あたしのあした
お尻の穴が見えたら危ないないらしい。
「恵一、あたしはどうかなあ?」
ジャージとパンツを脱いでむき出しのお尻を向けてみた。
恵一の戸惑ったような気配がする。
「ね、どーよ?」
恵一が鼻をクンカクンカさせた……と思ったら、廊下に出て行く気配。
「恵一」
振り返ったら、恵一は居なかった。リビングに行ってしまったみたい。
「もうーーー」
一度お尻をしまい、壁にかかった鏡を外して風呂場に持って行く。
浴室の扉を閉めて鏡を立てかける。これで大きめの合わせ鏡のできあがり。
「これでいけるかなあ……」
浴室の鏡の中に立てかけた鏡が見える。膝立ちしたらいけそうだ。
もう一度お尻をむき出しにし、立膝で鏡を見る。
「やっぱね……」
小ぶりお尻には思っていたよりも肉が付いていて、当然ながらお尻の穴は見えない。
野坂昭如の小説を読んでいたんだ。
『火垂るの墓』みたいな欺瞞的な小説じゃない。
小説では、妹は五歳くらいで病気で亡くなる。
実際の妹は赤ん坊で、その赤ん坊に配給されたミルクを野坂はついつい飲んでしまって、赤ん坊は餓死したんだ。
妹を死なせてしまったけど、野坂は死んでなんかいない。
そのあとも生き延びて、いろいろ悪いことをやって少年院にいれられる。終戦直後のことだけどね。
当時は食糧事情が悪くって、少年院の中でも、次々に少年たちは死んでいった。
後ろから見てお尻の穴が見えるくらい、お尻の肉が痩せてしまうとお迎えが近いらしい。
この三か月引きこもりで五キロ痩せた。あんまし食べないからだ。
この半月はほとんど食べていない。匂い、食べ物の匂いが⇒臭いになってしまった。
特に炊き立てのご飯なんて最悪。
無理に食べても(お母さんに悪いから、一応は食べる)すぐにリバースしてしまう。
五キロくらい痩せても死なないんだ。
野坂さん、ごめんなさい。
野坂さんは、もっと苦しかったんだよね。お尻の穴が見えるくらい痩せるって生半可なことじゃないんだよね。
部屋に戻って、ツケッパのパソコンで「女子高生の自殺」と検索してみる……。
それから、久しぶりに制服に着替える。
「恵一……」
小さな声だけど、聞こえたようで、リビングから恵一が戻って来た。
「ちょっと出かけてくるね」
恵一は不思議そうな顔をしていたけど何も言わない。言わないけど、ちゃんと関心は持ってくれている。恵一は余計なことは喋らないんだ。
「じゃね」
ほんとは、スキンシップとかしたかったけど、止めた。
家を出て少し歩く。
なんだか暑いなあと思う。
そっか、まだ九月の半ばなんだ。あたしは、当たり前みたいに冬服を着ている。
家の中ではエアコン点けてるから、季節の移ろいというのが分からない。
赤信号で立ち止まる。
角店の方から気配……視線を向けると、ガラスに自分の姿が映っている。
あ…………と思った。
ガラスに映った自分の顔の真ん中に、大きな穴が開いていた。