真凡プレジデント・6
お姉ちゃんとコロッケで乾杯したあくる日の事。
物理の教室移動で校舎を出たら、昇降口の方から藤田先生と中谷先生が出てくるのが見えた。
模造紙丸めたのと画びょうのセットを持ってニコニコしている。心なし足取りも軽いように思えた。
――あ。立候補者が揃ったんだ!――
持っているものと足どりの軽さで直感した。
「おう、真凡! おかげで出そろったよ!」
藤田先生も気づいて模造紙を持ったままの手を振ってくれた。
「さっき出そろったんでポスターを貼って来たところだ」
「え、揃ったんですか!?」
実直な藤田先生が嬉しそうにしているのは、見ていても気持ちがいい。
先日、中庭で候補者の名前が埋まらない書類とにらめっこしていた時の消沈ぶりが嘘のようだ。
やっぱり藤田先生はニコニコしている方がいい。
「よかったですね!」
「そうよ、会長候補は二人になったから、久々に面白い選挙になるわよ(^▽^)/」
中谷先生も屈託がない。てか、なに、いまの?
「え、対立候補が出たんですか!?」
「ああ、真凡も頑張れよ!」
「さ、次はピロティーの掲示板です」
「じゃあな、真凡!」
両先生は足取りも軽く行ってしまった。
キンコーンカンコーン……キンコーンカンコーン……
すぐにでも見にいきたかったけど、始業のチャイムが鳴ったので、あきらめて物理教室に急いだ。
物理の授業は気もそぞろだった。
だって対立候補だよ!
どうしよう、生徒会選挙に落ちるなんてメチャクチャカッコ悪い。
無風の信任投票になると見越して立候補したんだ。対立候補なんか居たんじゃ、ぜったい落選する。
「大丈夫だよ、真凡ならぜったい通るよ」
並んで座っているなつきが密やかに言う。なんで分かったのよ?
「だって……」
なつきは、わたしの手元を指さした。
「あ……」
わたしってば、ノート一面に――対立候補――の四文字を呪文のように書き散らしていた。
キンコーンカンコーン……キンコーンカンコーン……
授業が終わるのももどかしく、なつきを連れて昇降口に向かった。
令和二年度前期生徒会候補者と書かれた模造紙には、わたしの名前に並んで、もう一人の会長候補の名前が書かれていた。
会長候補 三年六組 柳沢琢磨
「これって……あの柳沢琢磨だよね……」
ついさっきまで、わたしの当選を請け負って止まなかったなつきの声があからさまに萎んでいった……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問