鳴かぬなら 信長転生記
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……!?
「はあ……また一杯になったぁ(;'∀')」
ため息をつくと、ポケットからケースを取り出して二度目のSDカードを交換する孫権。
「ううん、三回目よ」
ぶっきらぼうに腕組みし、ジト目で孫権の撮影に付き添う市。
「時間ならまだ大丈夫だからな」
足元の打ち水は乾き始めているが、背後の茶室に人の気配はない。
利休の配慮と信玄・謙信の阿吽の呼吸だ。
呉王就任祝いの答礼に、新米国王の仲謀孫権みずからが学院に足を運んできているのだ。
「いやあ、扶桑見物をする絶好の機会ですから(^_^;)」
単なる外交辞令かと思ったが、学院に着くや否や、一時間足らず、すでに三回もカードを入れ替えている。
「デジカメは取り過ぎちゃっていけませんねえ……いやあ、それにしても扶桑は魅力的すぎます!」
「皇帝になったら、そのデジカメも撮れなくなるんじゃないの?」
「いやなこと言わないでくださいよ、シイ……いや市さん(^_^;)」
「皇帝なんだから、もうちょっと貫録付けなきゃね」
「アハハ、そんなのもは戴冠式の時だけでいいんですよ。それまでは……それからでも、ボクはチュ-ボウです。呉王でもありません……ああ、御山を借景にした茶室もいいですねえ、ちょっと垣根の外からも撮ってきま~す」
お付きのガードが慌てて配置を変える。お付きの者は大変だろうが、見ている分には面白い。
大魔神になった曹操は武漢で潰え、茶姫、大橋、孔明は阿修羅といっしょに消えてしまった。
劉備も孫策も三国志の皇帝になることは拒んだ。
曹操に並んで三国志の英雄である劉備と孫策、そのどちらが三国志皇帝となっても、万里の長城以南はまとまらないだろう。元来が危うい均衡の上に共存していたんだ。
だからこその天下三分の計。
天下三分の計は三傑が揃っていてこそ成り立つ。
劉備と孫策の共同提案で暫定的に仲謀孫権が皇帝位に就くことになった。
三国志でも扶桑でも、孫権は陽気なカメラ小僧としてしか認識されていない。孫権が皇帝である限り、三国志で戦争は起こらないだろう。いわば、三国志はモラトリアムの時代に入る。
三国志の安定はとりもなおさず扶桑の平和。
応援しないわけにはいかない。
「ねえ、リュドミラさんと武蔵さんの写真は、どれがいいと思いますか!?」
垣根の外に出ると、SDカードを一枚目に戻して二人の踊り子の写真を見せる孫権。傍には備忘録と検品長が真面目な顔で立っている。
「いやぁ、あの二人にせっつかれてるんですよ。戴冠記念のパンフとイベントに使う写真、ぜんぶボクが選ぶことにしちゃいましたからねぇ(^_^;)」
リュドミラと武蔵は豊盃パサージュの専属ダンサーになり、周末にパサージュのステージで踊る他に市内各地でモデルをしたりダンスの指導にもあたっている。
パサージュそのものも書籍範老夫婦が「大橋さんがお戻りになるまで」ということで経営にあたってくれ指南街の陳麗と明花がサポートしてくれている。
「陳麗も明花も将来は指南街の土地を買い戻して学校を作るっていってます(^▽^)」
「あそこは、ショッピングモールができたんじゃないの?」
「そうなんですけどもね『指南街は歴史的な文教地区、商業施設がいつまでも続くわけがない』って強気なんですよ(^▽^)」
こいつ、二人を後押しする気満々だ(^_^;)。
「いろいろありますけど、最後は武漢決戦ですねえ(^◇^)/」
あの激闘の写真は、ゴジラの最新作を偲ばせる迫力だ。
阿修羅の写真がよく撮れている。憤怒の中の寂しさ愛おしさが滲み出て、孫権が阿修羅を単なるモンスターやラスボスとして捉えていないことがよく分かる。
「孫権」
「はい?」
「阿修羅のこと、気づいていたのか?」
阿修羅の言葉は直接俺と市の心に響いてきたもので、周囲に居た人間には聞こえていないはずだ。
「あ……たんに表情からです。曹操の大魔神が成敗された後だったんで、余計にそう見えたのかも……でも、怪物だけど……この表情は残しておきたいと思ったんです」
「……ありがとう、ありがとう孫権」
振り向くと市の目が真っ赤だ。
「市さん……」
「あ、茶室の方、聞いてくるね!」
たまらずに市が駆けた先には利休が立っていて、何やら市に話している。「うんうん」と子どものように頷く市。
「みんなあ、お天気がいいから御山で野点(のだて)にしないかって!」
「おお、それはいいなあ!」
俺も大きな声で応えてやると、子どもの頃のように泣き笑いでウンウンと大きく頷く。
パシャパシャ
「いいお顔です」
「そうだろ、この信長の妹だからな」
「いいえ、信長さんもです」
「……で、あるか」
もう一度振り返ると、信玄と謙信が馬を足掻かせ、二人の軍配と采配がキラリと輝き野点の車列と馬の列が動き始めた。
御山が近づくと風の中、久々にあっちゃん(熱田大神)の声。
――転生の準備が整ったわよ――
「なに?」
――御山に着いたら天照さんの指示に従って――
「まだ転生はせぬぞ」
――え(OωO; ) !?――
「決めたことだ」
――え、え?……じゃあ(;'∀')!?――
「是非もなし」
――え……あ……ああ、もう、このバカ信長ぁ!――
声は御山の方に消えていく。
御山に着くと天照がめちゃくちゃ怖い顔をして現れて、目が合うと思い切り「イーーーダ(`皿´) !」をされてしまうが、ついでに持ってきたシフォンケーキのカップはしっかり持っていかれてしまう。
見上げた空は子どもの頃、干し柿齧りながら見上げた尾張の空のように澄んでいたぞ。
鳴かぬなら 信長転生記 完
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主