銀河太平記・022
漏電に見せかけてあった。
あまりに残念なので、ヒコが調べに行った。
普段は安全な乗り物しか使わないヒコが、レンタルのグライド(一人乗りパルスバイク)で往復二時間半で富士山を真正面に望む富士吉田の展望台に戻ってきたところ。
ほら、レプリケーターのレポート書こうとしていたら、ホームステイ先の小父さんからお詫びのメッセが来ていたでしょ。
いつも端正にキメている髪がメットでプレスされてペッタンコ。
こういうことにはお腹抱えて笑い転げるテルも神妙な顔で聞き入っている。
「前の日に急なメンテをやるって、電力会社が来ていじっていったんだけど、会社に問い合わせたら、そんなメンテはやっていないって、ご主人が言っていた」
「だれがやったのか分からねえのか?」
「認識モザイクがかかっていて、どこの防犯カメラにも写ってない。目撃者の記憶もモザイクされて復元のしようがないそうだ」
「警察は?」
「一応捜査に入ってるけど……これは靖国で陛下を襲った連中の仕業だ」
「本当かよ?」
「ああ、最終日の宿にもメンテが入るところだった」
「最後の宿も見に行ったのか?」
「ああ、行ったところで鉢合わせした。こいつらのは写真が撮れた」
ヒコが腕ごと差し出したハンベには、電力会社の作業服を着たオッサン二人が浮かび上がった。
「こいつらは、顔が見えるのね」
「うん、あらかじめアンチをかけておいたから、ボクのハンベだけは撮れたんだ」
「で、こいつらの正体は!?」
「あ、見えないにゃ!」
あたしとダッシュが顔を寄せたので、テルがピョンピョンする。
「こっちおいで」
ダッシュとの隙間を開けてやると、顔を捻じ込んでくる。
「あちこち迂回して顔認証をかけたんだ……これが正体だ」
ヒコがホログラムをワイプすると、指名手配の情報が出てきた。これは、相当高度なハッキング技術がないとアクセスできない、軍とか政府とかのサーバーを経由していることは、素人のあたしでも分かる。さすがは若年寄の息子。
「風魔銀二……!?」
「こいつ、まさか天狗党の!?」
「フェイクじゃなければね」
天狗党というのは地球と火星を股にかけて悪さをしているテロリストよ。金星に逃亡する途中で行方不明になってるはず……。
「もう一人はだえなのよさ?」
「こいつは、高度な光学擬態をかけてる。万世橋商会を通じて扶桑防衛軍のCPにかけてもらってる」
ああ、性能は良いけど別名『亀』と言われるぐらいに処理速度が遅いやつ。
「お、きたきた」
「いま『亀』って二つ名を思い出したから焦ったのかな?」
オッサンのポリゴンが崩れて、別の人間の姿を構成していく。数秒かかって、もとのオッサンよりも二回り小さい姿……女性のようだ。
「あ、こいつ!?」
「ダッシュ見覚えがあるの?」
「こいつだよ、アキバでおまえのパスポート盗んでいった……えと、加藤恵!」
「え、あの時の?」
驚いていると、ホログラムが動いて、ニヤニヤ笑いだした。
『やっと解析が終わったようね、ひょっとしたら、分からないままかと思ったけど、『亀』とはいえ、扶桑のCPは仕事はできるみたいね、褒めてあげるわ。ここからは忠告、さっさと火星に帰りなさい。今帰らなかったら、もう無事には火星に帰れないわよ、地球の人たちにも迷惑かかるかもね』
それだけ言うと、女性の方のホログラムはポリゴンに分解して消えてしまった。
「ヒコ、電源落としゅのよ!」
テルの忠告は一瞬遅かった。
「ウワ!」
ジジっと音がしたかと思うと、スパークを放ってヒコのハンベはクラッシュしてしまった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる