これほど上手くいくとは思わなかった。
殺したという意識さえ湧いてこない。
摩耶のことは最初から気に入らなかった。
もともと偏差値41という都下でも最低クラスのS高校に来るような奴じゃない。摩耶は気弱な瑠璃が熱心にS高校を勧めるので来たのだ。
そのイイコちゃんぶりが気に入らなかった。
摩耶に痛手を与えるのには、瑠璃をイジメるのが手っ取り早かったが、学校も瑠璃のことには気を付けていたし、摩耶は勘が良く、イジメを仕掛けても、事前に察知して、そのほとんどをかわしてしまう。
一度トイレの個室に仲間といっしょに籠って、摩耶が瑠璃の付き添いでやってきたところを四人で襲ったが、たった二十秒で四人ともノサレてしまった。おまけに足腰立たなくなった無様な姿を写メに撮られて脅迫される始末だった。
「今度のことは先生たちには言わないわ。その代り、今度こんなことをやったら、この写メばらまいてやるから……いいわね佐和!」
手下三人は這う這うの体で逃げてしまい、佐和は股関節をしたたかにやられて、しばらく起き上がることもできず、床の水が制服を通してパンツにまで浸みてきたころに、ようやくトイレから這い出してきた。
この件があってから、手下どもにも睨みが利かなくなった。佐和は知恵を巡らし、援交で親しくなったテレビ局の美術のオッサンに相談した。オッサンは風采は上がらないが、作る小道具はハリウッドからも注目されるほどの者だった。オッサンは未成年を相手にしてしまった後ろめたさから、絶品の小道具を用意してくれた。
その日は病院に寄ってから瑠璃が登校する日だったので、摩耶は、下足室で瑠璃がお父さんに連れてこられるのを待っていた。
上手い具合に下足室には誰もいなかった。
瑠璃の到着が遅れたので、もう始業の鐘がなっている。
――ちょっとした事故で、到着が遅れます――
瑠璃のおとうさんからのメールは、想像力の強い摩耶を不安にさせていた。
――なにかあったんだろうか――
そう思った瞬間、下足ロッカーの向こうから、何かが投げ込まれた。
ビシャ!
嫌な音をさせて落ちてきたのは、ザクロのように割れた瑠璃の生首だった!
ウッ………………!
摩耶は、悲鳴を上げる暇も無く、その場に倒れこみ、そのまま息絶えてしまった。
警察の所見は若年性の心臓発作だった。
ただ詳しいことは病理解剖してみなくては分からない。摩耶の両親は嘆き悲しんだが、病理解剖は拒否した。
そして、いま葬儀会館で通夜の真っ最中である。
――ツイテいたんだ、あたし――
ソラ涙を流しながら、佐和は焼香の順が回ってくるのを待っていた。作り物の生首は直ぐに回収し、佐和の悪戯はバレていない。ほんとうは脅かすだけのつもりだった。摩耶が無様に驚いてひっくり返った時の写真か動画を撮れればいいと思った。じっさい摩耶が昇降口の簀の子の上にあおむけに倒れた写真は撮ってある。むろん、摩耶がショックで頓死してしまったので、フォルダーに保存したままでSNSはおろか、仲間内にも流してはいない。この葬式を無事に躱せば、全てが終わる。
それは親族焼香の途中で起こった。
にこやかな摩耶の遺影が一瞬憤怒の表情に変わり、棺の隙間から大量のドライアイスの霧が吹きだした!