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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

妹が憎たらしいのには訳がある・42『幸子失格』

2021-01-26 06:08:33 | 小説3

たらしいのにはがある・42
『幸子失格』
          


    

 

 我が家には、ささやかなこだわりがある。

 二十一世紀も半ば過ぎだというのに、いまだに紙の新聞をとっているのだ。


 新聞を開いたときに、アナログな情報の山が紙とインクの匂いをさせながら目に飛び込んでくるのは、脳の活性化に役に立つと日本人ノーベル賞受賞者のナントカさんが提唱して以来、右肩下がりだった新聞購読が増えるようになり、今でも世帯の25%は紙の新聞を購読している。

  しかし、この紙の新聞で弁当を包むという前世紀の習慣を維持しているのはウチぐらいのものだろう。
 
 これは意外なことにお袋の習慣なのだ。

 編集という特殊な仕事柄のせいなのかもしれないが、去年、親父とのヨリが戻り、家族の復活をしみじみ感じたのは、この新聞紙に包んだ弁当を学校で開いたときかもしれない。
 お袋は早起きで、朝の支度をしながら新聞を読み、必要なものを赤ペンでチェック、最後にまとめてスマホに取り込んだあと弁当をくるむ。何ヶ月も新聞を溜め込むようなことはしない。やはりニュースは新鮮さが第一というのは、今の人間である。

 その日はテスト終了後の短縮授業。

 学校は昼までなんだけど、部活があるので弁当を持ってきたのだ。
 そこで広げっぱなしにしていた新聞紙の赤ペンに幸子が注目した。
「へえ、先月の極東事変の裏は、甲殻機動隊が……」
「あ、的場って防衛大臣の首が飛んだやつ」
「あれ、軍が大臣に内緒で攻撃準備してたんでしょ。あれ勝ったんで戦争にならずに済んだって。戦争やってたら、スニーカーエイジどころじゃないもんね」
 優奈が食後のお茶を飲みながら言った。
「押さえた記事になってるけど、仕掛けたのは甲殻機動隊だって……」

 ちがう。

 俺は、一カ月前、ねねちゃんにインストールされて、ねねちゃんのママの臨終に立ち会ったことや、そのあとDepartureして防衛省に潜入したことを思い出した。あれは、義体であるねねちゃんの判断だった。ねねちゃんは、あれからも急速にねねちゃんらしさを取り戻している。それに比べて、わが妹の幸子はあいかわらず。義体として他人になりきる技術は完ぺきだ。小野寺潤を始め、骨格の似ているアイドルには完ぺきにコピーできる。もうレパートリーは20を超え、いくつかを合成して、オリジナルな佐伯幸子としてもアルバムを出すようになった。
 ただ、幸子は、あくまで週末&放課後アイドルに徹しており、高校生活に穴を開けるようなことはしなかった。

「さ、お兄ちゃん、練習だよ」
「はいはい」
 幸子は、ケイオンの選抜メンバーに選ばれても、昼や休憩時間の半分以上は、もとの仲間と時間を過ごすようにしている。妹ながら気配りのできた奴だ。もっとも、それはプログラムモードのときだけで、ナチュラルモードのときは、相変わらずのニクソサなのであるが。

 それから一週間、スニーカーエイジのプロディユーサーが学校にやってきた。

 顧問の蟹江先生立ち会いの下で、選抜メンバーはプロデユーサーに会った。
「やあ、プロデューサーの的場です。大事な話なんで、ぼく自身で来ました」
 初対面なんだけど、どこかで会ったような気がした。
「あ……兄貴が、こないだまで国防大臣。でもナイショね。かっこ悪いし、兄貴は兄貴、ぼくはぼくだから」
 そう言うと、的場さんは頭を掻いた。でも、兄貴がドジな国防大臣であったのとは違う緊張感がした。
「なんでしょう、もし編成に関わるようなことならハッキリ言うてください。わたしらも対応せんとあきませんから」
 加藤先輩が促した。的場さんは、メンバーの顔を見渡してから口を開いた。
「申し訳ない、佐伯幸子さんの出場が認められなくなりました」

 一瞬、みんなが凍り付いた。

「理由はなんですか」
「佐伯さんの芸能活動です」
「それは、登録するときに問題ないて、言わはったやないですか!」
 ギターの田原さんが広義した。
「登録時はセミプロだったが、今はヒットチャートの常連だ。立派なプロだよ」
「そんな……」
 みんなの口から同じ言葉が漏れた。
「しかし、それは殺生だっせ」
 いつも口出しをしない、蟹江先生が平家蟹のような顔で言った。
「規約では、出場者は、学校やエージェントが不良行為と認めた場合に出場を取り消すことがある……としか書いてまへんけど」
「あと、もう一点、プロと認定された者は出場できないとあります」
「待ってください。わたしがプロなのは週末だけです。それ以外は普通の高校生です」
「スニーカーエイジの本選は週末に行われる……週末の君はプロなんだ」

 外の蝉の声が、ひときわ大きく耳障りに聞こえてきた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・41『Departure(逸脱)・2』

2021-01-25 06:00:46 | 小説3

たらしいのにはがある・41
『Departure(逸脱)・2』
          

 


    


 母が息を引き取りました……モスボールおねがいします。

 それだけ伝えると、管理室からナースがやってくるまでの間に、わたしはママのバトルスーツに着替えて駐車場に向かった。

「わるいけど、アズマ貸して。夕方までには帰ってくる」
「あ、あんたは?」
「甲殻機動隊、第一突撃隊隊長里中リサ。ねねのママよ。ねねの制服とカバン預かっといて」
「え、ええ!?」

 わたしは、呆然とする拓磨を置き去りにして第三名神を目指した。

 二時間後、わたしは防衛省から一キロ離れたパーキングに着いた。

 セキュリティーレベル2のエリアで、政府関係者や、政府と特殊な関係にある者でなければ、パーキングは許されない。幸い、このアズマは、小なりと言えど青木財閥の車である。パーキングのセキュリティーには、青木社長秘書のIDをかましてある。そのまま防衛省の中に入ることもできたけど、のちのち拓磨の迷惑になることは避けたかったので、実在の警務隊員のパスをコピーした。本人は仮死状態で植え込みの中で転がっている。三十分は生命反応も出ない。もっとも三十分を超えると、罪もない警務隊員は、そのまま命を失う。仮死状態にする寸前彼女の彼の顔が浮かんだ。一カ月後に結婚の予定のようだ。二十分もすれば仕事は済む。ごめんね……。

 ここに来るまでの二時間で防衛省のセキュリティーは完全に解読した。庁舎に入る寸前で、バトルスーツをステルスモードにした。エレベーターは重量センサーが付いているので使えない。わたしは、地下三階の動力室に向かった。ここの床や、天井にも重量センサーが付いているので、そのままでは入れない。警備員の頭に、動力室からのノイズのダミーをかました。
「ん……?」
 警備員が不審に思い目視で室内の異常確認をするのに十秒かかる。その間に潜り込む。警備員が床に足を降ろすタイミングに合わせて、床に足を着く。警備員の体重は、わたしの体重を引いた分しか感知しないようにしてある。そして、その間に制御板に爆薬をしかけると、警備員の足に合わせて部屋を出る。花粉症の警備員は、部屋を出る寸前クシャミをしたが、それは織り込み済みだ。瞬間跳躍してごまかす。ただ、体重をもどしたとき、オナラをされたのにはヒヤリとした。幸いセンサーは誤差と読んだが、わたしは、極東戦争から十数年で失われた緊張感が悲しくもあった。

 これからやろうとすることが、かくも容易くできてしまうことを、インストールしたママの記憶が悲しがっている。

 ……防衛省も落ちたもんだ。

 長官室の前まで来ると、意外にセキュリティーは甘い。

「甲殻機動隊、第一突撃隊長入ります」
「入れ」
「失礼します」
「ん……おまえは!?」
「セキュリティーの過信ね、声紋チェックもしないなんて。ここは突撃隊でも総隊長しか入れないのよ。わたしは第一突撃隊長と言っただけ」
「里中、治ったのか?」
「里中リサは、二時間前に死んだわ。助からない放射線障害であることは、的場さんが一番ご存じでしょ。だから二階級特進で少佐にしてくれた」
「おまえは……」
「義体よ……」
「グノーシスか!?」
「どうでもいいわ。あなたが防衛政務官だったとき、どれだけ状況判断を誤ったか。死ななくていい二千人が命を落とした。里中リサのように後遺症で亡くなった人間も合わせれば一万人は超えるでしょうね」
「……!」
「この部屋のセキュリティーにはダミーをかましてある。あなたは、甲殻機動隊の来栖隊長と話してることになってる。ゆうべ東海地方で亜空間にほころびができたから」
「な、なにをさせたいんだ、わたしに!?」
「K国とC国の機密条約を流してもらう。両国ともに、こちらへの攻撃準備に入っているのは、情報として上がってきているはずよ。防衛大臣である的場さん。あなたが一人で握りつぶしている……でしょ。機密条約が子供だましなのは、それこそ子供でも分かるわ。条約と情報の両方を流してもらうわ。そうすれば国民も気づくでしょう、第二次極東戦争の危機だって。そして、的場さんたちがどれだけ日和っていたか。もう、昔のハニートラップで懲りたはずでしょうに、性根が腐ってるのね」

 ドーーーーーーーーーーン!!

 腹に響く衝撃音。

「な、何をした!?」
「動力室を吹き飛ばしたの。予備電力で見た目に大きな障害はないでしょうけど、ここのMPCは、全部ダウン」
「な、なんてことを!」
「K国もC国も同じことをやろうとしていた。互いにフライングだって騒ぎになるでしょうね。ただ、わたしが、それより早くフライングしたから、現場の対応は早いわ。的場さんの首が一つ飛んで、大事にはいたらないんだから、良しとしましょう。ほら、お土産」
「ア、アルバイトニュース!?」
「明日から、額に汗して働くのよ、ボクちゃん」

 そうして、わたしはそのまま防衛省を後にした。

 途中、C国とK国の工作員に出くわした。やつらの頭は情報収集で一杯だったので、ダミーの情報をかますことは簡単だった。両国とも互いのフライングだと思っている。
 ただ、現場は忙しいだろう。明日と思っていた攻撃が今日始まった。敵も同じで、準備はまだ整っていない。あらかじめ国防大臣の意向を無視して準備していた味方の勝利は間違いない。パパたちは少し忙しくなるだろうけど、わたしのDepartureは、これで、おしまい。

 夕方になって警察病院に戻った。オート走行でもどると、待合いから拓磨が慌てて出てきた。
「ねねちゃん、大丈夫……!?」
「とりあえず、制服くれる?」
 下着姿のわたしは、ドアの窓を半分だけ開けて、腕を伸ばした……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・40『Departure(逸脱)・1』

2021-01-24 06:11:28 | 小説3

たらしいのにはがある・40
『Departure(逸脱)・1』
          


    

 


 病室に入ると圧縮された十数年の時間が解凍され、インストールしているような間が空いた。

 ……………

 そして、ようやく言葉が出た。


「ねね……?」
「……ママ」

「ねねなのね……?」
「うん、ねねだよ……本当にママなんだ!」
「こっちに来て、顔をよく見せて……」
 わたしは(俺の感覚はほとんど眠ってしまって、ねねちゃんそのものになっている)ベッドに近づき、ママが両手で顔を挟み、記憶をなぞるように、そして、それを慈しむように撫でるのに任せた。髪がクシャクシャになることさえ懐かしかった。ママは仕事にいく前に、いつもこんな風だった。
「意外と、胸が大きい」
「もう十六歳だよ」
「もう大人だね……」
 ママは、ベッドに横になったまま、わたしを抱きしめた。
「ちょっと苦しいよ、ママ」
「ごめん。ねねのことは……もう死んだと思っていた」
「わたしも、ママは死んだと思っていた」
「パパは、ねねのこと何も話してくれないもんだから」
「わたしにも話してくれなかった……さっき、この病院に行くように言われて、ひょっとしたらって気はしてたんだけど。パパの話って、いつも裏があって、ガックリしてばかり、こうやってママを見るまで……見るまでは……」

 あとは、言葉にはならなかった。

「昨日までは滅菌のICUにいたのよ。それが、今朝になって普通の病室。最終現状回復までしてくれた」
「最終……」
「最終原状回復。LLD……もう手の施しようのない末期患者に、治療を中断するかわりに、健康だった時の状態で終末を迎えさせてくれる。そういう処置。ママの場合、状態がひどいんで、立って歩くことはできないけど、こうやって、昔の姿を取り戻すことができた。甲殻機動隊の鬼中尉も、最後は女扱いしてくれたみたいね」
「ママは、もう少佐だよ」
「そんなお情けの特進なんか意味無いわ。わたしは、いつも現場にいたときのままの中尉よ」
「うん、なんかママらしい」
「カーテンを開けてくれる。せめてガラス越しでも、お日さまを浴びたいの」
「はい」

 わたしは部屋中のカーテンを開けた。

 ママは一瞬眩しそうな顔をしたけど、すぐに嬉しそうな顔になった。本当はいけないんだけど、窓を少し開けて外の空気を入れた。

「ありがとう……懐かしいわね、この雑菌だらけの空気」
「雑菌だなんて失礼よ。常在菌と言ってあげなきゃ」
「ハハ、そうだよね。ごめんね常在菌諸君。ねね、フェリペに入ったんだね」
「あ、フェリペって、ママ嫌いだったんだよね」
「ママ、一カ月で退学になったからね。でも、懐かしい、その制服。ねね、よく似合ってるよ」
 開けた窓から、初夏の風が流れ込んできた。それを敏感に感じ取って、ママは深呼吸をした。つぶった目から涙が一筋流れた。
「ママ……」
「ねねも義体なんだね……」
 ギクリとした。太一さんの心が邪魔をして、うまく表情をつくれない……どうしよう。
「お日さまに晒すと、義体の目は反射率が生体とは異なるの……ここに来て……」
 ママは、ベッドの側にわたしを呼んで、首筋に手を当てた。やばい、全てを読まれる……。
「かわいそうに、人質にとられたのね。パパは、それでも屈しなかった……で、ねねほとんど……」

 そう、パパの戦闘指揮に手を焼いたK国の秘密部隊が、わたしを人質に取った。情報は、ハニートラップにかかった政府の要人から筒抜けだった。

 パパは、わたしの脳の断片から、わたしの記憶や個性を情報として保存し、向こうの世界が提供してくれた義体に移し替えた。わたしをグノーシスのプラットホームにすることを条件に。
「義体だって卑下することはないのよ。ねねの感受性や個性は、ちゃんと生きて成長しているもの。あなたは、わたしのねねよ」
「ママ……」
 涙で滲むママが続けた。
「ほんとうは、ねねのこと生むはずじゃなかった」
「え……」
「こんな仕事していると、家庭や子どもは足かせになるだけ。でも、政府が勧めたの、極東世界の安定を印象づけるためにも、最前線の兵士も家庭を持つべきだって。で、バディーだったパパと結婚して、ねねが生まれたの。政府のプロパガンダに乗せられただけだけど、後悔はしていない。こうやってここに、ねねがいるんだもん」
「ママ……」
「でも、辛い思いばかりさせて、ごめんね。ママは、ねねのこと大好き……だ…………」

「ママ……………」
「……………………」

 ママがフリーズした。

 LLDの特徴だ。死の直前まで、元気な姿でいられるけど、その死は前触れもなく、あっと言う間にやってくる。フリーズしたら一秒で命の灯が消える。
 わたしは、その一秒で、ママの情報をコピーし、あとはずっとママを抱きしめていた。十数年ぶりで会ったのに、あまりにあっけないお別れだったから。

 パパに、すぐに来て欲しいとDMを送った。東海地方の亜空間のほころびが大きくなって、その手当のために行けないという返事が返ってきた。

 わたしは、Departureすることを決意した……。
 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) ねねの母 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・39『里中ミッション・4』

2021-01-23 05:54:06 | 小説3

たらしいのにはがある・39
『里中ミッション・4』
          

 

   

 

 里中副長は複雑な表情で俺の顔を覗き込んだ……。

「もう一度、ねねにインストールされてやってくれないか」
「え、また青木のやつが?」
「彼は、もうねねの崇拝者だよ。こんどは、ちょっと厄介だ……」

 というわけで、ボクは再びねねちゃんのPCに入り込んで里中ミッションを遂行することになった。
 土曜日だったけど、大阪フェリペは私学なので通わなくてはならない。
 家にはハナちゃんの修理に手間取っていると伝えてフェリペの校門をくぐる。

 やっぱり女子校というのは慣れない。

 まず制服。前は緊張していて、スカートの中で内股が擦れ合う違和感しか感じなかったが、フェリペの制服は、ジャンパースカートの上から、一つボタンの上着を着るだけである。体を動かすたびに、自分の……今はねねちゃんの体の香りが、服の中を伝って香ってくる。この年齢の女の子のそれは独特だ。幸子で慣れてはいるんだけども、のべつ幕無しであるのにはまいった。

 チサちゃんが、完全にクラスに馴染んでいるのは嬉しかった。

 チサちゃんは、向こうの世界の幸子なんだけど、向こうの世界は極東戦争の真っ最中であったり、グノーシスの中でも意見が分かれていたり、状況が不安定だったりするので、こちらに来ている。
 記憶は俺の従姉妹ということになっている。CPではなく、生身の頭脳に書き込まれているのが痛ましかった。でも、見た限り、高校生活を楽しんでいるようなので安心。

 こんなこともある。

「ねねちゃん、座布団持ってる?」
「え?」
「あ、急な来客になった子がいて」

 二時間目が、終わって、チサちゃんが耳打ちしてきた。一瞬訳が分からないが、プログラムされたねねちゃんは素直に反応する。
「はい、どうぞ」
 むき出しで、それを渡す自分に驚いた。チサちゃんはマジックのように受け取ると、見えないようにして背後のヨッチャンという子に渡した。
「サンキュー」
 ヨッチャンがチラッと視線を送って、行ってしまった。俺は、ドギマギしながら曖昧な笑顔を返した。
「ねねちゃん、偉いね」
「え、どうして?」
「こういうのって、変にポーカーフェイスでやったりするじゃない。それをサリゲニ『ドンマイ』顔してあげるんだもん。そういうの自然には、なかなかできないものよ」
 俺は、ただ戸惑っただけなんだけど、プログラムされたねねちゃんの感情表現といっしょになると微妙な表情になるようだった。

 放課後、駅まで行くと拓磨が待っていた。

 一瞬「あ」と思ったけど、朝自分でメールしたことを思い出した。
「駅の向こうに回してあるから」
 そう言うと、拓磨は地下道を通って駅の裏に行き、わたしは少し遅れて後に付いていった。

「お母さん、大事にな……」

 自走モードの運転席から、拓磨が遠慮気味に声を掛けてきた。自走モードだから、ドライバーの気持ちや気遣いがモロに伝わってくる。拓磨は、心から心配してくれて、控えめに励ましてくれている。さすがに青木財閥の御曹司、病院の名前を伝えただけで、事情は飲み込んでくれたようだ。

 警察病院S病棟……表面は放射線治療病棟。内実は極東戦争で重傷を負った……有り体に言えば、回復不能者のホスピスだ。

 この情報は、今度ねねちゃんのPCにダイブして初めて分かったこと。
 ねねちゃんのお母さんは優秀な甲殻機動隊のオフィサーだった。対馬戦争の初期、カビの生えたような武器使用三原則に縛られて、打撃力の強い武器の先制使用ができなかった。敵は、違法な超小型戦術核砲弾を装填してきたとアナライザーが警告していた。

「みんな、逃げて!」

「でも、中尉は!?」
「わたしは、敵を引きつける」
 お母さんは、そう言うとデコイを三発打ち上げた。
「あんなデコイが有効だなんて考えてるのは、政府のエライサンだけですよ」
「だからよ。敵もデコイの真下にあなた達がいるとは思わない。認識票を置いてさっさと行きなさい!」
「それじゃ、中尉一人がターゲットになってしまう」
「大丈夫、着弾する前に逃げる。まだ、かわいい娘がいるの、付録の亭主もね。大丈夫、正気よ」
「中尉……」
「早く!」
「はっ!」
 部下は無事に逃げた。お母さんも、居所を二度変えたあと、居場所を特定される認識票や、武器を全部捨てて逃げた……それで間に合うはずだった。敵は国際条約に違反した弾頭を使っていた。そして、お母さんは、大量の放射線を浴びてしまった。

 わたしは、今までここに来ることは禁じられていた。情報さえインストールされていなかった。鍛え上げたお母さんの感覚では、わたしが義体であることなんか直ぐに見破ってしまうからだ。

 でも、お母さんには、もう時間は無かった。だからお父さんは太一さんをインストールした状態で、わたしを寄こしたんだ。太一さんといっしょなら、オリジナルのねねが表現できるから……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・38『ハナちゃんの向こう傷』

2021-01-22 06:12:36 | 小説3

たらしいのにはがある・38
『ハナちゃんの向こう傷』
          

 

    

 水っぱなを袖で拭いたような向こう傷がついてしまった。

「やっぱり、流れ弾……」
『どうしよう、顔に傷がついちゃったあ(^_^;)』
 一見ぶっそうな会話だけど、これは、俺と高機動車ハナちゃんとの会話。

 東京での『メガヒット』の帰りの空でハナちゃんは、向こうの世界から飛び込んできたパルス弾の流れ弾がかすめて傷が残ってしまったのだ。ハナちゃんは、フロントグラスを赤くして恥ずかしがった。
「ニュースで、老朽化した人工衛星が落ちてきたって言ってるよ……」
 チサちゃんが、スマホを見ながら言った。
「ウワー、怖い~、ヤバイとこだったんだ」
 幸子は、プログラムモードで、佳子ちゃんや優子ちゃんといっしょにブリッコしている。
『カッコ悪いから、ハナ、メンテにいってきますう。太一さん着いてきて~』
「え、オレ?」
『メンテナンスは、太一さんの担当!』

 そういうわけで、明くる日が休みということもあって、俺はハナちゃんに乗って甲殻機動隊のハンガーまで行くことになった。

「かすり傷でよかったな」
 出迎えた里中副長が開口一番に言った。
「やっぱり、向こうの流れ弾ですか?」
「ああ、夕べ相模湾で、大規模な空中戦があったみたいだ」
「相模湾で?」
「ああ、こっちに遅れた分、かなり派手な戦争になっているみたいだ。亜空間に穴が空いて流れ弾が飛び込んでくるぐらいだからな。ごまかすために、人工衛星を一基落とすことになった」
『装甲にも異常なしだから、チョチョイと塗装して、おしまいでしょ♪』
「いや、状況分析のPCに問題がある。丸一日は検査だな」
『え、どーしてえ。ハナの解析じゃ、異常無しなんですけどオ……』
「じゃ、なんで、メンテナンスに太一君が着いてくるんだ」
『あ、太一さん、どうして?』
「どうしてって、おまえが着いてきてくれって言ったんじゃないか!?」
『そう……だっけ?』
「まあ、オフィスで休んでくれよ」
 里中副長の仕業だと思った。

 オフィスの応接に通された。

「いらっしゃい。また、パパの無茶につきあわされそうね……」
 ねねちゃんが豚骨醤油ラーメンの大盛りを持ってやってきた。
「ねねちゃん……いやあ、ありがたいな。まだろくに晩飯食ってないんだ」
「ハナちゃんが、そう言ってたから。ハンバーガー一個だけなんでしょ?」
「そうなんだよ、食べ盛りの女の子が四人もいたし、幸子のメンテで、放送局の弁当も食べられなかったし……うん、美味い!」
「ハハ、ほんとに美味しそう」
 お盆で顔の下半分を隠して笑うねねちゃんは、とても自然だった。
「食いながら聞いてくれ」
 里中副長が、くわえ煙草で入ってきた。
「だめでしょ、たばこは体に悪いの」
「これは、電子タバコだよ」
「電磁波吸ってるようなものよ」
 ねねちゃんは、里中副長がくわえたままのタバコの先を、ハサミでちょんぎった。里中副長はびっくりし、それから、固まった。
「……どうかしましたか?」
「い、いや、昔、カミサンによくやられたもんだから……」
「ひょっとして、プログラム外の行動ですか?」
「パパのタバコを止めさせるのは、これが一番」
「ねね、ちょっと外してくれ」
「はいはい」
 ねねちゃんは――頼むわね――というような目配せをして出て行った。

「……こないだ、君をインスト-ルしてくれてから、ねねのやつ少し変なんだ」
「自律的になってきたんですね……」
「ああ、今のようにな」
「興味深い変化ですね……」
「で、一つ頼みがあるんだが……」

 里中副長が複雑な顔をして、オレの顔を覗き込んだ……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・37『まとまらない考え』

2021-01-21 06:23:11 | 小説3

たらしいのにはがある・37
『まとまらない考え』
          

 

         

 幸子は俺のメンテナンスしか受け付けなくなっている……。

 そんな考えが頭をよぎった。

 なにか大変なものが動き出している。そんな気がして、高機動車ハナちゃんに乗って大阪に帰る間、これまでのことを振り返る俺だ。
 メンテナンスして、幸子はもとに戻っていた。帰りは、その幸子を中心に、チサちゃん、佳子ちゃん、優子ちゃんも盛り上がっていたので、一人で集中することができた。

 この世はパラレルワールドと言って、ほとんど同じ世界が同時に存在し、そのことは両方の世界のごく一部の人間しか知らない。
 二つの世界の有りようについては、両方の世界に跨るグノーシスという組織がコントロールしているのだが、絶対ではない。 
 グノーシス自体揺れている。

 味方であったハンスが敵になったり、敵であった美シリ三姉妹が、味方になって、向こうの世界の幸子を千草子として預けにきたり。
 そもそも向こうでは、こちらが十年以上前に終えた極東戦争を今頃やり始めている。こちらの世界も、向こうの世界の失敗を学習し、修正を加えている。向こうの世界では、広島、長崎以外に新潟にも原爆が落とされているがこちらの世界では、修正されている。
 この二つの世界の関わり方に、両方の世界が、グノーシスを中心に揺れているのだ。

 そして、この二つの世界にとって、小学五年生から義体化している幸子は重要な存在で、幸子の周辺では、いろいろ事件が起こっているが、こっちの世界では甲殻機動隊が守ってくれている。
 幸子の頭脳の95%はCPで、普段はプログラムされた人格で暮らしている。残った5%あまりの本来の頭脳で取り戻そうと幸子は懸命だけど。それは、今のところCPのインストール能力を高めることにしか役に立っていないようで、それはAKRの小野寺潤を極限までコピーし、自他の区別がつかなくなるところまで適応過剰するようになってしまい、バグってしまった。

 そして、幸子は俺のメンテナンスしか受け付けなくなっている……。

 俺も、重要な存在になりつつあ……っと思ったら、優子ちゃんが振り回したスィーツが、まともに俺の顔に当たって思考は中断されてしまった。
「かんにん、太一にいちゃん」
 一瞬怒ったような顔になったのだろう、優子ちゃんが怯えたような顔で謝った。
「兄ちゃん、容量オーバーな考えしてると、不細工になって、いっそうモテなくなるよ!」
 幸子が、ニクソ可愛く言う。むろんプログラムされた人格で。
「ううん、考え事してるター君もなかなかやわよ」
 佳子ちゃんが、妹の不始末をティッシュで拭き取ってくれている。そのとき、ちょっとした衝撃が走り、ハナちゃんが少し揺れた。
「……ちょっと、二人、キスしちゃったでしょ!」
 チサちゃんが鋭く指摘した。
「そんなこと……」
「あった……!」
 優子ちゃんが、その瞬間をスマホで撮っていた。
「ちょ、ちょっと!」
 姉の、あらがいも虚しく、その映像は、車内のモニターに大きく映し出された。
「お、おい、ハナちゃん!」
『間違えた、こっちの映像』
 次ぎに出された映像は、強烈なパルス弾が、ハナちゃんの鼻先をかすめる瞬間になっていた。
「これって、攻撃を受けたの……?」
 お母さんが、顔を引きつらせた。
『……いいえ、流れ弾のようです』
 ハナちゃんは、佳子ちゃんたちの手前詳しく言わなかったが、ボクたちには向こうの世界からのものであると付け加えていた。
『でも、この瞬間の二人の心拍数、血圧、瞳孔の広がり、発汗などから、ラブラブになる可能性……』
「ウワー、そんなこと言わなくっていい!」
 佳子ちゃんの叫び声で、ハナちゃんの声は聞こえなかった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・36『幸子の変化・2』

2021-01-20 05:46:57 | 小説3

たらしいのにはがある・36
『幸子の変化・2』
          

 

       


 出てきたのはAKR総監督の小野寺潤だ。

 そして、横のひな壇にも小野寺潤が……。


  ええええええええええええええええ!?


 スタジオのどよめきが頂点にさしかかったころ、MCの居中と角江が、さらに盛り上げにかかった。
「こりゃ大変だ、潤が二人になっちゃった!」
「い、いったいどういうことなんでしょうね!?」
 二人の潤は、それぞれ、自分が本物だと言っている。
「でも、あなたが本物なら、わたしは何なんでしょうね?」 
 二人の潤は、まだ演出の一部だろうと余裕がある。
 二人の潤を真ん中にして、メンバーのみんなが、マダム・タッソーの蝋人形と本物を見比べる以上の興奮になってきた。
「蝋人形は、動かないから分かるけど、こんなに動いて喋っちゃうと分かんないよ」
 メンバーの矢頭萌が困った顔をした。
「じゃ、じゃあ、みんなで質問してみよう。ニセモノだったら答えられないよう質問を!」
 居中が大声で提案。二人の潤を真ん中のまま、みんなはひな壇に戻り、質問を投げかける。


「飼っている猫の名前は?」
「小学校のとき、好きだった男の子は?」
「今日のお昼ご飯は?」

 などと、質問するが、その多くはADさんがカンペで示したもので、俺たちもそんなには驚かない。
 幸子と小野寺潤は骨格や顔つきが似ていて、幸子のモノマネのオハコが小野寺潤なので、今日は、ずいぶん力が入ってるなあ……ぐらいの感触だった。
「じゃ、じゃあね、ここに小野寺さんのバッグ持ってきました。中味を御本人達って、変な言い方だけど、当ててもらいましょうか」
 角江がパッツンパッツンのバッグを持ち出した。
「公正を期すため、フリップに書きだしてもらおうよ。1分以内。用意……ドン!」
 スタジオは照明が落とされ、二人の潤が際だった。

「「出来ました!」」

 二人の潤が同時に手をあげ、それがおかしくて、二人同時に吹きだし、スタジオは笑いに満ちた。
「さあ、どれどれ……」
 角江が回収して、フリップがみんなに見せられた。
「アララ……順番は多少違いますが……違いますがあ……書いてることはいっしょですね」
「じゃ、とりあえず、バッグの中身をみてみましょう。角江さん、よろしく」
 角江が、バッグから取りだしたものは、若干の間違いはあったが、フリップに書かれた中身と同じだった。
「まあ、これは、予想範囲内です」
「ええ~!?」スタジオ中からブーイング。
「じつは、一人は潤ちゃんのソックリさんです。あらかじめ情報も与えてあります。でも、ここまで分からないなんて予想しなかったなあ」
「どうするんですか、居中さん。このままじゃ番組終われませんよ」
「実は、このフリップはフェイクなんです。中身はソックリさんにも教えてあります。だから、同じ内容が出て当たり前。これから、このフリップを筆跡鑑定にかけます。中身はともかく、筆跡は真似できませんからね。それでは、警視庁で使っている筆跡鑑定機と同じものを用意しました!」

 ファンファーレと共に、筆跡鑑定機が現れた。

「これ、リース料高いから、いま正体現さないでね……」
 おどけながら、居中はフリップを筆跡鑑定にかけた。二人の潤は「わたしこそ」という顔をしていた。
 三十秒ほどして、結果が出た……。
「そんなバカな……」

 鑑定機が出した答は『同一人物』だった。

「したたかだなあ、ソックリさん。筆跡まで……え、あり得ない?」
 エンジニアが、居中に耳打ちした。
「同じ筆跡は一億分の一だってさ!」
「「わたしのほうが……」」
 同時に声を出して、顔を見合わせて黙ってしまった。

「太一、過剰適応よ。メッセージを伝えて」
「メッセージ?」
「二人に向かって、『もういい、お前は幸子』だって気持ちを送ってやって……」
 俺は、機転を利かしフリップに小さく「おまえは幸子だ」と書いて気持ちを送った。

 やがて……。

「ハハ、どうもお騒がせしました。わたしがソックリの佐伯幸子で~す!」
 おどけて、幸子が化けた方の潤が立ち上がった。
「ビックリさせないでよ。予定じゃ、筆跡鑑定までに正体ばれるはずだったのに! 浜田さんも言ってくれなきゃ」
 ディレクターまで引っぱり出しての、お楽しみ大会になった。

 それから、幸子は潤とディユオをやったり、メンバーといっしょに歌ったり踊ったり。週刊メガヒットは、そのとき最高視聴率を叩きだして生放送を終えた。

「本当の自分を取り戻したくて……でも……CPのインスト-ル機能が高くなるばかりで、わたし本来の心が、なかなか蘇らない」
 潤の姿のまま、幸子は無機質に言った。感情がこもっていない分、余計無惨な感じがした。
「でも、オレのメッセージは通じたじゃないか。『おまえは幸子』だって」
「……そうだよね。それで、廊下で小野寺さんと入れ違って、ここまできたことが思い出せたのよね」
「少し、進歩したんじゃないのか」
「でも、小野寺潤が固着して、元に戻れない。メンテナンス……メンテナンス……」
 そして、電子音がして、幸子は止まってしまった。
「……さあ、またメンテナンスか……」
 そのとき、幸子の口が動いた。
「わ、わたし、自分で……」
「わたしが、シャワールームに連れていく」
 お袋が、幸子をシャワールームに連れて行った。廊下で待っている心配顔の仲間には「幸子、ちょっと横になっているから」と説明。直後、お袋が俺を呼んだ。


「太一じゃなきゃ、だめみたい」

 シャワールームで、幸子は裸で、背中を壁に預けて座っていた。
 何度やっても、これには慣れない。
 幸子を見ないようにキーワードを口にする。
「メンテナンス」
 ……反応しない。もう一度繰り返すが、やっぱり幸子は動かない。
 くそ……見ながら言わなくっちゃならないってか。
 視線を幸子に向ける。見てくれが小野寺潤のスッポンポンなので、どうにもドギマギする。
 さすがにアイドルグループのセンターを張るだけあって、無駄のない引き締まった身体をしている。胸がツンと上向きになってるとこや、シャープな腰のクビレとか谷間のとことか……いかん、さっさと済ませよう。

「メンテナンス」

 視線を固定して呟くと、幸子はゆっくりと膝を立てて開いていった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・34『編成替えして夕陽丘』

2021-01-18 07:10:59 | 小説3

たらしいのにはがある・34
『編成替えして夕陽丘』
          

      


 
 加藤先輩! 話あるって! 放送室!

 ちぎったように言うと、真希ちゃんは、さっさと行ってしまった。
「なんやろ……?」
 ドラムの謙三が、真希ちゃんの残像に声をかけるように呟いた。
 
 うちのケイオンは規模も大きく、技量も三年の選抜メンバーなどは、スニーカーエイジなどでもトップクラス。だけど、それ以外は、マッタリしたもので、軽音楽部というよりは、ケイオン。楽器を通じて結びついている友だち集団に過ぎず、そういう緩い結びつきのバンドの連合体みたいなのが実態で、口の悪い先生は「国連みたいやなあ」という。加藤先輩と言えど、日頃の他のバンドを呼び出したり、指導したりということは、ほとんど無い。

 狭い放送室のスタジオは、先輩達と楽器で一杯。俺たち四人が入るとギュ-ギューだ。

「ごめん、こんなクソ狭いとこに呼び出して」
 加藤先輩が言うと、他のメンバーが楽器をスタジオの隅に寄せて、スペースを作ってくれた。
「あのう、なんでしょうか?」
 一応リーダーの祐介が声を出した。
「メンバーの編成替えやりたいねん」

 唐突だった。

 メンバーの編成は自然発生的に出来たものを優先し、先輩達が口を出すのは、編成が上手くいかなかった時に調停役をやるときぐらいで、今年の編成は、どのグル-プも出来上がっていた。


「太一、あんた、うちのギターに入ってくれる」
「え、ギターは田原さんが……」
「ギター二枚にしよ思て。ボーカルがウチとサッチャンやんか。自分で言うのもなんやけど、この二人のボーカル支えるのには、田原クン一枚では弱い」
「でも、ギターなら、他に上手い奴は一杯いますよ」
「そやけど、サッチャンの兄ちゃんは太一一人や。サッチャンは演劇部と兼部や。練習は、演劇部の休みの日と、向こうの稽古が終わった五時半からや。どうしてもツメがが甘なる。そこで太一やったら兄妹やさかいに、呼吸も合わせやすいし、家で調整もできるやんか」
「はあ……」
「そっちのギターは真希ちゃんに入ってもらう」

 真希ちゃんが、さっさと行ってしまったのは、このことを知っていたからだろう。俺たちは決定事項の追認を迫られているだけだ。

――こんなの横暴だ――

 メンバーみんなが、そういう気持ちになったが、誰も口には出さなかった。

 加藤先輩たちに逆らって、この学校ではケイオンはやっていけない。

 それに、今年のスニーカーエイジを考えると、加藤先輩と幸子がボーカルをやるのはベストだし、そのメンバーに俺が入るのも妥当だろう……一般論では。
 幸子は義体で、普段人前で見せている個性はプログラムされたそれで、けしてオリジナルではない。ただ、そういう刺激が、幸子の中に僅かに残ったオリジナルな個性を、ゆっくり育てていることも確かだ。今度いっしょのメンバーになることが、どのくらい幸子にプラスになるか分からないが、俺は四捨五入して前向きに捉えようとした。

 その日は、練習そっちのけで、みんなで保津川下りに遊びにいく話ばかりした。むろん新メンバーの真希ちゃんも含めて。俺たちは何より争うことを恐れる。だから、必死で、たった今言い渡された理不尽を、触れないということで乗り越えようとした。

「太一、ちょっと付き合わへん?」

 保津川下りの話を過ぎるほど明るくしたあと、俺たちは早めに帰ることにした。で、優奈がいきなり切り出してきた。
「え、ああ、いいけど」
「太一に見せたいもんがあるねん」
 
 そして、二十分後、ボクと優奈は四天王寺の山門前に来ていた。
「ここから見える夕陽は日本一やねん」
「え、ほんと?」
「昔はね……せやから、このへんのこと夕陽丘て言うねん。ナントカガ丘いう地名では、ここが一番古い。大昔は、ここまで海岸線で、海に落ちる夕陽が見事やねんで」
 太陽はビル群の間に落ちようとしていた。正直、東京で観る夕陽と代わり映えはしなかった。
「想像してみて、ここは波打ち際。見渡す限りの海の向こうにシルエットになった淡路島、六甲の山並み、その間をゆっくりと落ちていく夕陽……」
 優奈は目をつぶりながら話していた。優奈の目には古代の夕陽が見えているんだろうか。
 一瞬微妙な加減で、夕陽がまともに優奈の横顔を照らした。優奈の横顔が鳥肌が立つほど美しく見えた。

 こんな優奈を見るのは初めてだ……。

 その微妙な一瞬が終わると同時に優奈は目を開けた。


「いま、ウチのこと見とれてたやろ」
「え……うん」
「アホ。こういうとこはボケなあかんねん。シビアになってどないすんねん」
「だって、優奈が……」
 潤んだ優奈の目に、あとの言葉が続かなかった。
「バンド解散するときに、一回だけ太一に見せたかってん」
「夕陽をか?」
「うん。そんで、おしまい。明日は、また新しい朝日が昇る。そう言いたかってん」

 そして、優奈は目の前の道が「逢坂」といい「大阪」の語源になったことや、ここから北に向かって並んでいる天王寺七坂のことを説明してくれた。ずいぶん博識だと思ったら、お父さんが社会科の先生であることを教えてくれた。一年間同じバンドにいながら、俺は優奈のことはほとんど知らなかったんだと思い知った。

 気づくと、優奈は『カントリーロード』を口ずさんでいた。

 ……カントリー・ロード 明日は いつもの僕さ 帰りたい 帰れない さよなら カントリー・ロード♪

「うまいな」
「当たり前、ボーカルやでウチは……あ、行きすぎてしもた」
 ボクたちは逢坂を下って、松屋町通りを北上していた。
「ま、ええわ。この先が源聖寺坂や。ええ坂やで」
 確かにいい坂道だった。道幅は狭いけど石畳で和風の壁に囲まれ、途中緩くZの形に道が曲がっている。坂を登り切って振り返ると、太陽はとっくに西の空に没し、残照が西にたなびく雲をファンタジックに染め上げていた。
「ほんと、きれいだなあ……来た甲斐あったよ」
「優奈のとっておきでした。ほな地下鉄乗ろか……」

 そうやって、振り返ると……その手のホテルが建っていた。

「あ……」
「惜しいなあ、制服着てなかったら入れたのにね……」
「ゆ、優奈!」
「アハハ、赤こなった。太一のエッチ!」

 優奈は、大阪の女の子らしく、俺をイジリながら、コロコロ笑って地下鉄の駅にリ-ドした。
 大争乱が始まる前の、ボクたちのささやかな青春の最初の一コマだった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・33『葉桜の木陰』

2021-01-17 06:12:19 | 小説3

たらしいのにはがある・33
『葉桜の木陰』
          

    


「僕の姿が見えるようだね……僕が何者かも」

 言われてみればその通りだ。死んだ人が見えたり、その人が佐伯雄一さんだというのは俺の思いこみだ。
「思いこみじゃない。キミたち兄妹の力だよ」
「俺たちの?」
「ああ、向こうの妹さんは気づかないふりをしてくれている」
「佐伯さんは、その……」
「幽霊だよ。今日は、こんなに賑やかに墓参りに来てくれたんで嬉しくてね」
「すみません、亡くなった方を、こんな風に利用して」
「パパは、そんな風に思ってないわよ、お兄ちゃん」
「パパ?」
「墓石の横に、千草子の名前が彫ってあっただろ」
「ええ、今度のことで、ある組織がやったんです。申し訳ありません」
「いや、あれは、元からあるんだよ。ただ、赤く塗ったのは、その組織の人たちだがね」
「それって……」
「千草子ちゃんは、実在の人物だったの」
「もう、十年前になる。僕たち夫婦は離婚して、千草子はボクが引き取っていた。家内は女ながら事業家で、世界中を飛び回っていた。僕は絵描きで、ほとんどアトリエ住まい。それで、子育ては、僕の方が適任なんで、そういうことにしたんだ……」
「月に一回は、家族三人で会うことにしていたの」
 チサちゃんは、まるで自分のことのように言う。
「あのときは、別れたカミサンが新車を買ったんで、試乗会を兼ねてドライブに行ったんだ……」

 ……その光景がありありと見えた。

 六甲のドライブウェーを一台の赤い車が走っている。
 車はオートで走っていて、親子三人は、後部座席でおしゃべりしている。

「昔は、人間が運転していたの?」
 幼い千草子ちゃんが、興味深げに質問した。
「今の車だってできるわよ。千草子が乗るような幼稚園バスや、パパの車は、いつもはオートだけどね」
「パパは、実走免許じゃないからね。車任せさ」
「あたし、実走免許取ったのよ」
「ほんとかよ!?」
「ストレス解消よ。そうだ、ちょっとやって見せようか!?」
「うん、やって、やって!」
 千草子ちゃんが無邪気に笑うので、ママは、その気になった。
「おい、この道は実走禁止だろ。監視カメラもいっぱい……」
「ダミー走行のメモリーがかませるの。ウィークデイで道もガラガラだし」
 ママは、千草子ちゃんを連れて前の座席に移った。

 そして悲劇が起こった。

 同じように実走してくる暴走車と峠の右カーブを曲がったところで鉢合わせしてしまったのだ。不法な実走をする者は、監視カメラや衛星画像にダミー走行のメモリーをかますために、衛星からの交通情報が受けられない。二台の実走車は前世紀のロ-リング族同様だった。ママの車はガードレールを突き破り、崖下に転落。
 パパは助かったが、ママと千草子は助からなかった。
 そして、佐伯家の墓に、最初に入ったのは千草子だった。

「そして、先月、やっとわたしもこの墓に入ることになったんですよ……」
「チサちゃんは?」
「転生したか、ママのほうに行ったか。ここには居ませんでした」
「そうだったんですか……」
「千草子が生きていれば、ちょうどこんな感じの娘ですよ」
「感じも何も、わたしはパパの娘だよ。パパこそ自分が死んでるってこと忘れないでよ」
「ああ、もちろんだよ。千草子、なにか飲み物がほしいなあ」
「なによ、自分じゃ飲めないくせに」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「はいはい」
 チサちゃんが行くと、佐伯さんは真顔になった。
「太一君」
「はい」
「幽霊の勘だけどね。しばらくは平穏な日々が続くが、やがて大きな争乱になる。どうか、千草子……あの娘さんのことは守ってやって欲しい。君は巻き込まれる運命にあるし、それに立ち向かう勇気と力がある」
「佐伯さん……」
 握った、その手は、生きている人間のように温かかった。

「お兄ちゃん、パパは?」

「日差しが強くなってきたんで、お墓に退避中」

 オレのいいかげんな説明を真に受けて、幸子に呼ばれるまで葉桜の側を離れようとしないチサちゃんだった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・32『チサちゃんの墓参り』

2021-01-16 05:24:57 | 小説3

たらしいのにはがある・32
『チサちゃんの墓参り』
          

 

   


 日ごとにチサちゃんは変わってくる。

 チサちゃんは向こうの世界の幸子で、ひいひい祖父ちゃんの一人が違う(向こうの世界では、新潟に原爆が落とされ、源一というひいひい祖父ちゃんは亡くなっている)けども、五代もたつと、ひひ孫になる幸子とチサちゃんのDNAの違いは6・25%に過ぎず、見た目には、まったく区別がつかない。だから、こちらの世界で保護するときには、髪を短くしたり眉の形を変えたりしたが、挙措動作はまるで同じ。幸子がプログラムモードのときなど、薄暗がりだと区別がつかなかった。

 それが、最近微妙に変わってきた。

 例えば、ティーカップを持つときに小指を立てるようになった。呼びかけて振り返ったりすると微に小首を傾げて、幸子とは違った可愛さになる。念のため、幸子が可愛いのはプログラムモードのときだけ(俺以外の第三者がいるとき)で、本来のニュートラムモードでは、あいかわらず愛想無しの憎たらしさだ。ま、幸子本来の神経細胞は数パーセントしか生きておらず、うまく感情表現ができないのは仕方がないのかもな……と思ってもムカつくけどな。

「お父さんのお墓参りがしたいんです」

 チサちゃんが言い出した時は驚いた。チサちゃんの記憶は全てがバーチャルである。甲殻機動隊の担当が元ゲ-ムクリエーターで、そいつが創り上げたもので、バーチャルであるための不足や、矛盾が当然ある。
「ここがお墓。この日曜日が四十九日だから」
 ウェブで検索したら、《佐伯家の墓》というのが実際出てきた。

『その程度のことなら、もうバーチャル処理済みだ』

 里中副長の一言で墓参りに行くことになった。

 半分ピクニックみたいなお気軽なもの……それはチサちゃん自身の提案。幸子の企画で、筋向かいの佳子ちゃん優子ちゃん、バンドのみんなに里中副長親子、その他いろいろ付いてきた。
「おい、あれ、ナニワテレビの車じゃないのか?」
 こちらは、今やちょっとしたスターになった幸子の取材を目的に追っかけてきている。最初のサービスエリアに着いた時は、うちの車、高機動車のハナちゃん、レンタルのマイクロバスに、放送局と四台も車が並んでしまった。

 お墓は高台の墓地の一角にあり、真新しいオブジェのような墓石が建っていた。

 佐伯雄一というのがチサちゃんのお父さんということになっていて、親父とは従兄弟ということになっている。
 ナニワテレビのクルーも含め、みんなでお墓に献花し、本来なんの関係もない佐伯雄一さんの四十九日の法要を勤めた。里中副長が僧侶の資格を持っていて、導師を勤めてくれる。
「お父さんて、いくつ顔持ってんの?」
「資格だけで五十八。あと、わたしのCPに登録されていないものも幾つか……わたしにも分かんない」
 ねねちゃんは、にっこり答えた。ああ、この笑顔が青木拓磨をメロメロにしたんだなあ……俺自身、ねねちゃんのCPに同化して、一日使っていた義体なので、なんとも懐かしい。拓磨は、ねねちゃんのガードと称して、くっついてきているが、さすがにちょっかいは出さない。ねねちゃんを見る目が、女の子へのそれではなく、なにか師匠を見るような目になっている。
 
 目というと、俺がねねちゃんと喋っていると、佳子ちゃんと幸子の視線を時々感じる。この視線は、のちのち面倒の種になるのだけど、鈍感な俺は、まだ何も気がついてはいなかった。

 献花の途中で墓石の横を見ると、佐伯雄一の名前の横に佐伯千草子という名前が彫り込まれて赤く塗られていた。これは将来、チサちゃんもこの墓に入ることを意味していて、さすがにやりすぎだろうと感じた。

 法要のあとは、墓場を少し下ったところにあるキャンプ場で焼き肉パーティーをやった。ナニワテレビは気を利かしてカラオケのセットを貸してくれて、カラオケ大会になった。むろん抜け目なくカメラを回し、セリナさんは、ちゃっかり幸子の独占インタビューなんかやっている。

 あちこちで盛り上がっていると、肝心のチサちゃんが居ないことに気づいた。さっきまでいたのに……。

 チサちゃんは、墓場からつづら折れになった小道が下りきった葉桜の側にいた。
 側に寄ってみると、木の向こうの誰かと話している様子だった。
「チサちゃん……」
 声を掛けると、チサちゃんが振り返る。木の向こうの人も顕わになって振り返った。

 その人の姿に見覚え……え!? それは、墓で眠っているはずの佐伯雄一さんだった!
 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・30『里中ミッション・2』

2021-01-14 06:49:16 | 小説3

たらしいのにはがある・30
『里中ミッション・2』
          

   


 ターゲットは帰り道の横断歩道にいた……。

 それまで圧縮されていた情報がいっぺんに解凍された。
 信号機のポールに半身を預けて気障ったらしく(俺の感性では、そう見えた)立っているのは、このところしつこく、ねねちゃんに言い寄って来ている大阪修学院高校の二年生。

――青木拓磨――

 草食を装った肉食男子。

 姿勢が、いつも左右非対称。自分をかっこよく見せる演出以外に、狙った女の子が逃げられない位置を確保するための準備姿勢でもあるらしい。
 大阪市内にいくつもビルを持っている『青木ビル』社長の次男。凡庸な兄を幼稚園のころには追い抜いたと錯覚して『青木ビル』の後継者は自分であると思い込んでいる。
 修学院とフェリペは最寄りの駅がいっしょで、入学早々から拓磨はねねちゃんに目を付けているのだ。
 ねねちゃんは、自分や周囲の人間に危機が迫らない限り、人を拒絶しないようにプログラムされている。
 だから、拒絶しないまま、ここまで来てしまった感があって、拓磨は――ねねはオレのもんだ――と、思いこんでいる。

――こいつを、どうにかしてくれということですね――
――そいつは、今日ねねをモノにしようとしている――
――それって…………――
――ねねは義体だ。肌を接すれば分かってしまう――
――ねねちゃんの生体部分は、人間と変わりません。幸子で慣れてますけど、並の人間じゃ区別つきませんよ――
――ま、万が一ということがあるだろう!――
――フフ、里中さんが、ねねちゃんに愛情もってくれていて、嬉しいですよ――
――これはあくまで!――
――わたしも、こんな奴に……まかしといて……――

 横断歩道のこっち側で気づかないフリをしていたら、歯磨きのCMのように白い歯を見せて手を振ってきた。可愛く戸惑って俯くと、まだ青になりきらない信号を大人ぶった子犬のように渡ってきた。

「なにか考え事してた?」
「ううん、拓磨の印象を思い出してたの」
「嬉しいね、ボクのこと、初めて拓磨て呼んでくれたね」
「ちょっとした気分転換。あの車ね?」
 駅の入り口から百メートルほど離れたところに、後ろ半分スモークガラスになったセダンが止まっていた。
「先に乗っといて。駅の裏側で、オレ乗るから」

 わたしは、車に乗ると、車のAIにリンクした。AIは0.5秒抵抗したが、あっさり従って、ゆっくりと駅の向こう側に走り出す。

 駅の向こう側には『青木13号ビル』が立っていて、小さな花束を持って拓馬が出てくるところで、受付の女性が丁寧に頭を下げているのが見えた。

「あら、ガーベラね」
「うん、持ちながら待ってるのは、ちょっと恥ずかしくてさ。まあ、こんな物でもあれば、車の中も自然な色どりになると思ってね、気に入ったら帰りに持ってってよ(^▽^)」
「素敵、花言葉は……希望、前向き、だったかな」
「そうなんだ、花言葉までは知らなかった」
 うそ、勤務中の受付さんに買わせといたくせに。どんな希望で、何に前向きなんだか……。
「例の場所に……チ、返事なしかよ」
「車も、気を遣ってるのよ」
「そ、そうかな。まあ、アズマの最新型だからな」
 さりげなく拓磨の手が膝に伸びてきた。わたしは偶然を装って、重いカバンを思い切り拓磨の手の上に載せ、可愛く窓の外を見た。
「わあ、阿倍野ハルカスの改修工事始まるんだ!」
「あ、ああ、もう完成から三十年やからな……」
「どうしたの、その手?」
「いや……」
「あ、ごめん。わたしカバン置いたから、下敷きになっっちゃったか……カバンの底の金具が壊れてるんだ(直前に壊しといたんだけど)血が出てる。ちょっと待ってて」

 わたしは、ティッシュで血を拭き、バンドエイドをしてやる。髪の香りが拓磨の鼻を通って高慢で薄っぺらの脳みそを刺激する。車に急ハンドルを切らせた。拓磨が吹っ飛んできて、わたしの体に覆い被さってきた。バンドエイドをしてやったばかりの右手が、わたしの胸を掴んでいる。

「なに、すんのよ、どさくさに紛れて!」
「ご、ごめん、そういうつもりじゃ……」

 機先は制した。そして、谷町四丁目の交差点を曲がって、車は目的地に着いた。

「え、大阪城公園……なんでや?」
「わたしがお願いしたの」
『雰囲気作りを優先しました』
 車のAIが仕込んだとおりの返事をした。
「そ、そうか、さすがアズマの最新型、まずは雰囲気、よう分かってるやんけ(^_^;)」
「まずは……って?」
「いや、アズマの言い間違い。若者は、まず、明るい日差しの下におらんとなあ……!」
 拓磨は健康的に伸びをした。わたしも一応付き合ってやった。

 オレの脳みそと、ねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・29『里中ミッション・1』 

2021-01-13 06:59:19 | 小説3

たらしいのにはがある・29
『里中ミッション・1』
          

 

    

 

 俺はねねちゃんになってしまった……。

 つまり義体であるねねちゃんに俺の心がインストールされて、いまの俺の体はねねちゃんなのだ。

「インスト-ルは90%に押さえてある。完全にインスト-ルすると、太一は自分の体も動かせなくなるからな。今日は一日オレの家で休んでいてくれ」
「で、ミッションは?」
 声の可愛らしさにたじろぐ。
「言い回しが男だなあ……インストールを95%にしよう」
 里中隊長がタブレットを触って、体に電気が走った。
「ア、アン……」
 変な声が出た。
「そう、その調子だ。ねねの行動プログラムに従って学校に行ってくれ。問題は直ぐに分かる。じゃ、よろしくな」
 そこで車を降ろされた。
 角を曲がって五十メートルも行けばフェリペの正門だ。視界の右下に小さく俺の視界が写っている。まだ、しばらくは車の中なんだろう。

 一歩踏み出すと違和感を感じた。スカートの中で、自分の内股が擦れ合うのって、とても妙な感覚だ。
――女の子って、こんなふうに自分を感じながら生きてるんだなあ……大したことじゃないけど、男女の感受性の根本に触れたような気がした。

「里中さん、ちょっと」

 担任の声で、わたしは……ねねちゃんになっているんで一人称まで、女の子だ。わたしは職員室に入った。
「失礼します」
「こちら、今日からうちのクラスに入る、佐伯千草子さん。慣れるまで大変だろうから、よろしくね」
「チサって呼んでください。よろしく」
 チサちゃんは、立ち上がってペコリと頭を下げた。
「わたし、里中ねね、よろしくね」
 ほとんど自動的に、笑顔が言葉と手といっしょに出た。チサちゃんがつられて笑顔になる。
 で、握手。
「やっと笑顔になった」
 担任の山田先生がホッとした顔をした。デフォルトのねねちゃんは可愛いだけじゃなく、人間関係を円滑にするようにプログラムされているようだ。

 教室に着いた頃、本来のオレは里中さんの家にいた。
 車の中からここまではブラックアウトしている。セキュリティーがかかっているんだろう。たとえ5%とは言え、自我が二重になっているのは、ややこしいので、本来の俺は直ぐにベッドに寝かしつけた。

 朝礼まで時間があるので、わたしはチサちゃんに校内の案内をした。

「ザッと見て回ってるんだろうけど、頭に入ってないでしょ」
「うん……」
「こういうことって、コツがあるのよ」


 わたしは、教室、おトイレ、保健室。そして、今日の授業で使う体育館と美術室を案内した。そして、そこで出会った知り合いやら先生に必ず声をかける。そうすると、場所が人間の記憶といっしょにインプットされるので、場所だけを案内するよりも確かなものになる。
 しかし、行く先々で声を掛ける相手がいるというのは、わたし……ねねちゃんもかなりの人気者なんだ。

「佐伯千草子って言います。父が亡くなったので、伯父さんの家に引き取られて、このフェリペに来ることになりました。大阪には不慣れです。よろしくお願いします」
 短い言葉だったけど、チサちゃんは、要点を外さずに自己紹介できた。最後にペコリと頭を下げて、大きなため息ついて、ハンカチで額の汗を拭った。それが、ブキッチョだけども素直な人柄を感じさせ、クラスは暖かい笑いに包まれた。
「がんばったね」
「うん、どうだろ……」
「最初に『父が亡くなって』と言えたのは良かったと思うわよ」
「そ、そう?」
「うん、家庭の事情とかで済ませたら、いろいろ想像しちゃうでしょ」
「そ、そっか。これで良かったんだ。ありがとう里中さん」
「ねねでいいわよ」
「あ、ありがとう、ねねちゃん!」
「チサちゃん!」

 自然なハグになって、二人は親友になった。

 三時間目が困った……チサちゃんじゃなくて、オレ、いや、わたし。

 体育の時間で、みんなが着替える。女子校なもんで、みんな恥じらいもなく平気で着替えている。わたしは、プログラムされているので、一見平気そうにやれるけど、この情報は寝ている「俺」の方にも伝わる。案の定「俺」は真っ赤な顔をして目を覚ましたようだ。

 美術の時間、チサちゃんは注目の的だった。

 静物画の油絵だけど、チサちゃんはさっさとデッサンを済ませると、ペィンティングナイフで大胆に色を載せていく。そして五十分で一枚仕上げてしまった。


「まるで、佐伯祐三……佐伯さん、ひょっとして!?」
「あ、その佐伯さんとは……」
 それまで絵に集中していたんだろう、先生やみんなの目が集まっていることに恥じらって、俯いてしまった。
 一枚目は習作のつもりだたのだろう、与えられた二枚目のボードを当然の如く受け取った。
 すると、人が変わった。
「そこ、場所開けて」
「は、はい……」
 チサちゃんは堂々と自分の場所を確保。だれもが、それに従順に従った。
「先生、この作品は、まだまだ時間が要ります。放課後も描いていいですか?」
「う、うん、いいわよ」

 チサちゃんは、たった一日で、自分の場所を作ってしまった。まあ、それについては、わたしも少しは寄与している。
――これでいいんでしょ、里中隊長?
 連絡すると意外な答えが返ってきた。
――これからが、本当のミッションなんだ。

 ターゲットは、帰りの地下鉄の駅前の横断歩道にいた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・28『バーチャルな履歴』

2021-01-12 07:22:20 | 小説3

たらしいのにはがある・28
『バーチャルな履歴』
          

 

  

 向こうの世界の幸子は千草子、通称チサと名乗って俺の家に同居することになった。

 髪をショートにして眉を少し変えたチサちゃんは幸子によく似た従姉妹ということで十分通った。
うちと同姓の佐伯という画家が、この時期に亡くなったので、役所の方で戸籍を改ざんし、チサちゃんは、その遺児ということになっている。甲殻機動隊はチサちゃんの履歴をつくり、パソコンを使って亡くなった佐伯さんの関係者や、チサちゃんが在籍したことになっている学校関係の人間の記憶にインストールした。むろんチサちゃん自身の記憶もそうなっている。
 これでチサちゃんのグノーシス対策は万全だ。学校は、うちの真田山ではなく、大阪フェリペへの編入だ。ねねちゃんといっしょにすることで、セキュリティーにも万全を期したようだ。

「チサちゃん、どうかした?」

 明日から学校という前の日に、チサちゃんは手紙を投函して戻ってきたとき目が潤んでいた。
「……ううん、なんでも」
 そう言って、チサちゃんは幸子と共用の部屋に駆け込んだ。親父もお袋も心配顔。

 しばらくして、幸子が部屋から出てきた。

「残してきた彼に手紙を書いていたら悲しくなってきたんだって。むろんバーチャルな記憶だけど、ちょっと手が込みすぎ」
「込みすぎって?」
「彼との馴れ初めは、中三の文化祭でクラス優勝して賞状をもらうとき。風で賞状が舞い上がって、クラス代表だった二人が慌てて取ったら、偶然二人がハグしあって……まあ、映像で見て」
 幸子が、テレビをモニターにして映しだした。ハグした二人の唇が一瞬重なった。他にも、二人の恋のエピソードがいくつもあったが、まるでラブコメのワンシーンのようだ。

『あの、ご不満かもしれませんが……』

 高機動車ハナちゃんの声が割り込んできた。ちなみにハナちゃんは、うちの狭い駐車場に割り込んで、二十四時間、ボクたち家族のガードに当たってくれている。
「なんだよ、ハナちゃん」
『チサちゃんの履歴を作ったのは、甲殻機動隊のバーチャル情報の専門機関なんですが、チーフがゲーム会社の出身で……』
「恋愛シュミレーションの専門家……なるほど」
『今でも、細部に手を加えて、更新してます……』
 まあ、それぐらい徹することができる人間でなければ、完ぺきにバーチャルな履歴など作れないのだろう。チサちゃんは、ドラマチックな青春を送ることになりそうだ……。

 その数日後、オレは里中さんに呼び出された。

 めずらしく高機動車ではなく、普通の自動車だった。
「実は、プライベートで頼みがあるんだ……」
「いいんですか、グノーシスとか……?」
「あっちは、いま極東戦争で手一杯だ。こっちに干渉している気配もない」
「で、なんですか用件というのは?」
「実は……」

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 というわけで、オレはねねちゃんになってしまった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん
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妹が憎たらしいのには訳がある・27『新型ねねちゃん』

2021-01-11 05:29:22 | 小説3

たらしいのにはがある・27
『新型ねねちゃん』
          

 

    

 一瞬分からなかった。

 一人は髪をショートにして眉の形を変えた向こうの世界の幸子だ。

 もう一人、パーカーのフードを取ったのは……ねねちゃんだ。

「審議会の結論は『サッチャンの力に頼らないで極東戦争を戦うこと』になったけど、こちらのグノーシスみんなが賛成してるわけじゃないの。だからセキュリティーの面からも、こちらのサッチャンといっしょにするほうが安全だということ」
「こちらでは、千草子(ちさこ)という名前で、従姉妹ということになります。チサって呼んでください」
 向こうの幸子……いや、チサが緊張した顔で言った。
「こちらは……」
「ねねちゃんの新しい義体?」
「里中副長へのお詫び」
「本当は、現状を変化させないため。ねねちゃんが一人いなくなったことのツジツマ合わせは大変だからなの。それよりも交換義体のわたしが来た方が合理的でしょ」
 にっこり言ってのけるねねちゃんは、その言ってる内容があまりに実用的なので面食らう。
「面倒かけるわね。ねねちゃんの引き渡しをお願いしたいの。わたしたちじゃ上手くいかないと思うから」
「ねねちゃんが、自分で行ったら(^_^;)?」
「その時点で、里中副長に破壊されるわ。もうすでに一体破壊された」
「どうして……」
「ハンスの実態は、破壊される寸前に他の義体に転送されたわ。今は行方不明。それに義体だったら、いつ誰がハッキングされるか分からない。里中副長はシビアだから、義体のねねちゃんと分かった時点で破壊するわ。だから、あなたに仲介してもらいたいの」
「このねねちゃんは、大丈夫なの?」
「大丈夫。里中副長がスキャンすれば、すぐに分かる。そこに行くまでに破壊されないように、よろしく」

 その日の内に、里中さんに連絡をとって会うことにした。こちらから出向くつもりでいたら、里中さんの方が来てくれることになった。

 お母さんも幸子も、チサちゃんといっしょに暮らせるようになって目を「へ」の字にして喜んだ。むろん幸子はプログラムモードの反応だけれど、高機動車のハナちゃんまで喜ぶと、単純なオレは嬉しくなってきた。

 里中さんは瞬間鋭い殺気を放った。ねねちゃんの姿を見たからだ。

「とにかく、スキャニングしてみてください!」
 美シリのミーに言われたとおりに叫んだ。里中さんの目が緑色になった。
「交通信号じゃないからな。OKサインじゃない。スキャニング中なんだ」
 里中さんも、一部義体化しているようだ。
 一瞬の沈黙のあと、里中さんは爆笑した。
「アハハハ……こりゃ、傑作だ!」
「な、何が可笑しいんですか?」
「太一、ねねの目を十秒見つめてみろ」
「え、ええ?」
 可愛いねねちゃんにロックオン(見つめられたってことだけど、表現としては、まさにロックオン)され、ドギマギした。ちょうど十秒たって、ボクはねねちゃんといっしょに目をつぶった。そして目を開けるとたまげた。俺の視界は二つにダブってしまっていた。ゆっくり視界は左右二つに分かれる。

「「え!?」」

 驚きの声がステレオになった。オレとねねちゃんが同時に叫び、里中さん以外のみんなが面食らった。
 視界の半分にねねちゃんが、もう半分にはオレが写っていた。両方同じような顔で驚いている。
「ねねの視界に集中して」
 里中さんに、そう言われ、ねねちゃんに集中した……オ、オレはねねちゃんになっていた。
「こ、これ、どうして……?」
 声がねねちゃんになっていて、さらにびっくり。視界の端にボーっと突っ立っている自分の姿が目に入る。
「お母さん、俺どうなったの?」
「え、ええ!?」
 お母さんが一歩引いて驚いている。幸子はなにか理解したように、チサちゃんはお袋同様。ハルは面白くてたまらないようにガチャガチャと車体を振動させた。
「もういいだろう」
 里中さんの一言で、俺の視界はもとに戻った。ニコニコしたねねちゃんが俺を見ている。
「十秒ほど、お兄ちゃんは、ねねちゃんになったのよ」
「このねねにインストールできるのは、太一、お前一人だ」
「ええ!?」
「このねねは、アナライザー義体だから、情報に関しては双方向。いろんなブロックをかけても、ハッカーの腕がよければ、ねねの人格を支配できる。成り代われると言ってもいい。そういう危険性のあるものなら、必要はない。だが、今の実験で分かったが、人格をインストル-できるのは、太一に限られている。つまりねねのCPの鍵穴は、太一の形をしていて、他のものは受け付けない仕掛けになっている」
「それって……」
「グノーシスにも、ジョ-クとセキュリティーの両方が分かる奴がいるみたいだな」
「なるほど……」
「でも、太一。言っとくけど、この鍵穴は、オレでなきゃ開かん。勝手にねねになることは許さないからな」
「そ、そんな趣味ないっすよ!」
 幸子は憎たらしく方頬で、みんなは遠慮なく爆笑した。
 

 義体だけど、ねねちゃんは本当に可愛い。幸子だって、プログラムモードなら、これくらいの可愛さは発揮できるのだが、自分で押し殺している。早くニュートラルな自分を取り戻したい一心なんだろう。そう思うと、このニクソサも、なんだか痛々しい。

 そして、俺がねねちゃんにならなければならない事件が、このあとに待っていた……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 高機動車のハナちゃん

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・26『高機動車ハナちゃん』

2021-01-10 07:30:50 | 小説3

たらしいのにはがある・26
『高機動車ハナちゃん』
          

 

   


 平穏な日々が続いた。

 校舎屋上でのねねちゃん爆殺事件は、里中副長と幸子の手際の良さでだれも気づかなかった。
 
 情報衛星が一機、爆殺の瞬間をサーモグラフィーで捉えていたが、調子に乗った生徒が、ちょっと多目の花火遊びをやったということでケリが付いた。
 当然甲殻機動隊が手を回したことだけど、ご丁寧に大量の花火の燃えかすまで撒いていった。
 おかげで、全校集会で生徒全員が絞られ、屋上は当面生徒の立ち入りは禁止された。
 向こうのサッチャンは姿が消えた。グノーシスの誰かがリープさせたようだ。しばらくして『当方の幸子は、こちらで預かる。義体化はしない。グノーシス評議会』というメールが入った。

 ブログが炎上した。

 と言っても、屋上の事件とは関係ない。

 幸子のモノマネは、マスコミでも頻繁に取り上げられて話題になった。特にAKRのセンター小野寺潤と、初代オモクロの桃畑律子のモノマネが人気だ。前者は過激なファンから、後者はアジア問題を気にする有象無象から。それぞれ賛否両論のコメントが数百件も来た。
「なんだか昔のわたしみたいね。でも、頑張ってね!」
 と、モノマネの大御所キンタローさんからも応援を頂いた。

「サッチャン、がんばってね~」

 練習を終えたばかりの演劇部の子達が、ブンブン手を振って送り出してくれた。
「幸子、ほんとにこの調子でやってくつもりか?」
「うん。このお陰で、神経回路がすごく発達してるような気がするの。ニュートラルの状態でも笑顔になれるようにがんばるわ」
 幸子は、学校とモノマネタレントとしての使い分けを見事にこなしていた。学校の授業はもちろんのこと、演劇部とケイオンの部活も休まず。放課後と土日だけを、タレント業にあてている。

 まいったのは俺の方だ。俺は、テイのいい付き人。
 マネージャーはお母さんがやっている。

 放課後と土日だけのスケジュールなので、お母さんはラクチン。車の運転さえしない。車はガードを兼ねて甲殻機動隊が貸してくれた完全オートの高機動車。音声を女の子にして「ハナちゃん」と名付けられた。
『オカアサン、編集のラフできました~(^▽^)』
「ありがとうハナちゃん。助かるわ」
『いえいえ、ハナも勉強になりま~す』
 ハナちゃんは、目的地まで運転している間に、お母さんのアシスタントまでこなしている。
「ハナちゃんの学習意欲は、よく分かるわ。今のわたしといっしょ」
『そんなあ~(〃´∪`〃)、幸子さんとハナとでは機能が二桁違いますからね。ま、励ましのお言葉として受け止めておきますね。太一さん起きて下さ~い。あと一分で到着ですよ~』
「☆○×!!……その電気ショックで起こすのは止めてくれないかなあ」
「これが、一番効果的だと学習したの~」
 ハナちゃんとお母さん・幸子は相性がいいようだが、俺は、もう一つ馬が合わない。

「おはようございます。今日は小野寺さんと共演になりましたのでよろしく」
「え、やだあ。わたし緊張、チョー緊張!」
 プログラムモ-ドの幸子は、憎たらしいほどに可愛い。衣装をかついで控え室へ。お母さんは幸子を連れて、ゲストのみなさんに挨拶回り。

 控え室には先客がいた。寝ぼけ頭の俺は一瞬部屋を間違えたかと思った。

「少しだけ時間を下さい、太一さん……」
 モデルのようにスタイルのいい女の人が、部屋間違いでないことを間接的に。で、次の言葉で直接的な目的を言った。
「この二人を預かっていただきたいんです」
「あ、どうぞ掛けてください……あ、あんたは!?」
 ボクは、ナイスバディーの女の人のヒップラインで気づいた。
「美シリ三姉妹……」
「の……ミーです。でも今は敵じゃありませんから」
「その二人は……」
 二人は、ニット帽とパーカーのフードをとった。
「き、君たちは……!」

 俺はフリーズしてしまった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 学校の人たち     倉持祐介(太一のクラスメート) 加藤先輩(軽音) 優奈(軽音) 健三(軽音)
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