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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

紛らいもののセラ・8『ちょっと多感すぎるかな』

2022-01-04 05:53:14 | カントリーロード

らいもののセラ

8『ちょっと多感すぎるかな』   

 


 春美からもらったアプリは面白かった。

 日本一の名スカウトで名プロデューサーでもある日野康が、春美にやり込められていることなど笑ってしまった。

 

「日野さんて、目立ちすぎ。スカウトもプロディユーサーも男のパンツといっしょ。しょっちゅう露出するのは変態よ」
 
「出る釘は変態って言われるんだ。いつの時代でもそうだぜ」

「でも、レコ大で、アイドルの子たちと一緒の舞台で泣いてるなんてみっともないわよ」

「あれは、ファンの気持ちを代表して泣いちゃうんだよ。よくもここまで育ったなあって」

「まあ、言って分かる日野ちゃんじゃないけど、そろそろ気づきなさいよ。ズボンのチャック開いたまま」

「え、あ、あああ!」

 慌てて、チャックを締める気配。

 天下の日野康がチャック全開で、その下にラクダを着ているギャップなんか、セラはお腹を抱えてしまった。

 アプリから、春美自身スカウトだけでなく、プロディユーサーとしても、ジャーナリストとしても活躍していることが分かって驚きもした。

「春美さんの観察力って、すごいですね。日野さんのラクダ露出なんて、何重にも意味があって面白かったです」

「セラちゃんも、そういうとこに興味持つなんて、なかなかね」

 などと持ち上げられながら、もう半分以上春美の手の上に載っていることには気づかないセラだった。

「あのバス事故でお兄さんを亡くした女の子から、こんな手紙がきたの……」

 

 男臭い六畳の窓開ける、寒さの中にも微かな春を感じる。

 ちょっと多感すぎるかな。

 机の下の綿ぼこりが、風におかしく踊ってる。ベッドの上には脱ぎ散らかした靴下やTシャツ。

 洗濯籠に放り込み、掃除機のプラグを差し込んで、小さな火花。心に火花。

 いつも通りの手が止まる。

 いつも通りにすることが、記憶を思い出にする、思い出を遠くする。

 四十九日ぶり、お部屋の掃除の手が止まる。

 下の部屋から香るお線香、その分男臭さが抜けていく。

 いつも通りにすることが、記憶を思い出にする、思い出を遠くする。

 掃除機のスイッチ止めて、いそいで窓を閉める。

 今年の冬は去るのが惜しい。今年の春は来るのが怖い。

 電波時計は無慈悲に時の流れを刻んでいる、カレンダーは去年のままなのに。

 このデジタルめ。

 人の心はアナログなのよ。

 何もなかったようには、進めない、歩けない。

 いつも通りはまだ早い。

 記憶を思い出にする、思い出を遠くする。

 ちょっと多感すぎるかな。

 

 それ以上は読めなかった。

 この、まるで詩のような手紙には、お兄ちゃんという言葉は一言も出てこなかった。

 セラ自身、親の再婚以来、竜介のことを「兄」と呼べなかった対極の気持ちで、お兄ちゃんとは書けないんだ。唯一の生存者であるセラにはよくわかった。

「あさっての慰霊祭、セラちゃんも出るんでしょ?」

「はい、そのつもりです」

「この手紙……というか、詩を読んでもらえないかしら。仕事抜きのお願いなの」

「でも、妹さんご本人が読まれた方がいいんじゃないですか」

「この妹さん……喋ることができないの、生まれつきね」

 

 落ち着いて読み返してみると、五感で兄を感じているようだが聴覚だけが無い……。

 セラの心に火花が走った。

――わたしには、これを読む義務がある――

 

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紛らいもののセラ・7『木本春美』

2022-01-03 05:49:17 | カントリーロード

らいもののセラ

7『木本春美』   



 手が込んでいた割には、あっさり引き下がった。

 セラはバス事故で唯一の生存者。そして、そこらへんのモデルやタレント並にイケている。

 そのことがニュースで流れたりして「かわいすぎる生存者」とか「神が選んだ奇跡の生存者」などと、他の遺族が見ても心無いキャプションがついてマスコミにとりあげられる。

 セラは、事故までは無口でハーフということ以外では目立たない女子高生だった。人前で喋ることも苦手、特別に成績がいいわけでも、流行りの軽音楽などにも関心がなく、二年生の今まで帰宅部だった。

 それが事故の後の鮮やかな記者会見で注目され、マスコミが単なる取材ということではなくセラにアプローチしてくるようになった。

 その様子を報道で見ていた芸能界の大御所猫柳徹子は自分の番組に呼ぶことで「マスコミの誘いに乗らないようにね」と収録後注意してくれた。

 もとよりセラには、そんな気持ちは無い。39人の犠牲者の上に乗っかって芸能界に入ろうなどという心無いことはできない。

 しかし、猫柳徹子が注意したことは予想を超えていた。

 学校の行き返り、ちょっと買い物に出かけた時など、あきらかに業界の人間と思われる人が近づいてくる。

「そんな気はありません」「他の遺族の方々に失礼です」と、そのたびにキッパリと対応してきた。

 たいがいのスカウトは、自分や自分の事務所が反社会的なことをしていると思われたくないので、それ以上付きまとうことはなかった。

 しかし、三社ほどしつこい事務所があった。

「必ずしも、ご遺族や亡くなった方に失礼にはならないんじゃないかな。記者会見でのセラさんの態度は立派で、ご遺族の方々も感動されていた。これ見て」

 そのスカウトはタブレットを出して、遺族の何人かが「わたしたちも応援しています」と言っている画像まで見せた。
 人は、状況や誘導で、思ってもいないことを口にすることぐらいはセラにも分かっている。要は、そういう画像はヤラセだと取り合わなかった。

 が、木本という女性スカウトは違っていた。

 自然なかたちでセラにアプローチするために、父の造船所からの帰りに、意図的に車を側溝に脱輪させ、人の良い兄に手伝わせるという手の込んだ仕掛けでアプローチしてきた。

 そして、その場は「あ、あのセラさんでしょ!?」だけで引き上げていった。

 あくる日学校の帰り道、駅前で高校生たちにインタビューをしている木本を見かけた。

「いやあ、セラさん、奇遇! アイドルについての意識調査を、この沿線でやってるの。また会えるといいわね」

 木本は、そう言っただけで、セラからは関心を失って、下校中の高校生などにインタビューを続けた。

「考えすぎなのかな……」

 動画サイトの木本の取材ぶりや、木本のPプロ事務所のブログを見ても、きちんと意識調査の結果が特集として並んでいた。とてもセラに接近するためのヤラセには見えなかった。

 インタビューは、数百人にのぼり、その全てを木本自身がやっている。

 そして、木本がふる形ではなく、セラにデビューしてほしいという答えが数件、それが日を追うにしたがって、数が増えていく。

「Pプロの意識調査は本気みたいだな。他の芸能記者も取り上げてたし、うちの社会調査法の先生も講義でPプロの調査は質・量的にも本気だって言ってる、ほら、万引きしてSNSに投稿していたやつとか、犬猫の殺処分とかへの調査とか、よくやってる……」

 兄の竜一までが好意的になってきた。

 そんな金曜日の放課後、駅前の大型書店に数少ない友人の三宮月子と立ち寄った。

 目的の雑誌を買って、店内を少しぶらりとして、店の外に出ると、木本が駅前にいた。

「あ、セラちゃん。お久しぶり。うちの『まち聞き』も軌道にのってね、いま一段落したとこなの。よかったらお茶しない。お友だちもごいっしょに」

 それで、ちょびっとセレブな紅茶専門店に付き合った。セラたち地元の高校生も知ってはいたが、一杯1000円もする紅茶を飲みにくる仲間はいなかった。

 話題は意外にも、連れの月子のことに集中した。

「そう、元皇族の家系なのね……」

「もう75年も前の話だし、お婆ちゃんの代からは女系になったから、もう織田信成さんと信長ほどぐらいに薄い関係です」

「でも、皇族復帰の話が出たころは大変だったでしょ」

「はい、一時は本気で心配しました。皇族の素養も知識もなにもありませんから」

「でしょうね。でも、あれで国民が皇室のことに関心をもったことは良かったと思うわ」

 セラは、ほとんど聞き役だった。

「よかったら、このアプリあげようか。業界の人にしかまわってないもんだけど、ニュースのネタが、みんなより少し早く読めるわ。うちの業界って誤解されやすいけど、意外とノーマル。うちの社内のレベル3までの情報もわかるわ」

「レベル3て?」

「ああ、身内のお話し。雑誌やネットに出る前のよもやま話が出てくる。むろん外に出ちゃだめなものは抜いてるけどね。アプリそのものも三か月で更新だから、ああ、お試しみたいなもの」

 スマホを出すと、あっという間にアプリが転送されてきた。

「へえ、例の万引き動画の少年のこと話題になってるんですね」
「もう捕まるの時間の問題だし、今から取材の準備」
「すごいんだ!」

「ハハハ、ハゲタカだから、あたしたち」

 木本春美は男のように笑った。これが木本春美との本格的な関わりの第一歩になった……。

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紛らいもののセラ・6『脱輪』

2022-01-02 05:29:30 | カントリーロード

らいもののセラ

6『脱輪』   

 


 父の龍太は喜びつつも戸惑っていた。

 表面には出さないが、なんとなくの雰囲気で分かってしまう。

 事故以来、直接会うのは初めてなのだ。

 会社で建造中の26DDHのアレンジミスが見つかって、年が明けてから一度も娘に会っていなかった。

 

 そこで連休を利用してセラの方から会いに来たのだ。

 

 家にも帰れない忙しさなので、父の遅い昼食時を狙って、造船所にやってきた。

 家から遠いことと、造船所の構内が広いため、兄の竜一に車で付いてもらった。

「セラ、なんだかたくましくなったな……」

 父は、戸惑いを誉め言葉で表現した。

「うん、なんだか生まれ変わった感じ……いろんな人に会って、いろんな話をして……なにより遺族の人たちには気を遣う。たった一人の生存者だから、喜びすぎても落ち込みすぎても傷つけちゃうから……ここ何年かは、慰霊祭の度に顔を出そうと思うの……あら、もう完食しちゃった!」

 造船所の社員食堂の大盛りカツ丼を、父と変わらない速さで食べてしまった。

「セラの食欲すごいんだよ。帰ったその晩に団子一盛りペロリだもんな」

「言わないでよ、あのせいで盗撮までされちゃって大変だったんだから」

「……ほんとうに、竜介のことをお兄ちゃんと呼べるようになったんだな……」

 父の龍太は、口に出して言ったことはなかったが、竜介とセラが、いつまでも兄妹として打ち解けないことを気にしていた。

 だから、セラの変化は嬉しいのだが、事故前と印象がまるで違うので、どうしても戸惑いになってしまう。

「うん、事故の後、気が付いたらお兄ちゃんが居て、自然に『お兄ちゃん』て言ってた」

「大きな事故やら大変な体験は人を変えることがあるけど……いや、お父さん嬉しいよ」

 もう少し話していたかったが、仕事が詰まっているので、親子の再会は30分あまりで終わってしまった。

 なんせ26DDHは特別高価な護衛艦である。一日工期が延びるだけで数千万円の経費がかかる。で、その出所は国民の税金である。なんとか工期を取り戻さなければ、国に大きな負担をかけてしまう。

 造船所を出て、車でしばらく行くと、セダンが側溝に脱輪して立ち往生しているのに出会った。

 あとから考えれば造船所への一本道にセダンがいることがおかしかったんだけど……。

 

「脱輪ですか?」

 

 気のいい兄が車を止めて聞いた。

 外に立っていたスーツ姿の男女二人がペコリと頭を下げた。

「ネコが飛び出してきましてね、それを避けようとして、この有様です。JAFを呼んでるんですが、道路事情がね。なんせ連休なもんで」

「オレの車4WDだから、引き上げましょうか?」

「それは助かる! どなたかは存じませんが、お願いできますか」

「はい、直ぐに準備しますから」

 引き上げの間、男は兄といっしょに作業を手伝っていたが、女が愛想よく車中のセラに近寄ってきた。

「あの、人違いだったらごめんなさい。あなたバス事故で命拾いされた世良セラさんじゃないですか?」

 人の目がさすので車中にこもっていたセラだったが、わざわざ声を掛けられて無視するわけにもいかず、遠慮ぎみの笑顔で応えた。

「やっぱり! わたしSプロ事務所の木本と申します……」

 徹子のサンルームに出てから三回目のスカウトだったが、ここまで手の込んだアプローチをされたのは初めてだった……。

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紛らいもののセラ・5『一歩前へ、自分から』

2022-01-01 05:12:32 | カントリーロード

らいもののセラ

5『一歩前へ、自分から』   

  


 予想どおり奇異の目で見られた。

 露骨に口に出して言われることはなかったが、始業式の学校で、セラは良くも悪くも時の人だった。

 興味の持たれ方はは二種類だ。

 あのバス事故から無傷で生還したセラへの畏怖の混じった興味。

 もう一つはSNSで出回った、事故現場で献花するセラと、家のリビングで大口開いて団子を頬張るセラとのギャップに対してである。

―― へえ、あの子がねえ ――

 両者の気持ちを言葉にすると同じになる。

 野次馬根性ということではいっしょだった。

 そう割り切るとなんでもないことだった。

 

「セラ、大丈夫……?」

 

 セラの数少ない友達の中でも、三宮月子だけが親身に声をかけてくれた。

 月子は元皇族の家系で、ひところ元皇族家の復帰ということが取りざたされたときに、ひと月ほどマスコミに付きまとわれたことがある。

 直ぐに女系の元皇族は埒外という世論が大半になり、マスコミは興味を失ってしまったが、月子はその間ノイローゼ寸前で、普通に語り合えたのはセラ一人だった。

「校長室に行く」

 そう言うと、月子は校長室の前まで付いてきてくれた。

 校長は無事を喜んでくれた。

「本当に無事でよかったね。でも39人の方々が亡くなられました。その人たちのご冥福を祈りながら、実りある学校生活を続けてください。なにか精神的に、その、困るようなことがあれば言ってください。わたしも相談に乗るしカウンセラーの先生にも相談できるからね」

 校長室は、そのあとマスコミの取材を受けることになっていた。喜んでくれてはいたが、半ば学校としてのアリバイ工作。

 月子に話すと寂しそうにしていたが、校長という立場上仕方ないと言うと、月子は意外な顔をした。

「世の中に、絶対の善意や心配なんて、あるもんじゃないわ。校長先生や北村先生は、半分は本気で心配してくれていた。わたしは、それで十分だと思う」

 教頭のアデランスだけが違ったことは月子には言わなかった。

「セラ、なんだか大人になったね」

 月子の一言が、一番身にこたえた。

 その夜、Tテレビから電話があった。三連休の中日に、テレビに出て欲しいというのである。

「ようこそ、徹子のサンルームに。来ていただけないかと心配したんですけど、亡くなられた方々と、僭越ですけど、セラさんのためにもお呼びしておこうと思ったんす。本当にありがとうございます」

「いいえ、こちらこそありがとうございます。徹子さんご自身からのお電話なんでびっくりして、そして、本当にわたしのことを思って声を掛けてくださったことが分かりましたから」

「あの、お団子食べてる写真、あきらかに盗撮ですもの。それも、こんなことを言ってはなんですけど、プロが撮ったとしか思えませんものね。あのままじゃあんまりだと思って、お節介させていただきました」

「ありがとうございます。あれは家に帰ったばかりで、世話をしてくれた兄の方がまいっていましたし、母も心配していました。元気なところを見せたかったことが本心です。あ、いいかっこじゃなくて、ほんと家に帰ったら急にお腹が空いてきたことも確かなんです」

「そうよね。だいいち自分の家で、どんなふうにお団子食べようが自由ですもんね。それに、そんな気配りがちゃんとあって、それをあんな風に盗撮してSNSに載せるなんて、ほんとに卑劣なことだと思います。同じ業界の者としてお詫びいたします」

 猫柳徹子は深々と頭を下げた。

「そんな、徹子さんに頭を下げていただくようなことじゃありません」

 セラには分かった。自分が頭を下げることで、写メを撮った業界人を遠まわしに非難して、セラにはなんの悪意もないことをテレビを通じて表明しているのだ。業界でも影響力のある自分がやっておけば、世間は納得の方向に変わっていく。

 放送が終わると、猫柳はプライベートで言った。

「セラさん、あなた今度のことで声を掛けてくる芸能事務所とかあるかもしれないけど、絶対のっちゃダメよ。セラさんハーフで可愛くって、話題性もあるから、そういうところ出てくると思う」

「大丈夫です。そんな亡くなった方々を踏み台……いえ、踏みつけにするようなことはしません」

「そう、安心したわ。もし何かあったら遠慮なくあたしのとこに電話してきて、力になるから」

 そう言って番号の交換までやった。

 そして……猫柳の心配は数日後には現実のものになった。

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紛らいもののセラ・4『鎮魂の花より団子』

2021-12-31 05:18:08 | カントリーロード

らいもののセラ

4『鎮魂の花より団子』 




 ひょっとして復讐めいた記事を書かれるんじゃないかと覚悟はしていた。

 経過観察の入院が終わった昨日、セラは兄の車で事故現場に寄った。

 途中花屋さんで鎮魂の花束を作ってもらった。

 その日の朝に、死亡者が39人と分かったので、39本の白菊を中心にカスミソウであしらってもらった。

 事故から三日たっているので、現場検証は終わっていたが、谷底の焼けただれたバスの残骸はそのまま。

 バスが転落したところには、すでに数十本の花束が並べられ、遺族と思われる人たちが十数人塑像のように立っていた。

 離れたところで車を降りると、セラ一人で転落現場に歩を進めた。十メートルほど手前で、遺族の人たちと谷底のバスに一礼した。その挙措と顔立ちでセラと知れたのだろう、数人の遺族と、その倍のマスコミに取り囲まれた。

「セラさんね、よかったわね……あなた一人だけでも助かって」
「さ、あなたの花束は真ん中に」
「いえ、そんな……」

 ここまではよかった。

 花をささげ、しゃがんで合掌している背中から、マスコミが質問攻めにしてくる。

「申し訳ありません、言うべきことは記者会見で申し上げました。これ以上の質問は勘弁してください」
「あ、あんた黙とうの時に抜け出した〇〇新報だろ!」
「週刊△△もいるじゃないか!」
「いや、わたしたちは……」

 遺族のオバサンが、道を作ってくれたので、セラは駆け足で兄の車に向かい、そのまま事故現場を離れた。兄の竜介を車に残しておいて正解だった。かっこうの取材ネタと、記者たちに取り巻かれ、遺族の人たちを巻き込んで一騒ぎになったかもしれないところだ。

「セラ、もうこのことは、しばらく忘れろ。早く日常生活に戻った方がいい」

 ハンドルを切りながら、竜介が労りの籠った忠告をしてくれた。

 夕方家に帰ると、担任の北村と教頭のアデランスが来ていた。

「大変だったわね世良さん。病院に行こうかと思ったんだけど、あの混雑ぶりを見て、お家へ帰ってくるまで待たせてもらったの。ごめんなさい」

 教頭のアデランスが、セラの顔色を窺うようにして頭を下げた。

 学校は叩かれやすい。半ば学校のアリバイとして来ているのは分かっている。しかし正直家にまで来られるのはゲンナリだった。が、セラはおくびにも出さない。

「ご迷惑をおかけしました。学期はじめの忙しいときにわざわざ恐縮です。でも完全に異常なしです、お医者さんの診断書もあります。ご心配なさらないでください。必要なら、明日校長先生に事情の説明とお礼を申し上げさせてもらいます。だから、始業式なんかで、特にわたしのことをとりあげるのは勘弁してください」

 それから10分ほど話して北村とアデランスは帰って行った。

 二人とも悪い先生じゃない。ただ学校の体面に縛られているだけなんだ……セラは、思いのほか疲れていない自分に驚いた。以前のセラは、少し神経質で、ちょっとしたことでくたびれてしまう方だったが、今は兄の竜介の方が参っている。

「お母さん、手っ取り早く食べられるものないかな。わたしもお兄ちゃんも、ほとんどガス欠!」

 竜介のことを「お兄ちゃん」と呼んだので母の百恵は驚いたが、顔には出さず、到来物の団子を出した。

――鎮魂の花より団子!――

 そんな見出しで、鎮魂の祈りにぬかずくセラと、団子を食べるために大口を開けているセラの二枚の写真がSNSに出回った。

 写真の写し方から、プロの仕業と思われた。

「江戸の敵を長崎で……」

 始業式の日は、この写真を中心にセラのことが話題になっていたが、セラは、程よく頬を赤らめることでごまかした。

 あたしって、いつからこんなに図太くなったんだろう……紛らいもののセラは、ようやく驚きはじめた。

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紛らいもののセラ・3『初めての「お兄ちゃん」』

2021-12-30 05:50:27 | カントリーロード

らいもののセラ

3『初めての「お兄ちゃん」』 

 

「セラ……おまえどこか打ったか?」

 兄妹になって4年、初めて妹は兄竜一のことを「お兄ちゃん」と呼んだ。

 それもバス転落事故で奇跡的に命が助かり、意識が戻った、その場に兄がいて……そこで発した言葉、それが義理の兄妹としての垣根でであった「お兄ちゃん」という呼びかけであったのである。

 竜一は感動のあまり、冗談めかしく答えなければ涙が出てくるところだった。

 セラも思った。お兄ちゃんという呼び方が一番自然で無理が無い。どうして自分は竜一のことを素直に呼べなかったんだろうと。

 気のせいか、こうして生きてることが、とても新鮮だった。

 病室の窓には降りしきる雪、無機質な病室の機器や、そこから発せられる電子音、腕に刺さった点滴の針、そして肌の違和感……。

「あ……あたし、この病衣の下、スッポンポンだ!」

「そりゃ、あれだけの事故の後だ、全身の精密検査やっただろうからな。それより先生呼ぶぞ」

 竜一は、義理という垣根の取れたセラとの時間が愛おしかったが、逆にそういう脆さをセラに知られるのも恥ずかしく、直ぐにナースコールでドクターを呼んだ。

 医師二人とナースが三人やってきた。簡単な問診や検査があったが、すでにCTや脳波検査も終わっている。医師の一人は精神科だ。

「一晩経過観察で泊まってもらいます。事故の瞬間のことなんかフラッシュバックすることがありますので、お兄さんも付いていてください」

「はい、母も昼には来ると思いますので。家族でしっかりケアします」

「それはよかった。こういう大事故から生還すると、後のメンタルケアが重要ですから」

 その晩は、やってきた母と兄の三人でくつろげた。

 父からはメールがきていた。

 仕事が忙しく行けないことを詫び、家に帰ったら会社まで顔を見せに来いという仕事一徹な中にも、父らしい心配と労いがこもっている内容だった。

「嫌なら断ってください。集まったマスコミが記者会見を申し入れてきました」

 あくる朝、医師が検診のついでに言った。言葉の感じから「断っていいよ」という気持ちが感じ取れた。

「いえ、お受けします」

「「え?」」

「わたし以外の乗客はみんな亡くなられたんです、お話ししておく義務があると思います」

 引っ込み思案なセラがはっきり言ったので、母も兄も驚いた。

「A新聞です。それでは事故当時は、眠っていらっしゃって、事故前後の記憶はないということですね」

「はい、スキーの帰りですから、発車して5分もすると寝る人が出始めて、わたしも20分ほどで眠ってしまいました。だから寝てからのことは分かりませんが、バスにも運転手さんにも特別に変わったことはありませんでした」

 セラは、予想していたので、事故の状況は覚えている限り綿密に答えておいた。しかし、マスコミと言うのはくどいなあと思い始めた。

「週刊Bです。お見かけしたところ、とても美しくていらっしゃって……そのセラさんはハーフでいらっしゃるんですか?」

「そのご質問は事故とは関係ありませんので、お答えできません」

 セラが言う前に、医師が遮った。

「いえ、お答えします。ここで答えなくても、あとで取材に来られるでしょうから。ここで言っておいた方が互いに手間が省けます」

「血縁上のお父様は?」

「アメリカ人でした。6年前に交通事故で亡くなって、4年前に母が今の父と再婚しました。申し上げておきますが血縁上の父は、人を守ろうとして起こった事故です。本人の名誉のために、それ以上のお答えはできかねます。申し上げておきますが、わたしにはアメリカの市民権もあります。行き過ぎた取材にはアメリカの民法も適用されますので、ご留意ねがいます。わたしがハーフであることに関しては以上です。こちらからお聞きしていいですか?」

 きっぱりした答えに、居並んだ記者たちは一瞬言葉が出なかった。

「わたしは、会見の最初に、亡くなった方々への鎮魂の言葉を述べました。40人近い方が亡くなりました。記者の皆さんからお言葉はありませんでした。亡くなった方々とご家族の方々のために、一分間の黙とうをして会見を終わりたいと思います」

 完全にセラが会見をリードした。黙とうが終わった後、セラはとどめを刺した。

「黙とうの前より人数が減っています。起きたばかりの惨事に哀悼の意を示せないなんて、マスコミ以前に人間として問題を感じます。ぜひ、その記者の方々を取材されることをお勧めします。では、これで失礼します」

 紛いもののセラが第一歩を踏み出した……。

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紛らいもののセラ・2『アレンジミス またも突然に』

2021-12-29 05:22:36 | カントリーロード

 らいもののセラ

2『アレンジミス またも突然に』     




「部長、アレンジミスです!」

「アレンジミスだと?」

「バスの転落事故です!」

「……詳細を報告せよ!」

 部長天使サリエルは、またかという顔で、部下の課長天使に命じた。

「これです」

 課長の返事と共にプロジェクターに詳報が浮かんだ。

「……谷底に落ちて炎上、乗員乗客全員死亡。無理のない結果だ」

 サリエルは、そう言いながら、今日一日で死んだ200431人の死因と因果関係のチェックに余念が無く、課長天使の言葉を1秒後には忘れてしまった。

「……この中に世良セラが入ってしまいました」
「なんだと……!?」

 サリエルの手がピタリと止まった。

「同姓同名ではなかろうな?」

「はい、係長、主査、主事以下三度ずつ調べましたが、あの世良セラに間違いありません」

「セラは、ラファエル大天使の計画には欠かせない人間、まだ70年ほどの余命があるはずだが」

「それが、ふと思い立って格安バスツアーにいくという想定外の行動に出まして……」

「クリストフォロス(旅行の聖人)の勇み足か。あいつ、このごろノルマの達成に目の色変わってるからな」

「平和は『国際的な相互理解から、世界の民を旅立たせよ』とか、指導が厳しゅうございますから。しかし、ミスはミス。抗議しておきましょうか?」

「バカ、そんなことをしたら、こちらにもトバッチリがくるではないか……時間を巻き戻して救けてしまおう!」

 サリエルは、モニターを見ながら、事故直前まで時間を巻き戻した。

「ちょっと無理な設定だが、奇跡的に助かったってことにしよう」

「バスは50メートルも転落しています。助かったというのは……」

「割り当ての奇跡クーポンがあるだろう!」

「年始早々です、この先なにがあるか……」

「つべこべ言わずにやれ! このままでは始末書ぐらいじゃすまなくなるぞ!」
「は、はい、分かりました」

 課長は、天使のパソコンに入力し始めた。

「ちょっ、なんでお前がわたしのパスワード知ってるんだ……?」

「あ、部長のパスワード簡単ですから……リエリサ……芸がないですね、名前のでんぐり返しだけじゃ……あ!」
「どうした!?」
 
 サリエリが大きな声を出したので、周りの天使たちがびっくりした。

「いやあ、さすが部長のCPは高性能だと、びっくりしました。アハハハ」

「アハハ、それだけ大事な仕事をしているということだ! で……どうした?」

「セラの魂はすでに浄化されております……」

「そんな……天国には何百億って魂がいるんだぞ、部署も違うし、内部処理だけじゃすまなくなるぞ!」

「…………背に腹は代えられません」

「なにか、いい考えがあるのか?」

「2年連続勤務評定1で、堕天使になった者がおります。こいつのソウルを代わりに入れておきます」
「そ、それでいけ、それで。セラの経験や記憶は、まだ体の中にある。なんとか奇跡的生還で辻褄をあわそう」

 こうやって、堕天使某のソウルはセラの肉体に宿った……。

「おーーい、ここに生存者がいるぞ!」

 消防団員の一人が、崖に張り出した樹の枝に積もった雪の上、その真綿布団にくるまれたようなセラを発見したのは、生存者はいない模様と、地元警察が発表しようとしていた数分前、夜の白々明けのころであった。

 もともとアメリカ人とのハーフで顔立ちの整ったセラではあったが『まるで眠れる天使のようだった』と発見した消防団員の弁であった。

「セラ、俺だ、竜介だ! 目を覚ませ!」

 徹夜で車をとばしてきた兄の竜介が声をかけたとき、セラは意識を取り戻した。

「あ……お兄ちゃん」

 それは奇跡的な、そして感動的な、セラ生還の声であった!

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紛らいもののセラ・1『ケセラセラ』

2021-12-28 06:29:02 | カントリーロード

らいもののセラ

1『ケセラセラ』     

 

 

「部長、アレンジミスです」

「送れ」

 世良部長の対応は単純で明晰だった。

 瞬時に、問題個所の3D図面が送られてきた。世良自身はメインのモニターに全体の図面を出していた。どの箇所でミスがあっても対応できる本図面である。

 ただちに世良部長は送られてきた部分図面のアレンジミスになった箇所と照合した。

 ふつう船舶の部品は10万トンタンカーで、構造材で100万点。偽装材で60万点ほどである。

 しかし軍艦である自衛艦、それも近年整備し始められたヘリコプター搭載大型護衛艦の最新鋭である。

 26DDH、完成すれば「あかぎ」という帝国海軍から引き継がれた名誉ある艦になる。

 総トン数は3万トンを超え、機密ではあるが3日間の工期で本格的な空母に転用可能な艦である。その秘匿性や空母としての構造のため、部品点数は1千万に近い。

「第二デッキの工程中に、ダクトのアレンジミスが見つかりました。排気ダクトに近すぎて共振がおこりキャビテーションノイズが基準を0・5超えてしまいます」

「よく発見してくれた。船体計画課全員を集めてくれ」

 それから、世良部長は5秒間だけ、私用に時間を使った。

―― 仕事 一週間は帰れない。龍太 ――


「もう、お父さん……」

 妻の百恵は、そっけない亭主のメールを見て、同情半分怒り半分の複雑な顔になった。

「まあ、いつものことだから」

 血のつながらない長男の竜介は、少し遠慮の籠った声で言って、食卓を母子三人分に変更しはじめた。

「竜ちゃん、セラ帰ってくるのは、明日の朝よ」

「あ、そうだっけ、どうもあいつのスケジュールは分かりにくくて。あとでタイムテーブル教えてくれる? 多分帰りは早朝になるだろうから、迎えにいってやるよ」

「ごめんね、ツンデレの愛想なしだから」

「そう言う年頃だよセラは、まだまだ思春期だし。それに、おでんだから、明日の方がおいしくなってるさ」

 竜介は血のつながらない妹を明るくかばった。

 セラは、先月急に思い立って、スキーのバスツアーに参加した。

 特にスキーがやりたかったわけではなく、12歳の中一の時に母が再婚し、同居することになった新しい父と兄に馴染めずにいた。

 兄の竜介が高校生のころは竜介自身が部活や受験準備で忙しく兄妹としての関わりが持てないままに、5年の歳月がたってしまった。

 セラの実の父は、ジョージ・マクギャバンというアメリカ人で、小学校まではセラ・マクギャバンだった。離婚後母の姓になり、里中セラになり、そして10カ月の後、母が今の父と再婚。

 で、世良セラになってしまった。

「ケセラセラよ」

 セラは、母の気持ちをおもんばかって平気を装っていたが、一か月ももたなかった。

 どうしても兄のことを「お兄ちゃん」とは呼べず、いまだに「あの」「その」ですましていた。

 いまは「あんた」である。

 父の龍太は、再婚直後に部長に昇進、同時に日本にとって初めてとなる本格空母26DDHの実質的な責任者になってしまい、セラとの接点はほとんどなくなった。しかし、何百人という技術者を束ねているだけあって、人間関係の要を押えることはうまかった。

 中二のとき、友達の喫煙に巻き込まれ、同席規定で校長訓戒になり「できたら保護者の方もご同席を」と言われ、勤務時間前の申し渡しに龍太自身が付き添った。そして、その時、龍太は父としてセラを張り倒した。

 パン!

「制服を着たまま喫煙に関わるとは何事か! お前と、その友達は自分をおとしめただけじゃない。学校全体の名誉を汚したんだ!」

 セラは理解した。申し渡しに来ない親もいるし、場は懲戒の雰囲気から遠かった。龍太は、セラをはり倒すことで、その場の空気を引き締めた。そして親としてあるべき態度でセラに接した。

 それ以来、龍太とは程よい距離をとりつつ、父娘の関係を持つことに成功していた。

 百恵と竜介二人だけの夕食をつましく終えた深夜。竜介が母を大声で起こした。

「お母さん、セラのスキーバスが燃えている!」

 

 

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ホリーウォー・25[ミッションパラサイト・3]

2021-08-03 06:43:57 | カントリーロード
リーォー・24
[ミッションパラサイト・3] 



 

 青海チベット鉄道のラサ駅から発車準備のため退避線に入っていた列車が無人のまま動き出した。
 
 列車は、そのまま本線に入り、制御不能のまま隣のラサ西駅を通過、次の馬郷駅手前の急カーブを曲がり切れずに脱線転覆してしまった。被害の割に死者・負傷者はいなかった。
 
 ほとんど同時刻に、ラサ・クンガ空港で整備待機中の貨物機が無人のまま整備ヤードから誘導路に入り、滑走路に入ろうとしていた旅客機にぶつかって大破炎上した。旅客機の方は管制塔から貨物機の接近を知らされていたので、寸前に乗員乗客が避難。これまた、死者・負傷者はいなかった。

 チベットの中枢と隣接する秦共和国を結ぶ陸と空の幹線が断ち切られてしまった。

 そして、地方政府前で、漢族の若い女性が秦共和国のチベットの不当な支配に抗議する演説を始めた。
 すぐに武装警官隊が駆けつけたが、どこからともなく現れた屈強なラマ僧によって、一個小隊の武装警察は全員のされ、武装解除されて縛り上げられた。

 ラサ郊外の秦軍駐屯地の弾薬庫と武器庫が同時に爆破された。

 直後、駐屯地から二人の女性兵士が現れたかと思うと、上着を脱ぎ、チベットの民族衣装になって演説し始めた。
 
「秦の支配から逃れる時が来た。見よ、燃え盛る侵略者の兵舎を! やっと我々の国を取り戻すときがやってきたのだ!」
 
 この演説を直接聞いている者は少なかったが、SNSで画像が全世界に流れた。

――チベットに独立の狼煙が上がる!――

 そんな記事が、世界中の新聞やテレビのトップニュースになった。秦も、その後ろ盾になっている漢も、なすすべも無く混乱するばかりであった。あくる日には秦が漢に抗議するという珍事態になった。地方政府前で演説していた女性が北京市長の娘・林音美と知れたからである。
 この事件は、今までの百年以上にわたる抗議運動とは質と水準が違った。チベットと、その外を結ぶ陸と空の幹線は遮断され、駐留していた秦軍と漢の軍事顧問団は、たった二日で無力化された。三日目にチベットは大陸国家からの独立を宣言。大陸五か国の疑心暗鬼が始まった。

「やられたな……」

 習大佐は、天壇の司令部で歯噛みした。もう五か国を結び付けているのはシンラだけである。シンラとのパイプを残しておいたことに、辛うじて起死回生の可能性をかけるしかなかった。それに日本がポーカーフェイスで送り込んだ自律式核融合兵器である。日本に送り込んである工作員から「ヒナタというガイノイドで、複数のガードが付いている」という間の抜けた情報だけが上がっている。

「しばらくは内を固めるしかないか……」

「これ以上は藪蛇になるかもしれないわね」
 天壇女子中高の制服を着ながら、雪嶺のヒナタが独り言ちた。
「しばらく天壇の女子高生やるのもいいと思ったんだけどね」
 春麗のキミが不満げに言う。
「早くしろ、退学届出して、さっさと、この国からオサラバするんだから」
 潤沢のスグルが隣室でイラついている。日本で本物の潤沢が捕まっているという噂が流れ始めているからだ。

 どうやら潮時であるという点では一致している三人だった。天壇の雲が北京の蒼空をゆっくり流れて行く。

「昔と違って、空だけはきれいになったね」

 ヒナタは、これまでの思いを言葉にしただけだったが、スグルには呑気な独り言にしか聞こえなかった……。


 ホリーウォー 第一期 完       
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ホリーウォー・23[ミッションパラサイト・2]

2021-08-02 05:53:58 | カントリーロード

リーォー・23
[ミッションパラサイト・2] 





 潤沢に擬態したスグルは、ワンボックスの先回りをして天安門中央前で待ち受けた。

 ガシャン! ブチブチ!

 やってきたワンボックスのウインドウを肘でぶち割ると、ダッシュボードの下に手を伸ばし、コードをまとめて引きちぎった。

 やっと止まった車に武装警官の一団が銃を構えて取り囲んだ。

「慌てるな、警察官諸君。この車は外部からコントロールされていた。運転していたお嬢さんにも罪はない」
「あるかないかは警察が調べる。あんたの身のこなしもただもんじゃない。いっしょに署まできてもらおうか」

 金筋の入った警官が、銃を構えたまま居丈高に言う。春麗と雪嶺も女性警官に捕まっている。

「慌てるなと言っただろう。君はわたしのパルスが読めないのか!?」

「え?」

 金筋の顔が青ざめた。

「情報局の……!?」
「名前を言わなかったのは賢明だな。気を失っているが、運転しているのは北京市長のお嬢さんだ。ほれ、これが自動操縦のボックスだ。分析して出所を調べろ、これは単なる自動車事故。そうしておけ、君の進退にかかわるぞ」

 情報局の看板と呉潤沢の名前は効果絶大だった。この件は潤沢の預かりとなった。

「きみは、北京市長の娘だが、中身は違うだろう」
 潤沢のスグルは、自宅に着くなり、娘に迫った。
「いいえ、北京市長の娘です、すぐに家に戻してください」
「わたしの目はごまかせんよ。体と心の波動が一致しない」
「どんな方法か分からないけど、あなた、市長の娘にパラサイトしているわね」
 雪嶺のヒナタが続ける。
「……あなたがた、何者?」
「敵ではないとだけ言っておこう。世界はきみが思っているより複雑なんだよ、北京市長の娘が天安門で自爆するよりね」
「車は、あとで公安が引取りにくるでしょうが、改造した工場は分からなくしてあるわ」
「ううん、公安が調べたら、公安の自動車整備部に行き着くようにしといた。ちょっともめてもらおうと思って」

 春麗のキミがいたずらっぽく言う。

 それでも娘は頑なだったが、日本のエージェントであることまで明かすと、ようやく安心してくれた。もっとも、それを証明するために、キミはアンドロイドとしての技術の一つとして、擬態の技術を見せてやらなければならなかったが。

「日本には、そんな技術があるんですね……わたし、チベット人のツェリン・チュドゥンと言います……いえ、だったというのが正確ですね。わたしは還魂の術で、市長の娘の体に入ったんです」
「パラサイト!?」
「よほど適合した人間同士でなければできません」
「じゃ、きみの体は?」
「魂が抜けると、体は死んでしまいます……わたしには戻る体がありません。市長の娘の魂を眠らせて、今は林音美として生きるしかありません。そして林音美として、天安門で死ぬ予定でした。漢政府を混乱させるために」
「でもチベットは、秦共和国に併合されてるんじゃないの?」

 ツェリンは庭の柳の木に寄生しているヤドリギに目を移した。

「秦は、漢に寄生しているヤドリギのようなものです。ヤドリギを枯らすのは柳を枯らすのが一番です」
 スグルは、なにを思いついたのか、庭の柳からヤドリギを切り離した。
「今の大陸国家は、みんな、このヤドリギみたいなもんだ。秦みたいにほとんど漢に取り込まれそうになっているところもあるが、互いに持ちつ持たれつだ。本気でこいつをバラバラにしよう……」

 スグルは、ヤドリギに張った蜘蛛の巣に絡み取られていた蝶々を器用に放してやった。

 ツェリンがやっと微笑んだ。

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ホリーウォー・22[ミッションパラサイト・1]

2021-08-01 06:27:56 | カントリーロード
リーォー・22
[ミッションパラサイト・1] 



 
「お腹は空いてないか?」

 春麗と雪麗の父は、大胆にも天安門広場にさしかかった車の中で言った。

 むろん暗号化した会話になっている。実際は「オレのこと分かったかい?」になる。以下ややこしいので、解読された会話表記にする。
 
 雪麗に擬態したキミは、学校に迎えに来た『父』を見て万事窮すだと思った。
 
『父』の呉潤沢は漢民主国情報部の腕利きで、要注意人物とPCにインプットされていた。何度かテレポしようとしたが、テレポ無効化のパルスを発せられるので、チャンスを逸したまま北京のど真ん中まで来てしまったのである。
 
「ヒナタのおかげで、なんとか復元できたぜ」
「え……ひょっとして……スグル!?」
「ああ、ヒナタがオレに関する記録や記憶を集めてくれたんで(第三回~第九回)なんとか九部通り復活できた」
「でも、その潤沢のなりは?」
「本物は日本で捕まっている。ユーリーは自己破壊したが、CPにメモリーの断片が残っていてな、それを三割がた復元したら、この潤沢のオッサンの情報が出てきて、博多ゲルで捕まえた。で、オレが潤沢に擬態して逆潜入したってわけ。本物の春麗と雪嶺も日本に呼び出して身柄を確保してある」
 
「うそ!」
 
「かわいそう」
 
 かわいそうと言ったのは雪嶺のキミである。かわいそうは言葉だけで、中身は「うまくやったわね!」になる。

 雪嶺も春麗も父は貿易商だと思っている。だから博多での身柄確保も外為法違反ということで、娘たちには真実を伝えていない。日本政府のやり方は、優しいとも狡猾とも言えた。とにかく、ヒナタとキミの危機に間に合ったのだから、スグルは大したガードと言えた。

「ただし勝負は、この一か月だ。キミがうまくテレポしてくれたんで、ヒナタの行方は分からない。つまり、中国大陸のどこに世界最強の自律型核融合兵器がいるか分からない。カードはこっちにあるというわけだ。この一か月、大陸のあちこちでヒナタのパルスを発信する。わざとらしくなく、圧縮したり偽装したりしながらな。でも、シンラも習もバカじゃない、一か月もすれば感づくだろう。それまで、やれるだけのことをやろう。まずは天安門広場で記念撮影でもしようか」

 三人は車を降りた。巡邏の武装警察も、仲のいい親子連れとしか思っていない。

「故宮の地下には、大陸最大のCICが作られつつある。大陸を統合したときの総司令部にするつもりだ。そう分からないように、わざと警備は緩くしてある。しかし、忍ぶれど色に出にけり……人の出入りや、監視カメラ、センサーの数や位置で、ある程度の……」
 
 スグルの潤沢が写メのアングルを決めている間に、異常なオーラを感じた。
 
 天安門広場前にさしかかった車が一台制御不能に陥っている。運転手はパニック寸前だ。
 
「あ、あの車!」
 
 一台のワンボックスカーが、急に方向を変えて、天安門の正面に向かい始めた。運転手は必死でハンドルを逆に戻し、ブレーキを踏もうとしているが、コントロールがまるで効かない。

「二人とも、ここを動くんじゃないぞ!」

 そう言うと、スグルは猛ダッシュで車に向かって駆け出した……。
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ホリーウォー・21[ヒナタとキミの潜入記・9]

2021-07-31 06:20:10 | カントリーロード
リーォー・21
[ヒナタとキミの潜入記・9] 



 
 
「日本は昔ほど寛容じゃないの」

 ヒナタは、この事態を予想していたかのように習大佐を見返した。
 
「しかし、あくまで威嚇だ。キミが起爆したら広島型原爆の1600倍の威力がある。地球の1/30が吹っ飛んで、月がもう一つできる。むろん地球上の人類は全滅。そんなものを起爆できるわけがない」
 
 シンラ大司教は、あくまで冷静だった。
 
「東京クライシスのあと、わたしはバージョンアップしてるの。破壊力は広島規模から、その1600倍まで調整可能よ……いま、破壊力を広島型にしたわ」
「……なるほど、日本の技術革新はあなどれないわけだ」
「シンラ大司教、習大佐、あなたたち二人が個人的には良い資質を持っていることは、この二か月余りで分かったわ。だけど国際的には昔通りの覇権主義。お二人の間でさえ、こんな確執がある。この二か月、なんとか穏やかな解決法はないかと考えたけど、もう貴方の存在は容認できないわ」
「シンラ大司教、ここは協力しませんか。互いの問題を解決する前に共通の敵を始末しましょう」
「それが賢明なようですね」
「シンラ大司教、その習大佐はホログラムです。実体は安全なシェルターの中にいる。ここで死ぬのは大司教一人です」
「かまわない。わたしも、それなりのセキュリティーはしてある。今度こそ消滅してもらおう、日本のモンスター」
「あ……」
「気づいたようだね、8丁のパルスガ銃がキミに照準を合わせている。ただ、こういう展開を予想していなかったので、チャージに時間がかかったがね。消滅しろモンスター!」

「わたしの存在を忘れちゃ困るわね」

 キミが声を上げた。
 
「開花、おまえは……」
 
「あたしは、ヒナタのガードよ。ここでむざむざヒナタを自爆なんかさせない」

 次の瞬間、音もなくヒナタとキミの姿は消えた。

「パルス変換して!」
 
 キミの圧縮信号で、ヒナタは状況を理解した。
 
 でも……
 
「どうして、あたしたち裸なの?」
「シンラの制服にはナビチップが縫い込まれてるの。あれ着たままだとテレポしても直ぐに居場所が掴まれる。そこら辺にある制服を着て」
「ここ……?」
「天壇女子中高の倉庫。卒業生が寄付してった制服がいっぱいあるから、サイズ合うの着て。それから姿かたちは今送る情報で擬態して」
 
 言われるままにヒナタは、天壇女子中高5年生呉春麗(オ・チュンリー)に、キミは妹の雪麗(オ・シュェリー)になった。
 
「あら、可愛い子ね」
 
 擬態した自分を鏡に映して思わずヒナタが言った。
 
「ちょっと、操作するわね……」
 
 春麗と雪麗は、ここ一週間休んでいる生徒だ。理由までは分からないが、居てもおかしくない存在である。もっともキミは下校時間までしか、ここに居る気は無かった。
 
 キミのテレポ能力は、単独で半径1キロ。ヒナタと二人では、500メートルが限界なのだ。それで緊急避難として天壇総本部に近い天壇女子中高を選んだのである。
 
 しかし、下校時間には、どこか他のところに行かなければ怪しまれる「ま、その時に考えよう」キミは基本的にポジティブなガードである。
 
 春麗と雪麗の学校生活における情報は取りこんであるので「あ、二人とも久しぶり」と友達に言われるだけで済んだ。
 
 午後から登校したという記録も、学校のコンピューターに思い込ませてある。
 
「二人とも、放課後に一週間の欠席について説明にきなさい」
 
 生徒指導の先生に言われたのは困ったが、まあ、それまでに学校をトンズラしてしまえばいいと決めた。

 で、放課後。

「春麗、雪麗、お父さんが来られてるから、応接室まで来なさい」
 
 担任に言われてビックリ、想定外なことである。キミはヒナタといっしょになったらテレポすることにした。
 
「雪麗!」
 
 廊下で声を掛けてきたのは、見知らぬオッサン……そのオーラとパルスは二人の父親であると推測された……。

 危うし、ヒナタとキミ!
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ホリーウォー・20[ヒナタとキミの潜入記・8]

2021-07-30 06:23:07 | カントリーロード
リーォー・20
[ヒナタとキミの潜入記・8] 


 
 
「シンラ大司教、国家反逆罪で逮捕する」

 そう言ったとたんに、シンラ大司教の執務室にはバリアーが張られた。
 
「バリアーなんか張ったら、武装した部下たちが突入してくるぞ!」
 
 習大佐は、反射的に叫んだ。
 驚いたわけではない、バリアーは予想の範囲内なので威嚇したに過ぎない。
 
「三十分は破れません。ダミーの情報が流れます。今度のわたしの大陸遊説の成果をもとに今後の計画を話し合うという情報です」
 
 シンラは、あくまでも落ち着き柔和な表情を崩さなかった。習大佐は、逮捕令状をたたんだ。たたむと緊急信号が発せられる仕掛けになっている。
 
「無駄ですよ、大佐の緊急信号は、この執務室からは出ることができない。明花くん開花くん、モニターを」
 
 ヒナタの明花は、モニターのリモコンを操作した。天壇の教会の内外で配置についている部下たちが映されるが、彼らの動きに変化はなかった。開花のモニターには穏やかに話し合うシンラと習大佐、そして秘書として控えている明花と開花が映っている。
 
「くそ、これは……」
 
「習大佐が、ここに来ることは織り込み済みです。そのセキュリティー付の逮捕令状は、とりあえずのもの。軍司令部に連行したあとは、わたしを破壊することになっていますね。あなたは、わたしのことをアンドロイドと勘違いされている。この国にはアンドロイドには人権はありませんからね」
「そうだ、どんなに優秀であろうと、この国はロボットによる支配は認められない」
「ロボットとは見くびられたものですね。一体なにを証拠に?」
「この一か月間のあんたのデータだ。人間の能力をはるかに超えている。そこの明花開花姉妹でも交代で休憩をとっている。あんただけが不眠不休。ロボットである証拠だ」
「仕方のない人だ。たったこれだけの資料でわたしをロボット……正確にはアンドロイドでしょうが。そう決めつけてしまわれる。わたしはサイボーグです。ここだけは人間です」
 
 ポンポン
 
 シンラは、自分の頭をたたいてみせた。
 
「嘘だ。身体はともかく、人間の脳が、あんな不眠不休の行動に耐えられるわけがない」
「わたしの脳はハイブリッドです。休息する間はCPで制御されている。必要なときはCP は強制的に、わたしの脳みそを叩き起こしますが。今がちょうど、その状態です。逮捕してお調べになれば分かるでしょうが、そんなことをすれば、この国の、いやこの大陸のシンラ教徒が黙ってはいない。あなたの部下にも信徒はいます。明花くん外部映像にフィルターを」
 
「はい」

 なんと、出動した部下たちの1/3がシンラの信徒であった。

「わたしは、なにもこの国を支配しようと思ってはいません。願いはただ一つ。中華国家の復活です。大佐、あなたの悲願でもあるはずだ。それより、習大佐が気を付けなければならないのは日本から送られてきた究極兵器だ」
「……ヒナタのことか。あれはガセだ。入国の噂はたったが、以後なんの情報も無い。小心者の日本がそこまで冒険すると思うのが心理戦にハマった証拠。日本人に地球を人質にしたような行動はとれない」
「日本を見くびってはいけない。なんといっても三発目の核攻撃を受けたんだ、しかも、その三発目は、この中華国家が撃った。五か国に分裂して、責任をあいまいにしているが、日本人は、そこまで寛容じゃない。そうだろ明花……いや、ヒナタくん」

 シンラの穏やかな目と、驚愕した習大佐の目が同時にヒナタに向けられた……。
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ホリーウォー・19[ヒナタとキミの潜入記・7]

2021-07-29 06:40:33 | カントリーロード
リーォー・19
[ヒナタとキミの潜入記・7] 



 

 大陸の五大国家で、一斉にデモが起こった。

「中国の再統一を!」という点では全て一致していた。ただ、その統一は、自分の国が中心になって行われなければならないという点でだけ違いがあった。

 シンラは、裏で動いている人物を特定していたが、昔の中国のように、弾圧や身柄の拘束は行わなかった。

 その代り、シンラは、大陸各地100か所余りを一週間で周り、大衆に呼びかけた。

「シンラの考えは、みなさんと同じです。中国の再統一です。しかし、その主導権は、どこの国がとっても構わないと考えています。これは父なるマルクスが、我らに示したもうた節理なのです。五つの国でおこっているデモに首謀者はいません(本当は習大佐らが糸を引いていることはつかんでいる)みなさん中国の市民の人々が、自然発生的におこされたことは歴史的な必然です。五つに分かれた大陸国家中国は、建国の理念を忘れ、旧態依然たる悪幣に戻ろうとしています。情実と不正にまみれた政治の姿です。不正と腐敗の仕方は国によってまちまちですが、それに糾弾の声をあげたみなさんの心は一つです。同じ民衆の声なのです。だからいずれの国が主導権を握ろうと、真の勝利を手にするのはあなた方なのです。これが革命の節理です。この必然と言っていい節理を発見した父なるマルクスに感謝しましょう。そして祈りながら行動しましょう。身の回りにある不正や情実に目を向けましょう。統一は、そのあとに歴史的な必然としておこります!」

 シンラは行く先々の方言でしゃべり、呼びかけの後は、かならず民衆との討論、その結果としての折伏になり、シンラの宗教団体は大陸の精神的な支柱の柱として堅固さを増していった。

 明花(ヒナタ)は自分を戒めていた。シンラの活動に100%付き添っては身が持たない、人間としては……そこで息女女史のクラブで働いていた開花(キミ)を呼んで、交代で付き添うことにした。

「これを見ろ……」
 
 習大佐は、コンピューターの資料を部下の幕僚に見せた。それは、一週間あまりのシンラの綿密な行動記録であった。喋った内容はもちろんのこと、消費カロリー摂取カロリーの差まで記録されていた。
 
「人間業とは思えませんなあ……」
「その通り。付き添いの部下たちは交代でやっている。熱狂的な部下も五日目あたりで脱落している。人間としての限界を信仰が超えられると思っているんだ。こういうバカはどうでもいい。自分の限界を知りながら効率よく交代しているやつらこそ怖い」
「今では、明花、開花姉妹がマネジメントをやっているようですが」
「君は、今度のデモ騒ぎは、わたしの負けと思っているかもしれん」
「いえ……そんなことは」
「かまわん。見かけは完全な敗北だ。だが、わたしの狙いは、その先にある……」

 そう言って、大佐は、今時珍しいアナログの腕時計のネジを巻いた。部下が苦笑した。  

「ハハ、おかしいだろうね。わたしは道具としてデジタルは使うが、デジタルには動かされたくはないんでね」

 北京の街は落ち着きを取り戻していた。
 
 ジジジ ジジジ ジジジ ジ。
 
 時計のネジはネジ切れる寸前まで巻かれ、力強く明日に続く時間を刻み始めた。
 
「よし」
 
 習大佐は、その敗北に似た勝利に確信を持ち始めていた……。
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ホリーウォー・18[ヒナタとキミの潜入記・6]

2021-07-28 06:37:04 | カントリーロード
リーォー・18
[ヒナタとキミの潜入記・6] 



 
 シンラの毎日は想像以上に多忙だ。

 五つに分裂した中国が底の底で結びついているのは、シンラの活動があるからだと思えた。
 
 大陸各地に、シンラの司教や宣教師を送り込まれていて、その報告が毎日天壇の本部に送られてくる。様式はまちまちで、大概はスマホやパソコンからのメールであるが、中には古色蒼然たる手紙や電話である場合もある。
 
 中国は広い。大陸の隅々までシンラのネットワークが完璧に張られているわけではない。
 
「ネットワークを張ろうと思えば、いつでもできる。しかし、その人その地域に合った通信手段があるんだよ」
 
 シンラはにこやかに語りながら、秘書官の明花(ヒナタ)といっしょに整理しながら目を通していく。その場で答えを書いたりメールしたり、一部の者はシンラの幹部と話し合うためにデータ化したうえで、幹部それぞれに転送。会議が行われる時点で情報は共有化されている。
 
 部局は、五つに分かれた中国と、海外部門が二つの計七つに分かれていて、七つの部局にも、担当地域からの情報や報告が入っている。
 
 一見二重作業のように見えるが、頭脳を複数にすることによって、地域的、人種的な偏見をできるだけ排除しようというシステムである。この制度があることで、シンラは五つの大陸国家の枠を超えて活動ができるのである。
 
「シンラ同志の速読と決断の早さはすごいですね!」
 
 仕事が一段落したところで、明花は感嘆の声をあげた。
 
「なあに、慣れですよ。確かに慣れたと言っても大変ですがね、大陸や世界をリアルタイムで理解しておくのには手を抜けないところです」
 
 柔和な、慈悲深いと笑顔でシンラは語る。この優しく理性的な様子から、あの残忍なテロの主導者であるとはとても思えなかった。

 習大佐は面白くなかった。いや、危機感をつのらせていた。

 先日のクーデタは大成功であった。漢民主国から、国家よりも自分の利権を第一にする中国伝来の守旧派は排除できた。
 
 クーデタでできた政権は、必ずクーデタで倒される。それを芽のうちに摘んでおくために、シンラに劣らない情報網で、国の情報を集めていた。
 
 そこから分かってきたのは、クーデタの成功の裏には必ずと言っていいほど、シンラの影がちらついていることだ。
 
――宗教団体とはいえ、これは人間業では無い――
 
 そう思えてきた。

 習大佐は、あることを確認しようとして、一つの計画を練った……。
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