『藤棚の下』語り手・マヂカ
魔法にしておけばよかった。
なにって……ほら、友里の妹を助けたことよ。
「危ないって思ったら、体が動いてしまいました(^_^;)」
お母さんからお礼を言われて、そう答えるしかなかった。
妹を抱きかかえて二回転した道端。そのままずらかってしまえばよかったんだけど、ショックで泣きじゃくる子を、そのままにもできないでしょ。
すぐにお母さんが駆け寄ってきて、何度も頭を下げられるんだもん、そのままドロンなんてできないよ。
おまけに、わたしは学校帰りの制服姿。それも、上の娘と同じポリ高というのはお見通しだし。
「あら、友里と同じ学年色!」
リボンの色で同学年てとこまで悟られてはウソはつけない。
それにね、この日暮里高校女生徒大活躍の顛末は、妹を跳ねそうになった軽ワゴンの車載カメラや複数の通りすがりの人が動画に撮っていたしね。いやほんと――隙あらば撮ってやる!――って根性なんだもん。人間にスマホなんて持たせるもんじゃないわよ。
え? だから仕方ないじゃん。
人相も割れてるし、適当な偽名つかってオサラバもできないでしょ。こんな美少女、ポリ高に二人と居ないしね。
自分で言うか?
言うわよ。魔法少女よ、魔法少女ってば美少女だって、セーラームーンの」昔からデフォルトじゃん!
「なによ、その生温かい目はああ!」
「ま、しっかりやんな。もう、友里がくるしな」
「え! もう時間!?」
友里の妹を助けたあくる日の朝。わたしは、友里に中庭で会いたいと言われて藤棚の下で待っているのだが、先回りしていたケルベロスに捕まって説教されていたのだ。ケルベロスが消えるのと友里が中庭に姿を見せるのが同時だった。
「昨日は、妹を助けてくれて、どうもありがとう……」
友だちらしからぬ慇懃さで頭を下げる友里。
「あ、いや……」
「………………」
黙っていても分かる。
あの直前、友里は妹といっしょのお母さんを見つけて、とっさに道を曲がったんだ。父と再婚して家族になったばかりの母親。なんの心の準備もなく出くわすのは怖かったんだ。
でも、そうやって二人を避けたことが、妹を危ない目に遭わせたんだと自分を責めている。自分が出くわしていれば「危ない!」って注意できた。妹は面白いもの、ワクワクするものを見つけたら、ウサギを見つけたアリスみたいに飛び出していく子なんだ。お義母さんは、まだ日が浅いから、そんなこと、とっさには分からないんだ。
そんなことで、自分を責めんなよ!
言うのはやさしいけど、言って納得するようなやつじゃないしな。
「ま、座ったら」
ベンチの隣に誘った。
「う、うん」
「………………」
今度は、わたしが黙ってしまった。
「友里は、どうして東池袋なんかにいたの?」
藪蛇だ。まさか――友里を着けていたから――とは言えない。
「ああ、えと、兄貴が東池袋に引っ越してくるのよ。それで、兄貴といっしょに物件を探しにね」
「お兄さんがいたの!?」
「え、あ、まあ、不肖の兄貴なんだけどね💦 なにかと手が掛かんのよね、これがまたさ💦」
「う、うらやましいなあ。わたし、二人姉妹の上でさ、昔っからお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったんだよね。ね、こんど会わせてよ! てか、東池袋ってばご近所でじゃない!」
「そ、そだね」
お世辞じゃなく羨ましがってる。
兄貴がいれば、親の再婚でこんなに気を遣うことも無かっただろうしなあ。
「真智香のお兄さんなら、きっとイケメンの優しい人に決まってるし!」
これも、わたしの姿形と言動からの申し訳ないほどの類推。
これは、ほんとうに東池袋の兄貴をでっちあげなくてはならない。
じゃなくて、友里の事だよ、友里を楽にしてやらなくっちゃならないんだよ。
「友里、あんた、家族の事で悩んでるんだろ」
唐突だけど直球でいってみた。
「え?」
「お弁当の事とか、友里の諸事情で……図星?」
目を見張ると、友里はホロリと涙を流した。
「分かるんだ……」
「なんでも話してごらんよ」
そう言うと、友里の心に――週末の旅行――という言葉が浮かんだ……。