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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・6《対立候補》

2021-02-27 06:12:05 | 小説3

プレジデント・6

《対立候補》       

 

 

 お姉ちゃんとコロッケで乾杯したあくる日の事。

 

 物理の教室移動で校舎を出たら、昇降口の方から藤田先生と中谷先生が出てくるのが見えた。

 模造紙丸めたのと画びょうのセットを持ってニコニコしている。心なし足取りも軽いように思えた。

――あ。立候補者が揃ったんだ!――

 持っているものと足どりの軽さで直感した。

 

「おう、真凡! おかげで出そろったよ!」

 

 藤田先生も気づいて模造紙を持ったままの手を振ってくれた。

「さっき出そろったんでポスターを貼って来たところだ」

「え、揃ったんですか!?」

 実直な藤田先生が嬉しそうにしているのは、見ていても気持ちがいい。

 先日、中庭で候補者の名前が埋まらない書類とにらめっこしていた時の消沈ぶりが嘘のようだ。

 やっぱり藤田先生はニコニコしている方がいい。

「よかったですね!」

「そうよ、会長候補は二人になったから、久々に面白い選挙になるわよ(^▽^)/」

 中谷先生も屈託がない。てか、なに、いまの?

「え、対立候補が出たんですか!?」

「ああ、真凡も頑張れよ!」

「さ、次はピロティーの掲示板です」

「じゃあな、真凡!」

 両先生は足取りも軽く行ってしまった。

 

 キンコーンカンコーン……キンコーンカンコーン……

 

 すぐにでも見にいきたかったけど、始業のチャイムが鳴ったので、あきらめて物理教室に急いだ。

 

 物理の授業は気もそぞろだった。

 だって対立候補だよ!

 どうしよう、生徒会選挙に落ちるなんてメチャクチャカッコ悪い。

 無風の信任投票になると見越して立候補したんだ。対立候補なんか居たんじゃ、ぜったい落選する。

「大丈夫だよ、真凡ならぜったい通るよ」

 並んで座っているなつきが密やかに言う。なんで分かったのよ?

「だって……」

 なつきは、わたしの手元を指さした。

「あ……」

 わたしってば、ノート一面に――対立候補――の四文字を呪文のように書き散らしていた。

 

 キンコーンカンコーン……キンコーンカンコーン……

 授業が終わるのももどかしく、なつきを連れて昇降口に向かった。

 

 令和二年度前期生徒会候補者と書かれた模造紙には、わたしの名前に並んで、もう一人の会長候補の名前が書かれていた。

 会長候補  三年六組 柳沢琢磨

 

「これって……あの柳沢琢磨だよね……」

 ついさっきまで、わたしの当選を請け負って止まなかったなつきの声があからさまに萎んでいった……。

 

☆ 主な登場人物

  •   田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •   田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •   橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •   橘 健二      なつきの弟
  •   藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •   中谷先生     若い生徒会顧問
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真凡プレジデント・5《コロッケで乾杯》

2021-02-26 06:43:16 | 小説3

プレジデント・5

コロッケで乾杯》       

 

 

 ジャージ姿でコロッケを買いに来るようなお姉ちゃんじゃなかった。

 

 女子アナというのは半分タレントみたいまもので、いつもパリッとして、颯爽としていた。

 月に二度は美容院に通って磨きをかけ、そのグレードを維持していた。

 もともと磨きなんか掛けなくても――美姫ちゃんは違うねえ!――と、子供のころから評判だった。

 美姫って名前が凄いでしょ!?

 だって、美しい姫ですよ!

 栴檀は双葉より芳しの例えどおり、生まれた時からすごかったらしい。初孫というアドバンテージもあったんだろうけど、お爺ちゃんが新生児室での初対面で――この子は絶世の美人になる!――ことを見抜いて『美姫にせい!』と決めてしまった。

 所帯を持つにあたって経済的に絶大な支援を受けていた両親は、あっさりと承知した。

 結果的にお祖父ちゃんの予言通りの才色兼備が当たり前の女子アナになったので文句の有ろうはずもない。

 

 その十年後に、同じ新生児室で、わたしを見たお祖父ちゃんは、しばしの沈黙の後に、こう言った。

「人生平凡が何より、平凡の内に身を立てられる子になればいい」

 そうのたまわって真凡とつけた。

 まあ、事実だから仕様が無いんだけども、折に触れて言われるのは、ちょっと凹みますよ。

 読みこそ『まひろ』だけども、たいていの人は読めやしない。『マホ』とか『マフ』とかに読まれてしまう。

 でも、名前はともかく、事実その通りなんだから、わたしはお姉ちゃんを応援してきましたよ。ミテクレはともかく、人との接し方や、ものの考え方とかはお姉ちゃんの真似をしてきた。

 生徒会長に立候補したのも『キャパシティーの中なら人の為になる道を選ぶ』というお姉ちゃんのスタイル。

 じっさい、お姉ちゃんも生徒会長をやっていた。それも、女子高が共学になった年だったから注目もされたし、注目された分の仕事もしてきた。

 ワイドショー番組の学校訪問に名乗りを上げて注目された評判で特集番組を組まれ、学校の評判を上げるとともに、自分自身マスメディアで働く道を切り開いた。

 人のためにやることが自分を磨くことになる。

 むろん、わたしの場合、見た目の平凡さはどうにもならないでしょうけどね。

 

 そのお姉ちゃんの劣化ぶりは、ほんとうにムカつく!

 

「なんか無性にコロッケ食べたくなってさあ……ハムハム」

 玄関に入るなりマスクをとって食べ始める。

「もう、やめてよね!」

「あ、こら……」

 コロッケの袋をふんだくって、ズイズイリビングに向かう。

「ちょっと、そこに座って!」

「なんか怖いよ真凡~」

「たまには美容院行きなさいよヽ(`Д´)ノ」

 正面に座った自堕落オーラは凄まじく、一番目についた髪の毛を糾弾してやる。

 姉は学生時代からショートヘアだったけど、さっき言った通り、月に二回の美容院でベストの状態をキープしていた。

 それが三か月以上のホッタラカシ。

 毛先は肩に届いているのも見苦しく、元々の髪の豊かさが裏目に出て金太郎のごとき爆発頭。

「気は使ってんだよ、ちゃんとシャンプーしてフケなんか……ないよね?」

「あったらたまんないわよ」

「わたしはね、昔からお姉ちゃんの劣化コピー版て言われてきたけど平気だった。平気だって思えるくらいにお姉ちゃんは凄かったし、お姉ちゃんと血のつながりがあるってだけで、わたしにはアドバンテージだったよ」

「そんな大げさなあ……」

「貧乏臭く髪かき上げたりしないでよ!」

「あ、ああ……ハハハ」

 手を下ろすと気弱に愛想笑いする姉が、ひどく不潔なものに思えてきた。

 こういう時に不用意に発言すると取り返しのつかないことを言ってしまいそうで、わたしは息を呑んだ。

 呑んだ息というのは、なにか言葉にしないと、これはこれで空気を悪くする。

 

「わ……わたし、生徒会長に立候補するんだ!」

 

 考えも無しに言葉が出てしまった。

 対立候補が出ない限り当選は間違いないんだけど、それでも当選もしないうちに言うのは、とても浅はかな気がする。

 頑張れよお姉ちゃん! という気持ちが屈折して出てきたのかもしれない。けど、やっぱ自己嫌悪。

「凄いよ真凡! わたし、ぜったい応援するからね! そうだ乾杯しよ乾杯!」

 お姉ちゃんはイソイソと冷蔵庫を開けビールとジンジャエールを持ち出しグラスになみなみと注ぎ、ジンジャエールの方を私の前に置いた。

「真凡の生徒会長就任を祝って……」

「ちょ、立候補だって!」

「通ったようなもんでしょ、対立候補出なきゃ」

「ま、まあ」

「ほんじゃカンパーイ(´∀`)!!」

 すかさずコロッケに飛びつくお姉ちゃん。

 ひょっとしたら、コロッケ食べたさだけだったのかも……でもいいや、あれ以上言っても実りがあるようには思えなかったし。

 それにしても、おいしそうに食べるわよね……。

 

☆ 主な登場人物

  •   田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •   田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •   橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •   橘 健二      なつきの弟
  •   藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •   中谷先生     若い生徒会顧問
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真凡プレジデント・4《なつきと勉強》

2021-02-25 06:07:15 | 小説3

プレジデント・4

なつきと勉強》       

 

 

 それほど勉強のできる方じゃない……わたしもね。

 

 だから、なつきの勉強をみてやるといっても大層なことはやらない。

「憶えたあ?」

「う、うん……自信ないけど」

「無くっていいよ、じゃ、問題五つほどやってみよう」

 シャーペンのお尻で例題と練習問題を示す。

 なつきが公式を暗記している間に、わたしはページを二枚めくって、次の公式を確認する。

 一枚めくったところには応用問題があるんだけど、それはパス。

 テストの2/3は基本問題だ。

 うちは上から数えて2/3くらいの偏差値。むつかしい問題はそんなに出ない。

 評定の5だとか4だとかを目指すんなら応用問題もやらなきゃならないけど、普通の3を目指すんだったら基本だけでいい。

 3というのは点数で50点から69点。実に20点の幅がある。

 進学や就職に向けての成績は評定で表される。だから、50点でも69点でも同じ3がつく。だから60点くらいのところを狙っていればいい。60点を狙えば55点くらいに落ち付く。

 だってそうでしょ、評定4を目指そうと思えば70点は取らなきゃならない。湯気が出るほど頑張って69点だったら、適当にやって取った69点と同じ評定3になる。

 そりゃ、うちのお姉ちゃんみたくスイスイ100点取っちゃう奴もいるけど、そんなの真似したら息苦しくってかなわない。

 まして、わたしの横で基本問題をやってるなつき……

 

「コラーーー!」

 

 なつきはコタツの下で可動式のフィギュアをいじっている。シャーペンのお尻でオデコを叩いてやる。

「イテ!」

「サッサとやる!」

「はーい(^#▽#^)」

 甘えた声を出して、渋々という感じで練習問題に取り掛かる。

「それやったら、次の公式ニ十回、例題二問やっておしまいだから」

「う、うん」

 

 わたしは、公式の確認を終えて世界史のノートを出す。ざっと読み直してポイントを絞りなおす。

 アンダーライン引いたところを全部なんてやれやしない。絞って外れるところも出てくるけど、ま、目標は評定3だ。

 なんとか終わって顔を上げるとフィギュアがアラレモナイポーズをとっている。

「もー、ちゃんとやれたの?」

「ほら」

 一応見てやる、五問の内の二つを間違えている。

「だめでしょ、単純な代入ミスなんかしちゃあ、ダラダラやってたら時間かかって嫌になるだけなんだから!」

「ちゃ、ちゃんとやるわよ(^_^;)」

 なつきが勉強できないのは能力じゃなくて、やる気だ。一時間ちょっとの勉強でフィギュアのポーズが三回も変わるようじゃね。

 なんとかノルマを果たすと階段をドスドス上がってくる音がする。

 

「コラ、健二!」

 

 ノラクラしていたなつきがスイッチが入ったように飛び出る。

――もう、靴下脱いでから上がれって、何度も言ってだろ! おまえ、汚ねーんだからさ!――

――ちょ、階段で怒るなよ、あぶねーからさ、け、蹴るなよ!――

 ドシンバタンと追いやる音と声が続く、弟の健二が帰って来たようだ。家と弟のことになれば、やっぱ立派にお姉ちゃんをやっている。

「健二、あんまりお姉ちゃん困らせんじゃないよ」

「あ、もう帰る?」

「送ってこうか!」

「ハハ、女の子をエスコートするには十年早いわよ。じゃ、また明日ね」

 框を下りると――ありがとうね、真凡(まひろ)ちゃん!――おばさんの声がお好み焼きのいい匂いと共に響く。

 営業中の時はお店を通れないので路地に面した玄関の方から出ていくんだ。

 

 路地を抜けると商店街。

 

 お肉屋さんの方から揚げ物のいい匂い。コロッケなんか買って食べたくなるけどガマンガマン。

 ナイスバディーじゃないけどブサイクというほどでもない。生徒会長に立候補するんだ、せめて普通はキープしておきたい。

 コロッケを我慢して少し行くと電気屋さん。店の中の4Kテレビが夕方のニュースをやっている。

 おすましした女子アナが首相の悪口同然のニュースを流している。ほんの三月まではお姉ちゃんがやっていた……こんどの女子アナはお姉ちゃんほどにはイケてない。

 すると、濃厚なコロッケの香りが後ろの方から。

 

 振り返ると、ジャージ姿にマスクした自堕落お姉が立っていた……。

 たった今の感想返してよ。

 

☆ 主な登場人物

  •   田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •   田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •   橘 なつき    入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  橘 健二     なつきの弟
  •   藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •   中谷先生     若い生徒会顧問

 

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真凡プレジデント・3《とてもキュート》

2021-02-24 06:17:11 | 小説3

プレジデント・3

とてもキュート》       

 

 

 お好み焼き『たちばな』は少し広い。

 

 四人掛けのテーブルが四つに最大十人が掛けられるカウンター、そして奥に小座敷がある。

 三時から五時までがアイドルタイムなので、小座敷で試作品を頂く。

 

 オーーーーー!

 

 遠慮のない歓声を上げるわたし。

 二口目でコンニャクに行きついて、その意外な食感と味に驚いた。

「こんどのコンニャクは違いますね!」

「でしょ、去年はただのコンニャクだったけど、今度のは刻みを入れてマル秘の下味が付いてんの」

「これ、絶対売れますよ(^▽^)/」

「うん、真凡ちゃんのお墨付きなら間違いないわね」

 おばさんは自信たっぷりだが娘のなつきは苦笑い。

「美味しいけど、下ごしらえ……」

「慣れたら半分の時間でできるから大丈夫」

 

 お店はおばさんとパートのおばちゃんとで切り盛りしているが、ピークになるとちょっとキビシイ。

 しかし、根っから楽天家のおばさんは意にも介さず、やる気満々。

 

「ここに行きつくまでにはね……」

 おばさんの苦労話は、いつも面白い。喜怒哀楽をうまく表せず「興味の薄い奴」とお姉ちゃんには言われる、意識すれば、それなりのリアクションもできるんだけど、それは気疲れのする演技なんだ。おばさんの話にはいつも気楽にケラケラ笑える。なつきにこの半分もあればと思うんだけど、言って身に付くもんでもないから言わない。

「おかみさん、時間ですよ!」

 パートの篠田さんがエプロンを掛けながら声を掛ける。

「あ、あらやだ、いつの間に!?」

「真凡、二階いこ」

「うん、急ご」

 当たり前だけど、勉強はなつきの部屋でやる。立ち上がった拍子に口の開いたままのカバンを蹴飛ばして中身をぶちまけてしまった!

「アチャーー」

 オッサンみたいな声が出て、拾おうとしたら、おばさんが機先を制する。

「あら、生徒会長に立候補!?」

 おばさんは目ざとく会長候補用とスタンプの押された『立候補者心得』の書類を発見したのだ。

「それはお祝いしなくっちゃ!」

 篠田さんまでハッチャケそうになるが「当選したわけじゃありませんから」と固辞して二階への階段を上がる。

 

「応援するからね真凡!」

 

 階段を上がりながら頬を染めてなつきが拳を握る。

 なつきのガッツポーズ、とてもキュートだ。

 このキュートさは自覚が無くって、気心の知れた人にしか見せない。意識してやったら、ちょっと嫌味になるから、本人にも言わない。たまに出た時に――オオ( ゚Д゚)!――と、わたし一人、密かに喜んでいる。

 いつか偶然にでも写真に撮れればいいくらいに思っている。

 と言いながら、バシャバシャ写真を撮るような趣味はないんだけどね。

 スマホの写真を撮る時って、無神経な感じになる人が多いと思うんだ。

 たまに撮ったりすると「なんだか鑑識のオジサンが証拠写真撮ってるみたい」と姉に言われてしまうしね

 

☆ 主な登場人物

  •   田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •   田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
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真凡プレジデント・2《橘なつき》

2021-02-23 05:48:54 | 小説3

プレジデント・2

《橘なつき》       

 

 

 フルネームは田中真凡(たなか まひろ)。

 

 苗字は平凡なのに、名前は非凡。

 マヒロとはなかなか読んでもらえない。シンボンとかマフ(凡を風の略字と勘違い)とかマホ(帆と凡は一瞬間違える)とか読まれる。マヒロと主張しておいても元来影の薄いルックスとキャラなので直ぐに忘れられて平凡な方の田中で呼ばれる。

「二年A組の田中……さん、立候補ありがとう、ちゃんと受理させていただきます」

 立候補の届け出をしにいくと、藤田先生は席を外していたので、もう一人の中谷先生に書類を渡す。

 中谷先生はお礼を言ってくれるのだけど、真凡(まひろ)が読めなくて苗字の後に間が開いてしまう。

「すみません、ルビ振っておきます」

 名前の上にタナカマヒロと付け加える。

「タナカマホさんね、ありがとう」

 間違っているけど訂正はしない。パソコンに打ち込むときにはきちんと見てくれるだろうし、今の中谷先生は新任二年目の先生らしく教材研究に忙しそうなのでね。

 

 それに、今日の放課後はわたしも忙しい。

 

 特別な用事じゃない、掃除当番なのですよ。

「ごめん、待たせちゃったわね!」

 清掃区域の本館外階段に行くと、相棒の橘なつきが二人分の掃除用具を持って待ってくれている。

「ううん、なつきも来たところだし」

 気弱な笑顔でホウキを渡してくれる。

「じゃ、上やるから、なつきは下お願いね」

「うん」

 外階段は四階~三階の上と、二階~一階の下に分かれる。

 わたしはいつも上をやる。

 ごくタマになんだけどタバコの吸い殻が落ちていたり、カップルが居たりする。

 そいいうイレギュラーなことになつきは弱い。どう対応していいか分からずにオタオタしてしまう。

 なつきは中学ではチョイ悪だった。

 まあ、周囲に流されてのチョイ悪で、気弱な性格から悪ぶらざるを得なかったんだ。

 入学以来の付き合いで、そのへんのところはよく分かっている。だから、わたしが上に回る。

 二階まで終えると、下を掃き終えたなつきが塵取り片手に待ってくれている。

 

「真凡……新しいメニューができたんだ」

 

 掃除が終わると小さな声でなつき。

「そっか、もうそんな時期なんだ」

「え、あ、そだね……」

 これだけで理解し合って、なつきの家に向かう。

 

 なつきんちはお好み焼き屋さん。

 時々メニューを変えては、それを理由に試食に行く。

「こんどのは、こんにゃくが入ってんの」

「こんにゃくって、去年の夏も……」

「こ、こんどは進化系だし(;'∀')!」

 ムキになるなつき。

 

 じつは、なつきの試験勉強に付き合うのだ。

 なつきはギリギリの成績で受かっている。

 だから授業についていくのが厳しい。

 わたしも、そうそう勉強のできる方じゃないけど、なつきほどじゃない。

 もう、きっかけは忘れたけど、試験前には勉強に付き合うようにしている。

 なつきも当てにしているんだけど、言い出せないので「新メニューができたから」と振ってくる。

 なつきのお母さんも――わたしもメニュー考えるのが楽しくなってきたから――と言う。

 世の中、こういう微妙な心配りで成り立っているんだよね。

 

 それに、なつきはわたしの真凡の読みを一発で覚えてくれた子でもあるしね……。

 

☆ 主な登場人物

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  •   藤田先生     定年間近の生徒会顧問
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真凡プレジデント・1《いくつかの理由》

2021-02-22 06:09:47 | 小説3

プレジデント・1

《いくつかの理由》    

 

 

 第一の理由は二年生になったこと。

 

 二年と言うのは、もう高校生活が半分過ぎたのと同じ。

 だって、三年の一学期には進路は確定してしまうんだよ。

 そうでしょ、三年生はクラスそのものが進路別だし、一学期の終わりには就職にしろ進学にしろ行先が決定する。

 おまえなら……だいたいこんなとこだな。

 担任が、そう言って見せる資料には五つ六つの候補が上がるんだろうけど、みんな似たり寄ったり。

 なにも、卒業後の進路だけで一生が決まるわけじゃない。

 だけど、わたしって冒険するタイプじゃないからね、たぶん結婚するまで(するとしてね)の人生が決まってしまうと思うよ。

 

 第二の理由はお姉ちゃん。

 

 お姉ちゃんは三月で仕事を辞め、マンションも引き払って家に戻って来た。

 お姉ちゃんはいわゆる女子アナで、同年代の女性の中では勝ち組だと思っていた。

 妹のわたしが言うのもなんだけど、ルックスはいいし勉強はできるし(なんたって東京大学を出てる)人当たりはいいしスポーツは万能だし、他にもいろいろアドバンテージなんだ。

 そのお姉ちゃんが、一か月余りでひどく劣化した。

 ジャージ姿で一日を過ごし、連休からこっちは、ほとんど外にも出なくなった。

 もう東大出身勝ち組女子の面影もない。

 正直、こうはなりたくないという女子の見本のようになってしまった。

 

 わたしはお姉ちゃんのように美人でもなく勉強もできないしスポーツも苦手、人付き合いも最小限度で済ますというかできない。

 子どものころから存在感のないことおびただしく「あ、いたんだ」とか「忘れてた」とか言われることがしばしば。

 たまにお姉ちゃんと歩いていると、視線がお姉ちゃんだけに集まる……のはまだいいんだよ。

「えと、そちらは?」と人が聞いて「妹です」とお姉ちゃんが応える。で、たいていの人が「え!?」と言う顔になる。

「似てませんね」というようなデリカシーのない人はめったに居ないが、みんな、とんでもなく意外そうな顔になる。

 だから、もう三年くらい姉妹並んで歩くなんてことはしたことが無い。

 

 三つ目の理由は、藤田先生が困っていたから。

 

 藤田先生は来年で定年のオジイチャンなんだけど、仕事っぷりは誠実。

 不器用なところに親近感。藤田先生から誠実を抜いてしまったら……たぶん抜け殻。

 その藤田先生が困り切った顔で中庭のベンチに座っていた。手にはなにやら書類……後ろからチラ見。

――ああ、生徒会選挙の時期か――

 藤田先生は生徒会の顧問の一人で、立候補者の発掘をしているようなのだ。

 書類は目ぼしい生徒のリストで、十何人プリントされた名前にはことごとく二重線が引かれている。

 つまりは、声をかけたけどことごとく断られてしまったということらしい。

「お、まひろか……」

 一言あって、気弱な微笑みを浮かべると、先生は再び書類に熱中し始めた。

「……ども」

 わたしも、そっけない返事して、その場を離れた。

 その時は、自分が立候補するなんて毛ほども思わなかった。むろん、藤田先生も論外というか、気にもかけていなかった。

 

 でもね、五時間目が始まる前に〔生徒会長〕を電子辞書で調べてみたんだ。

 

 the president of the student council ……と出てきた。

 

 council(カウンシル)が生徒会、presidentが会長ということなんだ。

 

 プレジデント!

 この英訳の言葉で、わたしは決心。

 これが四つ目の、でも、一番大きな理由。

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・68『もう妹は憎たらしくない!』

2021-02-21 06:43:43 | 小説3

たらしいのにはがある・68
『もう妹は憎たらしくない!』
         

 

 

 大阪に戻ったわたしたちにすることはなかった。

 度重なる戦闘で、わたしも優子も状態が悪く、もうメンテナンスの仕様もなかったのだ。
 二人とも生体組織が壊死し腐敗が進んできたので、亜硫酸のタンクに漬けられて生体組織を溶かし、スケルトンの状態にされた。この状態が裸になって股間にドレーンを挿入されてメンテナンスする何倍も恥ずかしいことであることを、わたしも優子も自覚した。
「わたしのスケルトンの方がキュートよ!」
「なによ、わたしの顔のスケルトンの方がかわいいもん!」
 最初はじゃれあいのようだったが、互いの機能が低下してくると、憎まれ口もきかなかくなってきた。
 見かけは上半身と下半身に裂かれてしまった優子がひどかったけど、わたしはPCに受けたダメージが意外にひどくて五日目には言語サーキットがいかれてしまい。CPにケーブルを接続しなければ意思表示も出来ない状態になった。

 わたしには、ユースケに取り込まれる前の義体が残っていたけど、それにCPの中身をインスト-ルすると、わたしの半分であるお兄ちゃんの人格が復元できないことが分かった。お兄ちゃんを殺すことはできない。東京で、あれだけの働きができたのは、お兄ちゃんとねねを融合したからこそのことでなんだから。
 優子のCPは、比較的安定していたけど、CP内に収容していた脳組織が弱ってきた。一度は取り出そうとしたけど、そのオペレーションに優奈の脳組織が耐えられる確率は30%もなかった。それに、取りだしたとしても、寿命は半年がいいところ。

 最初に崩れたのはお母さん。

 娘と息子を同時に失おうとしているのだ、無理もない。羊水に漬けられたお兄ちゃんを見ては涙になり、モニターを通じての幸子との会話も、CPの寿命を延ばすため最小限度におさえられていたため、ある日、緊急事態用の手榴弾を持ち出したところを、アラームに気づいた水元中尉に、爆発寸前に助けられた。お父さんは、そんなお母さんをただ抱きしめることしかできなかった。

 東京は、あれからしばらく平穏なように見えたけど、グノーシス同士の争いが激しくなり、国防省のCPは事実上ダウンしていた。
 市民生活は平穏そのものに戻ったんだけど、毎日グノーシス戦士の遺体や破壊されたロボットが発見される。彼らは最後の瞬間に、一般人や、普通の車に擬態するので、身元不明の遺体や、事故車が増えた程度にしか、一般には認識されていなかった。国防省のCPは甲殻機動隊が肩代わりして、日常の業務に差し支えないようにしていたが、それがC国やK国に見破られるのは時間の問題だ。

 そんなある日、T物産のトラックが真田山駐屯地へやってきた。

「厨房機器の納品です」
 初老の運転手が窓越しに書類を渡した。
「話は聞いています。念のためスキャナーにかけますので、トラックごとそのセンサーの間に入ってください」
 門衛の下士官に言われ、初老のオッサンは、ゆるりとハンドルを切った。
「ああ、T物産の高橋さんですか。T物産の総務の神さまですね。調達品の取引じゃ、下手な営業さんより話がしやすいって、親父も言ってましたよ」
「あ、あなた営繕課にいた牛島准尉さん……の息子さん!? いやあ、時代ですなあ」
「今日は、総務が配達ですか?」
「来月で定年なもんですからね、ちょっとわがまま言って、若い頃に回ったところを一つ一つ回らせてもらってるんです」
「メカニックの方は女性なんですね」
「身元や経歴はスキャン済みでしょうが、厨房関係は女性の方が分かりがいい。それに……」
「チーフの方は、陸軍の予備役なんですね」
「そうよ。ずっと給養員のボスやってたから、ここの給養装備もみんな見たげる」

 そうして、この御一行は、地下のシェルターにやってきた。

「高橋課長!」
 お父さんが、すっとんきょうな声を上げた。
「いやあ、一別以来……と言いたいが、佐伯さん。あなたとは初対面です」
「え……」
「高橋さんの体を借りている。向こうのグノーシスのハンスと申します」
「グ、グノーシス!?」
「まあ、こっちにもいろいろありましてな。今日は里中副長の依頼で来ました」
「もう、恥も外聞もなく、お願いしました」
「一応、隊長にもごあいさつを……」
 そういうと、ハンスは、優子と同名の幼女に挨拶をした。
「困るなあ、ハンス。ずっとバレないできたのに」
「これからは、あなたの指揮が重要になりますから」
「ゆ、優子、どうしたの!?」
 佳子ちゃんがうろたえた。
「潜在能力が優れてるんで、二年前からやってるの。甲殻機動隊の隊長としてのアビリティーだけは高いけど、あとはお姉ちゃんの妹だから、これまで通りよろしく。じゃ、あとは副長よろしく」
「承知しました」
 里中副長が、上官に敬礼するところを初めて見た。
「じゃ、かかろうか」
 三人の女性スタッフのオーラには、なにか懐かしさを感じた……あ、ビシリ三姉妹!

 大げさな作業になるのかと思ったら、わたしたちと持ち込みのCPをケーブルで繋いだだけである。
 ミーと思われるビシリが、すごい早さでキーボードを操作した。とたんに、わたしの意識が飛んだ。

「お、溺れる!」 

 そう思ったら、急速に羊水が抜かれ、俺は久々に太一に戻った。

 気づくと空のアクリルの水槽の中で、俺はひっくり返っていた。で……みんなの視線が俺に集まった。
「キャー!」
 佳子ちゃんとチサちゃんは同じような悲鳴をあげて、それでもしっかり裸の俺を見ていた。
 ビシリのミルが目隠しに立ってくれ、ミデットが、取りあえずの服を一式を、タオルとともに投げ入れてくれた。
 水槽から出たとき、優子と真由のスケルトンは死んでいるように見えた。
「移植急ぐぞ」
 ハンスが、高橋さんの姿で命じた。ビシリ三姉妹が、厨房機器の箱を開けると、中から優奈が現れた……!?
「義体だけどね、脳を移植すれば本物になる」
 ビシリ三姉妹は、優子のスケルトンの口を開けると、大きめの注射器のようなものを取りだし、優奈の前頭葉と脳幹の一部を保護液といっしょに取りだし、優奈の義体の喉の奥からCPに挿入した。
「だいぶ弱っているな……」
「はい、なにか刺激がいります」
 ミーが答えた。
「仕方がない、祐介がユースケになった今までの記録をダウンロ-ドしよう」
 微かな起動音がして、優奈がピクリとした。それから、血の気がさして、閉じた目から涙がこぼれ落ちた。
「これで、祐介のことは愛情を持って理解した。残念ながら、太一への愛情を超えてしまったけどな」
「それはいいんです。祐介の気持ちは分かっていたし、こうあるのが自然です」

 優奈が意識を取り戻し、起きられるのに一時間ほどかかった。そして優奈が元に戻った頃、幸子とねねちゃんが戻ってきた。

「お兄ちゃん、みんな!」
「お父さん!」

 幸子は、ユースケが使っていた義体に、優子から分離した幸子のパーソナリティーをインストールしたのである。
 完全な幸子に戻っていた。プログラムモードではなくニュートラルで、幸子は憎たらしくなかった。

「わたし、自然にしていても世界は壊れないのね!」
「ああ、半分賭けだったけどね。これで僕たちも希望を持って前に進める」
 ハンスが、珍しく嬉しそうに言った。
 ねねちゃんも義体で、ここまで自然になれるのかと思うほど人間らしかった。
「これは、太一、キミのおかげだよ」
 里中副長が言ったとき、急に空間が歪み、全員がショックを受けた。

 目の前に、傷つき果てたユースケが現れた。

「もう空間移動の技術も覚えたんだね」
「そうしなきゃ、生き延びられないんでね……優奈!?」
「祐介、ごめんね。いままで祐介の気持ちに気づいてあげられなくて。こんなに苦労して、こんなに傷つき果てて」
「で、でも、どうして……」
「舞洲で殺されたとき、わたしの脳の一部をサッチャンが保存してくれていたの。体は義体だけど、心は優奈だよ。祐介の優奈だよ!」
「そんな……でも、オレは幸子を殺さなきゃならないんだ!」
「もう、その必要はない。グノーシスの間でも休戦協定が結ばれた。君も、いつまでも、そんなロボットに取り込まれていなくてもいいんだよ」
「そうよ、祐介!」
「オ、オレは……ウワー!」
 ユースケは悶え苦しんだ。危ないので優奈を引きはがそうとした。
「このままで……祐介! 祐介!!」

 やがて、ユースケは動きを止め、静かにボディーが開くと祐介がこぼれ出てきた。

 
 そして、妹の幸子はニクソクはなくなった……。


『妹が憎たらしいのには訳がある』  シリーズ・1 完

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・67『C国多摩事変・2』 

2021-02-20 06:19:17 | 小説3

たらしいのにはがある・67
『C国多摩事変・2』
         


     


 300機のチンタオは二世代前のロボットであるために今のC国のコードも通用しない。

 私たちから連絡を受けたC国大使館は、すぐにチンタオたちに「行動中止」のコマンドを二世代前の様式で送ったが、彼らは通常のコマンドコードを受け付けず、C国大使館そのものを敵と見なし、攻撃を加えてきた。C国大使館は、自動でバリアーを張って無事だったが、周りの建物に被害が及んだ。Rヒルズの南側の窓ガラスは全部割れてしまった。
 国防省の対応も早く、阿佐ヶ谷駐屯地は、ミサイル発射の熱源に向けて反撃の地対地ミサイルを撃ち込んだが、ステルス化したチンタオたちはすでに移動したあとだった。

 ユースケは、首都防衛の精鋭ロボット部隊〔ロボコン〕を送った。彼らは国内最精鋭部隊で100機のロボコンで構成され、司令機の一機を上空で待機させ、3機編成の33の小隊に、それぞれ指令を送った。

 ロボコン部隊は、チンタオの初期ステルスを易々と見抜き、あっと言う間に半数を多摩地区で撃破した。それから残ったチンタオ達は、カメレオンのようにステルスのモードを変換し、都心部へと近づいてきた。
 都心は、100機以上のチンタオの攻撃を受け、あちこちで大惨事が起こった。ミサイル発射直後の熱源を衛星で探知し、その後20分でさらに50機のチンタオを撃破、擱座させた。
 チンタオは旧式ではあるが、偽装については能力が高く、都心に入ってきたものは、熱源を市販の自動車と変わらないものにし、トンネル内で、荒川で見かけたバンに擬態化し、都心の中枢に向かっていった。
 ロボコン部隊は、強力なセンサーで擬態するチンタオの速度に次第に追いつき、一機、また一機と撃破していく。

 わたしと優子は、ロボコンを除けば、数少ないチンタオのステルスが見破れる個体なので、彼らが目標としている新宿の国防省に向かった。新宿では、まだ市民に情報が行き渡っておらず。あちこちで交通事故や混乱が起こっている。
「あのバン、チンタオよ!」
「任せて!」
 わたしは腕のグレネードを発射した。徹甲弾モードにしたグレネードは、チンタオの内部に入って爆発するので、そんなに破片は飛び散らない。しかし程度問題で、数千個の大小の部品が凶器になって、あたりに飛び散る。わたしたちは、一度に一万個の目標を追尾する能力がある。飛び散った破片がどのような軌道を描くのか瞬時に計算し、危険の高い破片から対応する。ごく小さなものは目に仕込まれたレーザーで蒸発させ。それ以上のもので脅威にならないものは放置する。

――三時の方向の破片オッサンに!――

 真由の指示でジャンプ。オタオタしているオッサンにしがみつく。若い女にしがみつかれたと思ったオッサンは一瞬ニタリ。直後背中に衝撃、チタン合金の肋骨の下の柔らかい生体組織に突き刺さる。
「おじさん、早く逃げてね。都庁の方角が安全」
 そうアドバイスしながら、背中の破片を抜く。血が噴き出し、オッサンの顔にかかった。
「ごめん……」
 腰を抜かしたオッサンを尻目に、国防省へ急ぐ。真由も女の子を庇って首に破片が貫いている。両手両足のグレネードを使ったので、関節の生体組織が破れ、わたしたちは血みどろになった。
 国防省の構内に入ると、弾薬庫を目指した。もう手持ちのグレネードが切れてしまっている。
「甲殻機動隊。少し弾薬を分けて」
 相手はロボット兵だったので、0・1秒でIDを認識して弾薬庫に入れてくれた。
 両手足にグレネードを装填し終えた時に衝撃がやってきた。
「バリアーが破られた!」
 外に出てみると、国防省の東側のバリアーが破られていた。周囲の破片から三機のチンタオが同時に突っこんできたことが分かった。もう一機は、わずかに間に合わなかったのだろう、植え込みのところでデングリカエって黒煙を上げている。バリアーはすぐに回復を現す薄いグリーンになっている。
「お前達も大変だったな」
 ユースケが声をかけてきた。
「CICにいなくていいの?」
「ああ、やつらの目標はCICのコマンダーのオレだ。いっそ外に出た方が始末が早い」
「最後の1機が突っこんでくる!」
「司令機よ!」
 わたしと優子とユースケは、瞬時に同じコマンドコードになり、二百キロの速度で構内を走り回った。
 もう、グレネードを撃っている暇もない。
 直前で司令機は三つに分離し、三人それぞれに向かう姿勢を示したが、これはブラフであった。ユースケのコマンドコードを正確に読み取った司令機は、ユースケに集中した。
 優子は、その前に身を投げ出した。

 ドッゴーーーーーン!!

 強烈な炸裂音がして、司令機も優子もユースケも吹き飛んでしまった。

 優子は、正面で、まともに受け止めたので、胴体のところで千切れてしまった。生体組織がぶちまけられ凄惨な姿ではあるが、頭部は無事だったので元気ではある。
「優子、世話かけちまったな」
 片腕を失ったユースケが優子の顔を覗き込む。
「ハナちゃんが来るわ」
 そう言うと、二人とも安心したようだ。
「優子、おまえがサッチャンだってことは分かっているけど、そっちの勝負は当分お預けな。フェアにいきたいからな」

『いやあ、神楽坂も、マンションは爆破されるわ、新宿の方から人が逃げてくるわで大変でした』
「遅れた言い訳?」
「いいじゃん、ハナちゃんも大変だったみたいだから」
 同期した優子とハナちゃんは、情報を共有したようだ。
「木下クンは……」
『……なんとか、人間の形にして、あとのお世話はお願いしてきました』
「ありがとう……わたしたちもメンテナンス大変なんだろうな」
「もし、わたしのCPの中に優奈が生きてるって分かったら……ユースケ、どうしただろうね」
「生きてるって言っても、前頭葉の破片でしょ」
「今の戦闘で活性化が進んでニューロンが伸び始めてる……」
「それって……」
「フジツが量子コンピューターの小型化に成功したって情報あるから」
「復元……」
「やってみる価値はあるかも」
「よし、急いで帰ろう!」
『了解!』
「「うわ!」」

 ハナちゃんは急発進して、一路大阪を目指した……。

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

 

 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・66『C国多摩事変・1』 

2021-02-19 06:06:30 | 小説3

たらしいのにはがある・66
『C国多摩事変・1』
         


      


 よくある漢方薬の注文のメールだった。一日に数万件はあるうちのほんの三百件ほど。

 木下が、おかしいと思ったのは、それらが多摩ニュータウンに集中し、商品が、今はほとんど注文のない強壮剤だったからである。
 多摩ニュータウンは人口減少と多摩局地戦の影響で、規模が2/3に縮小され、高齢者の人口は減っている。

 勘の働いた木下は、そのうちの一軒を覗いてみた。

 内務省が極秘で持っている世帯個別調査のコードを使った。これを使えば、各世帯のテレビ内蔵のカメラや、PCカメラ、防犯カメラの映像を瞬時に覗くことができ、住人の個体識別もできるというスグレモノである。映された映像は、若い夫婦が子孫繁栄のための、ごく個人的な行為の真っ最中で、まちがっても強壮剤などは使わない。

「あ……」

 それはハッカーとしての直感であった。
 これは初歩的なハッキングによる情報操作だ。木下は受信先のアドレスを徹底的に洗った。
 その結果、今は壊滅した対馬戦争時代のC国陸軍の情報部宛になっていた。
 そこで木下は、その情報部のコードを偽造し、注文主に確認のメールを送った。すると、そこには、二世代前のチンタオ型、それもステルスタイプのロボットが十数台集結しつつある映像が映った。

「こいつはスリーパーだ……こないだのは、そのうちの一機にすぎなかったんだ!」

 チンタオ7号は考え、ついさっき再起動したことを偽装電で送った。宛はチンタオ統合情報部である。そこから、再起動確認の偽装電が送られてきた。他の300台にも短波無線で情報を流し、全てのロボットが再起動の連絡をやりなおした。
 すると今度は、チンタオ統合情報部からではなく、彼らが以前稼動していたころには存在しなかった陸軍中央情報局から、暗号文で活動停止の電文が送られてきた。チンタオたちはこれをフェイクと考え、最初の再起動確認の電信を送ってきた者を敵と見なし、その発信源を突き止めた。

「しまった、こいつらCPを並列化して捜索してやがる」

 こんな事態になるとは思っていなかったので、簡易偽装と通り一遍の迂回しかやっていない。いかに二世代前とは言え並列化したCPなら数分で、ここを特定するだろう。

 木下は、CPを使ってワルサはするが、ごく身近な人間には「親切」な男である。
 となりの真由と優子を助けてやろうと思った。PCの一つを覗きモードにすると真由と優子の部屋が見える。就寝準備のため、布団をしいて、パジャマに着替えている。
「いつ見ても、真由ちゃんのオッパイってかわいい……いかん、今は、そんな状況じゃない!」
 木下は、慌てて隣の部屋に行きドアを叩いた。
「真由、優子、すぐに逃げろ、間もなくミサイルが飛んでくる!」
『なに言ってんの。あたしたち、もう寝るとこだから』
「寝ちゃダメだ、逃げなきゃ!」
『おやすみなさ~い』
「くそ!」
 木下は、二人の乙女を助けるべく、ドアを蹴破って中に入った。

 部屋の中はもぬけの殻だった。

「真由、たいへん。木下クンが、あたしたちの部屋に入った」
「え、ほんとだ」
「あいつ、チンタオのスリーパーに気づいて、あたしたちを助けようとしてるんだ!」
 その時、渋谷にいた二人の上空を一発のミサイルが飛んでいったのが分かった。
――木下クン、逃げて!――
 わたしは部屋のPCを起動して、思念で呼びかけた。それが音声化されて木下の耳には届いたが、パニックになっている彼は、とっさには理解できなかった。

 そして、数秒後にミサイルは、マンションごと、木下を吹き飛ばしてしまった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

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妹が憎たらしいのには訳がある・65『荒川事件』

2021-02-18 06:22:27 | 小説3

たらしいのにはがある・65
『荒川事件』
         


     

 

 探すのにずいぶん時間がかかったよ。こちらも、それだけに構っていられなかったんだけどね。

 ホンダN360Zは、入力したコースを離れ、荒川の河川敷に停まると、そう話しかけてきた。

「油断したわ」
『いや、ここまで隠れていたんだ、大した者だと誉めておくよ』

「だれ!?」
 優子が腰を浮かしてドアロックに手を掛ける。
「待って優子、この声……ユースケね?」

『その名前は気に入っているよ。祐介は完全に取り込んだけど、このロボットの行動や思考の力は祐介の想いが原動力になっているからね』
「……祐介は、どうなっているの?」
 抑えた声で優子がたずねると、ダッシュボードのモニターに赤ん坊のように丸まった祐介の姿が映った。粘膜や血管のようなものが繋がり繭のようなものの中で眠っている。
『そして、これがわたし……ユースケのMCPだよ。どうせ君たちのスキャン能力じゃ分かってしまうことだろうからね。友好のシルシにお見せしておくよ』
「ホンダN360Zの擬態はやめたのね。どこにでもあるアズマの大衆車だわよ、これじゃ」
 わたしの不満にユースケは、正直に答えた。
『わたしも、あれのほうが好きなんだけど、目立つからね、山手線のガードを潜った時に変えた。ちょうど周りはアズマの同型車が四台も走っていたからね。途中、衛星の目の陰になるところでシリアスもナンバーも何度も変えたよ。見てごらん、営業の途中に休息をとっているアズマが、この河川敷に何台もいるだろう』
「なるほど、都心の道路じゃ、すぐに交通監視員のオジサンがやってくるものね」
『窓開けていい?』
「いいわよ」

 オートで窓が開いた。広い荒川の川風が吹き込んできて気持ちがいい。

「子供の頃、こういう河原で石投げをしたものよ。ちょっとやってもいい?」
『それは、話が済んでからにしてもらえないか。君たちのノスタルジーに付き合うために、ここまで来たんじゃないんだから』
「ち……」
『それに、うかつに外に出て走り回られちゃ、擬態を解いてロボットの姿に戻らなきゃならないからね。休憩をとっているサラリーマン諸君の邪魔はしたくない』
「ま、とにかく話を聞いてみようよ」
『友好的な態度に感謝するよ』
「で……?」
『C国が予想以上に我が国に浸透してきている。M重工の重役にハニートラップがかけられていた事でも分かるだろう?』
「ええ、あれはショックだったわ。C国の技術が、あそこまで進んでいるとは思わなかった」
『的場みたいな抜けたやつが防衛大臣をやっていたからな。民自党の時代に相当やられてる。それだけじゃない。君たちが多摩でクラッシュしてくれた古いロボットの他にも、相当なスリーパーが潜り込んでいるようで、対馬を中心に、周辺海域をしらみつぶしにあたっている』
「で、その間は、グノーシスの仲間割れは中断なのね」
『ああ、この国がなくなっちゃ元も子もないからね』
「だったら……」

 わたしと優子は手話に切り替えた。

――向こう岸の、ミッサンのバンに気を付けて――
――上空をノンビリ飛んでるアズマテレビのヘリコプターにもね――

 そのとき、ミッサンのバンが方向転換をしたかと思うと、ヘッドライトから対地ミサイルを、こちら岸のアズマの営業車に撃ち込んできた。

 ズッドーン! ズッドーン!

 二台目が吹き飛んだとき、わたしたちはドアから飛び出し、ユースケはアズマの擬態を解いてロボットの姿に戻って荒川をジャンプ、ミッサンのバンの擬態を解きつつあるC国のロボットに飛びかかっていった。すると上空をノンビリ飛んでいたアズマテレビのヘリコプターが、空対地ミサイルをユースケ目がけて発射した。ユースケは予定進路を変え、同時にジャミングをかけた。
 わたしたちが義体であることに気づくのには、少し時間がかかり、わたしたちは擬態を解いたC国のロボットの後ろにまわり、至近距離から手首のグレネードを四発首筋にお見舞いし。ロボットは擱座した。真由の二発で間に合ったので、わたしは上空のアズマテレビのヘリコプターを撃って、重力誘導で荒川の真ん中に墜落させた。

「ビックリするよね」
「あ、ユースケ、フケやがった」

 あちこちで、アズマの車や、ロボット、ヘリの残骸が燃えている。わたしと優子は体温を地面と同じにし、衛星のサーモセンサーにかからないようにして、すぐに街中に逃げ込んだ。

 これが、C国多摩事変と呼ばれる局地戦争の始まりだった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
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  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

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妹が憎たらしいのには訳がある・64『オーマイガー!?』

2021-02-17 06:17:36 | 小説3

たらしいのにはがある・64
『オーマイガー!?』
         

     


 それから、表面上は穏やかな学生生活が続いた。

 裏ではいろいろあった。

 春奈の父親は、C国のハニートラップ、それもロボットに騙され情報を流し続けたということで、他社や自社の重役や役人達といっしょに社会的に抹殺され、今は長崎に帰って妻と少しずつ「夫婦」に戻りつつあった。春奈は、これを機に東京での学生生活に本腰を入れた。むろん宗司のサポートがあってのことだが。
 日本政府とC国の関係は一触即発の状態になり、グノーシスの仲間割れも休戦状態で、隣の木下クンのところからも、日本とC国の腹のさぐり合い以上の情報は流れてこず、緊張を孕んだ平和が続いた。

 そんな中、W大の理工学部と自動車部の肝いりで自動車ショーが開かれた。

「足としての車 足は第二の頭脳である」

 もっともらしいコンセプトで、自動車部が持っているガラクタ同然のクラシックカーに理工学部が適当な解説をつけ、お祭り騒ぎをやろうという学生らしい企みであった。
 むろん参加料はタダだが、自動車メーカーや玩具メーカーとタイアップしてブースを出してもらい、一稼ぎしようという目論見。
 企画は、我らが「となりの木下クン」で、彼自身ネット上にブースを設け、中古車から、クラシックカーのパーツ販売の仲介までやって稼いでいた。宗司クンは、スーパーの知識と料理の腕をを生かし、友人とB級グルメの店を出して楽しんでいた。宗司クンの出店は、いわば客寄せで、ほとんど儲けはないが、趣味人として楽しみ、春奈も喜々としてウェイトレスをしている。
 
「この車かわいいね」

 優奈が一台のクラシックカーに目を付けた。ホンダN360Zと表記された車は「古典的未来の魅力」というキャプションが付いていた。
 百年前の車だけど、21世紀に対する無垢なあこがれがフォルムに現れていた。21世紀を感じさせるフロントグリル、コックピットと言っていいような乗車スペース。大胆な黒縁のハッチバック。切り落としたような車体後部。
「極東戦争の前にヒットした『オーマイガー!!』に出てくる車だよ」
「主人公のマドカが『ファルコンZ』って名前付けて、イケメンの外人講師乗せたり、過去の世界に戻って、高校生時代の母親を助けたりするんだよね」
 優子は、頭脳の元になっている幸子か優奈が好きだったんだろう、『オーマイガー!!』の映画への思い入れと知識に詳しい。
「良かったら試乗してください。オートでしか運転できませんが、時代の雰囲気は満喫していただけます」
 W大生にしては、可愛いミニスカ・キャンギャルの女の子が、にこやかにドアを開けてくれた。

「ウワー、カッチョイイ!」

 その一言で、わたしは優子といっしょに「コックピット」に乗り込んだ。
「うわー、これ音声認識もしないんだ!」
「はい、三世代前の手動入力になっています」
 キャンギャルの子が、目をへの字にして、興味をそそる。
「じゃ、神楽坂に出て、渋谷……」
 優子が、山手線の内側をなぞるようにコース設定をした。
「ウウ、たまらん、このアナログ感!」
「ファルコンZ、しゅっぱーつ!」
 優子が、映画のマドカのように声を上げた。
 車が一般道に出るまで、キャンギャルの子は笑顔で手を振っ見送ってくれた。

 車が見えなくなると、キャンギャルはへの字目のままブースの陰でミニのコスを脱ぎ捨て、隠しておいた国防軍のレンジャーのユニホ-ムになり、迎えに来た高機動車に乗り込んだ。

 木下クンも、宗司も春奈も、会場の誰も気づかなかった……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・63『たとえ真実でも』

2021-02-16 06:26:14 | 小説3

たらしいのにはがある・63
『たとえ真実でも』
         

           


「……勘だけど、あの女の人はロボットのような気がする」

 マンションに戻る途中、春奈と宗司がマンションを出て駅に向かって居ることがGPSで分かった。
そして、最初に飛び込んできたのが、宗司のこの言葉だ。傷心の春奈を慰めてやりたい気持ちからなんだろうけど当たっている。

 二人は無言だった。

 春奈が涙をこらえ、宗司が今の言葉を後悔しながら春奈の気持ちを引き立てようとしていることが、無言の息づかいや、足音などから分かった。

「言葉なんか無くても、通じるものってあるんだね……」
 優子が優しく言った。
「始め言葉ありき……と、聖書にはあるけどね」
「新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章ね……わたしはクリスチャンじゃないから、この言葉は信じない」
「そうだね。駅に向かいながら、宗司は無言で春奈に寄り添ってるよ。だから、春奈も崩れずに、駅に向かって、ちゃんと歩いている、歩けてる」

 駅の改札を潜ると、まるでシェルターにでも入ったように春奈はベンチに腰を下ろし、ため息をついた。
 
 電車が来ても春奈はベンチを立とうとはしなかった。

 宗司は、寄り添ってベンチに座り続けた。
 場馴れしない宗司は、無意味に立ち上がり、自販機でコーヒー牛乳を買って、一つを春奈に渡した。

「プ、よりによって、コーヒー牛乳……」
「あ、俺、何にも考えてなくて……別の買ってくる」
「いいの、こういう子供じみた飲み物がちょうどいいの」
「そ、それはよかった」

 そう言いながら、宗司自信は、コーヒー牛乳を持て余している。
 春奈は付属のストローを、さっさと差し込んで最初の一口を吸った。

「おいしい……宗司クンも飲んでみそ」
「う、うん」
 宗司は、音を立てて半分ほども飲んでしまった。
「子供みたい」
「あ、気が回らないから……ごめん(-_-;)」
「謝ることなんかないわよ」
「ロボットみたいだって、いいかげんな慰め言ってごめん」
「ううん、心がこもっているもの。でも、どうしてロボットだって思ったの?」
「……ただの勘。エントランスですれ違ったときに、なんてのかな……人間て、不完全てか不器用だから、たいてい複数のオーラを感じるんだけど、あの人からは美しいってオーラしか感じなかった。むろん表情が硬かったり、ちょっと足早だったり……でも、俺には、プログラムされた動きのように思われた……いや、ドジの勘だからね(^_^;)」
「残念ながら、あの女の人は人間。これも勘だけど、当たりよ」

「そうなんだ……」

「中学の頃に、お父さんのゴミホリ手伝ってたら、紐が切れて、古い本やら手紙がばらけちゃって」
「アナログなんだね」
「エンジニアって、そんなとこあるでしょ。その手紙の中に、経年劣化すると隠れた写真が浮かび出てくるものがあったの。その写真、さっきの女の人にそっくりだった」
「女の人からの手紙?」
「ううん、お父さんの友だち。きれいな人だなって思った。手紙には『20年後に、この手紙を見ろ』って書いてあった。元は風景写真みたいだったけど、女の人の姿と二重になっていて、お日さまに当てると、あっと言う間に、女の人だけになった」
「その女の人、お父さんの彼女だった人?」
「うん……お父さんが、後ろから言った『お母さんと知り合う前に付き合っていた。向こうの親が反対らしくてね、お父さんのメールや手紙は全部ブロックされていた。で、数か月後に街で会ったら、こう言われた――なんで、しっかり掴まえていてくれなかったの――』。それで、お父さんは、手紙やメールがブロックされていたことを悟った。で、なにも言わずに別れたって……『人を愛することは、その人が一番幸せになることを望むことで押しつけるもんじゃない。たとえ真実でも、実りの無い真実は人を傷つけるだけだ』って。そして『いま、お父さんが一番大切な人は、お母さんと春奈だ』って」
「……そうなんだ」
「その女の人によく似てるんだもん。ロボットだったら、いくらなんでも分かるわよ……でしょ。その……スキンシップとかがあれば分かる事よ」
「そ、そうだよね……」
「電車来たよ」
「うん」

「これ、やっぱり放っておけないよ」
 反対側のホームで、優子が言った。
「予定変更、ただちに実行」
 わたしは、あの女に送り込んだプログラムを書き加えた『迅速な活動停止』と……。

「あなた、ただ今。どうだった、春奈ちゃん?」
「あ、ああ、少し傷つけてしまったようだけどね……」
「ごめんなさいね、わたしが……」

 ドサ

 そのまま女は倒れて、呼吸が止まった。

 救急車で女は救急病院に運ばれ、蘇生措置が行われたが息を引き取った。
 そして、病理解剖されて、初めてロボットであることが分かった。同時に全国で二十体の活動を停止したロボットが発見された。わたしが発見したより十五体多い。C国のトラップは、思いの外進んでいた。

 事態は、わたしたちの予測を超えて進み始めている……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 


 

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妹が憎たらしいのには訳がある・62『春奈の秘密・2』

2021-02-15 06:19:41 | 小説3

たらしいのにはがある・62
『春奈の秘密・2』
         

        


 三十くらいの女がエレベーターで降りてくる。

 女がマンションから出てくると、十秒数えて優子とわたしは道を分かれて追跡した。
わたしたち義体にはGPS機能が付いているので相手に気づかれることはない。道の分かれ目で合流し、追跡を交代すれば、よほど慣れたスパイや、アナライザーロボットや義体でも、二回まではごまかせる。
 女は野川沿いの緑地帯に入っていった。顔見知りなんだろう、犬を散歩させているオバサンに声を掛けて、犬とじゃれ合った後、ベンチに座った。

 少し離れたベンチで、女のパッシブスキャンをやる。

 体から放出される体温、水蒸気、呼気、脳波、電波などから、相手が人間かロボットか義体なのかを見分けるのだ。


「……人間?」
「確かめよう」

 ベンチに座ったまま優子と石の投げっこをする。
 優子が軽く投げた石ころを、わたしが別の石で当てるという無邪気な遊びである。ほんの数メートルの距離だけど、女子高生がじゃれているぐらいにしか見えない。他にもキャッチボールをやったり、フリスビーで遊んでいる家族連れがいるので目立たないのだ。
「真由、いくよ」
 優子が、小さく呟く。
「OK……」

 わたしは二百キロのスピードで小石を投げ、優子の小石をはじき飛ばした。はじかれた石は、まっすぐに女の顔に向かい、女は二百キロで飛んできた小石を軽々とかわすと、アクティブレーダー波を発した。

――義体かロボットだ――

 優子は、すぐにジャミングをかけ、わたしは小石をキャッチボールをしている親子のボールに当て、ボールを緩く女の足もとに転がした。
「どうも、すみません」
「いいえ、ボク、投げるわよ」
 女は正確に少年のグロ-ブに投げてやった。
 その隙に、わたしと優子は女の後ろに回り、アクティブスキャンをかけた。

――ロボットだ!――

 スキャンに気付いて女が行動を起こす前に、耳の後ろのコネクターに手を当てると、CPをブロックし、アイホンに見せかけたケーブルを繋いだ。
「C国の最新型ね。並のスキャンじゃ人間と区別つかない」
「メモリーにロックされてるのがある」
「……待って、下手に解除したら自爆するわ」
「そんなドジはしない……わたしの勘に狂いがなければ……ほら、ロックが解けた」
「どうやったの?」
「ダミーのM重工の情報を流した……大当たり。M重工のロボット技術の機密でいっぱい」
「産業スパイ?」
「兼秘密工作員。奥にまだロックのかかったのがある……このキーは軍事用だわ」
「いっそ、破壊する?」
「もっと、いい手がある……」
「なにしてんの?」
「こいつのCPにウィルスを送り込んだ。掴んだ情報に微妙な係数がかかるようにね。C国が気づくのに半年、解析に三ヵ月はかかる」
「でも、八か月で、バレちゃうじゃん」
「解析したらね……多摩で出会った二世代前のロボットのスペックが出るようにしといた」
「真由って優秀!」
「優子にも同じスキルがあるんだけど、優奈の脳細胞生かすのにCPに負担かけられないからね……」
「ごめん」
「それよりも、M重工の技師やらエライサンの秘書やら愛人に五体、同じのが送り込まれてる」
「機密情報ダダ洩れじゃん!」
「ハニートラップに特化したロボット……意外と間が抜けてる。五体でネットワークしてる。このウィルスは自動的に、他のにも感染するね」
 そこで、わたしたちはロボットを解放した。ロボットは浮気相手の娘が来たので、避難した記憶しか残っていない。

 この間、わずかに二秒。緑地帯に居る人たちは、貧血の女性を女子高生が労わっていたとしか見えていないだろう。

 春奈には悪いけど、もう少し親の不倫に悩んでもらわなければならない。春奈のフォローのためにマンションに戻った……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

 

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妹が憎たらしいのには訳がある・61『春奈の秘密・1』

2021-02-14 06:29:53 | 小説3

たらしいのにはがある・61
『春奈の秘密・1』
         


         

「春奈はどうして長崎から東京に来たの? N女程度の大学なら、九州にでもあるだろ?」

 バカな質問をする奴だと、二つ隔てたテーブルで、わたしと優子は思った。

 多摩自然公園で、スリープしていたC国のチンタオ型ロボットと戦って以来、美しい誤解でW大の宗司とN女子の春奈は急速に仲がが良くなった。
 池の中で溺れかけた春奈は、マウスツーマウスで人工呼吸をしてくれたのは宗司だと思っている。ほんの五秒ほどだけども、わたしは宗司にも人工呼吸をしてやった。で、めでたく宗司も春奈に人工呼吸したのは自分だと思いこんでいるというわけ。
――たしかに、宗司に人工呼吸してやったとき、宗司はなけなしの肺の空気を、春奈と勘違いしたわたしに送り込もうとした。その善良さにわたしは、倍の酸素を送ってやったけど、ロボットの目をかわすために、すぐその場を離れた――

 そして、意識の戻った二人に美しい誤解が生まれた。

「春奈ちゃんの東京弁聞いても分かるジャン。長崎の匂いはあるけど、あの子は、昨日今日東京に来た子じゃないよ」
「ワケありで長崎に行っていたことぐらい想像つかないのかなあ……」
 優子もため息をついた。
「宗司クンなら、話してもいいかな……」
「うん、なんでも相談に乗るよ!」

 宗司は身を乗り出した。その拍子に、テーブルの下で自分の膝が、いっしゅん春奈の膝の間に割り込んだ。慌てて二人は身を引いて、カップやグラスがガチャガチャ音を立てる。アイスコーヒーのグラスは落ちて粉みじんになるところだったけど、優子が反射的にテレキネビームで防いでやった。

 このあと、とても大事な話が出る予感がしたのだ。

「わたし、去年の夏までは東京にいたの。親の都合で田舎の長崎に……宗司クン。いっしょに付いてきてくれる?」
「う、うん」
 
 全然説明不足な春奈の説明に宗司は二つ返事でOKした。

 駅を降りると、春奈と宗司は成城の中心に向かって歩き出した。
 さすがに、春奈もポツリポツリと事情を説明する。

「お父さんとお母さんは別居してるの……お母さんの実家がある長崎に。わたしは生まれも育ちも東京だから……」
「やっぱり、慣れたところがいいもんな。それで東京のN女に?」
「……うん、まあ、そんなとこ」
「そいで、今日は久々にお父さんに会うって?」
「うん……」

「スーパーと料理に関しては大したオタクだけども、こと女心については、小学生並みだね」
「イケてるミニスカートとチュニックの組み合わせ、ありゃ、元気に明るく女子大生やってますって背伸びだよ。無理してんね。それぐらい分かれよな、ボクネンジン!」
 優子も辛辣だ。
「せめて、デートってか、彼氏らしく決めてこいよな。ジーンズにスニーカー……春奈の気持ちぐらい分かってやれよ」
 二百メートル遅れて歩きながら、わたしと優子はぼやきっぱなしだった。
「ここ……」
「す、すっげー……!」

 さすがのボクネンジンでも、それが、並のマンションでないことぐらいは分かった。大スターか、一部上場企業のエライサンでなければ手の届かないシロモノだ。春奈は慣れた手つきで、エントランスの暗証番号を押して監視カメラに向かって手をふった。
――はい、川口ですが。どちらさまでしょう?――
 知らない女の声がして、春奈はうろたえた。
――あ、あ、春奈か(;'∀')。今エントランスを開けるから、ロビーで待っていてくれ――

 しばらくすると、五十代前半のオッサンが、つまり春奈の父親が降りてきた。

「春奈。言ってくれたら迎えにいったのに。リニア東京からだとくたびれただろう」
「ううん、わたし東京のN女子に通ってんの。あ、彼、BFの高橋宗司クンW大の二年」
「高橋です。どうも、こんなナリで失礼します」
「わたしが気まぐれで、付き合わせたから、仕方ないのよ」
「W大か、なかなかだね。専攻はなんだね」
「あ、一応理工です」
「ハハ、一応ね」

 五十メートル離れた道の角で、優子とわたしは怒っている。ポケットの名刺のIDをチェックすると、M重工のエライサンだということが分かった。国防軍用のロボットの大半を請け負っている大企業だ。

「わたし、自分の部屋が見たい」
「あ、ああ、上がんなさい。君はここで少し待っていてくれたまえ」

 わたしも優子も悪い予感がした……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

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妹が憎たらしいのには訳がある・60『5人のロボット対戦』

2021-02-13 05:56:15 | 小説3

たらしいのにはがある・60
『5人のロボット対戦』
         


       


 
 ギーーギッコン ガーーガッコン メキメキメキ バキバキバキ

 赤さびたロボットは右足を引きずるようにして近づいてきた。木々をなぎ倒し、岩を踏み砕きながら……。

 携帯武器は持っていないようだが、搭載武器が生きているかも知れない。わたしたちは必死で逃げた。ロボットは二世代前のチンタオ型で、半ば故障しているとは言え、生身の人間には十分過ぎる驚異だ。
 わたし(真由)と優子は義体なので、その気になれば後ろに回り込み、メンテナンスハッチを解錠し、動力サーキットを切ってしまえば、ものの数秒で無力化はできるが、それでは、仲間達に義体であることを知られてしまう。

 とにかく逃げることだ。

「こいつは、チンタオのアナライザータイプだ。攻撃能力は知れているが、探査能力が高い……」

 ドゴーーーーン!

 頭上の岩が爆発した。近接戦闘用の搭載兵器、多分ショックガンを使ったんだろう。
「キャー!」
 春奈が悲鳴をあげた。優子は、春奈の口を塞ぎ、次の岩場の陰に隠れた。
「やっつけちゃ、ダメ?」
 わたしは、春奈に聞かれないように早口で優子に言った。優子は素早い手話で答えた。
――ダメ、義体であることがばれる。ばれたとたんに、C国に情報が送られる――
――三ヶ日じゃ、うまくいったじゃない――
――ダメ、他の三人に知られる。わたしたちは「人間」なのよ。

 ドーン! 

 今度は木下と宗司が隠れていた岩場がやられた。

 ただ、ロボットの動きが鈍重なので、あらかじめ察知して、次の隠れ場所に移動する余裕は、なんとかありそうだ。でも、この先隠れ場所になりそうな岩場や木がない。大きな池があるだけの背水の陣だ。追いつめられるのは時間の問題だ。
 宗司が飛び込んできた。
「なんで、あんたが!?」
「木下クンが、あいつのCPのハッキングをやるって。その時間稼ぎに、二組に分かれて逃げ回ってくれって」
「そんなこと……」
「危ない!」
 不満はあったけど、結果的に、わたしは優子と、宗司は春奈ちゃんとの二組に分かれて逃げ回った。

 そして、池の水辺にまで追い込まれた。

「これ以上、どうしろって言うのよ!?」
「水に飛び込むんだ、あいつの生体センサーは一メートルも潜れば感知できなくなる」
「まだ、泳ぐには早すぎるわよ! 水着もないし!」
 真由が抗議したが、この言い方には余裕がありそうだ。実際次のショックガンがくるまでに、注意を引きつけて、宗司と春奈ちゃんが水に飛び込む時間を稼いだ。

 池に飛び込むと同時に、岩が吹き飛ばされた。池に潜ったわたしたちは二メートルほど潜ったが、五メートルほど先でパニックになりかけている春奈ちゃんを持て余している宗司が目に付いた。

――優子、あっちを助けて。わたしはここであいつを引きつける。

 わたしは、シンクロスイミングのように水面に姿を晒すと、池の深みを目指して泳いだ。次々に撃ち込まれるショックガンで、水面は泡だった。
 優子は春奈に口移しで空気を送ってやった。しかしパニクっている春奈は、半分も、その息を吸うことができなかった。
 三十秒が限界だった。これ以上やっては春奈を溺れさせてしまう。優子はそう判断すると、春奈を水面に放り上げ、自分も高々と水上に姿をあらわした。

 ショックガン……来ない。

 立ち泳ぎで、ロボットを見ると、ショックガン発射寸前の赤いアラームが肩で点滅して動きが止まっていた。
「やったー!」
 木下クンが、ジャンプして、ガッツポーズをした。

「木下クンなら、甲殻機動隊のサイバー部隊でもやっていけるわね」
「そうね、後始末もお見事」
 木下は、ハッキングの痕跡をきれいに消しただけでなく、ロボットが興味を示したものの記録も、一切合切消した。その中には、違法に改造された彼のCPの他に、わたしたちが義体の疑いがあるという情報も入っていた。

「お二人とも、とても泳ぎがお上手なんですね!」
 
 この春奈ちゃんの記憶は消せなかった。で……。
「宗司クン、水中で人工呼吸してくれて……ありがとう」
 と、宗司にお礼を言った。宗司も半ばパニックだったので、そのへんの記憶があいまいで、
「とっさのこととは言え、ごめん」
 と、美しく誤解していた。

 で、麗しくも切ない青春ドラマの横道へと、物語は展開の気配……。

 

※ 主な登場人物

  • 佐伯 太一      真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
  • 佐伯 幸子      真田山高校一年演劇部 
  • 千草子(ちさこ)   パラレルワールドの幸子
  • 大村 佳子      筋向いの真田山高校一年生
  • 大村 優子      佳子の妹(6歳)
  • 桃畑中佐       桃畑律子の兄
  • 青木 拓磨      ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
  • 学校の人たち     加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
  • グノーシスたち    ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
  • 甲殻機動隊      里中副長  ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん
  • 木下くん       ねねと優奈が女子大生に擬態生活しているマンションの隣の住人
  • 川口 春奈      N女の女子大生 真由(ねねちゃんと俺の融合)の友だち 
  • 高橋 宗司      W大の二年生   


 

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