エアメールって言うのよ、バカ。
国際郵便という呼び方を、セクハラ発言を咎めるように睨んだうえ、ひったくるようにしてエアメールをふんだくる綾香。
瞬間ムカつくが、兄妹喧嘩するほどの気力もないので、突っ立ったままでいる。
「……んだ、お父さんからじゃない」
思いっきり興ざめしたため息を吐いて、エアーメイルをテーブルに投げ出した。
「なんだと思ったんだよ」
「思わないけど、ステキと思っちゃうじゃん、エアーメイルで横文字でアドレスとか書いてあってさ。ね、返事書くんだったらさ、エアコン付け替えたいから十万円ほど余計に送ってって書いといて。ヨッコラセっと!」
「どこ行くんだよ」
「ゲオよゲオ、兄貴だからって信頼してしまったわたしがバカだった。自分で借りてくる」
「だったら、これ返しといてくれよ」
DVDの山を顎でしゃくると、綾香は、セクハラオヤジを見るようなジト目で言った。
「自分の不始末は自分で始末しなさい」
夏の暑さにも効用があると思った。これほどバテていなければ、ガキの頃に泣かせてやったコブラツイストを掛けていたところだ。
「……んだよ」
ソフアーに寝っ転がると、背中に妹の温もりが伝わる。気分が悪いが、場所を変える気にもならない。
このソファーにエアコンの冷気がそよいでくるのにも気が付いた。見上げるとエアコンの吹き出し口はソファーの一点に固定されていたのだ。
「で、なんだよオヤジは……」
手紙は、親父らしく無駄に元気な文面で仕事が忙しいことが書かれていて、二枚目で―― というわけだから当分日本には帰れない、綾香と二人でノビノビ夏を満喫してくれ! ―― と、脳天気なことを書いている。
んなもん、メールで送れば済むことだろが!
だが、それは単なる前振りにすぎなかった。
―― 関西旅行は無事に所期の目的を果たせたようだ、感謝する ――
感謝はいいが、なにが目的だったのかサッパリわからないのが気持ち悪い。
そして、四枚目。
―― かわりにお祖母ちゃんを見舞ってきてくれ ――
「……んだって?」
お祖母ちゃんというのはお袋の方で、田舎の介護付き有料老人ホームに入っている。老人ホームに入ってから久しく会っていない。億劫というほどじゃないけど、この暑さと道のりを思うと、やっぱ――喜んで!――という気持ちにはならない。
とりあえず後で考えよう。
そう決めて、手紙を封筒に戻そうとすると、小さなカードがハラリと落ちてきた。
それは、お祖母ちゃんの部屋のカードキーであった。
♡主な登場人物♡
新垣綾香 坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし
新垣亮介 坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし
夢里すぴか 坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止
桜井 薫 坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん
唐沢悦子 エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ
高階真治 亮介の親友
北村一子 亮介の幼なじみ