しかしミナコも、気配消して風呂に入れるようになったんだなあ」
「この、エロジジイ、知ってたくせに!」

 と、いつもの祖父と孫娘であった……。

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高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・001『渡辺真智香を認識 要海友里の場合』

2019-03-16 17:20:27 | 小説

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・001

『渡辺真智香を認識 要海友里の場合』 

 

 

 ☆要海友里(ようかいゆり)の認識

 券売機の前まで来て気づいた……今日からお弁当だったんだ。

「ごめん、すっかり忘れてた💦」

「そっか、そだったよね」

「……」

 ノンコは直ぐに分かってくれたけど、清美はちょっと嫌な顔をした。

 友達付き合いを優先するならお弁当は頭の隅に押しやって、ノンコ・清美といっしょにお昼する。そいで、お弁当は放課後にでも食べて帳尻を合わせる。ふつうの女子ならそうするだろう。わたしだってレギュラーな事情ならそうする。

 でもでも、お弁当を先延ばしにして放課後食べたとすると、晩御飯が食べづらくなる。晩ご飯の箸が進まなければ(お母さん)が心配する。お父さんだって「あれ?」って思う。そういうのは避けたい。最悪な場合、放課後になって、またお弁当の事を忘れて家に帰って鞄を開けて気づくということになりかねない。こっそりお弁当を処理する方法も理論的には可能だけど、そんなズルをやって平気でいる自信は無い。なんたって(お母さん)が初めて作ってくれたお弁当なのだ。きちんとお昼に食べると言う正当な選択肢しかない。

「ごめん、また今度ね!」

 二人を片手拝みにして教室に戻る。

 教室はお弁当組の半分が思い思いにお弁当を広げている。半分と言うのは、教室の外や他の教室で食べてる人がいるので半分になる。たいていの子は二三人で机をくっ付けて楽し気に食べている。ひとりで食べている子はめったに居ない……が、一人いた。

 出席番号一つ違いの渡辺真智香。

 一つ違いなんで学年の最初は前と後ろの席同士だった。一学期の中間テストが終わって席替え、それからは近所の席になったことは無い。それまで二言三言しか話したことが無い。

 なんというか、とっつきにくい。

 あ、原因はたぶんわたし。

 なんたって渡辺さんは美少女だ。気後れしてしまって話すきっかけがね……類は友を呼ぶというやつで、わたしの友だちは、さっきのノンコ(野々村典子)とか清美(藤本清美)とかの普通人。勉強そこそこ、容姿そこそこ、女子高生としての偏差値55くらいの人たち。渡辺さんは、いまも一人でお弁当食べているとおり、少し孤高の優等生。個人情報だから具体的な数字を知ってるわけじゃないけど、先生たちの接し方を見ても相当の優等生。偏差値マックス!

 おまけに美人、チョー美人。

 優等生でチョー美人なんだから、もう近寄れません!

 でもって、わたしも初めてのお弁当なので、つい窓際でボッチランチしてる渡辺さんを視野に入れてしまう。

 視野に入れると言っても、視界の端っこにとらえるだけ。

 平均的なハイスクールである都立日暮里高校の生徒はめったにガン見なんかしないんだよ。

 渡辺さんは、午後の日差しの中窓枠を額縁にして、まるでフェルメールの絵のようよ!

 なんか文庫本を読みがら楚々と食べている……ん?

 ガン見してしまった。

 え? ええ!?

 なんと、おかずの玉子焼きやらウィンナー、それにご飯の一口分が渡辺さんの顔の前にポワポワ浮いて、渡辺さんがお口を開けると、まるでデススターに宇宙艇が戻るように入っていくではないか!

 あり得ない。

 思った瞬間、おかずや一口ご飯はお弁当箱の中に戻った!

 でもって、渡辺さんと目があってしまった。まさにシマッタ!という感じ。

「あ、要海さんもお弁当なんだ」

「は、はいいい!」

 てっぺんから声が出てしまった。

「よかったら、いっしょに食べない?」

 ニッコリと、天使だか悪魔だか分からない笑顔で言われてしまった。

 

 とんでもない物語が始まってしまった……。

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高校ライトノベル・ひょいと自転車に乗って・01『尾道育ちだから』

2019-03-16 06:38:03 | 小説6

ひょいと自転車に乗って・01
『尾道育ちだから』


 尾道育ちだから自転車には乗れない。

 このことで、自分を卑下したり、つまらなく思ったことは無い。
 尾道は坂の街だから、大の大人でも自転車に乗らない人が多い。
 流行りの電動自転車でも、尾道の坂道には歯が立たない。
 坂そのものが、電動自転車でも受け付けないほど急なところもあるし、道が入り組んでいたり段差があったり。

 でも、そこが尾道のいいところで、流行りの言葉で言うと『3Dの街』なんだ。

 坂を下りたり上ったり曲がったり、すると思いもかけない世界が広がったり入り込んだり。
 わたしの妄想癖は、多分に尾道が3Dであったことが影響しているんだと思う。

 でも、自転車に乗れない(乗らない)ことを意識したことはなかった。

「自転車に乗れたら世界が広がるよ」
 京ちゃんが、形のいい眉をヘタレにして言ってきたので、そうかなあ……と、人生で初めて思った。
 京ちゃんは、この九月、高安に引っ越してきて、たった一人友だちになってくれたクラスメート。

 先月の勤労体験で八尾本町の歯ブラシ工場に行ったんだけど、待ち合わせの本町交差点が分からない。

「え、どこなの?」
 すると、歯ブラシ工場組のみんなが「え?」という顔になった。
 雰囲気から、八尾市民なら「空は頭の上にある」というくらいに当たり前らしいということが察せられた。
「ほんなら、あたしが迎えに行ったげるわ」
 と言ってくれたのが京ちゃん。

 その当日「お早うございます」と迎えに来てくれた京ちゃんは自転車に乗っていた。

「え、自転車に、よう乗らんのん?」
 自転車に跨ったまま、京ちゃんは控えめに驚いた。
 本町交差点というのは自転車で行かなければ時間的に間に合わないところにあるらしく、わたしも京ちゃんも途方にくれた。

 わたしのことなんか放っておいて、一人で行けばいいんだけど、そんな薄情なことはできない京ちゃんなんだ。

「仕方ない、送ったたげよう」
 見かねたお母さんが言ってくれて、その日一台だけ残っていた営業用の車で送ってくれることになった。

 え、えええーーーーー!!

 待ち合わせ場所に着くと、グループの仲間どころか、交差点にいた全ての人に驚かれてしまった。
 乗ってきたのは外車なんだけど、ちょっと普通じゃない。

 M8グレイハウンド     

 37ミリ砲を搭載したアメリカの装甲車。
 家は、映画やイベントで使う特殊車両のレンタルをやっている。その事業拡大のために八尾は高安に引っ越してきたのだ。

「「「「「「うわー、ガルパンやんけ!!」」」」」」

 グループの男子が口を揃えた。
「帰りは普通の車で迎えに来るから」
 そう言い残して、お母さんはグレイハウンドを運転していった。

 このことがあって、京ちゃんは、わたしに自転車に乗ることを強く勧めた。

 本当は、恥ずかしさからなんだけど、京ちゃんは真実を言っていた。

 自転車に乗れるたら世界が広がるよ。

 自転車に乗れるようになったら、またお目にかかります。  美智子

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