目の前に座ったのは、東京にいるはずのタクミ・レオタール三曹だった。
どうして!?
「非常事態になったんでね、立川から追い出されてきた」
「追い出された!?」
「もうあり得ないと思うんだけど、君を通してボクの情報が外に漏れないための用心なんだ」
「あたし、ここにいるから、タクミくんのことは分からないのに」
「なんだけどね、こういう事態のときは、リスクを最小にしておくのが自衛隊なんだ。ボクと君がいっしょなら管理にかかる費用も人員も半分で済むしね……やっぱ、大阪の部隊は飯もうまいしね」
「え、自衛隊って、どこにいても一緒じゃないの?」
「装備はともかく、食い物は部隊で相当な違いがある。ダシの取り方から、ご飯の炊き方まで。ここのカツ丼はカツのパン粉の立ち方から違う」
そう言われて、ダシに浸っていないカツを一口かじってみると確かに歯触りも、カツの味わいも学食などとは段違いだった。もう、ここにきて一か月余りになるというのに、食べ物の美味しさも分からなかった。
「このS駐屯地の烹炊で除隊したら、ミナミの食べ物屋さんで包丁が握れるっていいますよ」
デザートのきつねうどんを食べながら柿崎さんが言った。
――可愛い人だな――
急にタクミ君の想念が飛び込んできて、吹き出しそうになった。
「どうかした?」
「レオタール三曹が柿崎さんのこと可愛いって」
「言ったの?」
「ううん、思った気持ちが伝わってきたの」
「え、まだ心が読めるの? もうとっくに、その能力はなくなったと思ったのに。今だって、ボクが声かけるまで気づかなかったじゃないか」
「強い想念は感じるみたい」
「ハハ、光栄ね」
「柿崎さん、一曹だから僕よりは年上だと思うんだけど、いくつなんですか?」
「防衛機密よ」
「柿崎さん、最初に会った時は女子高生のナリだったのよ。あたしも分からなかった」
「そういう仕事だからね。でも、佐倉さんの能力がまだ残っているとは、正直なとこ、あたしも思ってなかった」
「ええ、思ってないのに、あたし幽閉されてたんですか!?」
「穏やかに言ってよね。一応佐倉さんも合意の上なんだから」
「自衛隊は念には念をだからね」
「転属申告は済んでるんでしょうね?」
「してなきゃ、こんなとこで気楽にカツ丼食ってないっすよ」
「よし、じゃ、あたしが営内案内したげよう」
「あ、あたしも連れてってください。あたし、この駐屯地で知ってるのは、自分の部屋がある建物と営門までだから」
「あ、案内してなかったっけ?」
というわけで、あたしとタクミ君は柿崎さんに営内を案内してもらった。駐屯地の周辺には六つの学校があるけど、駐屯地の敷地はその全部を合わせた倍以上の広さがある……らしい。
いっしょに歩いているとタクミ君の想念が次第に強く感じられるようになってきた。
――立川の方が広いかな……女の子は、こっちの方がいけてるか……食い物もいいし、しばらく居候やるのもいいか……柿崎さん小柄だけど、いいプロポーションだな……――
「ハハハ……」
思わず笑ってしまった。
「なにか可笑しい?」
柿崎さんが振り返る。
「職務熱心なレオタール三曹が研究熱心に……駐屯地を観察していて」
「職務熱心で、結構です」
タクミ君が「ありがとう」というような目配せをした。
そこに着いた時、急にタクミ君の心が読めなくなった……。
「これが駐屯地の宝物。さざれ石よ」
そこには、しめ縄と立て看板がなければ、ただの建築廃材のコンクリートの塊にしか見えない苔むした石があった……。