クララ ハイジを待ちながら
大橋むつお
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます
3 クララのいたずらリテラシー
時 ある日
所 クララの部屋
人物 クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)
シャルロッテが口を押えながらやってきて、部屋に入った堰を切ったように途端笑いだす。
シャルロッテ:アハハハハ、ああ、おっかしい! アハハハハ……お嬢様、今の最高でしたよ!
クララ:シャルロッテ、あなた見てたの?
シャルロッテ:ええ、おっかしくって。ここまで来るのに、笑いこらえるの必死でした!
クララ:でも二度目じゃね、インパクトないわよ。
シャルロッテ:いいえ、ロッテンマイヤーさん、三十秒はオロオロなさってましたわ。
クララ:え、すぐに気づいたんじゃないの?
シャルロッテ:いいえ、受話器たたいたり、電話線ひっぱったり。わたしはなんのことやら……でも受話器のポッチのとこにセロテープ貼っとくなんて、よく考えつきましたわね。あれじゃ、いくら受話器とっても鳴りやみませんものね。
クララ:ハハ、そうなんだ。シャルロッテ、今度はもっとすごいこと考えてんのよ。
シャルロッテ:どんなことなんですか?
クララ:新案特許よ。トイレの便座の一番下のとこにね、ラップを張っておくの。わかる? トイレで用を足そうとして一番上のフタを上げるでしょ、そして座って、なにをね、しようとしたら……。
シャルロッテ:まあ、それって……。
クララ:シャルが最初にひっかかったら、かわいそうだから言っとくね。あ、まだ実行するってとこまでは思い切ってないから(モニターに)アナタも、そう思う「やりすぎ」だって……う~ん……わたしの心の中にも、そう、心理的にね「いたずらリテラシー」ってのがあってね。今、審理中なのよね、ただ単なるドッキリの追求でもだめだしぃ、そこには審美的な要素もね、だからね、わたしの中で悪魔と天使が審理中……。
シャルロッテ:ウフフ……。
クララ:え、なにかおかしい?
シャルロッテ:だって、心理と審理と審美をかけたシャレでございましょう?
クララ:アハハ、あのね……。
シャルロッテ:あ、もう行かなくっちゃ。ロッテンマイヤーさんに叱られます!(いったん袖に駆け込む。派手に階段を転げ落ちる音と悲鳴。少し間を置き、腰をさすりながら登場)おトイレ入るときには気をつけますね(去る)
クララ:ああいう子なの。フィーリングはいいんだけど、わたしのことソンケーしすぎ。偶然にゴロが合っても、わたしのウィットだと思ってくれちゃうの。
あ、こないだのアナタのホメゴロシ、ちょっとムズイよ……え、相手には通じた?そりゃ、相手は専門のローリング族だもん「さすがはセダン。ゆっくり走ってもサマになる」通じて大爆笑でしょうけど、車のこと知らないと、ちょっとね……なによ、ちょっと顔がたそがれてるわよ……え、「なんでもない」?
フフ……こんなことばっかやってる自分が、ちょっと虚しくなってきたんでしょ。
だめだよ。引きこもっててもハートはちゃんとチューンしとかなきゃ。いつかは、外へ出なくっちゃいけないんだからね。
……そうね、今日はわたしがお話する番だったわね(パソコンを操作する。ホリゾントに映像が出るといい)これがアルムのオンジのお家。後ろにあるのがモミの木。
そう、有名な『アルムのモミの木』よ。ここでわたし歩けるようになった……すてきなわたしの思い出……ううん、ジャンプ台……わたし、自分が歩けるようになるなんて思いもしなかった、ほんとよ。
自分の足で立てることさえ夢だと思っていた……そう、みんなハイジのおかげよ。そこまではアナタも普通の人でも知ってるでしょ。
……え、アハハハ、そんな学校の読書感想文みたいなこと言わないでよ。「ハイジを育てたのはスイスアルプスの豊かな自然だった。その自然とそこに育つ心こそがクララを立たせ、歩かせた!」
そりゃそのとおりだけどね。あなたの国の憲法の前文みたいなものよそれって。「平和を愛する諸国民の公正と真義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した……で、国際社会に名誉ある地位を占めたい」アナタも覚えてんだここ……え、ハハハ……停学になったとき課題で十回も書かされた?
なんで停学になったの……え、先生に「こんにちは」って挨拶しただけ……なんで……側にいた友だちがタバコ喫ってた……それで、ソバテイ? おソバの定食? おソバと五目ご飯がいっしょになってるような……え、同席規定……タバコ喫ってる友だちの側にいただけで停学に。
そうなんだ……「喫うな、喫わすな、喫ったら離れろ」……なんだか火の用心の標語みたいね。
あ、あのね、アルプスの自然は豊かじゃないの。言うたかないけど……わかる? あ、笑った! おやじギャグなんかじゃないのよ、韻を踏んだのよ韻を……あのね、同じ音を重ねることによって、言葉や、文章にリズムが出てくるって、格調高い表現なのよ。
さっきの偶然のゴロ合わせのほうがおもしろい? ええと、なんだっけ……そうそう、アルプスの自然は言うたかないけど、豊かじゃないの。つまり食えない国だったのよ。
……その「くえない」じゃないわよ。スイスって、したたかでくえない国だけど、それは食えない国だったから……つまりね、昔は貧しくって食べていけない国だったの。
そう、文字通りよ。だから昔から男が体を売って……って、へんな想像しないでよね。
……そう、一種の出稼ぎ。傭兵よ、傭兵。外国に雇われて、兵隊になること。アナタの国にもいるでしょ、外国から来た人が介護士やら、看護師やってんの。あれの兵隊版。
そう、かっこよく言えば外人部隊。時にはスイス人同士が敵味方に分かれて戦うこともあったのよ。
フランス革命でバスティーユ牢獄が襲撃されたとき、バスティーユを守っていたのもスイス人の傭兵たち……え、世界史の授業みたい?
我慢して聞きなさい。この傭兵制度は1874年の憲法改正で、禁止されたんだけどね。
あ、バチカンだけは例外。ローマ法王がいらっしゃる世界最小の国。サンピエトロ大聖堂ってのがあって、今でもここの兵隊さんだけ、例外的にスイス人のオニイサンがやってるんだけどね。
まあ、それだけスイス人傭兵って信用があったのね。で、ハイジんとこのオンジがね若い頃やってたらしいの。オンジって分かるわよね。ハイジのおじいさん。へんくつ者で通ってたけど、オンジには、そういう背景があるのよ。
でも、その心の奥には責任感と、人と自然への豊かな愛情があるの。ハイジにはそのオンジの血が流れてる……その心に支えられて、このクララは立って歩けるようになった。ちょっとお茶を淹れるわね。