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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:005『図書カード』

2020-01-14 15:55:20 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:005

『図書カード』   

 

 

 お祖母ちゃんに図書館に連れて行ってもらう。

 

 田舎の図書館だけど、学校の図書室よりも充実している。

「うわー、ここが図書館!?」

 ぶったまげた。地上五階建て、地下駐車場とかもあって大規模!

 でも、入ってみて分かった。

 図書館は建物の一階と二階、それも東側半分。

 それでも、学校の図書室の三倍近くはある。

「図書カードを作ろう」

 お祖母ちゃんに付き添ってもらってカウンターに、眼鏡で委員長タイプの司書さんに「図書カードを作りたいんですけど」と申し出る。

「これに必要事項を記入して提出してください、問題が無ければ十分ほどでお作りします」

「はい、分かりました」

 学校ではあり得ないくらいのいい返事して、カウンターの端っこに移動して記入する。

 

 屯倉慈娘 16歳 ○○県○○市 大字○○1-2-3

 

 他に電話番号と携帯番号、スマホは持ってないのでシージのパソコンのアドレスを書いておしまい。

 書き上げて持っていくと、若い男の人と替わっていた。きっと交代時間だったんだ。

「えと……みやけじろうさん?」

 ルビを忘れていた。

 あたしの名前は初見では読めない。ひどい人になると『とんそうじむすめ』と読んだりする。苗字を正確に『みやけ』と発音しただけ上等。

「みやけじじって読みます」

「みやけじじ様、ありがとうございます」

 男の人は、きちんとルビを振ってくれて「これでよろしいでしょうか?」と確認してから端末のキーをカチャカチャ押して、端末がウィーーンて音がすると、きちんと両手に持って渡してくれた。

 きっと、この人はファミレスとかコンビニとかでバイトしたことがあるんだ。対応が慇懃だ。

 あたしは、慇懃は、あんまり好きでなかったりする。

 でも、慇懃には、きちんと慇懃で返す。

「ありがとうございました」

 お祖母ちゃんが、横で本の予約をしている。

「この本は入らないと思います」

 司書さんに指摘されてる。

「え『エロマンガ先生』だめなの? 『エロ事師』は借りれたわよ?」

「申し訳ありません、ライトノベルは置いてないんです」

「まあ、そう。ざ~んねん」

 お祖母ちゃんの声が大きいので、付近にいた人たちが注目している。

 注目には二つの意味がある。

 一つは『エロ』って殺傷能力の強い言葉。『エロ事師』は知らないけど『エロマンガ先生』は引きこもりの妹を血の繋がらないお兄ちゃんが健気に支えていくってお話で、あたしも好きだ。

 もう一つは、多分お祖母ちゃんのルックス。

 背が高くて色白のお祖母ちゃんは、ちょっと目には外人さん。

 じっさい、1/2フランス人。ジージも1/2フランス人。

 それがエロエロ~って口にするもんだからね。

 

 孫のあたしのフランス人率は1/16くらい……だと思うよね。

 それがジジババと同じ1/2だったりするから、話は面白い。

 

 

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魔法少女マヂカ・121『聖メイド服』

2020-01-14 12:44:26 | 小説

魔法少女マヂカ・121  

 
『聖メイド服』語り手:安倍晴美 

 

 

 一人暮らしの夜は寂しい。

 

 だから、まっすぐ1Kの我が家に帰ることはめったになくて、馴染みの日暮里の呑み屋さんを三軒、日替わりのように巡っている。

 日暮里は繊維関係の中小企業やお店が多いので、その勤め人やバイヤーの人たちが訪れる呑み屋が結構ある。

 池袋あたりに出張る選択肢もあるんだけど、一年契約の講師の身では、日暮里のリーズナブルな呑み屋の方が落ち着く。

「でもなあ……」

 一週間ぶりの呑み屋を横目に殺しながら、駅への道を選ぶ。

 来年度の採用が不明な今は出費を抑えなければならない。時間給同然の非常勤講師の口しか無かったら、収入は今の半分に落ちるだろう。

 そう思うと、ささやかなぜいたくも憚られる。

 ロータリーに差し掛かると、太田道灌の像が目に入る。双子玉川戦では彼と、その郎党どもを助けてやったが、知らん顔をしている。

 まあ、あの時は緊急事態で、時空の壁を超えていたからこそ助太刀ができたわけで、平時の今は、物言わぬ銅像であることが自然なのだろう。

 このまま電車に乗るか。

 決心して早歩き、すると自販機が目についた。

 ほんの一瞥をくれただけなんだけど、新発売の栄養ドリンク風の清涼飲料が目につく。

 ビクビタ 350ml 100円

 新発売の特別価格に思わず買ってしまう。

 

 グビグビグビ……

 

 腰に手をあててオッサン飲み。

 炭酸と、微妙にトロッとした薬臭さ。

 

 ああ、爽やか~~~~!

 

 思ったのは、ほんの十秒ほどだ。

 空き瓶を回収箱にぶち込むと、ゾクっと寒気がして催してきた。

「いかん、真冬に飲むもんじゃないな……」

 ブル

 身震い一つして駅のトイレを目指す。

 この時期、駅のトイレは一杯じゃないかと不安がよぎるが、用足しのためだけに喫茶店に向かうのも業腹だ。

 ええい、ままよ!

 案内に従ってたどり着いたトイレの前には『清掃中につき南側のトイレをお使いください』の札。

 くそ、漏れちまう!

 三十四という歳のあつかましさ、掃除の終わった個室に「ごめんなさい!」の一言で飛び込むことにする!

 運よく、清掃員は奥の用具庫に居るようで無人だ!

 ラッキー!

 心の中で快哉を叫んで用を足す……。

 

 嗚呼 嗚呼 開放感んんん……。

 

 つかの間の幸福感に包まれて、ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗って、これまた運よく空いていたシートに身を預ける。

 なんとチープな幸福なんだ……。

 車窓に残る残照と共にトイレに間に合って運よく座れたという幸福感は、次の駅の車内放送が流れるころには失せてしまった。

「おかえりハルミ」

 ドアを開けると、去年衝動買いした音声認識ロボットが出迎えてくれる。

 晴美のアクセントが可笑しい、晴海ふ頭の晴海のアクセントだよと教えるのだが、一向に憶えない。

 どうもネットに繋いで日本語のサンプリングに加わらないと精度が上がらないらしい。

 でも、そういう面倒なことは苦手なのでほったらかし。

 エアコンのスイッチを入れただけで、着替えもせずにベッドにぶっ倒れる。

 とりあえず、これで眠っちまってもオッケー……。

 

 人の気配にビクッと目が覚める。

 

「不用心だニャー、鍵開いてたニャー」

 ここの管理人はネコだったっけ?

 薄目を開けると、懐かしいやつが立っている。

「ミケニャン?」

「バジーナ・ミカエル・フォン・グルゼンシュタイン三世陛下のお使いニャ。サッサとこれに着替えて王国に出頭するニャ!」

 バサ

 わたしの顔に投げられたのは、もう二度と見ることもないと思っていた、わたしの聖メイド服だった!

 

 

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不思議の国のアリス・1『ミステリアス ジャパン』

2020-01-14 06:54:55 | 不思議の国のアリス

不思議の国のアリス・1
『ミステリアス ジャパン』      


 アリスは理解しようとしていた。

 ……不思議の国日本と不思議な日本人を。

 アリスは、交換留学生で、昨年の秋から、この浪速学院高校に来ている。
 浪速学院《なにわがくいん》は大阪の古い私学で、制服が昔ながらのセーラー服なのが、まず気に入った。日本でも少数派のセーラー服、アメリカ人の感覚では、欧米の昔のエスタブィッシュのイメージ。クールでプリティーなのだ。
 この、クールでプリティーのイメージから日本にアプローチしたことが、アリスの面白日本滞在記になる。

 アリスは、他の交換留学生と違って、かなり日本語ができる。ただし、アメリカで日本語を教えてくれたのはお隣に住んでいたTANAKAさんという日系のオバアチャンで、大阪弁の訛りがあった。TANAKAさんちは、英語と日本語のチャンポンだったが、日本語のことごとくが大阪弁。
 だから、ハイスクールの学年の終わりに日本への交換留学生の募集があったとき、アリスは、なんの迷いもなく大阪を選んだ。

 ホームステイは、渡辺さんというお家だ。

 黒門市場というところで大きな魚屋さんをやっていて、食事の時に、いつもおいしいお刺身や、お魚料理が出てくるので、とてもラッキーだと思った。
 お店は黒門市場だけど、住居は阿倍野区の住宅街にある。リビングの他に七つも部屋があり、日本人の平均的な住居より広く、最初は自分だけの部屋をあてがわれたが、同じ浪速高校に通っている千代子といっしょの大きな部屋に替えてもらった。千代子も六畳の手狭な部屋だったので、喜んで、これに賛同した。つまり、アリスと千代子は馬が合った。
 日本人の家は畳と障子だと思っていた(TANAKAさんのオバアチャンが言っていた) 
 でも、渡辺さんの家で畳の部屋は、お婆ちゃんの部屋だけだと知って驚いた。
 
 驚いたといえば、ウォシュレットだった。

 最初に使ったときはサプライズだった「ワオー!」と叫んでしまった。
 異邦人が初めてウォシュレットの洗礼を受けた衝撃は日本人には分からないと思う。
 あの衝撃が水だったら、ただの驚きだけで済んだんだろう。お湯だったのでパニックになった。
 なんちゅ-か、お尻が爆発して、その温かさだと錯覚してしまったのだ。はるかな地球の裏側で、お尻が爆発して、狭いトイレの中、みっともない格好で死ぬんだと思ってしまった。
「どないしたん!?」と、一番に駆けつけたのは千代子の弟で千太であった。
「ちょっとした騒ぎになったけど、今までふて腐れたような印象だった、中一の千太が、好意を持ってくれていることが分かり、安心した。日本人の男の子は素直に好意が表現できないことをTANAKAさんのオバアチャンに聞いていたので、素直に安心できたのだ。

 渡辺さんのところに来て、一週間目、ご近所でお葬式があった。

 アリスは不謹慎だとは思ったが霊柩車が見たくて、側で見ていたら雰囲気に飲み込まれて涙が出てきた。学校が行事で半日だったので、制服を着ていたのが、その後の展開をドラマチックにした。
 いつの間にか会葬者の中に紛れてしまい、焼香をすることになった。数珠が無いのに気づいた近所のオバチャンが貸してくれた。
 祭壇の写真で、亡くなったのは、その家のご主人と分かった。喪主の奥さんが笑顔で「サンキュー」と言ってくれた。他のアメリカ人なら分からなかっただろうけど、TANAKAさんのオバアチャンから聞いて、アリスは知っていた。日本人は悲しいときでも笑うんだ……それは悲しくも美しい笑顔なんだ!
 アリスは感動して涙が止まらなかった。数珠を返そうとしたらオバチャンが、「プレゼント フォー ユウ」と笑顔で言ってくれた。アリスの日本での宝物一号になった。
 ただ、霊柩車にはがっかりした。アメリカと変わらないトヨタのワゴンだった。TANAKAさんのオバアチャンには、日本の霊柩車は御殿のようにデコラティブなものだと聞いていたから。

「あそこの奥さん、とてもステキなミステリアススマイルやった!」

 千代子のママに話した。感動はやっぱ、人に伝えなくちゃいけない! アメリカ人の根性だ。
 スマホで、アメリカの友だちにも伝えると「mysterious!」や「impressive!」という言葉が返ってきた。
 お休み前にリビングに行くと、千代子のパパが言っていた。
「あそこの奥さん、旦那ごっつい保険金かけてたそうやな。ガン給付も付いて、奥さんニコニコやろなあ」
 
 アリスの日本での夢が一つ弾けて消えた……。

 

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巷説志忠屋繁盛記・6『それからのトコ&トモ』

2020-01-14 06:43:07 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・6
『それからのトコ&トモ』      

 
 この物語に出てくる志忠屋は実在しましたが、設定や、登場人物は全てフィクションです。



 ……それからと言うのは、前章で志忠屋の南隣の新米巡査をイジった後のことである。

「自分ら、あんまり純粋なお巡りさんイジるんやないでえ」

 タキさんにじんわりオコラレても、言葉も返せないアラフォーであった。ちなみに、アラフォーというと四十歳前を想像しがちであるが、このトコ&トモは、あくまで四捨五入してのアラフォーであるとおことわりしておく……にしては、やることが子どもっぽい。

「大滝はんがパトロールから帰ってきたら出られるで。なんせ、あの秋元巡査は勉強熱心で、大滝はんが帰ってきたら、質問攻めの勉強やからな」
 その言葉通り、大滝巡査部長が帰るのを待って、交番の前を何食わぬ顔で通り過ぎ、トコ&トモは、ちょっとだけセレブなカラオケ屋に行った。

 小田和正(オフコース)、鈴木雅之、レベッカ、中森明菜、とまぁ、世代的に相応しい曲を一通り歌ってしまい、勢いづいてAKBに挑戦したところでタソガレテしまった。
「どうも『UZA』はあかんな……」
 挑戦的な歌い出しが気に入って歌いだしたのだが、「運が良ければ愛し合えるかも~♪」「相手のことは考えなくていい~♪」の、あたりでタソガレだした。
「こんな子ら……ほんまの『UZA』なんか、分からへんねやろねえ……」
「ああ、トコちゃんは、そこでひっかかったか……」
「トモちゃんは?」
 そう言って、トコは気の抜けたハイボールを飲み干した。
「トコちゃんが先だよ。なにかあったんでしょ……」
「……なんで分かるのん?」
「いちおう物書きのハシクレだから、今日のトコちゃん明るすぎ」
 
 何を思ったのか、トコは部屋の明かりを半分に落とした。

「……今日、科長をしばいてしもた」

「え、どっちで!?」
 トモちゃんは、両手でグーとパーを作って見せた……トコが反応しないので、トモはグーを少し開いて望遠鏡のようにして、トコの顔を覗き込んだ。目が潤んでいるのが分かった。
「トコ……」
「ほんまにウザかってん」
「で、どっち?」
 トモは再び、グーとパーを見せた。それにトコはチョキをもって答えた。
「あ、こっちが負けだ」
 トモは、パーの左手を下ろした。
「て、ことはグー……」
「で、ヴィクトリー……」
「勝っちゃったんだ……で、手応えなかったんでしょ?」
「なんで、そう先回りして分かるのんよ。グチ言う甲斐があれへんでしょ!」
「グサ……別れた亭主にも同じこと言われた」
「たとえ、自分に間違いがあったとしても、オンナにしばかれて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は、ないわよ。怒るなり反論するなりしたらええねん。いや、せなあかんねん!」
 
 トモは、カラオケのモニターの音をミュートにして、真面目に答えた。

「だれでも、トコちゃんみたいに仕事に命賭けてやってるわけじゃないからね。あんた、いい加減てのができないヒトだから」
「トモちゃんも、ヒトのこと言われへんでしょうが。娘道連れにして、亭主と別れて大阪くんだりまで落ちてきてからに」
「あ、それ聞き捨てになんないなあ。あたしはね、いい加減だから、亭主と別れたの。一所懸命だったら、亭主しばきたおしてでも、印刷工場立て直したわよ。いい加減だから見切りをつけたの。それに、はるかには強制はしていない。あの子は、自分の意思で、あたしにくっついてきたんだから」
「はるかちゃんは偉い子。それは認めるわ。一見おとなしそうで、なかなか心が強い。なんで、あんたみたいなオンナから、あんなええ子が生まれたんやろ」
「悔しいけどね、はるかは、あたしと元亭主のいいとこだけとって生まれてきたような子だから」
「四十過ぎのオバハンが十八の娘に、もう白旗かいな」
「うん」
「なんか、張り合いないなあ」
「だって、ハナから負けてるやつに張り合ったってくたびれるだけだもん。まあ、そのへんのとこは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』読んでちょうだい」
「もう、三回も読んだ」
「トコはさ、人生の中途から、理学療法士なんかなっちゃったから、なんか理想主義ってとこあんじゃない?」
「そんなんとちゃう」
「ま、たとえ話だけどさ」
「ん?」
「働き蟻ってのが、いるじゃん。よく一列になって、餌だかなんだか運んでるの。あれ、よく観るとね、一割の蟻は、働いてるふりして、サボってんだって」
「ほんま?」
「うん、そいでさ。サボってる奴ばっかり集めてチーム組ませると九割の蟻がきちんと働き出すらしいよ。そいでもってさ、働いてばっかの蟻を集めてチーム組ませると、やっぱ一割のサボりが出るんだって」
「ほんまあ……?」
「ほんとだって、本書くときに、マジ調べたんだから。なんなら、休みの時にアリンコ掴まえて実験してみる?」
「ハハハ、それほどヒマやないけど、なんか元気になってきたわ」

 それから、二人はヘビーローテーションで締めくくった。

 それから二人は深夜営業のボーリングに行き、一番ピンを科長に見立てたり、タキさんに見立てたりしてボールを転がした。
「やったー!」
 トモが鍛え上げたローダウンリリースでストライクを取ったとき、タキさんは店のシャッターを閉めて、何故かバランスを崩してこけてしまった。
 トコが、それを真似して、惜しくも一番ピンをかすめたとき、件の科長は、帰宅途中、家まであと二十メートルというところで、危うくバンに轢かれそうになった。
「こ、こらあ!」
 と、叫んだ科長の目には「玉屋」と屋号が映っていた……。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・9・ああ、やっちゃったー

2020-01-14 06:29:55 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)9
ああ、やっちゃったー                     

 
 
 近頃は世界中が日本ブームだ。

 昨年は、日本に来る外国人観光客が3000万人を超えた。
 治安は良いし、食べ物は美味しいし、観光地も穴場もクールだし、カルチャーはホットだし、最近では大地震。
 地震の凄さにもタマゲタけども、日本人が冷静で礼儀正しく静かな忍耐と情熱で対処していることに、17歳の留学生であるミリーは感動している。

 同時に当惑している。

 なぜって……身近にいる日本人には、それほど感動もしなければ尊敬の念も湧かないから。

 中学3年の時に、ミリーは日本にやって来た。
 
 中学は最悪だった。生徒はいちおう大人しくしているけど、だれも授業をまともには受けていない。勉強ができる子たちでも例外ではなく、ノートだけとってしまうと、あとは塾の勉強をしている。
 先生たちも授業は下手くそだ。男の先生は、音楽でいうと、ド・レ・ミの3音、女の先生は、ミ・ファ・ソの3音声しか出していない。リズムは大陸横断鉄道のレールの音のように単調。「驚くべきことに」とか「ここ大事だから」と言うのに、先生自身が驚いていないし、大事だと言う気持ちが無い。ただ声が大きいだけ。
 4月には家庭訪問があって、留学生のミリーは下宿している渡辺さんのお婆ちゃんと奥さんに親代わりに会ってもらったんだけど、先生が居たのはたったの5分。先生の目はスミソニアン博物館のはく製の目みたいだった。
 先生がテーブルに置いた手帳にはスケジュールが書かれていたが、驚くべきことには、その日の家庭訪問は11軒もあった。それも、午後1時30分の開始だったから20分ちょっとの時間で移動して話を済ませなければならない。こんな家庭訪問ではアリバイにしかならない。
 先生がいないところで、生徒たちは、いいかげんだ。
 学年はじめの物品販売にやってくる業者のオジサンに平気で「オッサン、はよせえよ!」などとため口をきく。パシリやイジメは日常茶飯。相手が死にたいと思う寸前まで巧妙かつしつこくやっている。
 ミリーも一度、授業中にしつこく髪の毛を引っぱられたことがあった。5回めにはキレてしまって、授業中であるのにもかかわらず、後ろの男子生徒の胸倉をつかみ、英語で罵りながらシバキ倒した。ミリーの剣幕は相当なものだった。なんせ相手がピストルを持っている心配が無い。ナイフとかスタンガンを持っていることも、まずあり得ない。武器さえ持っていなければこわい者なんかない。
 ただ、相手の男子が「自分は悪いことをした」という反省にいたらず「自分は悪い奴に出くわした」としか思わないことが業腹だった。

 グラウンドでボンヤリと野球部の試合を見ていた。

 白熱した試合で延長戦になった。中学野球は7回までで延長戦も8回の表裏をやるだけなんだけど、ピッチャーは1回目から力を入れ過ぎて限界なのがミリーには分かった。
――体も出来ていないのに、あれじゃ肩壊してしまう――
 ピッチャーはクラスメートの男子で、ほとんど口も利いたことがなかったが、野球という日米の共通言語だったので力が入った。
 8回の裏、ツーアウト満塁で最後のボールが投げられた。バッターは空振りし、かろうじてミリーの真田山中学が勝ったが、ピッチャーは肩を押えて蹲ってしまった。
――ああ、やっちゃったー――

 ピッチャーは、わずか14歳で投手生命を失ってしまった。

 そのピッチャーは、それきり野球部を辞めてしまった。それまでミリーにとっては口数の少ないクラスメートに過ぎなかった。
 それがイヤナ奴になった。とくに悪さをするわけではないが、ジトーっと暗くなってしまい、まるでブラックホールのようになってしまったのだ。肩を痛めてしまったことは気の毒だけれども、席の近くでマリアナ海溝のように落ち込まれてはかなわない。
 高校では一緒にならないことだけを祈った。
 そして祈りの甲斐なく、空堀高校で一緒になってしまった。

 それが一人演劇部の小山内啓介であったのだ。
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乃木坂学院高校演劇部物語・96『昼から学校に行った』

2020-01-14 06:17:01 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・96   



『昼から学校に行った』    


 
 薮先生に話すと元気が出て、昼から学校に行った。

 生活指導室で入室許可書をもらうと、市民派の先生に嫌みを言われた。
「自衛隊の体験入隊なんかに行くからだ……な、なんだよ」
 わたしは、恐い顔で先生を睨みつけていることに気がついた。

 教室に行くと、さんざ冷やかされた。
 
 インフルエンザを除いて無遅刻無欠席のわたしが欠席の連絡。それが、午後から元気に登校したものだから、恋煩いが一転オトコの心をゲットしたとか、親が危篤だったのが一転良くなったとか、自衛隊で食べ過ぎてお腹痛になったのが出すモノ出したら元気になった(これは夏鈴がたてたウワサ)とかね。
 
「まどか、今日から道具作りやるわよ!」
 里沙が、鼻を膨らませて言った。
「え……『I WANT YOU』に道具なんか無いでしょ?」
「予算よ、予算。来月中に執行しないと生徒会に没収されんの。だからさ、まだ公演まで余裕のあるうちに、平台とか箱馬とか作っちゃおうと思ったわけ」
「むろん、稽古もやるわよ。その前にテンション上げるのにいいと思ったのよ」
 腹痛デマ宣伝の犯人が言った。
「自衛隊の五千メートル走とか壕掘りとか、今思うと、けっこう敢闘精神湧いてくんのよね。で、どうせやるなら将来の役にも立って、予算の消化にもなる道具作りが一番と思ったわけなの!」

 放課後、里沙も夏鈴も掃除当番なんで、わたしは一足先に稽古場の談話室に向かった。
 
「やあ、今日は早いんだね。まどか君一人?」
 バルコニー脇の椅子に座った乃木坂さんは、もう幽霊って感じがしない。
「あの二人は掃除当番。そろう前に見てもらいたいものがあるの」
 わたしは例の写真を見せた。乃木坂さんは面白そうに表紙と和紙の薄紙をめくった。
 乃木坂さんの顔が一瞬赤くなったような気がした……でも。
「……僕と同じ時代の子だね」
「ひょっとして……!?」
「……別人だよ。この子も可愛い子だけど、世の中いろんな可愛さがあるんだね。当たり前だけど」
「……そうだよね。あの空襲じゃ十万人も亡くなったんだもんね。ごめん、変なの見せて」
「ううん、いいよ。同じ時代の子だもの、知らない子でも懐かしい……あ、里沙君と夏鈴君が来る」
「なにやってんのよ、道具つくるんだから材木運び。もう材木屋さんのトラック来てるからさ!」
 ドアを開けるなり、夏鈴が眉毛をつりあげた。
「さっき、言ったとこ……」
 里沙がフリーズした。夏鈴も視線が、わたしから外れている。
「その人……」
「だれなのよ……」

 里沙と夏鈴に乃木坂さんの姿が初めて見えた瞬間だった……。
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