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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

妹が憎たらしいのには訳がある・25『序曲の終わり』

2021-01-09 06:40:30 | 小説3

たらしいのにはがある・25
『序曲の終わり』
          

 

    

 

 甲殻機動隊里中副長の娘のねねちゃんが立っていた……。

 サッチャンは不審に思って一歩引きさがる。その分幸子が前に出て、俺が挟まれる形になる。

「あなたは……」
「この子は……」
 ねねちゃんが薄く微笑む。
「義体の微笑みね」
「ああ、中味はグノーシスのハンス。性別・年齢不明だけど、いちおう味方だよ」
 オレが説明すると、ねねちゃんは労るように言い添える。
「AGRの連中が、そっちのサッチャンを狙ってる。甲殻機動隊で保護させてもらうわ」
「そりゃありがたい。幸子、この子はねねちゃんと言って……」
「里中副長さんの娘さん」
「知ってたのか?」
「お兄ちゃんの記憶を読んだの」
「だったら話は早いや。甲殻機動隊なら安心できるからな……って、人の記憶なんか読むなよ(^_^;)」
「そうよ、じゃ、預かっていくわね……」

 ダメよ

 幸子が立ちふさがる。

「そうはさせない。サッチャンを利用しようとしているのは、あなただもん」

「え?」

 俺は混乱した。
 駅前で出会って以来、ねねちゃんは中身はハンスだけれど俺たちの味方だ。


「バカなことを。わたしはハンス。あなたたちの味方……」
「違う。サッチャンを使って、そちらの極東戦争を有利に運ぼうというのが評議会の決定だものね、でしょ?」
「チ……バカ兄貴のダダ洩れ脳みそでなくても読めるんだ!」

 バッシャーン!

 ねねちゃんは窓ガラスを蹴破って、屋上に飛び出していった。
「サッチャンを見てて!」
 そういうと幸子も破れた窓から屋上に飛び上がっていった。

「残念ながら、ヘリコプターは甲殻機動隊がハッキングしたみたいね。ここには来ないわ」
 上空のヘリコプターが、お尻を振って飛び去るのが見えた。
「デコイの偽像映像もまずかったな」
 屋上で待ち伏せていた里中副長がポンプ室の陰から出てきた。
「どうしてデコイと分かったの?」
「こっちの幸子ちゃんは、兄貴と二人の時は絶対に笑わない。ニュートラルな時は、ニクソイまんまだ」

 ねねちゃんの目の光が険しくなった。発するオーラは男の戦闘員……ハンスだ。
「評議会の結論が変わったのか……」

「ああ、美シリたちが工作してな。そういう情報のネットワーク化ができないのが、そっちの弱みなんだな」
「だから、サッチャンを使ってグロ-バルネットにしようと思ったのに……」
「ご都合主義なんだよ……」
「里中……」
「あばよ……」

 ズドーーーーン!

 里中副長は、背中に隠し持っていたグレネードで、幸子の蹴りが入る寸前にねねちゃんを始末した。幸子は給水タンクを凹ませて俺の前に着地した。

「殺しちゃったら、何も情報が得られないわ……」

「こいつに余裕を持たせると時間を止められてしまう。幸子ちゃんの蹴りの気迫が、こいつの隙になった。礼を言うよ。ガーディアンがガード対象に救われてちゃ世話ないけどな」
 そう言いながら、里中副長は、ねねちゃんの残骸をシュラフに詰め始めた。
「洗浄は、わたしがやっとく」
「すまん。ガードは、しばらく部下がやる。いちおう、義体はオレの娘だったから、始末ぐらいは、自分の手でしてやりたい」
「始末なんて言わないで」
「じゃ、なんて……?」
「自分の口から言わなきゃ意味無いわ」
「……じゃ、言わない。ただハンスは」
「ハンスは、いま死んだわ。なにか?」
「……いや、なんでもない」
 そう言い残すと、里中副長は非常階段を降りていった。幸子は、屋上に残ったねねちゃんの生体組織から飛び散った血液と微細片を高圧ホースで流していった。

 ……ここまでのことは、ここから起こるパラレル世界とグノーシスの骨肉の争いに巻き込まれる兆し過ぎなかった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音) 健三(軽音)

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・24『むこうの幸子ちゃんを救出』

2021-01-08 06:20:28 | 小説3

たらしいのにはがある・24
『むこうの幸子ちゃんを救出』
          

   

 

 

 満場の拍手だった!

 生徒会主催の新入生歓迎会は例年は視聴覚教室で行われる。
 しかし、今回は二つの理由で体育館に移された。
 一つは、飛行機突入事件で視聴覚教室が使えなくなったこと。
 もう一つは、今年は例年以上の参加者が見込まれたからだ。

 俺が新入生だった年の歓迎会はショボかった。

 なんと言っても自由参加。ケイオンもまだスニーカーエイジには出場しておらず、それほどの集客力が無かった。
 今年は違う。
 加藤先輩たちが、昨年のスニーカーエイジで準優勝。これだけで新入生の半分は見に来る。
 そして、なにより幸子のパフォーマンスだ。
 路上ライブやテレビ出演で、幸子は、ちょっとした時の人だ。二三年生の野次馬もかなり参加して、二階席のギャラリーまで使って広い体育館が一杯になった。
「わたしらにも一言喋らせてくれんかね」という校長と教務主任の吉田先生の飛び入りは、丁重にケイオン顧問の蟹江先生が断ってくれた。普段はなにも口出ししない顧問で、みんな軽く見ていたが、ここ一番は頼りになる先生だと見なおした。

 幸子は演劇部の代表だったが、ケイオンが放送部に手を回した。

――それでは、ケイオンと演劇部のプレゼンテーションを兼ねて、佐伯幸子さん!

 ウワーーーー!! 
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
 
 満場の拍手になった。
 
 最初に、幸子がAKRの小野寺潤と桃畑律子のソックリをやって観衆を沸かし、三曲目は、最近ヒットチャートのトップを飾っているツングの曲を、加藤先輩とのデュオでやってのけた。
 もちろんバックバンドはケイオンのベテラン揃い。演劇部の山元と宮本の先輩は、単なる照明係になってしまった。

 体育館のステージでも軽音全員が立てるほどのスペースは無い。フィナーレを三年生に譲ると、笑顔を振りまいて幸子は先に舞台を下りた。

 結果的には、ケイオンに四十人、演劇部には幸子を含め三人の新入部員。正直演劇部には気の毒だったが、気の良い二人の先輩は「規模に見合うた部員数や」と喜んでくれたのが救いだった。

 フィナーレは幕間にやったアニメけいおん!の名曲『ごはんはおかず』でノリまくった!

 いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!

 いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!

 みんなのシャウトが体育館中にこだました!

 いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!

 いち! にい! さん! しぃ! ごはん!!!!

 シャウトが絶頂に達した時、胸のポケットでスマホが振動した。

 ん……メール?

 ――生物準備室まで来て――

 幸子からだ……俺は生物準備室に急いだ。

 用があるなら、幸子は自分でやってくるはず。きっと、なにかあったんだ。


「おい、幸子」
『まだ、入っちゃダメ!』
 中で衣擦れの音がする……例によって着替えているんだろうか。それなら進歩と言える。いつもは大概裸同然だったりするから。
「いいわよ」
 やっと声がかかって、準備室に入るとラベンダーの香りがした。昔のSFにこんなシュチュエーションがあったなあと思った。
「ドアを閉めて」
「お、おう」
 ドアを閉めて、衝立代わりなのか単なる無精で置きっぱなしになっているのか分からないロッカーやら段ボール箱やらのガラクタの山をクネクネ曲がって奥に向かう。

 …………二人の幸子がいた。

「どっちが……」
「わたしがこっちの幸子。で、こちらが向こうの幸子ちゃん。やっと呼ぶことができた」
 二人とも無機質な表情なので、区別がつかない。とりあえず、今喋ったのがうちの幸子だろう。
「義体化される寸前に、こっちに呼んだの。麻酔がかかってるから、立っているのが精一杯」
「義体化?」
「危険な目にあったら、自動的にタイムリープするように、リープカプセルを幸子ちゃんの体に埋め込んでおいたの。こっちの世界に居ながらの操作なので手間取っちゃったけどね。それが、このラベンダーの香り」
「なんで、この幸子ちゃんが義体化を……事故かなんかか?」
「ううん、向こうの戦争に使うため。幸子ちゃんを作戦の立案と指令のブレインにしようとしたのよ。わたしとほとんど同じDNAだから狙われたのね」
「おまえは命を狙われてるのに……」
「それが、6・25%の違い。この幸子ちゃんは、わたしより従順……」

 幸子がガラクタの向こうを見据える……ガラクタの向こうに気配がした。
 ガラクタの向こうにわずかに見えているドアが半分開いている。

「だれ!?」
 
「……やっぱ、サッチャンは鋭いわね」

 甲殻機動隊副長の娘のねねちゃんが現れた……。

 

たらしいのにはがある・23
『幸子テレビに出る』
          

 

  

 

「対馬戦争が最後のカギだったんです」

 桃畑中佐が静かに言った。

「しかし、あれで三国合わせて二千人の戦死者が出たんですよ。ロボットによる戦闘が膠着状態になったんだから、あのあとは外交努力による解決こそが望ましかったんじゃないですかね」
 メガネのキャスターが、正義の味方風に桃畑中佐を責めた。
「あれで、当事国は目覚めたんですよ。多くの命を犠牲にしてまでやる戦争じゃないって」
「その結果南西諸島も対馬も日本の領土と確定はしましたけど、新たなナショナリズムを掻き立てたんじゃないんですか!」
「……あなたは僕になにを言わせたいんですか」
「だから、極東戦争は、生身の人間が……あなたの部下も含めて、命を失ったことに反省がないことが問題だと思うんですよ。思いませんか!?」
 キャスターの声は、過剰な正義感に震えていた。
「不思議なことをおっしゃいますなあ。僕たちは、命令に従ったんです。軍人なんだから」
「軍人だって、心というものがあるでしょう。防衛法三十二条、第三項にあるじゃありませんか。指揮官が精神的あるいは、肉体的に正当な指揮判断ができなくなったときは、次席の指揮官、作戦担当者が指揮をとれる!」
「僕は単なる一方面の前線部隊の指揮官に過ぎない。僕への命令は、大隊司令から、大隊司令は師団司令から、師団は方面軍から、方面軍は、統合幕僚長の作戦命令に従った。そして、その作戦実行にゴーサインを出したのは、内閣総理大臣です。この命令に従わないのはシビリアンコントロールの原則に反します……お分かりになれますか?」
「その大元が狂っていた。そういう世論もあるんですよ。現に内閣は、戦争終結直後に総辞職している」
「それは、亡くなった人たちへの鎮魂のためだと理解しています」
「なんにも分かってないなあ! 桃畑さん、これは言わないつもりだったんだけど、対馬戦争の直前に亡くなった、妹さんの敵討がしたかっただけじゃないんですか!?」
 桃畑中佐の目が一瞬光った。
「ありえません、そんなことは!」

 ボクは、そこでテレビのスイッチを切った。

 幸子が路上ライブをやるようになってから、動画サイトへのアクセスが増え、先日はナニワテレビが学校まで取材にきた。


 そのときリクエストで、先代オモクロの『出撃 レイブン少女隊!』を亡くなった桃畑律子そっくりに演ったことが評判を呼び、動画へのアクセスも二百万件を超えた。
 これを、一部のマスコミが意図的なナショナリズムを煽ったと非難し始めたのだ。
 桃畑中佐は、ただ妹の思い出の曲としてリクエストしただけなのである。ただ、それだけのことにマスコミは桃畑中佐をスケープゴートにして叩きはじめた。
「お兄ちゃん。わたしがやったことって、悪いことだった?」
 あいかわらず、パジャマの第二ボタンが外れたまま、幸子が無機質に歪んだ笑顔で聞いてきた。
「んなことはないよ」
「じゃ、決めた」
 そう言うと、幸子は自分の部屋で、なにやらガサゴソやりはじめた。

「ジャーン、オモイロクローバーX!」


 部屋からリビングに突撃してきたのは、往年のオモクロの桃畑律子そっくりになった幸子だった。
 幸子は、ナニワテレビの出演が決まっていて、テレビ局は早手回しに衣装を送りつけてきていた。

 


 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放しちまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!

 


 スタジオは満場の拍手になった。別にADが「拍手」と書いたカンペを持って手をまわしていたわけでは無い。
 ナニワテレビは、世論には無頓着で、かえって逆なでするように幸子のパフォーマンスを流した。
「この曲のどこがナショナリズムや言うんでしょうね。我々オッサンには、ただただ眩しい人生の応援ソングに聞こえますが。どうも佐伯幸子ちゃんでした。後ろでワヤワヤ言うてるのは、サッチャンの学校、真田山高校のみなさんです!」
 3カメが、われわれをナメテいく。祐介も優奈も謙三もいる、佳子ちゃんまでも大阪人根性丸出しでイチビッテいる。正式な付き添いである俺はその陰で小さくなっている。

「似てるよなあ」
「そっくりやなあ」
「懐かしいて、涙出てくるわ」
「桃畑中佐はんも来はったらよかったのに」
「いや、今日はお仕事の都合で……」
 ゲストが喋っているうちに、次のコーナーの用意がされる。幸子は制服に着替え、最後のコーナーに出ることになっている。
「あと8分です」
 ADさんが小声で伝えてくれる。

 俺は楽屋に幸子を呼びに行った。あいつのことだ一分もあれば着替えている。


「俺だ、入るぞ……」
「どーぞ」
 入って、またかと思った。幸子は下着姿で、マネキンのように立っていた。
「フリーズか?」
「……の軽いやつ」
「言ってるだろ、いくら兄妹だってな……」
「向こうの幸子が、ちょっとあって、こっちに呼ぶ準備で負荷がかかって……だから、動きが鈍くなって」
「向こうの?……とにかく着替えろよ」
「うん……」
「早く!」
「手伝って、あと、もうちょっとだから……」
「あのなあ……」
「早く!」
「オレの台詞だ……バカ、脱ぐんじゃないよ、着るんだってば!」
 脱いだ下着の前後に一瞬戸惑ったが、なんとか二分ほどで、着せることができた。

 何度やっても、こういう状況には慣れない自分を真っ当なのか不器用なのか、判断が付きかねた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・23『幸子テレビに出る』

2021-01-07 06:21:43 | 小説3

たらしいのにはがある・23
『幸子テレビに出る』
          

 

  

 

「対馬戦争が最後のカギだったんです」

 桃畑中佐が静かに言った。

「しかし、あれで三国合わせて二千人の戦死者が出たんですよ。ロボットによる戦闘が膠着状態になったんだから、あのあとは外交努力による解決こそが望ましかったんじゃないですかね」
 メガネのキャスターが、正義の味方風に桃畑中佐を責めた。
「あれで、当事国は目覚めたんですよ。多くの命を犠牲にしてまでやる戦争じゃないって」
「その結果南西諸島も対馬も日本の領土と確定はしましたけど、新たなナショナリズムを掻き立てたんじゃないんですか!」
「……あなたは僕になにを言わせたいんですか」
「だから、極東戦争は、生身の人間が……あなたの部下も含めて、命を失ったことに反省がないことが問題だと思うんですよ。思いませんか!?」
 キャスターの声は、過剰な正義感に震えていた。
「不思議なことをおっしゃいますなあ。僕たちは、命令に従ったんです。軍人なんだから」
「軍人だって、心というものがあるでしょう。防衛法三十二条、第三項にあるじゃありませんか。指揮官が精神的あるいは、肉体的に正当な指揮判断ができなくなったときは、次席の指揮官、作戦担当者が指揮をとれる!」
「僕は単なる一方面の前線部隊の指揮官に過ぎない。僕への命令は、大隊司令から、大隊司令は師団司令から、師団は方面軍から、方面軍は、統合幕僚長の作戦命令に従った。そして、その作戦実行にゴーサインを出したのは、内閣総理大臣です。この命令に従わないのはシビリアンコントロールの原則に反します……お分かりになれますか?」
「その大元が狂っていた。そういう世論もあるんですよ。現に内閣は、戦争終結直後に総辞職している」
「それは、亡くなった人たちへの鎮魂のためだと理解しています」
「なんにも分かってないなあ! 桃畑さん、これは言わないつもりだったんだけど、対馬戦争の直前に亡くなった、妹さんの敵討がしたかっただけじゃないんですか!?」
 桃畑中佐の目が一瞬光った。
「ありえません、そんなことは!」

 ボクは、そこでテレビのスイッチを切った。

 幸子が路上ライブをやるようになってから、動画サイトへのアクセスが増え、先日はナニワテレビが学校まで取材にきた。


 そのときリクエストで、先代オモクロの『出撃 レイブン少女隊!』を亡くなった桃畑律子そっくりに演ったことが評判を呼び、動画へのアクセスも二百万件を超えた。
 これを、一部のマスコミが意図的なナショナリズムを煽ったと非難し始めたのだ。
 桃畑中佐は、ただ妹の思い出の曲としてリクエストしただけなのである。ただ、それだけのことにマスコミは桃畑中佐をスケープゴートにして叩きはじめた。
「お兄ちゃん。わたしがやったことって、悪いことだった?」
 あいかわらず、パジャマの第二ボタンが外れたまま、幸子が無機質に歪んだ笑顔で聞いてきた。
「んなことはないよ」
「じゃ、決めた」
 そう言うと、幸子は自分の部屋で、なにやらガサゴソやりはじめた。

「ジャーン、オモイロクローバーX!」


 部屋からリビングに突撃してきたのは、往年のオモクロの桃畑律子そっくりになった幸子だった。
 幸子は、ナニワテレビの出演が決まっていて、テレビ局は早手回しに衣装を送りつけてきていた。

 


 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放しちまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!

 


 スタジオは満場の拍手になった。別にADが「拍手」と書いたカンペを持って手をまわしていたわけでは無い。
 ナニワテレビは、世論には無頓着で、かえって逆なでするように幸子のパフォーマンスを流した。
「この曲のどこがナショナリズムや言うんでしょうね。我々オッサンには、ただただ眩しい人生の応援ソングに聞こえますが。どうも佐伯幸子ちゃんでした。後ろでワヤワヤ言うてるのは、サッチャンの学校、真田山高校のみなさんです!」
 3カメが、われわれをナメテいく。祐介も優奈も謙三もいる、佳子ちゃんまでも大阪人根性丸出しでイチビッテいる。正式な付き添いである俺はその陰で小さくなっている。

「似てるよなあ」
「そっくりやなあ」
「懐かしいて、涙出てくるわ」
「桃畑中佐はんも来はったらよかったのに」
「いや、今日はお仕事の都合で……」
 ゲストが喋っているうちに、次のコーナーの用意がされる。幸子は制服に着替え、最後のコーナーに出ることになっている。
「あと8分です」
 ADさんが小声で伝えてくれる。

 俺は楽屋に幸子を呼びに行った。あいつのことだ一分もあれば着替えている。


「俺だ、入るぞ……」
「どーぞ」
 入って、またかと思った。幸子は下着姿で、マネキンのように立っていた。
「フリーズか?」
「……の軽いやつ」
「言ってるだろ、いくら兄妹だってな……」
「向こうの幸子が、ちょっとあって、こっちに呼ぶ準備で負荷がかかって……だから、動きが鈍くなって」
「向こうの?……とにかく着替えろよ」
「うん……」
「早く!」
「手伝って、あと、もうちょっとだから……」
「あのなあ……」
「早く!」
「オレの台詞だ……バカ、脱ぐんじゃないよ、着るんだってば!」
 脱いだ下着の前後に一瞬戸惑ったが、なんとか二分ほどで、着せることができた。

 何度やっても、こういう状況には慣れない自分を真っ当なのか不器用なのか、判断が付きかねた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・22『レイブン少女隊』

2021-01-06 06:33:07 | 小説3

たらしいのにはがある・22
『レイブン少女隊』
          

 

 


 幸子の頭脳には二つのバージョンがある。

 サイボーグとしてインストールされた状態で働くプログラムバージョン。
 僅かに残った数パーセントの脳細胞が働くニュートラルバージョン。

 プログラムバージョンは急速に成長している。感情表現も豊かになり、さまざまな人の声や表情などを完ぺきにコピー、あるいは合成して表現できる。時々、それが幸子が取り戻した本来の姿かと思うほど生き生きしていて、不覚にも兄として喜んでしまうことがあったりする。
 ニュートラルバージョンは……分からない。下手に絡んで、幸子の言うことやる事に心を動かすと神経にやすりを掛けられそうな得体の知れなさを感じて、傍にいながら一歩引いてしまう。情けない兄だが、情けないなりに寄り添ってやろうと思う。一歩引いたら、次には二歩近づいてやるつもりでな……。

 今のなし! どうしていいか分かんねーから、とりあえず、これで勘弁!


「お兄ちゃん、ど、どうしよう、放送局がやってきちゃった!」

 放課後、幸子がアタフタと、ケイオンの仮練習場にやってきた。むろん、この女の子らしいアタフタはプログラムバージョンである。


「あ、飛行機事故の取材かなんかじゃないのか?」


 真田山高校は、三日前、グノーシスAGRに操られた軽飛行機が突っこんできて、視聴覚教室を中心に大被害を被った。
 視聴覚教室は、我がケイオンのメインスタジオだったので、今は狭い放送室を使っている。でも使えるのは、加藤先輩たちの選抜メンバーだけで、オレたちその他大勢は、普通教室で、アンプ無しのマッタリでやっている。

「ち、違うのよ!」

「一昨日の路上ライブが動画サイトでもすごくって、そんで、テレビ局が取材。サッチャンを!」
 早手回しにタンバリンを持った佳子ちゃんが補足した。
「で、でも、緊張しちゃって……それに、今日は演劇部の日だから、ギター持ってきてないし」
「それなら、簡単やんか……」

 優奈が走り回ってお膳立てをした。

 グラウンドの一角に、演劇部とヒマなケイオンのその他大勢で、特設ステージを組んだ。ギターは加藤先輩が自分のギブソンを貸してくれた。その間テレビのクルーは、飛行機が突っこんできた跡や、しゃしゃり出てきた校長相手に取材なんかをやっている。
「ええ……かくも迅速に復旧できましたのは、府教委はじめ保護者、卒業生のみなさんの……」
 その時、グラウンドからADさんのOKサイン。
「ありがとうございました。それでは、最近動画サイトなどで人気上昇中の、佐伯幸子さんの演奏をライブでお届け致します!」
 MCのセリナさんを先頭に、スタッフがグラウンドに突撃してきた。

 一曲唄ったところで、スタジオから注文がきた。

「あ、あ、そうですか……サッチャン(幸子さんが、もうサッチャンになっている。マスコミの変わり身、早!)スタジオに初代オモクロの桃畑律子さんのお兄さんが来られてるんですけど、その桃畑律子さんの『出撃、レイブン少女隊!』のリクエストが来ているんですけど。お願いできますか?」
 桃畑律子は、極東戦争が終息しかけたころ、危険も顧みずに『アジアツアー』の途中、乗っていた飛行機が撃墜され、それが対馬戦争の発端になった。
 幸子は二秒で律子の情報をインストールした。後ろ向きになると髪を律子のようにトップ気味のツインテールにし、イントロを奏で、振り返ったときは律子そのものだった。

 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために!

 放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放した 平和と愛とを守るため わたし達レイブンリクルート!

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!


 在りし日の桃畑律子そのままだった。

 極東戦争後、悲劇の歌のジャンヌダルクと言われた彼女だが、新生オモクロやAKRに押され、しだいに懐メロ化してきたこの歌と共に、あまり顧みられなくなった。その陰には、アジア諸国を刺激したくないという政府の意向が働いていて、NHKなどでは取り上げられなくなり、たまに懐メロで出てくるときは、ソフトにアレンジされていたりした。

 それを、幸子は最もエキセントリックだったころの桃畑律子そのままに熱唱した。

 スタジオでは、律子の兄で空軍中佐の桃畑太郎が目を真っ赤にして聞いていた。歌い終わると、グラウンドも、スタジオも、日本全国と世界の一部の家庭の茶の間も感動の渦に巻き込まれた。この部分は、数時間後に動画サイトに投稿された。

「飛行機事故から不死鳥の如く立ち上がった真田山高校グラウンドからお届け致しました。いま話題の佐伯幸子、サッチャンでした!」
 幸子を取り巻き、真田山の生徒や先生達、MCのセリナさん達が、明るく手を振って中継は終わった。

「お疲れ様でした。これ、ナニワテレビからのささやかな差し入れ」
 セリナさんがヌクヌクの紙袋を渡した。
「わ、タイ焼きの団体さんだ!」
 優奈が叫び、それを合図にみんなの手が伸びてきた。

 そして、本編と共に改めて動画サイトに投稿され、一日でアクセスは五万件を超えちまった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・21『AGRの存在』

2021-01-05 06:53:41 | 小説3

たらしいのにはがある・21
『AGRの存在』
          

   

 
 ようやく三日目に学校は再開された。

 幸子は筋向いの佳子ちゃんといっしょに先に行く。
 出かけるときに、ちょっとしたドラマがあった。

「おはようございます」

 トイレに行こうと廊下に出たところで、玄関に立っている佳子ちゃんと目が合った。
「おはよう……」
「あの、はっきりしときたいんやけど」 
「は?」
「お兄ちゃんのことは、なんて呼んだらええのかしら?」
「あ……なんとでも」
「お兄ちゃん……はサッチャンの言い方やし。ウチが言うたら、なんやコンビニのニイチャン呼んでるみたいやし、お兄さんは、なんかヨソヨソしいし……」

「そのときそのときでいいんじゃない」

 幸子が割って入った。

「そやかて……」
「なんなら、太一さ~んとか呼んでみる」
「いや~そんな恋人みたいな呼び方(n*´ω`*n)」
「じゃ、いっそ恋人になっちゃえばいいじゃん!」
「「へ!?」」

 プ

 びっくりして……オナラが出てしまった。

 十分遅れて家を出た。でも、なんとか遅刻せずにすむだろう。しかし、朝から佳子ちゃんの前でオナラ……なんだか、ついていない一日になりそう予感がした。

 予感は的中した。

「佐伯太一君だよね?」

 懐から定期を出そうとして声を掛けられた。実直そうな公務員風のオジサンと、その後ろに娘とおぼしき女の子が立っていた。女の子は真田山の隣の大阪フェリペの制服を着ていた。AKRの矢頭萌に似たカワイイ子で、そっちの方に目がとられた。

「申し訳ないが、一時間ほど時間をいただけないかな」
「あ、でも学校が……」
「……こういうものなんだが」
 出された警察のIDみたいなものには「甲殻機動隊副長・里中源一」と書かれていた。
「お願い、太一さん……」
 フェリペが切なそうな声で頭を下げる。ホワっとシャンプーの香り……こいつは破壊的だ!
「娘のねねだ。学校には、役所の名前で公欠扱いにしてもらう」
 俺は、公欠ではなく、ねねちゃんの「太一さん」と香りに頷かされた。

 それは、一見どこにでもあるセダンだった。

 ただ、ドアを開けたとき、ドアが分厚いのが気にかかった。

「これは甲殻機動隊の機動車でね、超セラミック複合装甲で、対戦車砲の直撃にも耐えられる。サイバー防御も完ぺきで、ここでの会話は、アナログでもデジタルでも絶対に漏れない」
「は……で、お話は?」
 俺は、後部座席の横に座ったねねちゃんの温もりでときめいていた。
「幸子ちゃんのことだよ」
「幸子の?」
「ああ、君も知っているだろうが、あの子の体は義体だ。それも特別製のな」

 幸子のことを知っている……一瞬警戒したが、すっとぼけられるほど器用ではない。

 一呼吸置いて、素直に質問した。

「どう特別なんですか?」
「義体とは、機械のボディーに生体組織を持ったロボットやサイボーグのことだ。技術はパラレルの向こうの世界のものだ」
「それは知ってます」
「あの子の義体は予測のつかない進化をし始めている」
「それも、なんとなく感じています。ちょっと怖ろしいぐらいです」
「そうなんだ……」

 ねねちゃんがため息をついた。いい香りが増幅されて目がくらみそうになった。

「あの子の頭脳もそうだ。数パーセント残った神経細胞が頭脳を急速に発達させている。夕べ、向こうの幸子ちゃんと入れ違っただろう」
「……そんなことまで知ってるんですか?」
「ああ、君たちのことは二十四時間監視している。今朝、佳子ちゃんの前で屁が出たこともな」

「え!?」

「フフ……」

 ねねちゃんが笑った。可愛さのオーラが車内に満ちあふれた。

 ねねちゃんが居なければ、オッサンの威圧的な雰囲気には耐えられないだろう。

「幸子ちゃんが入れ替わったのも、あの子がやったことだ。正直予想以上の進歩だ」
「あれ、幸子がやったんですか!?」
「ああ、無意識でな。理由は分からんが、あの子の頭脳が必要と判断したんだろう……話は前後するが、我々はグノーシスだ」

「え……」

「甲殻機動隊は、こちらの世界のグノーシスのガーディアンだ。ムツカシイ理屈は後回し。幸子ちゃんは、両方の世界にとって、非常に大事な存在なんだ」

 ねねちゃんが、ボクの顔を見て真剣な顔で頷いた。

「両方の世界で科学技術の進歩と人間の心のバランスが崩れ始めてる。新潟に原爆が落とされたことなんかが、その例だ。こっちの世界じゃ、極東戦争とかな」
「ああ……」
「君のお父さんが、営業から外れていたことの理由も、ここにある」

「え……?」

「お父さんは、自分の会社が戦争に絡んで儲けているのに抵抗があったんだ。対馬の戦闘はお父さんの企業が絡んで起こったものだ。まあ、あれで日本は勝利できたんで、評価は分かれるとこだがな」
 愕然とした。お父さんは、単に営業に向いていないから外れたんじゃないんだ。
「向こうの世界じゃ、今それが起ころうとしている。俺たちグノーシスの主流は、密に交流しあうことで、互いに健全な発展を図っているんだ」
「それと幸子と、どう関係があるんですか?」
「幸子ちゃんの頭脳は、成長すれば、世界中のCPにアクセスし、争いを回避させる潜在能力がある」
「CPだけじゃないわ、人の心にも働きかける力があるかも……」
 ねねちゃんが、熱い眼差しで呟いた。
「それは、まだ仮説中の仮説だがね……グノーシスの中には違う説を言う者もいる。そいつらが幸子ちゃん無しで、パラレルな世界が個別に発展した方がいいと考え、幸子ちゃんの抹殺を企んでる」
「こないだの美シリ三姉妹の飛行機事故……」
「そう、我々も極秘でガードさせてもらうが、君もよろしく頼むよ」
「……はい」
「幸子ちゃんが、その力を持つのは、ニュートラルで君に自然な感情が示せるようになった時だ」

 そのとき、車が勝手に走り出した。

 里中さんもねねちゃんも、左側に倒れ込んだ。ねねちゃんは俺の方をを向いていたので、もろに体が被さってきて、俺は右半身で、ねねちゃんの胸のフクラミを受け止めてしまった!


 ドッカーーーーーーン!!


 車が走り出した直後、それまで車を停めていた路面が大爆発した。

『ガス管の亀裂を感知したので回避しました』車が喋った。

「それ、先に言ってくれ」里中さんがぼやく。
『回避を優先しました。悪しからず』
「ガス会社のPCにリンクして、事故の原因を精査」
『了解、多分AGRでしょう』
「AGRって?」
「グノーシスの反主流派。多分、痕跡も残ってないでしょうけど」
「ねねちゃん、その声……?」
「フフ、ばれちゃった?」
「ハンス……か?」
「こちらの世界に来たときの義体」

「ええ!」

 鳥肌がたった。


「なによ、こないだ見たハンスも義体よ」
「性別含めて、オレにも分からん。ただ、こっちの世界じゃ、オレの娘ということになってる」
「よろしくお願いします」

 ハンス? ねねちゃんは元のかわいい声に戻って、にっこりした。

 車から降りると、ガス爆発で飛行機事故以上の大騒ぎになっていた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音) 健三(軽音)

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・20『6・25%のDNA』 

2021-01-04 06:48:39 | 小説3

たらしいのにはがある・20
『6・25%のDNA』
          

    

 


「おはよう」の声はいつもの通りだ。

 昨日、大阪城公園の路上ライブから帰ってからの幸子は変だった。
 普段の無機質に歪んだ笑顔をしないのだ。
 いつもならパジャマの隙間から胸が見えてると言っても平気でいるのに、夕べは頬を赤くして怒っていた。

「おはよう」の声がいつも通りなんで俺は試してみた。
「第二ボタン、外れてるぞ」
「うん……」
 狭い洗面所の中だったので、いっそう丸見えだったけど、いつものように気にもしない。
 顔を洗うので、洗面台を交代しながら幸子がささやいた。
「あとで、わたしの部屋に来て」
「お、おお……」
 なんだか機先を制されたみたいでカックンなんだけど、いつものように顔を洗う。

 洗顔を終えて幸子の部屋へ。
 
「夕べ、別のわたしがいたでしょう」

「幸子、こういう状況で、部屋に人を入れるもんじゃないぜ。たとえ兄妹でもな」
 幸子は下着一枚で姿見の前に立っている。
「ごめん、ニュートラルにしとくと、こういうこと気にならないもんだから」
 そう言って、幸子は服を着だした。
「オレも、夕べの幸子は変だと思った。話が合わなかったし、恥じらいってか、自然に女の子らしかった」
「わたしも。このパンツ、わたしのじゃないし」
 スカートを派手にまくって、相違点を指摘する。
「だから、そういうところを……」
「うん、プログラム修正……だめだ」
「どうして?」
「これ、修正しちゃうと、お兄ちゃんにメンテナンスしてもらえなくなる。メンテナンスの時はニュートラルでダウンしちゃうから、恥じらいをインストールしちゃうと、裸になったり、股ぐら開いたりできなくなる」
「せめて、そのダイレクトな物言いを……」
 構わずに幸子は続けた。
「わたしのパンツも一枚無くなってる……確かね、パラレルから別のわたしが来た」
「オレも、こんなのシャメったぞ」
「盗撮?」
「あのな……」
 俺は、風呂上がりの幸子の様子が変だったので、後ろ姿を写しておいたのだ。タオルで髪を巻き上げていたので、耳の後ろがよく見えている。耳の後ろの微妙な皮膚の盛り上がりがない。
「これ、右側だよ。コネクターは左側」
「これ、リビングの鏡に写ったの撮ったから、左右が逆なんだ」
「情報修正……お兄ちゃんは記録より少し賢い」
「コネクターが無いということは……」

「この幸子は義体じゃない」

「じゃ、小五の時の事故は起こってないってことか」
「……そういうことね。夕べ向こうのパソコンで検索したんだけど、大事なところで違いがあるの」
 幸子は、ケーブルを自分のコネクターとパソコンを繋いだ。
「アナログだなあ、ワイヤレスじゃないのか」
「ワイヤレスだと、誰に読まれるか分からないからよ」


 数秒して、画面が出てきた。ウィキペディアの第二次大戦の情報のようだ。


「ここ見て。原爆は、広島、長崎……そして新潟に落とされてる」
「新潟に?」
「こっちの世界でも、投下の候補地にはなったけど、グノーシスの中で情報が交換されて、こっちの世界では、新潟への投下は阻止された。他にも、いろいろと相違点がある」
「パラレルワールドの誤差だな」
「ううん、互いに意識して、グノーシスたちが変えたものがほとんど」
「グノーシスって……」
「お兄ちゃんが想像している以上の存在。わたしも全部は分かっていない。ちょっと、これ見て」
 幸子は、写真のフォルダーを開いた。
「あっちの幸子はマメな子ね。親類の写真をみんな保存しているの……これよ」
 そこには「ひいひいじいちゃん・里中源一」と書かれた実直そうな青年が写っていた。
「うちの親類に、里中ってのはあったかな……」
「こっちの世界で、これにあたるのは……山中平吉」
 パソコンには、お父さんのアルバムの中にあった、お父さんのひいじいちゃんの写真が出てきた。
「向こうの世界じゃ、この平吉さんは、新潟の原爆で亡くなってるの」
「……ということは」
「八人のひいひいじいちゃんが一人違うってこと。だから佐伯家は、向こうとこっちじゃ、微妙にDNAが異なる。玄孫(やしゃご)の代じゃ6・25%、外見的に影響ほとんどないけどね」
 俺の頭の中で、何かが閃いたが、お袋の一声で吹っ飛んだ。
「幸子、太一、朝ご飯早くして! 片づかなくて困る!」

「……でも、幸子、モノマネ上手くなったな。テレビの取材なんか受けてたじゃん」
 俺は歯に挟まったベーコンをシーハーしながら、ナニゲに聞いた。
「うん、自分でも止まんないの……あ、また」
 
 こっちを向いた幸子の顔は点滅信号のように優奈と佳子ちゃんの顔に交互に変わった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・19『ニホンの桜』

2021-01-03 05:49:25 | 小説3

たらしいのにはがある・19
『ニホンの桜』
          

 

  


「すごい、テレビの取材まで来てる!」

 連休前の大阪城公園の取材に来て、たまたま見つけたんだろう。「ナニワTV」の腕章を付けた取材チームが熱心にカメラを向けている。
「AKRやってぇや!」
 オーディエンスから声がかかる。
「リクエストありがとうございます! それではAKR47の小野寺潤で『ニホンの桜』」
 そう言ってイントロを弾き出すと、身のこなしや表情までも小野寺潤そっくりになっていった。

 《ニホンの桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

  あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

  空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

  ああ ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 

 引き込まれて聞いてしまった。

 気づくと、幸子の顔立ちは小野寺潤そっくりになっていた。
 そして、ナニワTVのスタッフ達が寄ってきた。
「あ、この人、あそこで唄てるサッチャンのお兄さんで佐伯太一君ですぅ!」
 優奈が、余計なことを言う。
「妹さんなんですか。すごいですね! 妹さんは以前から、あんな歌真似やら、路上ライブをやってらっしゃったんですか?」
「え、あ、いや最近始めたんです。ボクがケイオンなもんで、門前の小僧というやつでしょう。ハハ、気まぐれなんで、飽きたら止めますよ。なんたって素人芸ですから、ギターだって……」
「いや、たいしたもんですよ。歌によって弾き方を変えてる。上手いもんですよ!」
「セリナさん、もうじき曲終わり、インタビューのチャンス!」
「ほんとだ、ちょっとすみませーん。ナニワテレビのものですがあ!」
 取材班はセリナという女子アナを先頭に、オーディエンスをかき分けて幸子に寄っていった。

 俺は、こういうのは苦手なんで、そそくさと、その場を離れる。

「な、楽器でも見ていこうや(^_^;)」

 そういう口実で、無理矢理三人の仲間を京橋の楽器屋につれていった。

 優奈なんかは最初はプータレていたが、一応ケイオン。最新の楽器を見ると目が輝く。店員さんに「真田山のケイオンです」というと「スニーカーエイジ見てましたよ!」と、店員さん。付属のスタジオが空いていたので、三曲ほど演らせてもらった。加藤先輩たちがスニーカーエイジで準優勝したことが効いたようだ。
 四曲目を演ろうとしたら。
「すみません。予約の方がこられましたんで」
 と、追い出された。

「ただいま~」
「おかえり~」

 ここまでは、いつもの通りだった。

 リビングを通って自分の部屋に行こうとすると、キッチンに人の気配がして、バニラのいい匂いがしてきた。で、お袋は、テーブルでパソコンを打っている。


「台所……なにか作ってんの?」
「幸子が、ホットケーキ焼いてんの。幸子、お兄ちゃんの分も追加ね!」
「もう作ってる!」

「幸子、ナニワテレビの取材はどうだった?」
 ホットケーキにメイプルシロップをかけながら聞く。
「え、なんのこと?」
「おまえ、大阪城公園で路上ライブやってただろ?」
「なに言ってんの、ずっと家にいたわよ。あ、佳子ちゃんと優ちゃんとで、公園の桜見にいったけどね。あの公園八重桜だったのね。今年はお花見できなかったから得しちゃった」
「え……?」

 幸子の様子がおかしい……話が食い違う。

 まあ、ライブのことは親には内緒にしたかったのかもしれないが。それ以外の……とくに態度がおかしい。歪んだ笑顔や無機質な表情をしない。「リモコン取って」とか「お兄ちゃん。短い足だけど邪魔!」など、ぞんざいではあるけれど、自然な愛嬌がある。ニュートラルじゃなくプログラムされた態度かとも思ったが、決定的と言っていい変化があった。
 風呂上がり、頭をタオルで巻いて、リビングに入ってきた幸子のパジャマの第二ボタンが外れて、形の良い胸が覗いていた。


「第二ボタン、外れてるぞ」
「ああ、見たなあ(#'∀'#)!」


 慌てて胸を隠した幸子は、怒っていた……ごく自然な、女の子みたいに。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・18『臨時休校』 

2021-01-02 07:07:47 | 小説3

たらしいのにはがある・18
『臨時休校』
          

 

      

 明くる日は臨時休校になった。

 奇跡的に死傷者が出なかった(グノーシスたちがやったんだけど)とはいえ、飛行機が校舎に突っこんできたんだ。警察や、国交省の運輸安全委員会の現場検証は今日が本番だ。それに、突っこんできたのは視聴覚教室だけど、他の校舎や施設も無事ではない。復旧には一週間はかかる……と、これは俺の希望的観測。

 ケイオンで視聴覚教室を使っていたのは加藤先輩たち中心メンバー。先輩達の楽器はおシャカになってしまったけど、そこは選抜メンバー、みんな自分ちにスペアの楽器を持っている。加藤先輩は、昨日は幸運にもスペアの方だったので、ギブソンのアコステは無事だった。

――アタシらはスタジオ借りてレッスン、あんたらは適当に――

 加藤先輩からは、こんなメールが来ていた。いかにもアバウトなケイオンだ。
 で、俺達のグループの楽器はオシャカになってしまったので、自主練と称してカラオケに行った。

 五曲歌ったところで、みんな喉にきた。


 いかに普段マッタリとしか部活をやっていないか、メンバー全員が自覚した。自覚したが反省なんかはしない。俺たちがケイオンに求めているのは、一に掛かって、このマッタリした空気なんだからな。


「しかし、祐介、とっさに優奈庇ったのは大したもんやったな」
 ドラムの謙三が、ジンジャエールを飲み干して言った。
「うん、オレ、ひょっとしたら優奈に惚れてんのかもな」
「祐介のは、ただのどさくさ紛れ。庇うふりして、わたしのオッパイ掴んでた!」
「うそ、そんなことしてへんて!」
「病院で検査してもろたとき、赤い手形がついてた」
「とっさのことやから。祐介も力入ったんやろ」
 ジンジャエールでは足りず、俺のウーロン茶まで手を出して、謙三がフォローした。
「そやかて、両方のオッパイやで!」
「惜しいことしたなあ。オレ、その時の感触全然覚えてへんわ」
 大阪弁というのは、こういうことをアッケラカンと言うのには最適な言葉だと実感した。


 そして、良かったと思った。


 ハンスたちグノーシスが時間を止めて処理していなければ、プロペラの折れは、祐介の背中を貫通して、庇った優奈ごと串刺しにしていたに違いない。
 それに、なにより、あの時の祐介の顔は、真剣に優奈を守ろうとしていた。普段はヘラヘラした奴だが、本当のところは、情に厚く、優奈のことも本気で好きなんだと思う。
 謙三は体育とか苦手で、ドン謙三(ドンクサイ謙三の略)などと言われているが、本気になれば意外に俊敏。いつか、その俊敏さが、ドラムのスキル向上に役立てばいいんだけど、俺同様マッタリケイオン。望み薄かな……。

 そのころ、幸子はギブソンの高級ギターを持ち出して、大阪城公園駅から大阪城ホールに行くまでの道で路上ライブをやっていた。ここは、大阪の路上ライブの聖地の一つ。京橋や天王寺などは、大容量のアンプを持ち込んでガンガンやる悪質なパフォーマーが多く、幸子のように生声、生ギターで演るものまで締め出しにあうが、ここは比較的に緩い。佳子ちゃんが、例によって警戒とパーカッションを兼ねて付いていくれている。

 それに気づいたのは、優奈がスマホで動画を検索している時だった。

「ちょっと、これサッチャンちゃうん!」
「ええ……!」

 俺たちが、大阪城公園に行ったときは、優奈のスマホで見た何倍もの老若男女が幸子の生歌に聞き惚れていた。リクエストに応えてやっているようで、松田聖子の歌を唄っていた。

 ……若いころの松田聖子そっくりに。

 思い出した。

 夕べ、パラレルワールドの説明をしているときにパソコンに映った幸子の顔を垂れ目にしたら、幸子は自分の顔も垂れ目にして、俺をおちょくった。幸子は確実に進化しているんだ。
 オーディエンスは次々に増え、四百人ほどになったが、どういうわけか、みんな行儀良く座って聞いている。そして、道路の半分はキチンと空けられて通行人の邪魔にもなっていない。
 お巡りさんが、向こうのアンプガンガン組の規制をしはじめた。
「あいつらが、おったら、この子の歌があんじょう聞こえへん」
 六十代とおぼしきオッチャンが、お巡りさんに注意したようだ。
「あんた、警察に顔きくねんなあ」
「ええ音楽は静かに聞かなあかん」
 その顔つきの悪さから、その筋の人か、お巡りさんのOBかと思われた。

 そのころ、幸子は、盛大な拍手の中で神田沙也加のそっくりさんになっていた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・17『パラレルワールド』

2021-01-01 06:31:35 | 小説3

たらしいのにはがある・17
『パラレルワールド』
          

 

       


 バグっていたアクション映画が急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。

 ドッカーン! ガラガラガッシャーン! ガッシャンガッシャン! グシャ! グチャ! コロン……。

 様々な衝撃音、飛び交う破片、大勢の叫び声……それが女の子たちの泣き声に変わったころ、ようやく冷静さを取り戻した。


 飛行機は、グラウンド側から突っこみ、視聴覚教室を破壊し、飛行機自身と視聴覚教室の破片を反対の中庭側にぶちまけていた。一瞬炎も吹き出したけど、さっきのような爆発にはならなかった。

 そして、これだけの事故であったにもかかわらず死傷者が一人も出なかった。

 優奈を庇った祐介の背中に迫っていたプロペラの折れは、祐介の頭の直ぐ上を飛んで中庭の木に突き刺さった……あれは、どう見ても祐介の背中に刺さるはずだった。パイロットと思われるオジサンも、怪我一つ無く植え込みのサツキをなぎ倒して気絶していただけ……そうか、あのグノーシスの四人が、誰にも当たらないように破片や人を動かしたんだ。

 そのあと、消防車、救急車、パトカーなどが押し寄せてきた。これだけの事故、当然だろう。
 しかし、救急車以外は、差し迫った仕事は無かった。火事にはならなかったので、消防車には用事はない。パトカーも黄色い規制線を張って、現場検証だけ。ただ、怪我こそしなかったけど、パニックになる者、気分が悪くなる者などは多く、中庭にいた全員が、三カ所の病院に搬送された。

「無事でよかった!」

 お袋が開口一番に叫んだ。
 迎えの車内は、その狭さも幸いして剥き出しの家族愛に満ちた。お袋は俺と幸子の体を両手で抱えて触りまくる。ガキの頃、幸子といっしょに風呂から出てきたところをバスタオルで包まれた記憶が蘇る。ハンスたちが誰も怪我させないようにしたのが分かっていたが、お袋の振舞いには、ちょっと胸が熱くなる。親父に肩を叩かれ、お袋はやっと助手席に戻った。
「レントゲンなんか撮ったんじゃないのか」
 車をスタートさせながら、親父が聞いた。
「大丈夫、ダミーの映像カマシておいたから」
「ぬかりはないな」
「ただ、CT撮るときにナースのオネエサンに言われちゃった」
「え……なんて?」
「あなた、パンツが前後逆よって」
 親父とお袋が笑い、俺は真っ赤になった。
「と、とっさの事だったから」
 幸子は、後部座席の俺の横で、器用にパンツを穿きなおした。
「……それって、太一がメンテナンスやったのよね」
 お袋の顔色があわただしく変わって幸子が答える。
「グノーシスが動き始めてるの」
「グノーシス……幸子に義体を提供してくれた人たちね」
「わたし、少しずつ思い出してきた……」

 親父もお袋も沈黙してしまった。

 その夜、俺の部屋に幸子が入ってきた。
 風呂に入る前で、バスタオルやら着替えのパジャマなんかを抱えている。

「これ見て」
 目の前に着替えのパンツを広げて見せた。
「な、なんだよ!?」
「こっちが前で……こっちが後ろ」
「わ、分かったよ」
「大事なことなんだから、しっかり見て」
「な、なんだよ」
「又ぐりの深さが違う。それから、前の方には小さなリボンが付いてんの」
「わ、分かったから、しまえよ!」
 視野の端の方に、ニクソゲで無表情な幸子の顔が見えた。
「大事な話なの。物事には、前とよく似た後ろ……裏と表があるの」
「それぐらい、分かるよ。次からは気をつけるから」
「ちがう、これは例えなの。パラレルワールドの」
「パラレルワールド?」
「世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指すの。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいうわ」
「わけ分かんねえよ」
「鈍いわね。じゃ、これ見て」

 幸子は、ベッドに腰掛け、手鏡を出した。我ながら鈍そうな顔が写っている。

「この鏡の世界がシンボル。まったく同じお兄ちゃんが写っているようだけど左右が逆でしょ」
「当たり前だろ」
「そういうものなの。この世界とほとんど同じだけど、微妙に違う世界が存在してるの。ちょっとスマホ貸して」
 幸子は、ボクのスマホを取り上げると、笑顔になって自分の顔を撮り、なにやら細工した。
「お兄ちゃんのパソコンに送ったから、開いてみて」
 添付画像として送られてきた画像が出てきた。よくもまあ、憎たらしい無表情が、瞬間でアイドルのようになるもんだ。
「これで、同時にわたしが二カ所に存在することになる。よく見て、微妙に違うから」
「あ、アゴにホクロがある」
「他にも、四カ所あるんだけど、まあいいや。同じようだけど違うのは分かったわね」
「あ、なんとなく……」
「昼間、飛行機事故をおこしたハンスとビシリ三姉妹は、このパラレルワールドからやってきたの」
「そいつらが、グノーシスなのか?」
「グノーシスは、こちらの世界にも居る。互いに連絡をとって、それぞれの世界を修正してるの。ほら、お兄ちゃんが、今やったみたいに」
「え……?」
「今、わたしの目尻を下げたでしょう」
 俺は、こういうものを見ていると無意識に遊んでしまう。微妙に目尻を下げて、幸子の顔を優しくしていた。
「あ……」
 手が滑って、どこかのキーを押してしまった。幸子の画像が、思い切り垂れ目になってしまった。
「直してよ。わたしって影響受けやすいんだから」
 幸子の顔を見ると映像そっくりの垂れ目になっていた!
「あ、ごめん、ええと……どこを押したっけ……?」
 あせった。
「冗談よ。それに合わせて顔を変えただけ」
「あのなあ……」
「これで、概念としては、少し分かったでしょ。今日は、ここまで」
 そういうと、幸子は部屋を出て行った……最初の教材を忘れて。

「幸子、教材忘れてんぞ」
 脱衣場のカーテン越しに言った。
「これで、イメージ焼き付いたでしょ」

 カーテンの隙間から手が伸びてきて教材をふんだくった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・16『グノーシス・片鱗』

2020-12-31 06:13:25 | 小説3

たらしいのにはがある・16
『グノーシス・片鱗』
          

 

 


 大きな破片が目の前に迫ってきた!

 まともに食らったら死んじまう!

 思わず目をつぶる……直後に来るはずの衝撃やら痛みが来ない。
 薄目を開けると、破片が目の前二十センチほどのところで止まっている。
 ショックのあまりか、体を動かせず目だけを動かす。

 ……時間が止まっている。

 様々な破片が空中で静止し、逃げかけの生徒が、そのままの姿でフリ-ズしている。
 加藤先輩は、一年の真希という子の襟首を掴んで、中庭の石碑の陰に隠れようとしている。ドラムの謙三は、意外な早さで、向こうの校舎の柱に半身を隠す寸前。祐介は、途中で転んだ優奈を庇った背中に、プロペラの折れたのが巨大なナイフのように突き立つ寸前。まるで『ダイハード』の映画のポスターを3Dで見ているようだ。

 目の前の破片がゆっくりと横に移動した……破片は、黒い手袋に持たれ、俺の三十センチほど横で静止した。当然手だけが空中にあるわけではなく、手の先には腕と、当然なごとく体が付いていた。

 黒いジャケットと手袋という以外は、普通のオジサンだ。なんとなくジョニーデップに似ている。
「すまん、迷惑をかけたな」
 ジョニーデップが口をきいた。
「こ……これは?」
「ボクはハンスだ。ややこしい説明は、いずれさせてもらうことになるが、とりあえず、お詫びするよ」
「これ……あんたが、やったのか!?」
「いや、直接やったのはぼくじゃない。ただ仲間がやったことなんで、お詫びするんだよ……もう正体は分かってるぞ、ビシリ三姉妹!」

「……だって」
「……やっぱ」
「……ハンス」

 柱の陰から三人の女生徒が現れた。さっき俺がお尻に目を奪われ、優奈にポコンとされた三人だ。
「まだ評議会の結論も出ていないんだ。フライングはしないでもらいたいね」
「まどろっこしいのよ、危険なものは芽のうちに摘んでしまわなくっちゃ!」
 真ん中のカチューシャが叫んだ。
「あの勇ましいのがミー、右がミル、左がミデット。三人合わせてビシリ三姉妹」
「美尻……?」
「ハハ、いいところに目を付けたね。あの三姉妹は変装の名人だが、こだわりがあって、プロポーションはいつもいっしょだ。スーパー温泉、電車の中、そしてこの女生徒。みんな、この三人組だよ」
「おまえらがやったのか、こんなことを!?」
「まあ、熱くならないでくれるかい。あと四十分ほどは時間は止まったままだ。その間にキミにやったように、ここの全員の危険を取り除く。太一クン、キミはその間に妹のメンテナンスをしよう。今度はレベル8のダメージだろう。ほとんど自分で体を動かすこともできない。保健室が空いている。ほら、これで」
 ハンスは、小さなジュラルミンのトランクのようなものをくれた。
「要領は知っているな、急げ。ここは、わたしとビシリ三姉妹で片づける。さあ、ビシリ、おまえらのフライングだ。始末をつけてもらおうか!!」
「「「はい!」」」
 美尻……いや、ビシリ三姉妹がビクッとした。

「メンテナンス」

 そう耳元でささやくと、幸子の目から光がなくなった。だけどハンスが言ったようにダメージがひどく、幸子は自分で体が動かせない。しかたなく、持ち上げた。思いの外重い。思うように持ち上がらない。
「幸子の体重が重いんじゃない。死体同然だから、重心をあずけられないんだ。こうすればいい……」
 ハンスは、幸子を背負わせてくれた。
「せっかくなら、運んでくれれば」
「血縁者以外の者が触れると、それだけでダメージになるんだ。すまんが自分でやってくれ」

 保健室のベッドに寝かせ、それからが困った。前のように、幸子は自分で服を脱ぐことができない……。

「ごめん、幸子」
 そう言ってから幸子を裸にした。背中の傷がひどく、肉が裂けて金属の肋骨や背骨が露出していた。
「こんなの直せんのかよ……」
 習ったとおり、ボンベのガスをスプレーしてやった。すると筋肉組織が動き出し、少しずつ傷口が閉じ始めた。脇の下が赤くなっていた。さっきハンスが背負わせてくれたとき触れた部分だ。そこを含め全身にスプレーした。やっぱ、他人が触れてはいけないのは事実のようだ。
「ウォッシング インサイド」
 幸子の体の中で、液体の環流音はしたが、足が開かない。すごく抵抗(俺の心の!)はあったが、膝を立てさせ、足を開いてやり、ドレーンを入れてやった。
「ディスチャージ」
 幸子の体からは、真っ黒になった洗浄液が出てきた。
「オーバー」

 幸子の目に光が戻ってきた。

「早く服を着ろよ」
「ダメージ大きいから、まだ五分は体……動かせない」
 仕方がないので、下着だけはつけさせたが、やはり抵抗がある。
「……オレ、保健室の前で待ってるから」

 五分すると、ゴソゴソ音がして、幸子が出てきた。なぜか、ボロボロになった制服はきれいになっていた。
「服は、自分で直した。中庭にもどろ」
 憎たらしい笑顔……どうも、これには慣れない。

「あなたたち、グノーシスね」

 中庭での作業を終えたハンスとビシリ三姉妹に、幸子が声をかけた。
「……ぼくたちの記憶は消去してあるはずだが」
「わたし、メタモロフォースし始めている。グノーシスのことも思い出しつつある」
「悪い兆候ね……」
 ビシリのミーが言った。
「どうメタモロフォースしていくかだ。結論は評議会が出す。くれぐれも勝手なことはしないでくれよビシリ三姉妹」
「評議会が、ちゃんと機能してくれればね」
「とりあえず、ぼくたちはフケるよ。二人は、あそこに居るといい」
 ハンスは、視聴覚教室の窓の真下を指した。
「あんな、危ないとこに?」
「行こう、あそこが安全なのは確かだから」
 幸子が言うので、その通りにした。
「もっと、体を丸めて。この真上を破片が飛んでくるから」
 幸子に頭を押さえつけられた。その勢いが強いので、尻餅をついた。
「では、三秒で時間が動く。じゃあね……」
 そういうと、ハンスとビシリ三姉妹が消え、三秒後……。

 グワッシャーン!!!!!!!

 バグっていたアクション映画が、急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。

 

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち   ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・15『リアル墜落』

2020-12-30 06:59:41 | 小説3

たらしいのにはがある・15
『リアル墜落』
          

  


 幸子は、また路上ライブを始めるようになった。

 ただ、前回のように無意識な過剰適応でやっているわけではなく。しっかり自分の意思でやっている。
 また、演奏する曲目も「いきものがかり」にこだわることなく、そのときそのときの聴衆の好みにあわせているようで、流行のAKRやおもクロ、懐かしのニューミュージック、フォークや、どうかすると演歌まで歌っていることがある。
 そして、場所は地元の駅前では狭いので、あべのハルカスや、天王寺公園の前など、うまく使い分けている。パーッカッションを兼ねて佳子ちゃんが見張りに立ち、お巡りさんがやってくると場所替えをやる。
 過剰適応ではないので口出しはしない。幸子は、そうやって自分に刺激を与え、自分の中の何かを目覚めさせようとしているように思えるからだ。

「サッチャン、なかなええやんかあ(o^―^o)」

 加藤先輩が動画の幸子を見ながら頬杖をついた。
 加藤先輩は、ご機嫌がいいと頬杖になる。演奏中だったりすると、肩から掛けたアコステの上で腕組みしたりする。そういうマニッシュなとこと乙女チックなとこが共存しているのが、この先輩の魅力でもある。
「みんなも、よう観とき。このノリと観客の掴み方は勉強になるで」
 加藤先輩は、パソコンの動画を大型のプロジェクターに映した。
 視聴覚教室にいるみんながプロジェクターに見入った。
「かっこええなあ……」
「ノリノリや……」
「やっぱり、お客さんがおると、ちゃうなあ」
「ハハ、祐介は、お客さんがいててもいっしょやで」
「そうや、祐介はただの自己陶酔や」
 視聴覚教室に笑いが満ちた。

 当の本人はケイオンの活動日ではないので演劇部の練習をしている。

――あいつら、なんでトスバレーなんかやってんだ――
 窓から見える中庭で演劇部の三人がトスバレー……と思ったら、エアートスバレーだった。ボール無しでバレーをやっている。
――あれか、無対象演技の練習というのは――
「どれどれ」
 優奈たち女の子が興味を持って見始めた。それに気づいて幸子が手を振る。仕草が可愛く、ケイオンの外野が「カワユイ~」なんぞと言い出した。あれがプログラムされた可愛さであることを知っているのは俺だけだ。
「これからエアー大縄跳びやるんです。よかったら、いっしょにやりませんか?」
「面白そうやん!」
 加藤先輩が、窓辺で頬杖つきながら応えた。

「ああ、また山元クンで絡んでしもた!」

 不思議なもので、縄はエアーなのに、みんな、この見えない縄に集中している。で、さっきから、演劇部の山元が何度も絡んで失敗になる。このエアー縄跳びは幸子のマジックではない。ちゃんとした芝居の基礎練習なのだ。ケイオンのみんなが加わったので、場所もグラウンドに移し、四十人ほどのエアー大縄跳びになった。チームも二つに分けて競争した。連続十五回で幸子たちのチームが勝ってグラウンド中が拍手になった。
「ああ、もう息続かへんわ……」
 加藤先輩たちが陽気にヘタってしまった。

 そんな俺たちに注がれる視線に微妙な違和感を感じた。

 違和感の方角には三人の三年生女子がいた。他のみんなのようににこやかに、俺達をみていたが、ヘタったので、笑いながら、食堂の方に行った。
 その後ろ姿……正確にはお尻に目がいった。どうして、このごろ形の良いお尻に目がいってしまうんだろう。
「どこ見てんねん!」
 優奈に、頭をポコンとされる。
「よかったら、サッチャンのライブの動画見ない?」
 加藤先輩の気まぐれ……発案で、ケイオン、演劇部合同で幸子のライブ鑑賞会になった。
「ヤダー、恥ずかしいです」
 幸子は、新しくプログラムした可愛さで照れてみせた。ボクには優奈と六歳の優子ちゃんのそれを足して二で割ったリアクションであることが感じられた。知らないみんなはノドカに笑っている。空には、そのノドカさを際だたせるように、ゆったりと八尾飛行場に向かう軽飛行機の爆音がした。

 ……それは動画を再生しはじめて五分ほどして起こった。

 みんな逃げて!!

 演奏を中断して幸子が叫んだ。飛行機の爆音が微かにしていたが、幸子が暗幕ごと窓を開けると、軽飛行機が上空で鮮やかな捻りこみをやって、この学校、いや、視聴覚教室を目がけて突っこんでくるのが分かった。


 こういうとき、人間というのは急には動けないものであることを実感した。
「みんな、窓から飛び降りて!」
 幸子が反対側の窓を全部開けて叫んだ。視聴覚教室は一階にあるが、窓の位置が少し高く、女の子は躊躇してしまう。
「男子が先。で、下で女子を受け止めて!」
「よっしゃ!」
 男子たちが叫び、女子が飛び降りる。躊躇する女子は幸子が放りだす!

 爆音が、すぐそこまで迫ってきた!

「お兄ちゃんも早く」
 ニクソイ冷静さで言うと、幸子はボクを窓の外に放り出した。景色が一回転して中庭の植え込みに落ちた。目の端に窓辺に片脚をかけて飛び出そうとする幸子が見えた。パンツ丸見え……そう思ったとき、視聴覚教室に飛行機が突っこんだ。

 爆発!

 炎と破片と共に幸子は吹き飛ばされた。幸子は中庭の楠に背中から激突、逆さの「へ」の字のようになって落ちていった。

 人間なら命はないだろう……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・14『ラジコン墜落』 

2020-12-29 07:02:32 | 小説3

たらしいのにはがある・14
『ラジコン墜落』
          

  


 
 土日二日を安静にして、幸子は学校に行くようになった。

 合間の土日は佳子ちゃんが入り浸っている。
佳子ちゃんは一見口数少なく大人しい子に見えるが、なかなか心と頭のアンテナの感度がいい子だ。
 幸子の事故では旺盛な好奇心を示すだけでなく、示談のやり方から弁護士の紹介までしてくれようとした。何より喜怒哀楽の表現がハッキリしていて、俺も佳子ちゃんのそういうところが好きだ……って、一般的な意味だから、念のため。
 日曜は、親父が幸子の部屋の防音工事……と言うほどじゃないけど、カーテンを遮音性の高いものにし、ドアに遮音の細工をした。別に二人の声が大きいためじゃなく、幸子が自分の部屋でも心おきなく歌が唄えるようにするためのものでなんだ。

 その間、俺やお袋も手伝ったり、合間に話しの輪に加わったりする。
 
 二つのことに気づいた。


 幸子は佳子ちゃんが良く喋るように巧みに話題をもっていく。
「演劇部の山埼先輩って、パッとしないんやけど、なんとなく和んでしまうんよね」
「そうそう、部員二人だけなのに、男と女の関係を感じさせないとこなんかね」
「ほんまやあ、あの二人の先輩、それは無いなあ……」
「どんなとこで感じる?」
 幸子は、佳子ちゃんの感じたことに、さりげなく具体的なイメージを喚起させたり、表現をさせる。その佳子ちゃんに、
「なるほど! やっぱりね!」
 などと感心してみせるので、佳子ちゃんはますますイメ-ジを膨らませて表現が豊かになっていく。
 そして、幸子の表情が一瞬佳子ちゃんのそれと被って見えてしまう。

 なるほど、そうやって自分の表情を豊かにしているようなのだ。

 幸子の表情や身のこなしは十分女子高生らしいが、慣れてくると、いくつかのパターンの使い分けであることに気づいていた。例えばアイドルが、パターン化したリアクションになってしまうように。俺は一瞬オシメンのアイドルサイボーグといわれるMWのことなんかが頭にうかんだが、MWは人間。幸子は、ほんとうにサイボーグなんだから、当然なエクササイズと言えば身もフタもないんだけどな。
 ときどき見せる熱心な眼差しに人間的な友情を感じるんだけど、これは幸子に「そうあって欲しい」と願う兄としての欲目かもしれない。

 日曜に宅配便がきた。

 親父は大工仕事。お袋はお昼の用意。幸子と佳子ちゃんは話に夢中。
 で、俺が出た。
 めずらしく、若い女の宅配さんだった。
「どうも、ありがとうございました!」
 元気よく出て行った宅配さんのお尻をマジマジと見てしまった。どうもスーパー温泉以来、俺は変なクセがついた。まあ、並の高校二年の男子として、健康っちゃ健康ではある(#^0^#)のだ。 オホン!

 午後からは、優子ちゃんが加わった。そこで、三人揃って、河川敷の公園に遊びに行った。
 優子ちゃんのために、お花の冠なんぞを作るというので俺は遠慮した。

 そして、しばらくすると幸子一人が帰ってきた。
「なにか、あったのか?」
「ラジコンの飛行機が落ちてきた」
 と、慣れっこの歪んだ笑顔で言う。なぜか、手には『紅の豚』のポルコロッソの人形……。

 その晩、動画サイトを見て『ラジコン墜落』というのを発見した。

『紅の豚』のポルコの飛行艇が下手な曲芸飛行をやっている。
 ロングになったりアップになったり、いかにも素人カメラマン。ロングになったとき、対岸の土手で「あ、赤い飛行機!」と言っているように小さな女の子が指差している。
 アッと思ったら、ポルコの飛行艇はコントロールを失って失速。水面スレスレでコントロールがもどって急上昇。かなりの高みに至ると、非常に上手く捻りこんで急降下、そのまま真っ直ぐ全速で地上の一点めがけて突っこんでいく。
――コントロールが!――
――どうした!?――
 そんな声がかたわらでして、ポルコは神風特攻機のように対岸の土手に激突し、ラジコンとは思えない爆発と火柱が上がった。
 その瞬間が気になったので、コマ落としで再生しなおした。
 幸子とおぼしき女の子が無心に花冠を作っていて、墜落の寸前、花冠を風にさらわれて追いかける。間一髪で、幸子は直撃を免れている。墜落を予見した?

 明くる日学校に行くと、その話で持ちきりだった。

 俺は動画で見ただけだけど、テレビのニュースにもなったようで、みんなが「お前の妹、今度は運が良かったなあ!」と言ってくれた。
 警察も来たようで、事情聴取も行われ、ラジコンの持ち主は厳重注意されたようだ。
「これ、今朝のニュース」
 優奈がスマホで見せてくれた画面には、モザイクこそされていたが、見る者が見ればハッキリ分かる。

「ポルコロッソ、フライングゲット! キャハハハ」

 幸子がポルコの人形をぶら下げて笑っている……予見じゃなくて墜とした……のか?

 

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち    倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・13『その明くる日』

2020-12-28 06:15:45 | 小説3

たらしいのにはがある・13
『その明くる日』
          

 

    


「よかったあ! 思ったより元気そうやんか!」

 佳子ちゃんは登校前に幸子の様子を見に来てくれた。

「切り傷だけだから、治りは早いと思うの。でも、昨日の今日だから用心しないとね」
「そうやあ、傷跡残ったら大変やもんね。ほんなら、連絡事項なんかあったら、聞いとくわ。サッチャンのクラスの未来(ミク)とは中学で同級やったさかい」
「じゃ、よかったらお兄ちゃんと行って。昨日のこといろいろ知ってるから」
「おお、それは、願ってもない!」
 好奇心むきだしで、佳子ちゃんは賛同した。

 で、俺は寝癖の頭を直す間もなく、佳子ちゃんといっしょに学校に行くハメになった。

「佳子ちゃんに、手出すんじゃないわよ」
 オチャメそうではあるが、プログラムされた俺への対応もカワイイとは言えない。
「大丈夫、サッチャンのお兄ちゃんは、そういうカテゴリーには入ってないから」
 佳子ちゃんも、デリカシーがない。
「今のところはね(^#0#^)!」
 行ってらっしゃいの声でドアを閉めた後、佳子ちゃんがウィンクしながらグサリと刺す。どうも女子高生というのは嗜虐的な生き物だ。
「わあ、お姉ちゃん、今朝はアベック!?」
「せや、ウラヤマシイやろ?」
「わーい、アベック、アベック!」
 妹の優ちゃんもなかなかの幼稚園児ではある。

「で、ほんまに傷跡とかは残らへんのん?」

 事故の責任が百パーセント相手の車にあることを説明したあとに、佳子ちゃんは真顔で聞いてきた。
 今朝の幸子は念入りだった。左脚に重心を載せないようにし、左手も庇うようにして、ほっぺにバンドエイドを二枚も貼るという念の入れようだった。まさか、スプレー一吹きでメンテナンスしたとは言えない。


「うん……あれでも、いちおう女の子だからね」
 と、兄らしく顔を曇らせておく。佳子ちゃんの顔がみるみる心配色に染まっていく。ちょっとやりすぎたか……。
「大丈夫、小学校の時の事故でも、傷跡ひとつ残らなかったから」
 そう言って、鼻の奥がツンとした。あの事故で、幸子は死んだも同然なんだ。今の幸子は、ほとんどプログラムされたアルゴリズムでしか反応できないサイボーグ……。
「ほんまに大丈夫?」
 佳子ちゃんは立ち止まってしまった。目には涙さえ浮かべている。俺はシマッタという気持ちと、素直な反応をする佳子ちゃんをカワイイと思う気持ちで、少し混乱した。
「ダイジョブダイジョブ(^_^;)。佳子ちゃんが真剣に心配してくれるんで、感動したんだよ。これからも、言い友だちでいてやってくれよ」
「うん、まかしといて! サッチャンは佳子の大親友や!」
 それからの話は、女子高生とは思えないシビアさだった。示談の仕方から、示談の相場、弁護士事務所まで紹介してくれる。なんで15歳の女子高生が示談のやり方知ってんだ(^_^;)?

 学校に着くと、祐介と優奈からも聞かれた。

「加藤先輩も、えらい心配してはったわ」
 で、俺は午前中いっぱいの休み時間と昼休みを使い、加藤先輩、顧問の蟹江先生。幸子の担任の前田先生、保健室の先生。演劇部の生徒と顧問、それから、噂を聞いてきた幸子のクラスメートへの説明に追われた。
 だれも、俺の心配はしてくれなかった。見た目ピンピンしてることもあるが、俺だって、救急車に載せられ、CTなんか撮ったりしたんだけどな!

 放課後は、幸子のクラスメートの未来から、ノートの写しなんかもらい、その後、はんなりとクラブが始まった。

 いつもの教室でバンドのメンバー。ベースの祐介、ドラムの謙三、ボーカルの優奈、そしてギターの俺。
 最初は、当面の課題曲である「いきものがかり」の曲を少しやったが、すぐに研究と称してダベってしまう。気に入っているアーティストの曲なんかかけて、あーだこーだと思いつきを喋る。練習しなきゃという気持ちが無いわけでは無い……でも、互いの気持ちを都合良く推し量り、ただの喋りになってしまう。まあ、収穫と言えば優奈が見つけてきたユニットがいけてることを発見したぐらい。

 帰りの電車は運良く座れた。

 今日はアコギを持ってかえるので、ありがたかった……気が付くと、俺の前に背を向けてつり革につかまっている女の人のお尻を見ていた。パンツの上からでも、夕べ露天風呂で(アクシデントとは言え)見てしまった女の人のお尻に似てるなあと思った。

――いかん、妄想だ!――

 自分を叱りつけて家路についた。
「これ、未来から預かったノートの写しやらなんやら」
「おう」
 予想はしていたけど、ニクソイ笑顔にはムカツク。
「あれ、あのギター、どうしたんだ!?」
 渡すモノを渡して、さっさと、幸子の部屋を出ようとしたら、ドアの横にギターラックと、そこに掛かっている新品のギターに目がいった。
「こ、これ、ギブソンの高級品じゃないか!」
「加害者の人から……これと治療費をもってもらうことで手を打った」
「触っていいか!?」
「ダメ。わたしの」
「じゃ、いっしょに練習しようぜ!」
「お兄ちゃんとじゃ、練習にならない」
 方頬で笑って、無機質に言うところがニクソ過ぎる!
「お兄ちゃん。言っとくけど……」
「この上、なんだよ!?」

「昨日の事故ね、お兄ちゃんが飛び込んでこなきゃ、わたし一人で避けられたのよ」

「な、なんだと(゚Д゚)!?」
「お兄ちゃんが助けたように見えるように……で、お兄ちゃんを怪我させないように……そして、わたしが義体だって気づかれないように計算したのよ」
「おまえなあ……」
「だから、そのギターは幸子の戦利品。ギタイギター……シャレのつもり。笑ってくれると嬉しいんだけど」
「は…………」
「まだ、道は長いわね……お兄ちゃん、これから、幸子が危ないと思っても手を出さないでね。かえって、ややこしくなるから」
「あ……ああ」
「世の中、だれが見ているか分からないから」
「だれが、見てるって言うんだよ」
「……一般論よ」
 幸子は、なにかを言いかけて一般論で逃げた。俺もころあいだと思って部屋を出た。

 そのあと、幸子がギターを弾きながら歌うのが聞こえた。曲は、今日優奈から聞かされたユニットの曲だった……。

 

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・12『スーパー銭湯にて』

2020-12-27 06:52:06 | 小説3

たらしいのにはがある・12
『スーパー銭湯にて』
          

 

 


「じゃ、ちょっと行ってくる!」

 そう言って親父はアクセルを踏んだ。バックミラーに写る幸子とお袋の姿が小さくなっていく。


 男同士の話がしたい。

 そう言って、俺を車で十五分ほど行ったところのスーパー銭湯に連れ出した。


 これは、かなり異例なことだ。親父は結論しか言わない人だ。一月前、お袋と復縁するときも、そうだった。そして、それ以前のいろいろも。

 幸子のことだろうと察しはついた。お袋も、そうだろうと思ったはずなのに、いぶかる風はなかった。
「まあ、今夜は男同士、女同士ってことで」
 女同士といっても、お袋の前では、幸子はプログラムされた娘を演ずるだけだ。お袋はボクとお父さんに託したいことがあるのかも知れない。

 人気の岩盤浴やジャグジーは避けて、この時期には人気のない露天風呂に入った。
 親父は慣れた様子で、前も隠さず露天風呂に向かった。
 露天風呂に続くドアを開けたとたんにブルってしまった。まだ四月の初旬、外気は冷たい。
 親父はザッとお湯を前にかけると勢いよくお湯に漬かった。

「太一も早く来い」

 俺は、お湯を被って「アチチ」、お湯に片脚漬けただけで「アッチチ」
「一気に漬かるのが醍醐味なのにな」
「俺は、猫舌、猫肌、猫なで声がモットーなんだよ!」
「そりゃ、営業職に向いとるなあ」
「どうしてさ」
「営業ってのは、あんまり派手じゃだめなんだ。相手に合わせて一歩遅れてるぐらいの可愛げがなきゃ勤まらん。そうやって、じんわりお湯に身を慣らしていくようにな」
「なんだか人生訓だね……」

 この段階で、やっとお湯の中で膝立ち……。

「オレは、営業ってのは、常に、相手の先手を取ることだと思っていた。この風呂にザンブリと入るようにな。でも、それじゃダメなんだと分かったときには大阪支社に回された。それも総務でな。完全な左遷だと思ったよ」
「それで、お袋と別れたんだろ」

 ここで、やっと胸の下。

「ああ。だけど、オレは、大阪でがんばって営業に戻って、成績をあげれば、また東京に戻れるとタカをくくっていた」
「いまでも、総務じゃん」
「ああ、今は総務で満足してる。高橋さんて人がいてな、その人が、こう言ったんだ『営業ってのは、航空母艦に載ってる戦闘機みたいなもんだけど。総務ってのは、その戦闘機がいつもベストなコンディションで発艦できるようにしてやるクルーみたいなもんだ』ってな。そう言われて高橋さんの仕事を見てると、まさにそうなんだ。若い営業が新規の飛び込みに行くときなんかは、いったん引き留めてな、バカな話をしたり、靴なんか脱がせて足裏マッサージしてやったり……」
「なんか、地味なカウンセラー……」

 やっと、首まで漬かったけど、体はガチガチ、湯が噛みついてくる。

「おれもな……」
「う、動かないでよ。お湯がこっち来て噛みつくんだ……」
「ああ、すまん。まあ、そうやってホグして送り出してやる。名人芸だったな……そのうち、大阪で営業に回されたけど、自分で総務に戻った。ちょうど幸子が最初の事故に遭ったころだ」
「で、幸子がサイボーグになるのを……その……受け入れたんだね」
「ああ、お母さんはパニクっていたけどな……オレは、これを受け入れるしかないと……こういう気持ちを放下(ほうげ)っていうんだ。任せると思ったら、完全に力や疑いを捨てて任せることだ」
「で、今日に至っているわけ……」
 俺の言葉に、親父はノンビリと、でも敏感に反応した。
「放下というのは、バカになって放棄することじゃない。その先に待っているリスクも含めて、しっかりと、そしてヤンワリと受け止めることだ」
「親父は、受け止められた……?」
「そのつもりだったけどな。今日の自分を思い返すと、まだまだだ……この先、何がおこるか分からん」
「この先……?」
「考えてもみろよ。たとえ幸子という少女の命を救うためだとは言え、おかしいだろ、厚労省のトップまで絡んでいるんだ」
「ああ、今日口止めにきた」

 このとき、湯気の向こうで女性の悲鳴があがった。一瞬ボクたちが間違っているのかと思った。

「お嬢さんたち、女湯は隣りだよ」
「す、すみません!」
 怒っているのか、謝っているのか分からない感じで、女の人たちが前を隠して行ってしまった。ボクはプリンプリンのお尻が三つ揺れながら脱衣場に消えていくまで観てしまった。
「ハハ、幸子の裸を見たぐらいじゃ、免疫にはならんなあ」
「幸子の方が、プロポーションはよかった」
 バカな答えをした。
「良すぎるとは思わないか?」
「え、プロポーション!?」
「バカ、幸子の全てだよ。バックで国が動いているらしいこと……なにより、幸子の義体の技術は、この時代のものじゃないと思う」
「それって……」
「それ以上は分からん。これからなにが起こるかわからんが、しっかりと、でもヤンワリと受け止めていくことだな。まあ、多少ヘンテコな妹を持ったと思って、ユッタリ、ドッシリとやってくれや……」
 そういうと、親父は、片側のお尻を軽く持ち上げた。ポワンと大きな泡が浮かんで弾けた。
「く……臭えなあ!」
「すまん。すっかり緩んじまった……」

 この会話が聞こえたのか、隣の露天風呂で、さっきの女の人たちの笑い声がした。
 お湯は、ようやく体に馴染んで噛みつかなくなっていた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)
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妹が憎たらしいのには訳がある・11『憎たらしさの秘密・2』

2020-12-26 06:40:30 | 小説3

たらしいのにはがある・11
『憎たらしさの秘密・2』
          

 

 

 
「幸子、裸になって」
「……はい」
 
 無機質な返事をすると、幸子は着ているものをゆっくり脱ぎ始た……。

 妹とはいえ、年頃の女の子の裸なんて見たことない。
 でも、不思議と冷静に見ていることができる。幸子の無機質な表情のせいかもしれない、これから顕わにされる秘密へのおののきだったかもしれない。

 幸子はきれいなな体をしていた。その分、左の腕と脚の傷が痛々しい。
 お母さんは、小さな殺虫剤ぐらいのスプレーを幸子の体にまんべんなく吹き付けた。
「幸子は、心身共に未熟なの。だから、肌もこうやってケアするのよ」
 ラベンダーの香りがした。幸子が風呂上がりにさせていた香りだ……驚いたことに、傷がみるみるうちに消えていく。
「メンテナンス」
 お母さんが、そう言うと、幸子はベッドで仰向けになった。
「ウォッシング インサイド」
 幸子の体から、なにか液体が循環するような音がしばらく続いた。電子音のサインがして、指示が続く。
「スタンバイ ディスチャージ」
 幸子は両膝を立てると、静かに開いた。M字開脚! 
 さすがにドキリとして目を背ける。
「見ておくんだ。緊急の時は、お前がやらなきゃならないんだからな」
「ドレーンを」
「うん」
 まるで手術のような手際だった。
「ここにドレーンを入れるの。普段なら、こんなもの使わずに、本人がトイレで済ませるわ。太一、あんたに知っておいてもらいたいから、こうしてるの」
「う、うん」
 お父さんがドレーンの先を、ペットボトルに繋いだ。
「ディスチャージ」
 ドレーンを通って、紫色の液体が流れ出し、ペットボトルに溜まっていく。
「レベル7だな」
「そうね、まだ未熟だから、ダメージが大きかったのね。さらにダメージが大きいと、この洗浄液が真っ黒になるのよ。ダメージレベルが6までなら、オートでメンテする、太一覚えた?」
「あ、うん」
「復唱してみて」
 ボクは、今までの手順をくり返して言った。
「オーケー。幸子メンテナンスオーバー」
 幸子は、服を着てベッドに腰掛けると目に光が戻ってきた。
「これで、いざって時は、お兄ちゃんたよりだからね。よ・ろ・し・く」

 あいかわらずの憎たらしさ。

「……じゃあ、幸子は五年生の時に一度死んだっていうこと?」
「ザックリ言えばね。脳の組織も95%ダメになったわ……」
「お父さんも、お母さんも、ほとんど諦めた……」
「でも、大学病院の偉い先生が、一人の学者を紹介してくれたの……時間はかかるけど、幸子は治るって言われて……」
「藁にもすがる思いでお願いしたら、幸子の体は別の手術室……いや……」
「実験室……みたいなところ」
「そこで……?」
「幸子そっくりの人形……義体が置かれていた……で、幸子の生きている一部の脳細胞を義体に移植した」
「分かり易く言えば、サイボーグね……」
「でも……あの体は、小学生……じゃないよ……」
「あれは三体目の義体だ……あれで、義体交換はおしまいだ……そうだ」
「ずっと、十五歳のまま……?」
「いや……人口骨格は5%の伸びしろが……ごちそうさま」
「人工の皮膚や筋肉は、年相応に変化……させられる……そうよ。ごちそうさま」
 俺たちは夕食をとりながら、この話をしていた。幸子は安静にしている。

「問題は……心だ……」

 お父さんが、爪楊枝を使いながら言った。
「太一……あなたには、幸子、冷たいでしょ」
 お袋が、お茶を淹れながら聞いた。
「冷たいなんてもんじゃない、憎ったらしいよ!」
「すまん、太一ひとり蚊帳の外に置いてしまったなあ」
「どんなふうに憎ったらしかった?」
「え、えと……」
 俺は唾とお新香のかけらと共に、一カ月溜まった思いを吐き出した。
「あれが、今の幸子の生の感情なんだ」
 親父は顔にかかった唾とお新香のかけらをを拭きながら続けた。
「人前や、わたしたちに対するものは、プログラムされた反応に過ぎないの」
 と、テーブルを拭きながら、お袋。
「いま、幸子は劇的に変化というか成長しはじめている。過剰適応と思われるぐらいだ。幸子の神経細胞とCPを遮断すれば、普通の十五歳の女の子のように反応はするが、それでは、幸子の成長を永遠に止めてしまうことになる」
「お母さんもお父さんも、幸子のようなお人形は欲しくない。たとえぎこちなくとも、いつか、当たり前の幸子に戻ってくれるように、太一に対してだけは生の感覚でいてくれるようにしているの」
「だから太一、お前が見守っていてやってくれ。幸子は、お兄ちゃんが一番好きなんだから……」
「お願い、太一……」
 お父さんも、お母さんも流れる涙を拭おうともせずに、すがりつくような目で俺を見る。
「……うん」
 ボクも、涙を流しながら頷いた。

 幸子が憎たらしい理由は分かった。
 しかし、まだ俺たち親子は、幸子の秘密の半分も知ってはいなかった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音)
コメント
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