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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・上からアリコ(^&^)! その六『カンニング』

2018-07-09 06:55:53 | 小説3

上からアリコ(^&^)! 

その六『カンニング』

 カンニングしたのは、田中卓真という目立たない生徒であったが、祖父が難物……という、先生たちのウワサであった。

 一年のとき、この卓真を「おまえ」と呼んだ先生に、卓真の祖父が怒鳴り込んできた。
「礼儀としつけに厳しいことは、けっこうだが、なにも問題行動を起こしたわけでもない孫を『おまえ』呼ばわりするとは、何事か!」
 祖父の迫力と名刺で、校長はじめ、先生たちの腰が引けてしまった。

――田中興産社長 田中卓蔵 と、あった。

 よく調べると、Y高が旧制中学のころの卒業生であったことも分かった。
 地元では、ちょっとした表と裏に通じる顔であり。あまりに平凡な苗字と、卓真の一見大人しそうな外見に先生たちは油断していた。
 理事長は、田中卓蔵の恩師でもあり、この街と田中一家のことにも通じ、卓蔵もこの恩師である理事長には頭が上がらなかったが、心臓に欠陥があり、理事長は大阪の専門病院に長期入院していた。
「おまえ」事件で、先生たちは、卓真に対して腰が引けてしまった。卓真自身も普段は大人しくしている。ただ、なにか気に入らないことがあると、表情が変わる。これがサインになって、先生たちは、卓真が切れる寸前で引いてしまうのであった。
 表面は平穏であったので、Y高に来て二年目のアリコ先生も気づかなかった。

「卓真が、カンニングしてるみたいなんだけど、怖くって注意できないの。大学受験を意識してのことなんだろうけど……」
 一時間目の監督の先生から聞いたアリコ先生は、二時間目の監督を買って出た。そして、この騒ぎである。

「まあ、本人も、メモのしまい忘れと言ってるわけですし、テストが始まってすぐのことで、見るヒマもなかったんだよな近藤君」
 生指部長は、お気楽そうに片づけようとし、卓真とアリコ先生に、お茶をふるまった。
「これはカンニングです!」
 アリコ先生は机を叩いた。勢いで、茶碗が踊り、お茶が飛び散った。
「アチチ、なにすんだよ!」
 生指部長の猫なで声に勢いづいた卓真が吠えた。生指部長は目で、アリコ先生を牽制した。
「目にゴミでも入りました、先生?」
「いや、そういうわけじゃ……オホン」
「そうですか、わたしは辛抱していますけど、目の前のゴミが目について、ムナクソが悪いんですけど」
「ゴ、ゴミだと……!」
「そうよ、テスト開始後にカンペ置いてりゃ立派なカンニングだわよ。それをメモの置き忘れ!? かかってもいないお茶を熱がってみせるなんて、ゴミの理屈だわよ!」
「なんだとお!」
 卓真が、アリコ先生に手を伸ばした。

「!」

 一瞬の気が発せられ、卓真は魔法をかけられたように伸ばした腕をねじり上げられ、カエルのようにはいつくばらされた。
 生指部長は、びっくりして、手をしたたかに打ち、湯飲み茶碗をひっくり返した。
「アイタ、アチチ……!」
「わかった、ほんとうに熱いと、ああいうリアクションになるの……よっ!」
「ウ、痛え……!」
 アリコ先生は、ねじ上げた腕に、いっそうの力を入れた。
「ほう、ようやく本音で話ができそうね」
「アリコ……いや、藤原先生、どうかそのくらいに……」
「いいえ、これからです。先生、ズボン穿きかえたほうがよろしいんじゃないですか」
 生指部長のズボンの前からは湯気が立ち上っていた……。

 キーンコーンカーンコーン……。

 三限のテストの終了を告げるチャイムが鳴り響く間、卓真の祖父とアリコ先生は睨み合っていた。
 間に座っている、校長、生指部長は、気が気ではなかった。卓真はフクレかえっていた。
「田中さん、甘やかしてばかりでは、卓真君のためになりません」
「なにを……」
 校長の眉が一瞬ビクっと動いた。
「卒業生であるあなたは、この学校の有りようにも、いらだっておられますね。質実剛健だったY高が……いえ、旧制Y中学校のあまりな変貌ぶりに」
「それと、これとは……」
「同じです。同じ想いから出た、田中さんの気持ちの表と裏です」
「あんた、あのなあ……!」
 そう言いかけて、田中卓蔵の口が止まった。
「……卓蔵、おまえ予科練なんか行くんじゃないぞ!」
「その目は……」
 アリコ先生の口から出たのは、若かりしころの吉田理事長のそれであった。目つきまでかわっていた。
「吉田先生……」
 少年のようにあえぎながら、卓蔵は呟いた。カーテンがひらりと揺れて、五月の風が、下校する生徒のさんざめきと共に吹き込んできた。
「フフ、ちょっと理事長先生のマネをやってみました」
 アリコ先生は、五月の風の中、女子高生のようなあどけなさで微笑んだ。

 ということで、卓真はアリコ先生が指導することになった。

 それから土日をはさんだ月曜にテストが終わり、お決まりのショートホームルーム。テストの終了で、みんなウキウキソワソワ。
「みんな、注目して!」
 担任のメガちゃん先生が叫んだ。
 メガというわりに小柄。妻鹿とかいて「メガ」と読む。アリコ先生ほどではないが、テキパキ、はっきりした先生で、千尋は好きだ。

「明日から、このクラスに転入生がやってきます。今日紹介しとくから、みんなよろしくね」

 みんなの中でざわめきが起こった。
「じゃ、長崎さん、入ってきて!」
 コロコロと教室のドアが開き、その子は入ってきた。
 転校生らしい緊張感が、きちんと揃えたハイソックスの足や、胸の前に組んだ手に現れている。
「長崎智満子さん。紹介は……」
「あ、自分でします。自己紹介……」
 少し訛りのある言葉だった。でも、それが、とてもカワユクて初々しいので、皆が拍手した。
「あ、あの……シャレじゃないんですけど、わたし長崎からやってきました。えと……」
 方言が気になるのか、チマちゃん(千尋は、もう、そう呼ぶことに決めた)は言い淀んだ。
「わたしは……!」
 カワユク開き直ってチマちゃんは続けた。
「東京のことは、よう分からんけん。どうか、よろしく。わたし、緊張ばすっと……すると、なんかハブテルように……あ、すねたように見えよっと。あ、見えますけど、ただの緊張なんで。どうかよろしくお願いします」
 顔を真っ赤にしてペコリと頭を下げる。そんな飾らないチマちゃんに、クラスのみんなは好感を持ったようだ。
「あ、長崎ではチマちゃんて呼ばれとっとです。ばってん……だから、みなさんも、そう呼んでくれっと、嬉しかとです」
「じゃ、席は、千尋……阿倍野さんの横」

――え、わたしの横!?――

 千尋は、嬉しくなった。呼び方も自分で決めたのといっしょだ。
「……よろしくね」
 そうつぶやくように千尋に挨拶した、チマちゃんの瞳は、ありふれた鳶色だったけど。クリっとした目の輝きは誰かを連想させた。
 それが、誰なのか気づくのには、もう少し時間が必要だった。

 昇降口で靴を履きかえ、校門を出たころ、二人は、ほとんど親友になりかけていた……。

 つづく
 

コメント
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