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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

坂の上のアリスー42ー『カードキー』

2020-04-06 06:19:00 | 不思議の国のアリス

アリスー42ー
『カードキー』   

 

 

 エアメールって言うのよ、バカ。

 

 国際郵便という呼び方を、セクハラ発言を咎めるように睨んだうえ、ひったくるようにしてエアメールをふんだくる綾香。

 瞬間ムカつくが、兄妹喧嘩するほどの気力もないので、突っ立ったままでいる。

「……んだ、お父さんからじゃない」

 思いっきり興ざめしたため息を吐いて、エアーメイルをテーブルに投げ出した。

「なんだと思ったんだよ」

「思わないけど、ステキと思っちゃうじゃん、エアーメイルで横文字でアドレスとか書いてあってさ。ね、返事書くんだったらさ、エアコン付け替えたいから十万円ほど余計に送ってって書いといて。ヨッコラセっと!」

「どこ行くんだよ」

「ゲオよゲオ、兄貴だからって信頼してしまったわたしがバカだった。自分で借りてくる」

「だったら、これ返しといてくれよ」

 DVDの山を顎でしゃくると、綾香は、セクハラオヤジを見るようなジト目で言った。

「自分の不始末は自分で始末しなさい」

 

 夏の暑さにも効用があると思った。これほどバテていなければ、ガキの頃に泣かせてやったコブラツイストを掛けていたところだ。

 

「……んだよ」

 ソフアーに寝っ転がると、背中に妹の温もりが伝わる。気分が悪いが、場所を変える気にもならない。

 このソファーにエアコンの冷気がそよいでくるのにも気が付いた。見上げるとエアコンの吹き出し口はソファーの一点に固定されていたのだ。

「で、なんだよオヤジは……」

 手紙は、親父らしく無駄に元気な文面で仕事が忙しいことが書かれていて、二枚目で―― というわけだから当分日本には帰れない、綾香と二人でノビノビ夏を満喫してくれ! ―― と、脳天気なことを書いている。

 んなもん、メールで送れば済むことだろが!

 だが、それは単なる前振りにすぎなかった。

―― 関西旅行は無事に所期の目的を果たせたようだ、感謝する ――

 感謝はいいが、なにが目的だったのかサッパリわからないのが気持ち悪い。

 

 そして、四枚目。

 

―― かわりにお祖母ちゃんを見舞ってきてくれ ――

「……んだって?」

 お祖母ちゃんというのはお袋の方で、田舎の介護付き有料老人ホームに入っている。老人ホームに入ってから久しく会っていない。億劫というほどじゃないけど、この暑さと道のりを思うと、やっぱ――喜んで!――という気持ちにはならない。

 とりあえず後で考えよう。

 そう決めて、手紙を封筒に戻そうとすると、小さなカードがハラリと落ちてきた。

 

 それは、お祖母ちゃんの部屋のカードキーであった。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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坂の上のアリスー41ー『国際郵便の昼下がり』

2020-04-05 06:19:20 | 不思議の国のアリス

坂の上アリスー41ー
『国際郵便の昼下がり』   

 

 

 唐突に旅行が終わって、俺たちは夏休みを持て余した。

 

 八月も中旬に入って、バイトも見つけにくいし、旅行の予定も立てにくいってか、お金もそんなにはない。

 せいぜい市民プールか近場の水族館、はたまたアキバとかアウトレットとかのイベント、あるいはウィンドショッピング。

 いずれも腰を上げるほどには魅力的ではなく、リビングで愚妹の綾香ともどもゴロゴロしている。

 ともどもと言っても仲がいいわけじゃない。

 

 俺の部屋のエアコンが壊れ、綾香の部屋のエアコンは臭いからだ。

 

 俺の方は、どうやら寿命。綾香の方は去年の夏から手入れを怠って、内部にホコリやらカビやらが異常繁殖したからだ。

 でもって、唯一健常なエアコンのあるリビングに居らざるを得ないという状態なのだ。

「あんたが悪いのよ」

「んだよ、自分で行かないお前が悪いんだろが」

 レンタルDVDの山を挟んでプータレテいる。

 夏休みはレンタルが安い。で、めずらしく兄妹の意見が一致し、綾香がリストを作って、俺が自転車をかっ飛ばしてゲオから帰って来たところだ。

 カミクズウィッチペルル ガルタン ソードマートオンライン ハイフリ ラブライド 等々

 俺でも知っているものからなんじゃこれ? というものまであったが、せっかく妹が目を輝かせて選んだものだから「おう。まかしとけ!」と胸を叩いて借りてきてやった。

「もー、信じらんない!」

 ブツをチェックした綾香の一言がこれだ。

「んなもん、分かるかああああああ!」

 綾香の言うところ、ただのカミクズウィッチペルル ガルタン ソードマートオンライン ハイフリ ラブライド 等々ではないのだ。

 なんでも北米版とか改訂版とかなんたら版とかがあって、いわゆるコンシューマー版では意味がないそうなのだ。

「中身は同じなんだろーが!」

「ちがう! ちがう! ちがう! 描写や動きやらが全然違うのよ! たとえばペルルは、決めポーズの足の組み方が違うし、変身シーンのエフェクトも違うし、ガルタンはプラウド戦の挿入歌が違うの!」

「んなもん、どーでもいいだろーが!」

「よくないいいいい! コンシューマだったらとっくに観てるから意味ないんだってえ!」

「んなこと!」

「もう、おまえなんか死ね! 死んじまえ!」

 

 ということになったわけなのだ。

 

 やっと洗濯物の取り込みの気力が出てきたので「よっこらしょ……」と、だるい掛け声かけてリビングを出る。

 当然廊下は冷房なんかしてないのでモア~っと熱気が絡みついてくる。

「一気に片づけるか!」

 両手でほっぺたをパシパシ気合いを入れて二階への階段に足を掛ける。

 パサリ

 玄関ドアの郵便受けに封書が投げ入れられた。普通のDMとかだったらほっとくんだけど、その封書は四辺が床屋の印みたいに赤青のダンダラになった国際郵便だったのだ。

 俺は、テープの巻き戻しみたくして階段を下りて国際郵便を取りに行った。

 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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坂の上のアリスー40ー『放出さんのいない朝・2』

2020-04-04 05:54:27 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー40ー
『放出さんのいない朝・2』   

 

 

 俺たちの夏旅行は唐突に終わった。

 

 ロビーのソファーで放出さんの次の連絡を待っていると見知らぬ人からメールが入った。

―― 杭全と申します、突然ですが担当を代わりました。まことに申し訳ありませんが、この旅行は、これをもって終了とさせていただきます。一時間後にお迎えに参りますので、お帰りの支度を整えて一階ロビーにてお待ちいただきますようお願いいたします ――

「いきなりなんだよ……コウゼンってだれなんだ? おい、すぴか……」

 すぴかは可愛く寝息を立てながら居ねむっている。なにかのアプリで遊んでいたのか、膝の上、ゆるんだ左手からスマホが落ちかけている。

「落とすぞ……」

 手を伸ばすのとスマホがずり落ちるのが一緒だった。

「おっと」

 床に落ちる寸前でキャッチ。そのショックで画面に移っていたメールが消えてしまう。

 一瞥した画面には、俺に送られてきたのと同じメールが見えた。ただし、末尾には、こんな意味のことが書かれていた。

 

―― 夕べは放出がお世話になりました ――

 

 むろん一瞬のことで、文面全部が読めたわけじゃない。夕べ・放出・お世話、というような単語からくみ取った意味だけど大意は間違っていないだろう。

「なに、人のスマホ見てるのよ」

 スマホのショックで目覚めたすぴかがジト目で睨んでる。

「滑り落ちたからキャッチしてやったんだよ。放出さんの代理っぽい人からメール来てたみたいだから確認した方がいいぞ」

「やっぱ、見たんだ」

「ちが……俺にも来たとこだから、来てんじゃねーかと思ったんだよ」

「ふーーん…………旅行はおしまいなんだ」

 意外に当たり前に受け止めている、ちょっと拍子抜けがする。意外に楽しそうにしていたから残念がると思っていたんだが。

「ね、この人、なんて読むんだろ?」

「え、あ、コウゼンさんじゃね」

「もー、しっかり見てよ」

「さっきは見るなつったじゃ……」

「持ち主が見せるのは別でしょ、バカね」

 一言多いが、こういう場合は言い返さない方がいい。

「……あれ?」

「やっぱ、コウゼンじゃ変でしょ」

 

 読みの方はどうでもいい、さっき見えたハズのお礼の言葉が無い。

 

 ねー、ちょっとどーなってんのよ!?

 

 スマホを振り回しながら綾香が階段を下りてきた。後ろには当惑顔の一子と真治。

「うっさいな、俺も訳わかんねー」

「あたし、まだまだ行きたいとこあったのに!」

「仕方ないよ綾ちゃん、旅費とか全部持ってもらってるんだから」

「一時間あるから、もういっぺん風呂とか入っとかない?」

 一子と真治は納得のようだ、すぴかも文句はないようなので、綾香はむくれる以上の自己主張はしなくなった。

 

 そして、一時間後に迎えに来た杭全さんは、コウゼンという音から、ひょっとしたらお坊さんか何かと思ったら、国際線のキャビンアテンダントと大統領補佐官が同時に務まりそうな美人だった。

「突然の打ち切りになって、ほんとうに申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる杭全さんに、プータレテいた綾香も恐縮した。

 

「どうもお世話になりました、ありがとうございました杭全さん」

 

 新幹線のホームで最後の挨拶をする。

「あの、コウゼンじゃございません。クマタと読みます、読みにくい苗字で申し訳ありません」

 

 コウゼンさんの正しい読みを理解したところで、俺たちの旅行は一応終わった。

 一応ね……。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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坂の上のアリスー39ー『放出さんのいない朝・1』

2020-04-03 06:12:25 | 不思議の国のアリス

の上のアリスー39ー
『放出さんのいない朝・1』   
 

 

 

 いつもなら朝食の最中にやってくる。

 

「お早うございます、今日の予定ですが……」

 そう言って、一日のスケジュールを言ってくれる放出さんがやってこなかった。

――とりあえず部屋で待機していてください――

 お茶をすすっているとメールがやってきたので、大人しく部屋に戻ることにした。

 廊下まで冷房の効いた屋内なんだけど、それでも窓の傍を通るとムッと暑気を感じる。外に出たらいかばかりかと、ちょっとばかり嫌になったりする。

 二階に上がると、掃除のスタッフが各部屋を掃除の真っ最中。

 いつもならスケジュールの説明で、もっと時間がかかる。そのぶん早く上がって来たのだからスタッフに落ち度があっての事じゃない。

 すぴかの部屋の前にはトマトジュースの空き缶でいっぱいになったゴミ袋が出されている。やっぱ、買い占めたのはすぴかのようだ。

 とりあえず廊下を曲がったところのレストスペースに……すでに三人の先客。なによりも夕べのカフェオレの恨みの籠った綾香の目が鬱陶しい。

「掛けなさいよ」

「ちょっと館内探訪」

 一子のお誘いも断って、そのまま階段を下りて一階に戻る。

 

 下りたところに小さなテーブルセットがあって、お人形さんのようにすぴかが座っている。

 

「前、いいか?」

「うん、いいわよ、あっちいくとこだから」

 そう言われては座れない、座りかけの尻を持ち上げてすぴかの後に続く。

「アマノジャク」

「どっちがだよ」

 けっきょく、廊下を進んでロビーまで出てきたので、並んで……といっても一人分空けてソファーに座る。

 チ……聖天使の舌打ちにもめげず、座り続ける。てか、ここを立ったら行くところがない。宿題忘れた小学生じゃあるまいし、廊下で突っ立っているのも変だもんな。

 

 バサリ

 

 すぴかが新聞を投げてよこす。

「んだよ」

「オッサンは新聞でも読んでなきゃ間が持たないでしょ」

 ちょっとムカついた。

「おまえ、ホテルのトマトジュース買い占めたんだな」

「いいでしょ、売ってるんだから……それに、ほかに飲む人もいないわ」

「っていうことじゃなくてだな」

「話のきっかけだとしたら、地獄の底のように最低の前振りよ。そんなことだから、世界の半分は女なのに、いまだにボッチ男でいなきゃならないのよ」

「おまえなあ」

「それとも、真夏の寂しさを妹の親友で紛らわせようという浅ましさなのかしら」

「もうちょっと普通に喋れないのか、夕べは違っただろう」

 

「え、夕べ?」

 ヤバイ、墓穴を掘りかけている……。

「ひょっとして、自販機のトマトジュースになにか仕込んで、わたしが眠りに落ちた後忍び込んで」

「なんちゅう妄想だ!」

「だって、この春、この聖体に、あろうことかマウストゥーマウスの蘇生術を施して、聖天使の魅力に目覚めたのはだれかしら」

「め、目覚めてねーし! ただの人命救助だったし! じゃなくて、放出さんと庭の橋の上で話してたじゃねえか!」

 

「え、なんのこと…………?」

 

 ちょっと時間が停まったような、地獄の釜の蓋が開いたような気がした……。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

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坂の上のアリスー38ー『深夜の売り切れ』

2020-04-02 06:16:51 | 不思議の国のアリス

アリスー38ー
『深夜の売り切れ』
    

 

 

 夜中に目が覚めた。

 

 無性に喉が渇くので、財布を掴んでロビーの自販機を目指した。

 階段を下りようとすると、踊り場の窓から庭が見える。

 宿舎の庭は、けっこうな広さの回遊式日本庭園で、ほぼ中央に池があって、姿のいい橋が架かっている。

 その橋の真ん中に二人の人影。一人は半身をこちらに向けたすぴか、もう一人はすぴかの方を向いた後姿の放出さん。

 なにか話している様子で、控えめなジェスチャーで、ときおり頷いたりしている。

 月明かりの中、二人の姿はちょっと神さびてさえ見える。

 眠れぬままに庭に出たすぴかが、仕事を終えて退出する放出さんと出くわして、企まず二人だけの女子会が始まった感じだ。

 

 やがて、すぴかが小さく頷くと、放出さんは天皇陛下にするような礼をした。

 すぴかは、自分の事を聖天使ガブリエルと名乗るほど電波なやつだけど、鷹揚に頷く姿は妙にしっくりいっている。

 

 そして、橋の上で交差すると、すぴかはこちら側、放出さんは向こう側に進んだ。

 そして、橋を渡り切る寸前で放出さんの姿は朧になって……消えてしまった!?

 

 え、え………………?

 

 オレは、なんだか見てはならないものを見てしまったような気がして、思わず柱の陰に身を寄せてしまった。

 あるわけないんだけど、すぴかの視線がガラスを通して突き抜けてきたような気がした。

 あのままあそこに居たら、メドゥーサに睨まれたように石になっていたような気がした。

 

 気を取り直してロビーに下りると、エレベータから綾香が出てくるところだ。

 

 綾香は起き抜けの機嫌が悪い、へたに声をかけない方がいい。家に居てこういうシュチュエーションではお互い無視する。

 で、予定通り自販機の前に立つと、綾香も斜め後ろに立ちやがる。

 なんのことはない、似た者兄妹で、綾香も飲み物を買いに来たらしい。

 さっさとしよう、グズグズしていると後ろからケリが入って来る。

 オレはお金を入れるとあやまたずカフォレのボタンを押す。

 ガタゴットンと音がして、取り出し口にカフォレの缶が現れる。そいつを取ってノタクラと自販機を離れ、階段を目指す。

 背中に殺気を感じる。

 ヤバイと思って振り返ると、自販機の前で鬼の形相の綾香。

 

 ヒッ

 

 ひきつった喉が空気だけの悲鳴を上げる。

 恐怖を堪えてよく見ると、オレが買ったカフェオレのところが売り切れを示す赤ランプになっている。そうか、綾香もカフェオレが飲みたかったのか、オレタチってなんて気の合う兄妹なんだ!

 こんな時にカフェオレを譲ってやったりするとかえって逆効果になる。オレは――仕方ねえだろ――という顔だけして引き上げることにしたが、自販機前の愚妹も――ヒッ――と悲鳴を上げる。

 愚が付いても妹だ、イレギュラーな悲鳴を放っておくわけにもいかない。

「どうかしたか?」

 声をかけると、妹は自販機の一点を指さして凍り付いている。

「これは……」

 なんと、サンプル缶の一番端っこ、喉が渇いたくらいではだれも手を出さないであろうトマトジュースにも売り切れを示す赤ランプが灯っているではないか。

 オレは十七年の人生でトマトジュースに赤ランプが灯っているのを見たことが無い。そもそもトマトジュースが並んでいる自販機そのものがレアな存在なのだ。

 パタパタとスリッパの音がした、綾香が逃げ出したのだ。

 まあ、それはいいんだけど、オレの手からカフェオレが消えてしまったのが忌々しかった。

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

 

 

 

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坂の上のアリスー37ーそれって……?

2020-04-01 06:17:51 | 不思議の国のアリス

坂の上のー37ー
『それって……?』    



 

 あ……出くわしてしまいましたね。

 放出さんがポツリと言うと、それが合図であったように人々は動き出した。

 

 ブリッジに居た人たちは、ゆっくりと俺たちの方に歩いてくる。なんだかテーマパークのアトラクションの列が動き出したような穏やかさだ。
 俺たちは、その穏やかさに圧倒されて道を開けた。穏やかさに圧倒されたのは生まれて初めてだ。
 ブリッジに続くらせん階段からは、続々と人が続いて最後尾がなかなか現れない。
 
 やがて、最後尾、エプロン姿の女の人が現れ、一瞬、ほんの一瞬目配せしたかと思うと、背後の山の中に消えてしまった。

 ホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺たちは長いため息をついた。

「あの人たちは……阪神淡路大震災で亡くなった人たちです」
「……道理で冬の服装なんだ」
 一子が目を潤ませた。
「でも……それにしては少ないんじゃない?」
 圧倒されるには十分すぎる人数だったが、人数的には1000人にはならないだろう。
「あの震災じゃ6000人くらいの人が亡くなってるはず……」
「うん、学校ではそう習ったよ」
 
 あの人たちは……助かっていたはずの人たちなの。

「それって……?」
 放出さんの呟きにすぴかが問い返した。
「本格的な救助が始まったのは、その日の夕方。すぐに陽が落ちてしまったから、実質的な救助はあくる日以降なの」
「どうして、そんなに遅れてしまったの?」
「いいのよ、あなたたちが自分たちの目で見てくれたなら」

 俺たちは、宿に帰ってからネットで調べた。

「……みんなしばらくは生きていたんだ」

 80%以上の人が倒壊した家の中で、圧死や窒息死で亡くなっている。圧死・窒息死といっても直ぐに亡くなっているわけではない。柱や壁、家具などの下敷きになり、十分な呼吸が出来ずに数時間から十数時間たってから亡くなっている人が多い。
「え…………救援要請は夕方にならなきゃ出されてないよ」
 自衛隊は要請が無ければ出動できないことを初めて知った。状況把握のためのヘリコプターも訓練飛行の名目でしか出せなかったみたいだ。
 
――大騒ぎしてはいけない―― 

 目を疑った、震災7時間後の総理大臣の言葉だ。

――なにぶん初めてのことでありますし早朝のことでもありますから、政府の対応としては最善であったと思います――

 その後の総理大臣の答弁だ。

 俺たちは熊本地震や東日本大震災のことは知っている。いろいろあったけど、まあ、迅速な救助活動救援活動が行われた。
 当然阪神淡路大震災でも同様で、亡くなった人たちは仕方が無かったと思っていた。
 でも、そうじゃなかったんだ。

「あ、これ見て」

 一子が示した画面には、震災犠牲者の膨大な数の名前が載っていた。その中に放出美智子の名前があった。

「放出て、めったにない苗字だよね」
「クリックしてみ」
 一子がクリックすると、エプロン姿で振り向いた女の人の写真が出てきた。注釈には(柱に挟まれながらも赤ん坊の娘さんを救け、美智子さん自身は、その日の夜亡くなった)と出ていた。
「この人、あの列の最後尾に居た女の人だよ……」
 
 あくる日、放出さんに聞いて見たが、ニコニコ笑うばかりで答えてはくれなかった。

 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

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坂の上のアリスー36ービーナスブリッジ

2020-03-31 06:16:30 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー36ー
『ビーナスブリッジ』   
                 


 

 うわーーーーー!

 五人とも歓声を上げるだけだった。

 

 らせん階段を上がると、神戸の街と港が一望のもとに広がっている。
 なんというか、景色としての完成度がハンパない。
 知識では、函館の100万ドルの夜景も横浜の夜景も知っているし、自分の目で見たものもある。景色の大きさと言う点では、スカイツリーからの眺望の方がはるかに上だろう。
 でも、ダイレクトに心に響いてくるという点では、このビーナスブリッジからのが頭抜けている。

 広い空の下に海。海は陸地に迫って神戸港になって陸に抱きかかえられ、陸は程よい街並みになって足許に迫り、足許は豊かな緑になって後ろの山に繋がっている。
 もう、ここに立っているだけで、自分が3Dの風景画の中にいるような気になれる。で、その風景画は、心を和やかにしてくれて、人の心の中にある……なんちゅうか、静かな情熱? そんなものを穏やかに滾らせてくれるような気がする。

「ニイニ、いっしょに来てくれる彼女……見つかるといいね」

 綾香がポツリと言う。

「そーだよ、この雰囲気は告白にぴったりだぜ!」

 真治が閃いた。

 そうだ、ここは恋人たちに相応しい。

「そうなんですよ、ここは神戸屈指の……日本屈指の恋の聖地なんですよ。みなさんに感じていただきたかったんで、あえて予備知識的なことは申しませんでした」
 後ろで控えていた放出さんが、優しく付け加えた。
「ここって……愛を誓いあって鍵をかけていくんですね……あ、この手すりだわ」
 スマホで検索していた一子が発見した。
「でも見当たらないわ」
 すぴかが手すりを見渡して言う。
「手すりにかけたら、ちょっとおぞましくね?」
「そうだな、一個や二個ならかっけーけど、鈴なりになったらおぞましいな」

「みなさん、こちらです」

 放出さんにリードされて行った先は、ちょっとした広場になっていて、広場の真ん中にハート型に組まれたステンレスの骨組みがあった。

 

「なるほど、ここに掛けるんだ!」
 骨組みの間にはワイヤーが張り巡らされていて、ワイヤーには一杯鍵が掛けられていた。
「無知蒙昧な人間としては、気の利いたことをする」
 すぴかは聖天使ガブリエルの口調で言うけど、目の光は穏やかだ。
「みなさんも友情の証に掛けてみますか?」
 放出さんの手の先には新品の南京錠が輝いていた。俺たちは南京錠に白の極細マーカーでそれぞれの名前を書いた。

 カチャ        

 鍵をかけると、それまでいたブリッジの方で気配を感じた。

「「「「「あ……………」」」」」

 ブリッジには幸せそうなカップルが手を繋いでいて、ニッコリ笑って、こちらを見ている。
「あ、他にも!」
 なんと下のらせん階段から他のカップル……いや、子供や大人や赤ん坊を抱いたお母さんやら、いろんな人たちが上がってきて、ブリッジから広場にかけて数百人の人たちで埋め尽くされてしまった。

 いったい、この人たちは……?
 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

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坂の上のアリスー35ー関帝廟

2020-03-30 06:15:41 | 不思議の国のアリス

坂の上のー35ー
『関帝廟』   



 カンテービョーは関帝廟と書く

 三国志に出てくる関羽を祀ったもので、中国の人にとっては商売繁盛・家内安全・運気向上の何でもありの神さまで、神戸の関帝廟も地元華僑の人たちの心のよりどころになっているんだそうだ。
 よりどころと言っても、原色をふんだんに使った構えで、俺たち今時の高校生にはテーマパークのパビリオンと変わりない。

 ちょ、静かに!

 お堂に入ると、一子が小声ながらも凛と注意した。いつもホワンとしている一子なので、みんなビクッとする。
 注意されるわけだ……須弥壇(御本尊の関羽像が祭ってある)の前に額づいているオバサンが居た。
 その所作が、お寺や神社で目にするものとは全然違った。
 一般的なものの三倍はあろうかと思われる線香を両手で捧げ持ち、立って一礼、蹲るように膝をついて一礼を繰り返している。
 初めて見るお祈りの仕方なんだけど、とても厳粛で、ガサツな俺たちはひどく場違いな感じがする。

 一子が日本風に手を合わせ、自然と俺たちも倣って手を合わせる。一子がやらなかったら、俺たちは無作法なまま突っ立ていただろう。

 ……お御籤をひいてみようよ。

 すぴかが提案するのだが、直ぐには誰も動かない。お堂の造りが日本のものとは勝手が違って、どこにお御籤があるのか、どうやってお金を払うのかが分からない。
「そこの筒からお御籤棒ひいて、出た番号の引き出しからお御籤を頂くの。料金は引き出しの前の箱に入れればいいわよ」
 ちょうどお祈りが終えたオバサンが教えてくれる。

 こういうものは女子が率先するもので、一子、綾香、すぴか、真治、俺の順序でお御籤棒を引く。

 ……これは!?

 四十八番のお御籤棒を引き、引き出しのお御籤を取ってビックリした!

 下 下 と書いてあった。

「珍しいの引いたわね」オバサンが目を丸くした。
「それは大凶よ、100の引き出しがあるけど、下下は一つしかないのよ」

 うわーーーー!

 みんなが一歩下がって、いっせいにエンガチョされたのには参った。

「ま、これも一種の厄落としだから」

 オバサンの慰めに気を取り直して関帝廟を後にする。車に戻ると放出さんがタブレットの写真を整理している。覗き込むと、たった今エンガチョされたお御籤のシーンが何枚もある。
「いつ撮ったんですか?」
 いつどころか、放出さんが居た気配も無かったのだ。
「フフ、ずっと居ましたよ」

 俺たちが鈍感なのか放出さんが静かなのか……俺たちの旅はようやく中盤にさしかかったところだ。


 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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坂の上のアリスー34ー『カンテービョー?』

2020-03-29 06:22:59 | 不思議の国のアリス

坂の上のー34ー
『カンテービョー?』   



 

 三日目の今日は朝から神戸だ。

 夕べ、ガイドの放出(はなてん)さんが「神戸とか兵庫県を舞台にしたドラマをご存じですか?」と聞いてきたのがキッカケだ。

 今から思うと、うまい提案の仕方だった。

 神戸に行ってみませんか?――では俺たちは乗ってこなかっただろう。
 若干世間の高校生からズレたところがある俺たちだが、物事に関する関心は人並みだ。この暑い盛りに「あ、そう言えば、そういう街あったよな」という程度にしか神戸には関心がない。
 だから――神戸を舞台にした――と聞かれてもとっさには出てこない。
 二三分して「えと……『火垂るの墓』とか『少年H』とかでしょうか?」と、一子が答えた。
「そうですね」そう言っただけで放出さんはニコニコしている。
「あ……でも、それって夏休みの読書感想の課題図書みたいですね」
 そう、あまり心の琴線に触れるようなものではない。
「けっこう有るわよ」スマホを弄っていたすぴかが呟く。

 すぴかが示した画面には、神戸や、その周辺を舞台にしたドラマや映画や小説の一覧が出ていた。

 が……。

 心当たりがあるのは……『火垂るの墓』とか『少年H』ぐらいしかない。
「歌謡曲とかJポップとかでもジンクスがありましてね、神戸を舞台にした歌はヒットしないんですよ」
「え、そうなんですか?」Jポップには一家言ある綾香が検索し出した。
「ほんとにねーなあ……」真治も検索し出した。

 松任谷由実: タワーサイドメモリー もんた&ブラザーズ: KOBE 内山田洋とクールファイブ: そして神戸 なんかが出てきたが、俺たちが知っている曲は一つも無かった。

 そんなにつまらないところなのか……俺たちはマイナスの関心を持った。

 で、そんなにつまらないところなら一度見ておこう!
 なんとも神戸の人たちには申し訳ない動機で、俺たちは神戸に向かうことになったわけだ。

「まずは、ここから見て行きましょう」

 冷房の効いたボックスカーを出ると清々しいほどの暑さだ。
「中華料理のレストラン?」すぴかがボケたことを言うが、ボケとは言い切れない雰囲気があった。
 いかにも中国というような塀をめぐらせた門は、この中が立派な中華レストランであるような佇まいだ。
「本場の中華丼が食いたいなあ」
 真治が正直な反応をする。
「ここは関帝廟です」
 車を運ちゃんに任せてきた放出さんが正解を言う。だが、俺たちは初めて聞く名称だった。

「「「「「カンテービョー?」」」」」

 俺たちの不思議時計が動き始めた。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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坂の上のアリスー33ー『USJからの中継』

2020-03-28 05:51:12 | 不思議の国のアリス

坂の上のー33ー
『USJからの中継』   



 

 この物語は『坂の上のアリス』というタイトルだ。

 今日で33回になるけど、アリスが出てきたことは無い。アリスというからにはブロンドの髪にパラシュートみたくスカート膨らんだ水色ワンピに真っ白な胸当てエプロン姿。で、時々懐中時計で時間を気にしている兎が出てこなければならない。ハートの女王もイカレタ帽子屋もハンプティーダンプティーも出てこない。ハートの女王にお目にかかったこともない。

 なのに、なぜ『坂の上のアリス』なんだ?

 実は、坂の上というのは、俺たちが通っている坂の上の高校にちなんでいる。律儀に第一回から欠かさず読んでくれている人なら分かっているんじゃないかと思う。
 じゃ、アリスは?
 これは名前の頭文字なんだ。アは綾香のア、リは亮介のリ、スはすぴかのス、で、『坂の上のアリス』ということになっている。

 ……ということで、俺、新垣亮介は、この物語の主人公の一人……なんだけど……。

 やめてくれェーーーーーーー!!!

 叫んだところで、風を切って急降下してしていった! あとは自分で何を言ったか叫んだか記憶にない。
 一分間の恐怖を味わった後、俺の顔は涙と涎でビチャビチャだった。事前にトイレに行っていたのは正解だ。ビチャビチャが涙と涎だけでは済まないところだった。

 今日は、気分を変えてUFJに来ている。UFJ……なんか違う? あ、そうそうUSJだよな、ユニバーサルスタジオジャパンの略だもんな。

 地面が揺れている……あーー気持ち悪いーーーー。

「これしきのことで、しっかりしなさいよ下僕!」
「そーよ、次は、やっとハリポタエリアなんだからさ!」
 くそ、絶叫系はダメだって言ったのによ。なんでフライングダイナソーから乗るんだよ!
「亮ちゃん、仕方ないよ。ハリポタは混んでるんだから、時間調整しなきゃならないでしょ」
「まだ三十分ほどあるよ」
 あ、俺はヘバッテっから……先いってくれていいよ。
「ニューヨークエリアに行こう! 水鉄砲で打ち放題だからさ! ほら、下僕! 行くわよ!」
 ひ、引っ張るなあ!
「ニイニ、行くぞ!」

 で、ニューヨークエリアでさんざん水鉄砲の的にされる。

 俺はすぴかみたいに大阪に偏見は無いけど、今日ばかりは違う。弱った俺を「キャッキャ」言いながら的にしやがって!
「あら、半分以上は大阪の外から来たお客さんよ。隙あり!」
 グエ! ゲホゲホ! 水がまともに口に飛び込んできた!
「じゃ、日本中大っ嫌いだあああああ!」
「ニイニ、外人さんもたくさん来てるんだよ、トドメ!」
 ウギーーー!
「世界中、みんな嫌いだああああああ!」

 以上、USJからの中継だったぜ……。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

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坂の上のアリスー32ー『閃いたのかもしれない』

2020-03-27 06:25:49 | 不思議の国のアリス

坂の上のー32ー
『閃いたのかもしれない』   



 

 一子が一番恥ずかしそうにしている。

 無理もない、自分の横に座っている女子高生がきれいで、その首から上さえ無ければファッション誌の読者モデルをやれるんじゃないかというぐらいにできあがっている。膝頭を揃えてハの字に開いた足も、小指を立ててストローを摘まんだ右手も、ジュースを飲むたびにコクンコクンとする喉も、とても可憐だ。

 でも、この女子高生は、ほとんど犯罪だ。

 なんたって首から上がハゲのオッサンなんだから!

 交差点の信号待ちで思わぬ邂逅をして、暑さのせいと突き刺さる人目の為に、俺たちは再びメイド喫茶に入った。
 メイドさんたちは大したもので、このヘンテコな六人に嫌な顔一つしない。
 女装の安倍さんにも「お帰りなさいませ、お嬢様♡」と挨拶してくれる。「ただいま~、ミカちゃん!」と、メイドさんに自然に返す安倍さんもなかなかだ。
「安倍さん、どうして大阪なんかに?」
 社交辞令的な話が一巡したところで、すぴかが非難がましく質問する。
「アキバはできあがっちゃってるじゃない、できあがって悪いことはなんだけど、あたし的には進路予想に幅のある関西って魅力的なの」
「そうなの……?」
「うん、あたしが居ない方が、アキバの伸びしろは広くなるのよ。で、ガブリエルは?」
 安倍さんは、ごく自然にすぴかをホーリーネームで呼ぶ。
「神の御声に導かれて……」
「そう、それで四人の使徒のみなさんを従えているのね……みなさんありがとうございます」
 安倍さんは過不足なく挨拶をする。この間も俺たち四人均等に笑顔を向ける、首から上と下のバランスが取れていたら掛け値なしに好感が持てただろう。
「……きれいにしてらっしゃるんですね、横に居るとオーラを感じます」
「アハハ、基本的に化け物だから、せめて出来るところはね、気を付けてます」
 一子のポツリに柔らかく返す。
「安倍さんが完璧にしたら、こんなものじゃないわ」
「そうね……あら、ガブリエル、その紙袋から覗いてるのは、福引の一等賞なんじゃないの?」
「まあ……」
「ほんとは二等賞が良かったって顔ね」
 安倍さんはお見通しなんだろうか?

「安倍さん、よかったら入りませんか?」

 メイドさんが声を掛けてきた。
「あら、ウェルカムダンスね! 十秒待って!」
 ゴムバンドのようなものを頭に装着してから、お下げのウィッグを被った。
 そして二三度顔をクシャっとすると……なんと、完璧な女子高生(それも昭和の頃の)になってしまった。
「じゃ、ちょっと混ぜてもらってきますぅ!」
 なんと、声まで変わってしまった。すぴか以外の四人は目が点になってしまう。

 安倍さんは、三人のメイドさんといっしょにウェルカムダンスを踊った。

 見惚れてしまった。

「あ、そうなのか……」

 すぴかが呟いた……なにか閃いたのかもしれない。
 

 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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坂の上のアリスー31ー『キタアアアアアアアアアアアア!!』

2020-03-26 06:08:54 | 不思議の国のアリス

坂の上のー31ー
『キタアアアアアアアアアアアア!!』   


 

 

 カラン!カラン!カラン!カラーン!!

 リアルでこの音を聞くのは初めてだ!

 なんの音かと言うと、日本橋商店会の福引で一等賞が当たって、打ち鳴らされた鐘の音なんだ!
 ゲームとかアニメで、たまに出てくる。大昔の学校で授業の終わりとかを告げる鐘。今で言えば「キンコンカンコン」のチャイムの音!
 間近で振られると、想定以上の音圧を感じる。

「おめでとうございま~す! 一等ハワイ旅行の当選で~す!!」

 鐘を振りながらアニメ声で、オネーサンが絶叫する。
 このオネーサン、きっと声優だけでは食えないのでバイトなんだろうなあと思う。それもモブ専門、本業では常にその他大勢なので、こういうリアルな場所で張り切ってしまった。そんな感じ。

 居合わせたお客さんや通行人の人たちも祝福の拍手をしてくれる。俺たちも嬉しく、顔をほころばせて拍手してしまう。

「一等賞なんかとってしまって……」

 一等賞をとったすぴかひとりがドヨ~ンと暗い。ボソリと呟いた声はノリのいいスタッフとオーディエンスの歓声でかき消される。
 こういうシュチエーションでの大阪のノリは、多少のドヨーンなど吹き飛ばしてしまう。

「どうする、もっかい福引やってみるか?」

 抽選会場を出て、ドヨ~ンが際立ったすぴかに寄り添ってみた。
「いいえ、もういいわ。運気をコントロールできていないから……それに大阪蛮族どもの暑苦しさが……」
「そっか」
 俺たちも福引券をゲットするために、さして要らないものを買い込んだ末の一等賞のハワイ旅行が当たったんだ。狙いが二等賞のリリシャスフェアリーのフィギュアであったとは言え、やっぱ一等が当たったんだから、正直嬉しくて、ドンヨリのすぴかは一人浮いてしまう。

「呪われてあれ……クソ大阪……」

 静かにではあるが、オドロオドロの怨念の籠った声は意外に周囲に聞こえる。ご通行中の大阪の人たちは、そんなすぴかを歩くウンコみたいに避けていく。綾香は嫌がる風もなくすぴかに寄り添って歩く。妹ながら偉い奴だ。

 いつの間にか日傘をさした女子高生が前を歩いている。

 日傘の下にはお下げが覗いていて、清潔な白が際立つセーラー服の襟をワイプしている。スカートは膝上10センチほどの適度さ、スカートから伸びる白ハイソの脚はしなやかで贅肉が無く、その姿勢の良さと相まって、とても魅力的に見える。
――ヘエー……こんな子がいるなんて、大阪もあなどれないなあ――
 新大阪の立ち食いうどんの店以来の感想を持った。

 だが、違和感……向こうから歩いてくる通行人の人たちがギョッとしたような顔で避けていく。

 あいかわらずすぴかが避けられているのかと思ったが、ちょっと違う。

 交差点の信号が赤になって、みんなが立ち止まる。その女子高生は最前列になって、ヒョイとクロスしている側の信号を見上げた。

 びっくりした!

 その女子高生の横顔は残念すぎた! 瞬間は「それほど可愛くない」という程度なんだけど、頭にかぶっている物を取って汗を拭いたところで「びっくりした!」はマックスになった。
 
 キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 

 その子は、なんと禿げ頭……じゃなくて、禿げ頭のオッサンだった! 

 これは引くわ~~~~!

 だが、次の瞬間、マックスを突き抜けてしまった!

「あ、安倍さんじゃないの!?」

 すぴかが、ドヨ~ン顔をいっぺんにほころばせ、チョー親し気に声を掛けたではないか!

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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坂の上のアリスー30ー『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』

2020-03-25 06:22:35 | 不思議の国のアリス

坂の上のー30ー
『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』  



 お帰りなさいませ~♡ ご主人様~♡ お嬢様~♡

 ちょっと前までの俺だったら、こんな挨拶をされたら回れ右して帰ってしまっただろう。
 聖天使ガブリエルってかすぴかに関わるようになって、いつのまにか慣れてしまった。
 いや、慣れてしまったという自覚も無かった。
「え、あ、ど、ども……」
 顔を赤くしている真治を見て自覚した。俺は慣れて来てるんだ。

 でも、慣れた自分を自覚すると、ちょっぴり心が痛い。

 メイド喫茶に来ても、すぴかと綾香のゴスロリは目立つ。かなりのレイヤーでも真夏に完全装備のゴスロリをしている者は居ないだろ。

「ウ……これは水素水……基本は外していないわね」
 ウェルカムウォーターを口に含んで、すぴかは鑑定した。
「口に含んだだけで分かるの? 水素水って無味無臭でしょ?」
 常識人の一子がツッコミを入れる。
「凡俗は知識というフィルターでしかものを見ない」
 背後の壁に『当店は水素水を使っております』のポップがあるんだが、知らん顔をしておく。

「お待たせしました、ご主人様~♡、お嬢様~♡」

 メイドさんが二人掛かりで注文のあれこれを持ってきた。

 メイド喫茶は基本的には喫茶店なので、食事はランチとカレーとオムライスしかない。覚めた目で見ると、どこの喫茶店のメニューにもあるものなんだけど、こういう萌えの環境で出されると特別なものに感じてしまう。って、俺かなり感化されてんのかなあ?

「「それでは、美味しくなるおまじないをかけさせていただきま~す♡」」

 二人のメイドさんがハモってくれる。二人ともアイドルグループに居てもおかしくないくらい垢ぬけている。

「「おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡ 萌え萌えきゅ~ん!♡」

 真治一人真っ赤で、残り四人は楽しく萌えキュンのオマジナイを受ける。萌え萌えキューン!♡のところで両手でハートを作るのだけど、形を完全なハート型にするのは意外にむつかしい。見たところ、この二人はカンペキなハートを作った。それにオマジナイのフィニッシュにはただの笑顔ではなく、口元をωの形にした。ωは世界平和を願うオタクのシンボルなのだ! 大阪のメイド侮りがたし! wwww……って、俺どうしてしまったんだ!?

「わたしがトドメをさすわ……」

 すぴかがポッと頬を染めて立ち上がった。
「気を悪くしないでね、わたしは聖天使ガブリエル。この五年アキバのピナフォーで修行して『おいしくな~れ♡』の免許皆伝! 1000円のランチを、その三倍の美味しさにしてあげる! ちょっと場所を開けてくれるかしら。違いが分かるように一つだけ避けておくわね」
 ランチ一つと二人のメイドさんを退けると、純花は『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』の呪文に合わせ、外回りに大きく腕を回した。
 そして『萌え萌えキューン!♡』のところでは、親指を下にしてハートマークを作った。

「……もうこれはただの萌えランチではない、我聖天使ガブリエルの肉、アイスティーは我の血と化した、心して食せ!」

 で、あらかじめ避けていたランチと食べ比べると、すぴかの言葉通り三倍は美味しかった! 女執事のナリをした支配人が出てきて「わたくしも失礼して……」と試食。
「いかがかしら?」
「……ウ! ウ! これは美味しい! とても原価100円の冷凍とは思えない!」
 思わず秘密を口走ってしまう支配人。

 それからジャンケンタイムになると、すぴかは五回のジャンケンを全勝、プライズグッズを独り占めしてしまった!

「さすが聖天使! すごいじゃないか!」
 福引会場への道で、正直に褒めちぎった。

あんなことが出来たって……」
「うん?」
「あ……ううん、なんでもない、どうもありがとう」

 おれたちは三度(みたび)福引にチャレンジするのだった……。
 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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坂の上のアリスー29ー『あ、あの、お客さま……』

2020-03-24 06:28:59 | 不思議の国のアリス

坂の上のー29ー
『あ、あの、お客さま……』   



 けっきょく日本橋に居続けすることになった。
 
 理由は簡単、聖天使ガブリエルのすぴかがリリシャスフェアリーのお宝フィギュアに憑りつかれてしまったからだ。

 俺たち門外漢から見れば、どうってことないフィギュアなんだけど、オタクの中では開封品でも10万円ぐらいで取引されるレアものらしい。
 もともとはユリゲーのリリフ(リリシャスフラワーズ)のキャラでフルプライスでも8000円くらいのものだ。それが10万円になるにはいろいろ理由があるらしいが、何度すぴかの熱い説明を聞いても俺には分からない。
 ただ、すぴかが子どものように目を輝かせるので、これは付き合ってやらなきゃならないと、俺と真治と一子は思ったんだ。綾香はむろんすぴかの味方だ。
 でも、最初は福引頑張ってみよう! という程度だった。それが居続けしてしまったのはすぴかの涙だ。

「あれは、ただのリリシャスフェアリーではないの、この現世(うつしよ)に隠されていた聖天使のホーリーパワーの源泉。あれを手に入れれば現世での我が力は無限大になろうほどのもの!」
「そうなのか!」
 と調子を合わせていたが、やっと引きこもりを脱した自分への同情であることは分かるのだろう。
「台座の後ろを見て!」
 賞品の陳列棚の横に回る。
「あ、あの、お客さま……」
 福引係の店員さんに迷惑がられる。そこは福引ブースと柱の隙間でブースの出入り口だからだ。
「すんません、ちょっと確かめるだけだから(^_^;)」
 店員さんをなだめて、50センチほどの隙間に5人がひしめき合って確認した。
「シリアル1111……でしょ……ムギュ~」
「そ、それが~? グギュッ」
「11月11日はわたしが聖天使ガブリエルとして、この地上に降臨した日なのよ……グググ」
「「「「誕生日?」」」」
「天界・魔界・現世の時間軸が重なる聖なるゾロ目なの!」

 で、俺たちは日本橋でせいぜい買い物をして福引に励むことになった。

 しかし、聖天使の福引なので、闇雲に福引の列に並べばいいというものではない。運気が満ちる時間と言うのがあって、それを待って福引のガラガラを回すのだ。
「やったぜ、四等のデジカメだ!」
 くじ運の悪い真治が生まれて初めてカス以上のものを引き当てたが、すぴかはジト目のため息だ。
「午前の運気は使い果たしたわ……次は午後のタームにかけてみましょう」

 で、俺たちは昼食をとるためにメイド喫茶に向かったのだった……。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

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坂の上のアリスー28ー『リリシャスフェアリー』

2020-03-23 06:42:41 | 不思議の国のアリス

坂の上のー28ー
『リリシャスフェアリー』   



 

 けっきょく日本橋に行くことになった。

 日本橋は、東京で言えばアキバだ。電器とオタクの街。

 東京では日本橋と書いて「にほんばし」と読むが、大阪では「にっぽんばし」と発音する。
 ちょっと違和感だけど「にっぽんばし」と発音した方が勢いが出る。そうだろ、サッカーとかバレーとかで観客が応援するとき「にほん! チャチャチャ!」では空気が漏れたようで勢いが出ない。「にっぽん!チャチャチャ!」だろう。

「ふん、そんな下卑た力の入れ方じゃ聖天使には似つかわしくないわ」

 箱根から西に行ったことが無い聖天使ガブリエルこと夢里すぴかはレースのヒラヒラ袖を翻しながら悪口を言う。
 ちなみにすぴかと綾香は白黒色違いのゴスロリファッションに、ご丁寧に天使の羽まで付けている。
「よくそんななりで汗かかないな?」
 真治がスポーツドリンクを飲みながら、で、飲んでいるのと同量の汗を流しながら呆れている。
「ホホホ、わたしをなんだと思っているの。聖天使よ。体も心がけも違うのよ」
 よく見ると、わが妹の綾香も黒のゴスロリで汗をかいていない。
「いつもならタンクトップでも汗みずくなのに……」
「心がけがちがうのよ」
 ジロッと睨みながら言う、白と黒の違いはあるがすぴかと同じノリだ。一見小憎らしいが、生まれてこのかた兄妹をやっているので、すぴかに合わせてやっているのが分かる。偉いよ、おまえの外面は。

「日本橋には呪いがかかっているのよ」

 一子までがへんなことを言う。

「地下鉄日本橋で降りると、めったなことではたどり着けないのよ」
「え、そうなのか?」
「ええ、現に、わたしたちが下りたのは恵美須町だったわ」
「ム~、その割に聖地としては二線級ね」
 たしかに日本橋は堺筋という大通りに面した一本道と、せいぜいその裏通り。アキバのような厚さはないような気がする。
「あ、でもやっぱり呪いの街かも……見て、五階百貨店と書いてあるのに平屋だわ」
「大阪の蛮族には五階に見えるのかしら……」
 大阪にケンカを売ってるのかというようなことを言う。

 大手のヨドバシカメラは検索すると梅田にある。ソフマップもアキバよりも小規模だ。ラジオ会館のようなオタクの総合デパートのようなところもない。すぴかの目は蔑みの混じった力みから失望に変わってきた。

 やっぱ、この暑さでゴスロリは大変だろう。

 が、福引会場の前ですぴかの目の色が変わった。

「あ、あ、あ……あれを見てよ!」

 すぴかが指差した先には福引の商品……で、さらに指先を見ると、その指は一等のハワイ旅行ではなく二等のフィギュアに向けられていた。

「ほ、欲しい……リリシャスフェアリー!」

 俺たちは、福引をひくために思わぬ買い物をすることになってしまった。


 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

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