紛らいもののセラ
「部長、アレンジミスです!」
「アレンジミスだと?」
「バスの転落事故です!」
「……詳細を報告せよ!」
部長天使サリエルは、またかという顔で、部下の課長天使に命じた。
「これです」
課長の返事と共にプロジェクターに詳報が浮かんだ。
「……谷底に落ちて炎上、乗員乗客全員死亡。無理のない結果だ」
サリエルは、そう言いながら、今日一日で死んだ200431人の死因と因果関係のチェックに余念が無く、課長天使の言葉を1秒後には忘れてしまった。
「……この中に世良セラが入ってしまいました」
「なんだと……!?」
サリエルの手がピタリと止まった。
「同姓同名ではなかろうな?」
「はい、係長、主査、主事以下三度ずつ調べましたが、あの世良セラに間違いありません」
「セラは、ラファエル大天使の計画には欠かせない人間、まだ70年ほどの余命があるはずだが」
「それが、ふと思い立って格安バスツアーにいくという想定外の行動に出まして……」
「クリストフォロス(旅行の聖人)の勇み足か。あいつ、このごろノルマの達成に目の色変わってるからな」
「平和は『国際的な相互理解から、世界の民を旅立たせよ』とか、指導が厳しゅうございますから。しかし、ミスはミス。抗議しておきましょうか?」
「バカ、そんなことをしたら、こちらにもトバッチリがくるではないか……時間を巻き戻して救けてしまおう!」
サリエルは、モニターを見ながら、事故直前まで時間を巻き戻した。
「ちょっと無理な設定だが、奇跡的に助かったってことにしよう」
「バスは50メートルも転落しています。助かったというのは……」
「割り当ての奇跡クーポンがあるだろう!」
「年始早々です、この先なにがあるか……」
「つべこべ言わずにやれ! このままでは始末書ぐらいじゃすまなくなるぞ!」
「は、はい、分かりました」
課長は、天使のパソコンに入力し始めた。
「ちょっ、なんでお前がわたしのパスワード知ってるんだ……?」
「あ、部長のパスワード簡単ですから……リエリサ……芸がないですね、名前のでんぐり返しだけじゃ……あ!」
「どうした!?」
サリエリが大きな声を出したので、周りの天使たちがびっくりした。
「いやあ、さすが部長のCPは高性能だと、びっくりしました。アハハハ」
「アハハ、それだけ大事な仕事をしているということだ! で……どうした?」
「セラの魂はすでに浄化されております……」
「そんな……天国には何百億って魂がいるんだぞ、部署も違うし、内部処理だけじゃすまなくなるぞ!」
「…………背に腹は代えられません」
「なにか、いい考えがあるのか?」
「2年連続勤務評定1で、堕天使になった者がおります。こいつのソウルを代わりに入れておきます」
「そ、それでいけ、それで。セラの経験や記憶は、まだ体の中にある。なんとか奇跡的生還で辻褄をあわそう」
こうやって、堕天使某のソウルはセラの肉体に宿った……。
「おーーい、ここに生存者がいるぞ!」
消防団員の一人が、崖に張り出した樹の枝に積もった雪の上、その真綿布団にくるまれたようなセラを発見したのは、生存者はいない模様と、地元警察が発表しようとしていた数分前、夜の白々明けのころであった。
もともとアメリカ人とのハーフで顔立ちの整ったセラではあったが『まるで眠れる天使のようだった』と発見した消防団員の弁であった。
「セラ、俺だ、竜介だ! 目を覚ませ!」
徹夜で車をとばしてきた兄の竜介が声をかけたとき、セラは意識を取り戻した。
「あ……お兄ちゃん」
それは奇跡的な、そして感動的な、セラ生還の声であった!