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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・44『桃畑律子の想い』

2018-10-09 06:37:21 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある44
『桃畑律子の想い』
    


 エレベーターのドアが開いて中年の男性が出てきた。

 どこか人生に疲れた中間管理職風だ。


 男は二三歩歩いたところで、緩んだオナラをした。それが情けないのか、ため息一つついて、トボトボと廊下を歩き出した。
 突き当たりの廊下を曲がって、バンケットサービスの女の子がワゴンを押しながらやってきた。女の子は壁際に寄り男性に道を譲って一礼をする。
 そして、男性を体一つ分見送ると、ワゴンからパルス銃を取りだし、男性の背中を至近距離で撃った。男性は、また緩んだオナラをすると、前のめりに倒れ、廊下の絨毯を朱に染めていった。同時にスタッフオンリーのドアから警察官が現れ、一瞬状況の判断に迷って隙ができた。女の子は、警察官を羽交い締めすると、持っていた銃で、警察官のこめかみを撃ち抜き、パルス銃を握らせると、派手な悲鳴を上げてその場にくずおれ失禁した。

「これは……」
 優奈はじめ、ケイオンの一同は声も出なかった。
「この録画が、律子を変えたんだよ……」
 桃畑中佐が、静かに言った。

 ケイオンの選抜メンバーは《出撃 レイブン少女隊!》を、より完ぺきなものにするために、極東戦争で亡くなったアイドル桃畑律子の兄である桃畑空軍中佐の家を訪れていた。そして、見せられた映像が、これであった。
「これは、後で解析した映像なんだ、もとのダミー映像が、これだ」

 女の子が、ワゴンを押しながら壁際に寄ったところまでは、いっしょだが、そのあとが違った。警察官がスタッフオンリーのドアから現れて、いきなり男の背中を撃った後、自分のこめかみを撃って自殺している。

「我々は、この映像に三時間だまされた。警官がC国の潜入者か被洗脳者かと思い、その身辺を洗うことに時間と力を削がれた」
「殺された男性は」
 加藤先輩が、冷静に質問した。あとのメンバーは声もない……ボクも含めて。
「統合参謀本部の橘大佐。C国K国との戦争を予期して、極秘で作戦の立案をやっていた。正体が見破られないように、あちこちのホテルや、宿泊所を渡り歩いていた」
「あのオナラには、意味がありますね……」
 幸子が、ポツリと言った。
「さすがに佐伯幸子君だ。あのオナラは、参謀本部のコンピューターで解析すると、圧縮された作戦案だということが分かった。で、二回目のオナラはセキュリティーだ。自分に危害を加えたものにかます最後ッペ。ナノ粒子が、加害者の体に被爆されるようにできている。ナノ粒子なんで、服を通して肌に付着し、さらに、吸引されることによって、半月は、その痕跡が残る。C国はそこまでは気づかなかったようだ」「でも、同じ現場に居たわけだから、ナノ粒子を被爆していてもわからないんじゃないですか?」
「至近距離にいた警官よりも、離れていたバンケットサービスの女の子の被爆量が多いのは不自然じゃないかね……」
 中佐は、録画の先を回した。

「君の被爆量が多いのは不自然だね……」

 ホテルの出口を出たところで、バンケットサービスの女の子は呼び止められた。とっさに女の子は、五メートルほど飛び上がると、走っている自動車のルーフに飛び乗った。次々に車を飛び移ったあと、急に彼女は、どこからか狙撃され、道路に転げ落ち、併走していた大型トラックの前輪と後輪の間に滑り込み、無惨にも頭を轢かれてしまった。その場面は我々にも見せられるようにモザイクがかけられていた。
 幸子には辛かっただろう。幸子の目にモザイクなんかは利かない。そして、なにより自分が死んだときとそっくりな状況だったから。でも、プログラムモードの幸子は、他のメンバーと同じような反応しかしなかった。

「これを見て律子さんは……」

「亡くなった警官は、メンバーの恋人だった。そのころは公表できなかったけどね」
「そうなんだ……」
 優奈は、ショックを受けたようだ。
「でも、これはきっかけに過ぎない。律子は勘の良い子でね『同じようなこと、日本もやってるんじゃないの』と、聞いてきた」
「日本にもあるんですか?」
「当時はね、近接戦闘や策敵は、素質的には女性の方が向いている。ほら、女の人って、身の回りのささいな変化に敏感だろう」
「家のオヤジ、それで浮気がばれた!」
 ドン謙三が言って、空気が少し和んだ。
「で、この能力は15~18歳ぐらいの女の子が一番発達している。身体能力もね。そこで、空軍の幼年学校の生徒から、志願してもらって、一個大隊の特殊部隊を編成した。戦史には残っていないが、これが対馬戦争の前哨戦だよ」

 映像の続きが流れた、対馬の山中での百名規模の戦いだ。主に夜戦が多いので、画面は暗視スコープを通した緑色の画面ばかり。でも、息づかいや、押し殺した悲鳴、ちぎれ飛ぶ体などが分かった。

「これで、対馬の基地への敵の潜入が防げた」
「これって、宣戦布告前ですよね」
「ああ」
「これ、政府のトップは知っていたんですか?」
「……知ってはいたが、無視された」
 ボクは、こないだ、ねねちゃんといっしょにお仕置きした的場防衛大臣の顔が浮かんだ。
「この大隊長は、里中……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
 ボクは、ねねちゃんのお母さん里中マキが隊長であったと確信した。

「律子は、これを見て《出撃 レイブン少女隊!》を書き上げて作曲し、怒りと悲しみをぶつけて平和を勝ち取ろうとしたんだよ」

 桃畑中佐は、そういうとリビングのカーテンをサッと開けた。モニターの画面は薄くなったが、みんなの心の灯はついたままだった……。  


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・43『優奈 そしてプレコンサートへ』

2018-10-08 06:07:13 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある43
『優奈 そしてプレコンサートへ』
    



 ウチにできるわけありませんよ!

 優奈は、目と口を倍ほどに開き、まるで悪魔払いをするように。見方によっては、ウルトラマンが及び腰でスペシウム光線を発射するときのように、両手で×印を作って抵抗を試みた。

「絶対、絶対、ぜった~い、で・き・ま・せ・ん!!」

 しかし、加藤先輩と幸子を相手にしては、唾の聖水も、スペシウム光線も無力だった。
「あたしとサッチャンの意見が一致したの。これは、その通達であって、優奈に選択権は、あらへんの」
 加藤先輩は、唾の聖水を拭いながら宣告した。
「今の優奈ちゃんの力では、確かにしんどいけど、優奈ちゃんの前向きな姿勢は、きっとわたし以上の仕上がりになるわよ」
 幸子もニヤニヤしながら、しかし、真剣な目で告げた。
「視聴覚教室の修理も終わって、今日から真っ新なステージ。これも、なにかの因縁ね。連れてきて!」
「覚悟しな、優奈……」
 ギターの田原さんが、目配せをすると、ヘビメタ担当のマッチョ六人が優奈を担ぎ上げた。暴れた優奈は、担ぎ上げられた瞬間、スカートがめくれあがり、イチゴパンツが剥きだしになったが、ヘビメタは優奈のスカートごと足を押さえつけ、学校の「下着が見えるようなスカートの穿き方をしてはいけない」という校則をクリアー。
「拉致だ! 誘拐だ!」
 と、優奈は叫んだが、校則には拉致も誘拐も書いてはいない……。

 優奈の代わりには、幸子が戻された。

 自称『幸子ファンクラブ』の会長の祐介は喜んだが、本心では寂しがっている。軽飛行機突入事件で、祐介が優奈のことを体を張って守ったのを知っている。でも、まあ、優奈の大抜擢なので、ケイオン全体としては祝福している。なによりも幸子が全力で応援したことが、この出来事を明るくしていた。

「もっと、口は大きく開けて、目はつぶるんじゃなくて!」
 加藤先輩の指導は厳しい。
「ほら、選抜に決定したときの顔思い出してみ!」
 幸子は、「絶対、絶対、ぜった~い、で・き・ま・せ・ん!!」のシャメを撮っていて、それを本人に見せた。即物教育だ。幸子は、演劇部に行く余裕も無くなってきたので、先輩たちを説得し、演劇部全員をバックダンサーにした。秋のコンクールまではヒマだったので、演劇部も喜んで参加。そのバックダンスの練習がカッコイイというので、演劇部だかケイオンだか分からない新入部員が五人も入った。そうするとプレイヤーが貧弱になるので、ボクたちのグループもバックバンドとして入ることになり、真田山高校としては、過去最大の編成になった。そして、ナニワテレビが幸子の降板から本番までをドキュメンタリーにする企画を持ち込んだことが、みんなを勢いづかせた。

「どう、うちの系列のホール確保するから、一度プレコンサートやってみない!?」

 お馴染みキャスターのセリナさんの発案で、大規模なプレコンサートをやることになった。
「大会事務局からクレームつきませんかね」
 顧問の蟹江先生は心配してくれたが、セリナさんはお気楽だった。
「これに刺激されて、他局でも似た企画やりますよ」
 セリナさんの読みは当たった。他局も有力と思われる学校のオッカケを始め、NHKでさえ、特集番組を組むようになった。

 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後、校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放してしまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!


 極東事変以来、国民の意識が変わった。ことなかれの政府の意向とは裏腹に、極東の情勢は緊迫していた。それを知って、国民の多くは冷静に有事に備える気構えを持ち始めた。十数年前の極東戦争では、戦死傷者数万を出している。そういう事態にならないための備えであった。戦わないためには、戦う決意が必要だ。
 そのために、真田山高校軽音楽部は、演奏作品に《出撃 レイブン少女隊!》を選んだ。先の極東戦争のきっかけになった対馬戦争のとき、危険を顧みずアジアツアーのため乗っていた飛行機もろとも撃ち落とされた、オモクロの桃畑律子の持ち歌である。

 プレコンサートは大成功だった。優奈も自信を付けた。スニーカーエイジそのものを盛り上げることにもなった。

 しかし、パラレルワールドを取り巻く事態は、俺たちの知らないところで動き始めていた。そして、俺たちが、それに気づくのには、もう少し時間が必要だった……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・42『幸子失格』

2018-10-07 06:45:04 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある42
『幸子失格』
    

 

 我が家には、ささやかなこだわりがある。

 二十一世紀も半ば過ぎだというのに、いまだに紙の新聞をとっているのだ。

 新聞を開いたときに、アナログな情報の山が、紙とインクの匂いをさせながら目に飛び込んでくるのは、脳の活性化に役に立つと、2020年だったかに、28人目の日本人ノーベル賞受賞者のナントカさんが提唱して以来、右肩下がりだった新聞購読が増えるようになり、今でも世帯の25%は新聞を購読している。

  しかし、この紙の新聞で弁当を包むという前世紀の習慣を維持しているのはウチぐらいのものだろう。
 
 この習慣は、意外にお袋の習慣だ。

 編集という特殊な仕事柄なのかもしれないが、去年、親父とのヨリが戻り、家族の復活をしみじみ感じたのは、この新聞紙に包んだ弁当を学校で開いたときかもしれない。
 お袋は早起きで、朝の支度をしながら新聞を読み、必要なものは、その場で切り抜き、残ったもので弁当をくるむ。何ヶ月も新聞を溜め込むようなことはしない。やはりニュースは新鮮さが第一というのは、今の人間である。

 その日はテスト終了後の短縮授業。

 学校は昼までなんだけど、部活があるので弁当を持ってきた。何気なく広げっぱなしにしていた新聞紙に幸子は注目した。
「へえ、先月の極東事変の裏は、甲殻機動隊が……」
「あ、あの防衛大臣の首が飛んだやつ」
「あれ、軍が大臣に内緒で攻撃準備してたんでしょ。あれ勝ったんで戦争にならずに済んだって。戦争やってたら、スニーカーエイジどころじゃないもんね」
 優奈が、食後のお茶を飲みながら言った。
「押さえた記事になってるけど、仕掛けたのは甲殻機動隊だって……」

 ちがう。

 俺は、一カ月前、ねねちゃんにインストールされて、ねねちゃんのママの死に立ち会ったことや、そのあとDepartureして防衛省に潜入したことを思い出した。あれは、義体であるねねちゃんの判断だった。ねねちゃんは、あれからも急速にねねちゃんらしさを取り戻している。それに比べて、わが妹の幸子はあいかわらず。義体として他人になりきる技術は完ぺきだ。小野寺潤を始め、骨格の似ているアイドルには完ぺきにコピーできる。もうレパートリーは20を超え、いくつかを合成して、オリジナルな佐伯幸子としてもアルバムを出すようになった。
 ただ、幸子は、あくまで終末放課後アイドルに徹しており、高校生活に穴を開けるようなことはしなかった。

「さ、お兄ちゃん、練習だよ」
「はいはい」
 幸子は、ケイオンの選抜メンバーに選ばれても、昼や休憩時間の半分以上は、もとの仲間と時間を過ごすようにしている。妹ながら気配りのできた奴だ。もっとも、それはプログラムモードのときだけで、ナチュラルモードのときは、相変わらずのニクソサである。

 それから一週間、スニーカーエイジのプロディユーサーが学校にやってきた。

 顧問の蟹江先生立ち会いの下で、選抜メンバーはプロデユーサーに会った。
「やあ、プロデューサーの的場です。大事な話なんで、ぼく自身で来ました」
 初対面なんだけど、どこかで会ったような気がした。
「あ……兄貴が、こないだまで国防大臣。でもナイショね。かっこ悪いし、兄貴は兄貴、ぼくは、ぼくだから」
 そう言うと、的場さんは頭を掻いた。でも、兄貴がドジな国防大臣であったのとは違う緊張感がした。
「なんでしょう、もし編成に関わるようなことならハッキリ言うてください。わたしらも対応せんとあきませんから」
 加藤先輩が促した。的場さんは、メンバーの顔を見渡してから口を開いた。
「申し訳ないが、佐伯幸子さんの出場が認められなくなりました」

 一瞬、みんなが凍り付いた。

「理由はなんですか」
「佐伯さんの芸能活動です」
「それは、登録するときに問題ないて、言わはったやないですか!」
 ギターの田原さんが広義した。
「登録時はセミプロだったが、今はヒットチャートの常連だ。立派なプロだよ」
「そんな……」
 みんなの口から同じ言葉が漏れた。
「しかし、それは殺生だっせ」
 いつも口出しをしない、蟹江先生が平家蟹のようになって言った。
「規約では、出場者は、学校や、エージェントが不良行為と認めた場合に出場をとりけすことがある……としか書いてまへんけど」
「あと、もう一点、プロと認定された者は出場できないとあります」
「待ってください。わたしがプロなのは週末だけです。それ以外は普通の高校生です」
「スニーカーエイジの本選は週末に行われる……週末の君はプロなんだ」

 外の蝉の声が、ひときわ大きく耳障りに聞こえてきた……。  

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・41『Departure(逸脱)・2』

2018-10-06 06:56:49 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある41
『Departure(逸脱)・2』
    


 母が息を引き取りました……モスボールおねがいします

 管理室からナースがやってくるまでの間に、わたしはママのバトルスーツに着替え、駐車場に向かった。
「わるいけど、アズマ貸して。夕方までには帰ってくる」
「あ、あんたは?」
「甲殻機動隊、第一突撃隊隊長里中リサ。ねねのママよ。ねねの制服とカバン預かっといて」
「え、ええ!?」
 わたしは、呆然とする拓磨を置き去りに、第三名神を目指した。

 二時間半後、わたしは防衛省から一キロ離れたパーキングに着いた。

 セキュリティーレベル2の地域で、政府関係者や、政府と特殊な関係にある者でなければ、パーキングは許されない。幸い、このアズマは、小なりと言えど青木財閥の車である。パーキングのセキュリティーには、青木社長の秘書のIDをかましてある。そのまま防衛省の中に入ることもできたけど、のちのち拓磨の迷惑になることは避けたかったので、実在の警務隊員のパスをコピーした。本人は仮死状態で植え込みの中で転がっている。三十分は生命反応も出ない。もっとも三十分を超えると、罪もない警務隊員は、そのまま命を失う。仮死状態にする寸前彼女の彼の顔が浮かんだ。一カ月後に結婚の予定のようだ。二十分もすれば仕事は済む。ごめんね……。

 ここに来るまでの二時間で防衛省のセキュリティーは完全に解読した。庁舎に入る寸前で、バトルスーツをステルスモードにした。エレベーターは重量センサーが付いているので使えない。わたしは、地下三階の動力室に向かった。ここの床や、天井にも重量センサーが付いているので、そのままでは入れない。警備員の頭に、動力室からのノイズのダミーをかました。
「ん……?」
 警備員が不審に思い目視で室内の異常確認をする十秒の間に潜り込む。警備員が床に足を降ろすタイミングに合わせて、床に足を着く。警備員の体重は、わたしの体重を引いた分しか感知しないようにしてある。そして、その間に制御板に爆薬をしかけると、警備員の足に合わせて部屋を出る。花粉症の警備員は、部屋を出る寸前クシャミをしたが、それは織り込み済みだ。瞬間跳躍してごまかす。ただ、体重をもどしたとき、オナラをされたのにはヒヤリとした。幸いセンサーは誤差と読んだが、わたしは、極東戦争から十数年で失われた緊張感が悲しかった。

 長官室の前まで来ると、意外にセキュリティーは甘い。

「甲殻機動隊、第一突撃隊長入ります」
「入れ」
「失礼します」
「ん……おまえは!?」
「セキュリティーの過信ね、声紋チェックもしないなんて。ここは突撃隊でも総隊長しか入れないのよ。わたしは第一突撃隊長と言っただけ」
「里中、治ったのか?」
「里中リサは、二時間前に死んだわ。助からない放射線障害であることは、的場さんが一番ご存じでしょ。だから二階級特進で少佐にしてくれたんでしょ」
「おまえは……」
「義体よ……」
「グノーシスか!?」
「どうでもいいわ。あなたが防衛政務官だったとき、どれだけ状況判断を誤ったか。死ななくていい二千人が命を落とした。里中リサのように後遺症で亡くなった人間も合わせれば一万人は超えるでしょうね」
「……!」
「この部屋のセキュリティーにはダミーをかましてある。あなたは、甲殻機動隊の来栖総隊長と話してることになってる。ゆうべ東海地方で、亜空間にほころびができたから」
「な、なにをさせたいんだ、わたしに!?」
「K国とC国の機密条約を流してもらう。両国ともに、こちらへの攻撃準備に入っているのは、情報として上がってきているはずよ。防衛大臣である的場さん。あなたが一人で握りつぶしている……でしょ。機密条約が子供だましなのは、それこそ子供でも分かるわ。条約と情報の両方を流してもらうわ。そうすれば国民も気づくでしょう、第二次極東戦争の危機だって。そして、的場さんたちがどれだけ日和っていたか。もう、昔のハニートラップで懲りたはずでしょうに、性根が腐ってるのね」

 ドーーーーーーーーーーン!!

 腹に響く衝撃音。

「な、何をした!?」
「動力室を吹き飛ばしたの。予備電力で見た目に大きな障害はないでしょうけど、ここのMPCは、全部ダウン」
「な、なんてことを!」
「K国もC国も同じことをやろうとしていた。互いにフライングだって騒ぎになるでしょうね。ただ、わたしが、それより早くフライングしたから、現場の対応は早いわ。的場さんの首が一つ飛んで、大事にはいたらないんだから、良しとしましょう。ほら、お土産」
「ア、アルバイトニュース!?」
「明日から、額に汗して働くのよ、ボクちゃん」

 そうして、わたしはそのまま防衛省を後にした。

 途中、C国とK国の工作員に出くわした。やつらの頭は情報収集で一杯だったので、ダミーの情報をかますことは簡単だった。両国とも互いのフライングだと思っている。
 ただ、現場は忙しいだろう。明日と思っていた攻撃が今日始まった。敵も同じで、準備はまだ整っていない。あらかじめ国防大臣の意向を無視して準備していた味方の勝利は間違いない。パパたちは少し忙しくなるだろうけど、わたしのDepartureは、これで、おしまい。

 夕方になって警察病院に戻った。オート走行でもどると、待合いから拓磨が慌てて出てきた。
「ねねちゃん、大丈夫……!?」
「とりあえず、制服くれる?」
 下着姿のわたしは、ドアの窓を半分だけ開けて、腕を伸ばした……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・40『Departure(逸脱)・1』

2018-10-05 07:05:18 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある40
『Departure(逸脱)・1』
    


 病室に入ると十数年の時間が巻き戻され、それが超高速でリプレイされるような間が空いた。

 ……………

 ママもわたしも、それに戸惑って、ようやく言葉が出た。

「ねね……?」
「……ママ」

「ねねなのね……!?」
「うん、ねねだよ……本当にママなんだ!」
「こっちに来て、顔をよく見せて……」
 わたしは(俺の感覚はほとんど眠ってしまって、ねねちゃんそのものになっていた)ベッドに近づき、ママが両手で顔を挟み、記憶をなぞるように、そして、それを慈しむように撫でるのに任せた。髪がクシャクシャになることさえ懐かしかった。ママは仕事にいく前に、いつもこんな風だった。
「意外と、胸が大きい」
「もう十六歳だよ」
「もう大人だね……」
 ママは、ベッドに横になったまま、わたしを抱きしめた。
「ちょっと苦しいよ、ママ」
「ごめん。ねねのことは……もう死んだと思っていた」
「わたしも、ママは死んだと思っていた」
「パパは。ねねのこと、何も話してくれないもんだから」
「わたしにも、何も話してくれなかった……さっき、この病院に行くように言われて、ひょっとしたらって気はしてたんだけど。パパの話って、いつも裏があって、ガックリしてばかり、こうやってママを見るまで……見るまでは……」

 あとは、言葉にはならなかった。

「昨日までは滅菌のICUにいたのよ。それが、今朝になって普通の病室。最終現状回復までしてくれた」
「最終……」
「最終原状回復。LLD……もう手の施しようのない末期患者に、治療を中断するかわりに、健康だった時の状態で、終末を迎えさせてくれる。そういう処置。ママの場合、状態がひどいんで、立って歩くことはできないけど、こうやって、昔の姿を取り戻すことができた。甲殻機動隊の鬼中尉も、最後は女扱いしてくれたみたいね」
「ママは、もう少佐だよ」
「そんなお情けの特進なんか意味無いわ。わたしは、いつも現場にいたときのままの中尉よ」
「うん、なんかママらしい」
「カーテンを開けてくれる。せめてガラス越しでも、お日さまを浴びたいの」
「はい」

 わたしは部屋中のカーテンを開けた。

 ママは一瞬眩しそうな顔をしたけど、すぐに嬉しそうな顔になった。本当はいけないんだけど、窓を少し開けて外の空気を入れた。

「ありがとう、懐かしいわね、この雑菌だらけの空気」
「雑菌だなんて失礼よ。常在菌と言ってあげなきゃ」
「ハハ、そうだよね。ごめんね常在菌諸君。ねね、フェリペに入ったんだね」
「あ、フェリペって、ママ嫌いだったんだよね」
「ママ、一カ月で退学になったからね。でも、懐かしい、その制服。ねね、よく似合ってるよ」
 開けた窓から、初夏の風が流れ込んできた。それを敏感に感じ取って、ママは深呼吸をした。つぶった目から涙が一筋流れた。
「ママ……」
「ねねも義体なんだね……」
 わたしは、内心ギクリとした。太一さんの心が邪魔をして、うまく表情をつくれない……どうしよう。
「お日さまに晒すと、義体の目は反射率が生体とは異なるの……ここに来て……」
 ママは、ベッドの側にわたしを呼んで、首筋に手を当てた。やばい、全てを読まれる……。
「かわいそうに、人質にとられたのね。パパは、それでも屈しなかった……で、ねねほとんど……」

 そう、パパの戦闘指揮に手を焼いたK国の秘密部隊が、わたしを人質に取った。情報は、ハニートラップにかかった政府の要人から、筒抜けだった。

 パパは、わたしの脳の断片から、わたしの記憶や個性を情報として保存し、向こうの世界が提供してくれた義体に移し替えた。わたしをグノーシスのプラットホームにすることを条件に。
「義体だって卑下することはないのよ。ねねの感受性や個性は、ちゃんと生きて成長しているもの。あなたは、わたしのねねよ」
「ママ……」
 涙で滲むママが続けた。
「ほんとうは、ねねのこと生むはずじゃなかった」
「え……」
「こんな仕事していると、家庭や子どもは足かせになるだけ。でも、政府が勧めたの、極東世界の安定を印象づけるためにも、最前線の兵士も、家庭を持つべきだって。で、バディーだったパパと結婚して、ねねが生まれたの。政府のプロパガンダに乗せられただけだけど、後悔はしていない。こうやってここに、ねねがいるんだもん」
「ママ……」
「でも、辛い思いばかりさせて、ごめんね。ママは、ねねのこと大好き……だ…………」

 ママがフリーズした。

 LLDの特徴だ。死の直前まで、元気な姿でいられるけど、その死は前触れもなく、あっと言う間にやってくる。フリーズしたら一秒で命の灯がが消える。
 わたしは、その一秒で、ママの情報をコピーし、あとはずっとママを抱きしめていた。十数年ぶりで会ったのに、あまりにあっけないお別れだったから。

 パパに、すぐに来て欲しいとDMを送った。東海地方の亜空間のほころびが大きくなって、その手当のために行けないという返事が返ってきた。

 わたしは、Departure=逸脱することを決意した……。
 


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・39『里中ミッション・4』

2018-10-04 07:09:04 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある39
『里中ミッション・4』
    


 里中副長は複雑な表情で俺の顔を覗き込んだ……。

「もう一度、ねねにインストールされてやってくれないか」
「え、また青木のやつが?」
「彼は、もうねねの崇拝者だよ。こんどは、ちょっと厄介だ……」

 というわけで、ボクは再びねねちゃんのPCに入り込んで里中ミッションを遂行することになった。

 土曜日だったので、午前中は私学である大阪フェリペに通わなくてはならない。

 家には、ハナちゃんの修理に手間取っていると伝えてフェリペの校門をくぐる。

 やっぱり女子校というのは慣れない。

 まず制服。前は緊張していて、スカートの中で内股が擦れ合う違和感しか感じなかったが、フェリペの制服は、ジャンパースカートの上から、一つボタンの上着を着るだけである。体を動かすたびに、自分の……今はねねちゃんの体の香りが、服の中を伝って香ってくる。この年齢の女の子のそれは独特だ。幸子で慣れてはいるんだけども、のべつ幕無しであるのにはまいった。

 チサちゃんが、完全にクラスに馴染んでいるのは嬉しかった。

 チサちゃんは、向こうの世界の幸子だけど、向こうの世界は極東戦争の真っ最中であったりグノーシスの中でも意見が分かれ、状況が不安定なため、こちらに来ている。
 記憶はボクの従姉妹ということになっている。CPではなく、生身の頭脳に書き込まれているのが痛ましかった。でも、見た限り、高校生活を楽しんでいるようなので安心。

「ねねちゃん、ナプキン持ってる?」

 二時間目が、終わって、チサちゃんが耳打ちしてきた。ボクはドッキリしたけど、プログラムされたねねちゃんは素直に反応する。
「はい、どうぞ」
 むき出しで、それを渡す自分に驚いた。チサちゃんはマジックのように受け取ると、見えないようにして背後のヨッチャンという子に渡した。
「サンキュー」
 ヨッチャンがチラッと視線を送って、行ってしまった。ボクは、ドギマギしながら曖昧な笑顔を返した。
「ねねちゃん、偉いね」
「え、どうして?」
「こういうのって、変にポーカーフェイスでやったりするじゃない。それをサリゲニ『ドンマイ』顔してあげるんだもん。そういうの自然には、なかなかできないものよ」
 俺は、ただ戸惑っただけなんだけど、プログラムされたねねちゃんの感情表現といっしょになると微妙な表情になるようだった。

 放課後、駅まで行くと、拓磨が待っていた。

 一瞬「あ」と思ったけど、朝自分でメールしたことを思い出した。
「駅の向こうに回してあるから」
 拓磨は、そう言うと、地下道を通って駅の裏に行き、わたしは少し遅れて後に付いていった。

「お母さん、大事にな……」

 自走モードの運転席から、拓磨が遠慮気味に声を掛けてきた。自走モードだから、ドライバーの気持ちや、気遣いがモロに伝わってくる。拓磨は、心から心配してくれて、控えめに励ましてくれている。さすがに青木財閥の御曹司、病院の名前を伝えただけで、事情は飲み込んでくれたようだ。

 警察病院S病棟……表面は放射線治療病棟。内実は、極東戦争で重傷を負った……有り体に言えば、回復不能者のホスピスだ。

 この情報は、今度ねねちゃんのPCにダイブして初めて分かったこと。
 ねねちゃんのお母さんは優秀な甲殻機動隊のオフィサーだった。対馬戦争の初期、カビの生えたような武器使用三原則に縛られて、打撃力の強い武器の先制使用ができなかった。敵は、違法な超小型戦術核砲弾を装填してきたとアナライザーが警告していた。

「みんな、逃げて!」

「でも、中尉は!?」
「わたしは、敵を引きつける」
 お母さんは、そう言うとデコイを三発打ち上げた。
「あんなデコイが有効だなんて考えてるのは、政府のエライサンだけですよ」
「だからよ。敵もデコイの真下にあなた達がいるとは思わない。認識票を置いてさっさと行きなさい!」
「それじゃ、中尉一人がターゲットになってしまう」
「大丈夫、着弾する前に逃げる。まだ、かわいい娘がいるの、その付録の亭主もね。大丈夫、正気よ」
「中尉……」
「早く!」
「はっ!」
 部下は無事に逃げた。お母さんも、居所を二度変えたあと、居場所を特定される認識票や、武器を全部捨てて逃げた……それで間に合うはずだった。敵は国際条約に違反した弾頭を使っていた。そして、お母さんは、大量の放射線を浴びてしまった。

 わたしは、今までここに来ることは禁じられていた。情報さえインストールされていなかった。鍛え上げたお母さんの感覚では、わたしが義体であることなんか直ぐに見破ってしまうからだ。

 でも、お母さんには、もう時間は無かった。だからお父さんは太一さんをインストールした状態で、わたしを寄こしたんだ。太一さんといっしょなら、オリジナルのねねが表現できるから……。



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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・38『ハナちゃんの向こう傷』

2018-10-03 06:47:35 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・38
『ハナちゃんの向こう傷』
    


 水っぱなを、袖で横にふいたような向こう傷がついていた。

「やっぱり、流れ弾……」
『どうしよう、顔に傷がついちゃった』
 一見ぶっそうな会話だけど、これは、ボクと高機動車ハナちゃんとの会話。

 東京での『メガヒット』の帰りの空でハナちゃんは、向こうの世界から飛び込んできたパルス弾の流れ弾を受けそうになり、その傷が残ってしまったのだ。ハナちゃんは、フロントグラスを赤くして恥ずかしがった。
「ニュースで、老朽化した人工衛星が落ちてきたって言ってる……」
 チサちゃんが、スマホを見ながら言った。
「ウワー、怖い~、ヤバイとこだったんだ」
 幸子は、プログラムモードで、佳子ちゃんや、優子ちゃんといっしょにブリッコしている。
『カッコ悪いから、ハナ、メンテにいってきますう。太一さん着いてきて~』
「え、オレ?」
『メンテナンスは、太一さんの担当!』

 そういうわけで、明くる日が休みということもあって、ボクはハナちゃんに乗って甲殻機動隊のハンガーまで行くことになった。

「かすり傷でよかったな」
 出迎えた里中副長が、開口一番に言った。
「やっぱり、向こうの流れ弾ですか?」
「ああ、夕べ相模湾で、大規模な空中戦があったみたいだ」
「相模湾で?」
「ああ、こっちに遅れた分、かなり派手な戦争になっているみたいだ。亜空間に穴が空いて流れ弾が飛び込んでくるぐらいだからな。ごまかすために、人工衛星を一基落とすことになったがな」
『装甲にも異常なしだから、チョチョイと塗装して、おしまいでしょ♪』
「いや、状況分析のPCに問題がある。丸一日は検査だな」
『え、どーして。ハナの解析じゃ、異常無しなんですけどオ……』
「じゃ、なんで、メンテナンスに太一君が着いてくるんだ」
『あ、太一さん、どうして?』
「どうしてって、おまえが着いてきてくれって言ったんじゃないか!?」
『そう……だっけ?』
「まあ、オフィスで休んでくれよ」
 里中副長の仕業だと思った。

 オフィスの応接に通された。

「いらっしゃい。また、パパの無茶につきあわされそうね……」
 ねねちゃんが豚骨醤油ラーメンの大盛りを持ってやってきた。
「ねねちゃん……いやあ、ありがたいな。まだろくに晩飯食ってないんだ」
「ハナちゃんが、そう言ってたから。ハンバーガー一個だけなんでしょ?」
「そうなんだよ、食べ盛りの女の子が四人もいたし、幸子のメンテで、放送局の弁当も食べられなかったし……うん、美味い!」
「ハハ、ほんとに美味しそう」
 お盆で顔の下半分を隠して笑うねねちゃんは、とても自然だった。
「食いながら聞いてくれ」
 里中副長が、くわえ煙草で入ってきた。
「だめでしょ、たばこは体に悪いの」
「これは、電子タバコだよ」
「電磁波吸ってるようなものよ」
 ねねちゃんは、里中副長がくわえたままのタバコの先を、ハサミでちょんぎった。里中副長はびっくりし、それから、固まった。
「……どうかしましたか?」
「い、いや、昔、カミサンによくやられたもんだから……」
「ひょっとして、プログラム外の行動ですか?」
「パパのタバコを止めさせるのは、これが一番」
「ねね、ちょっと外してくれ」
「はいはい」
 ねねちゃんは――頼むわね――というような目配せをして、出て行った。

「……こないだ、君がインスト-ルしてくれてから、ねねのやつ少し変なんだ」
「自律的になってきたんですね……」
「ああ、今のようにな」
「興味深い変化ですね……」
「で、一つ頼みがあるんだが……」

 里中副長が複雑な顔をして、ボクの顔を覗き込んだ……。



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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・37『まとまらない考え』

2018-10-02 06:24:42 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・37
『まとまらない考え』
         

 

 

 幸子はボクのメンテナンスしか受け付けなくなっている……。

 そんな考えが頭をよぎった。なにか大変なものが動き出している兆しのようなものを感じて、高機動車ハナちゃんに乗って大阪に帰る間、これまでのことをまとめてみた。
 メンテナンスして、幸子はもとに戻っていた。帰りは、その幸子を中心に、チサちゃん、佳子ちゃん、優子ちゃんも盛り上がっていたので、一人で集中することができた。

 この世はパラレルワールドと言って、ほとんど同じ世界が同時に存在し、そのことは両方の世界の一部の人間しか知らない。
 二つの世界の有りようについては、両方の世界に跨るグノーシスという組織がコントロールしているのだが、絶対ではない。
 グノーシス自体揺れている。

 味方であったハンスが敵になったり、敵であった美シリ三姉妹が、味方になって、向こうの世界の幸子を千草子として預けにきたり。
 そもそも向こうでは、こちらが十年以上前に終えた極東戦争を今頃やり始めている。こちらの世界も、向こうの世界の失敗を学習し、修正を加えている。向こうの世界では、広島、長崎以外に新潟にも原爆が落とされている。こちらの世界では、修正されている。
 この二つの世界の関わり方に、両方の世界が、グノーシスを中心に揺れている。

 そして、この二つの世界にとって、小学五年生から義体化している幸子は重要な存在で、幸子の周辺では、いろいろ事件が起こっているが、こっちの世界では甲殻機動隊が守ってくれている。
 幸子の頭脳の95%はCPで、普段はプログラムされた人格で暮らしている。残った5%あまりの本来の頭脳を取り戻そうと幸子は懸命だけど。それは、今のところCPのインストール能力を高めることにしか役に立っていないようで、それはAKRの小野寺潤を極限までコピーし、自分自身と区別がつかなくなるところまで適応過剰するようになってしまい、バグってしまった。

 そして、幸子はボクのメンテナンスしか受け付けなくなっている……。

 ボクも、重要な存在になりつつあ……っと思ったら、優子ちゃんが振り回したスィーツが、まともにボクの顔に当たり、ボクの思考は中断されてしまった。
「かんにん、太一にいちゃん」
 一瞬怒ったような顔になったのだろう、優子ちゃんが怯えたような顔で謝った。
「兄ちゃん、容量オーバーな考えしてると、不細工になって、いっそうモテなくなるよ!」
 幸子が、ニクソ可愛く言う。むろんプログラムされた人格で。
「ううん、考え事してるター君もなかなかやわよ」
 佳子ちゃんが、妹の不始末をティッシュで拭き取ってくれている。そのとき、ちょっとした衝撃が走り、ハナちゃんが少し揺れた。
「……ちょっと、二人、キスしちゃったでしょ!」
 チサちゃんが鋭く指摘した。
「そんなこと……」
「あった……!」
 優子ちゃんが、その瞬間をスマホで撮っていた。
「ちょ、ちょっと!」
 姉の、あらがいも虚しく、その映像は、車内のモニターに大きく映し出された。
「お、おい、ハナちゃん!」
『間違えた、こっちの映像』
 次ぎに出された映像は、強烈なパルス弾が、ハナちゃんの鼻先をかすめる瞬間になっていた。
「これ、攻撃を受けたの……?」
 お母さんが、顔を引きつらせた。
『……いいえ、流れ弾のようです』
 ハナちゃんは、佳子ちゃんたちの手前詳しく言わなかったが、ボクたちには向こうの世界からのものであると付け加えていた。
『でも、この瞬間の二人の心拍数、血圧、瞳孔の広がり、発汗などから、ラブラブになる可能性……』
「ウワー、そんなこと言わなくっていい!」
 佳子ちゃんの叫び声で、ハナちゃんの声は聞こえなかった……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・36『幸子の変化・2』

2018-10-01 06:51:42 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・36
『幸子の変化・2』
         


 出てきたのはAKR総監督の小野寺潤だった。

 そして、ひな壇にも小野寺潤が居た……。

 

  エーーーーーーーー!?



 スタジオのどよめきが頂点にさしかかったころ、MCの居中と角江が、さらに盛り上げにかかった。
「こりゃ大変だ、潤が二人になっちゃった!」
「い、いったいどういうことなんでしょうね!?」
 二人の潤は、それぞれ、自分が本物だと言っている。
「でも、あなたが本物なら、わたしは何なんでしょうね?」 
 二人の潤は、まだ演出の一部だろうと余裕がある。
 二人の潤を真ん中にして、メンバーのみんなが、まるでマダム・タッソーの蝋人形と本物を見比べる以上の興奮になってきた。
「蝋人形は、動かないから分かるけど、こんなに動いて喋っちゃうと分かんないよ」
 メンバー若手の矢頭萌が困った顔をした。
「じゃ、じゃあ、みんなで質問してみよう。ニセモノだったら答えられないよう質問を!」
 居中が大声で提案。二人の潤を真ん中のまま、みんなはひな壇に戻り、質問を投げかける。

「飼っている猫の名前は?」
「小学校のとき、好きだった男の子は?」
「今日のお昼ご飯は?」

 などと、質問するが、その多くはADさんがカンペで示したもので、俺たちもそんなには驚かない。
 幸子と小野寺潤は骨格や顔つきが似ていて、幸子のモノマネのオハコが小野寺潤なので、今日は、ずいぶん力が入ってるなあ……ぐらいの感触だった。
「じゃ、じゃあね、ここに小野寺さんのバッグ持ってきました。中味を御本人達って、変な言い方だけど、当ててもらいましょうか」
 角江がパッツンパッツンのバッグを持ち出した。
「公正を期すため、フリップに書きだしてもらおうよ。1分以内。用意……ドン!」
 スタジオは、照明が少し落とされ、二人の潤が際だった。

「「出来ました!」」

 二人の潤が同時に手をあげ、それがおかしくて、二人同時に吹きだし、スタジオは笑いに満ちた。
「さあ、どれどれ……」
 角江が回収して、フリップがみんなに見せられた。
「アララ……順番は多少違いますが、違いますが……書いてることはいっしょですね」
「じゃ、とりあえず、バッグの中身をみてみましょう。角江さん、よろしく」
 角江が、バッグから取りだしたものは、若干の間違いはあったが、フリップに書かれた中身と同じだった。
「まあ、これは、予想範囲内です」
「ええ~!?」スタジオ中からブーイング。
「じつは、一人は潤ちゃんのソックリさんです。あらかじめ情報も与えてあります。でも、ここまで分からないなんて予想しなかったなあ」
「どうするんですか、居中さん。このままじゃ番組終われませんよ」
「実は、このフリップはフェイクなんです。中身はソックリさんにも教えてあります。だから、同じ内容が出て当たり前。これから、このフリップを筆跡鑑定にかけます。中身はともかく、筆跡は真似できませんからね。それでは、警視庁で使っている筆跡鑑定機と同じものを用意しました!」

 ファンファーレと共に、筆跡鑑定機が現れた。

「これ、リース料高いから、いま正体現さないでね……」
 おどけながら、居中は、フリップを筆跡鑑定にかけた。二人の潤は「わたしこそ」という顔をしていた。
 三十秒ほどして、結果が出た……。
「そんなバカな……」

 鑑定機が出した答は『同一人物』だった。

「したたかだなあ、ソックリさん。筆跡まで……え、あり得ない?」
 エンジニアが、居中に耳打ちした。
「同じ筆跡は一千万分の一だってさ!」
「でも、わたしのほうが……」
 同時に声を出して、顔を見合わせて黙ってしまった。

「太一、過剰適応よ。メッセージを伝えて」
「メッセージ?」
「二人に向かって、『もういい、お前は幸子』だって気持ちを送ってやって……」
 ぼくは、機転を利かしフリップに小さく「おまえは幸子だ」と書いて気持ちを送った。

 やがて……。

「ハハ、どうもお騒がせしました。わたしがソックリの佐伯幸子で~す!」
 おどけて、幸子が化けた方の潤が立ち上がった。
「ビックリさせないでよ。予定じゃ、筆跡鑑定までに正体ばれるはずだったのに! 浜田さんも言ってくれなきゃ」
 ディレクターまで引っぱり出しての、お楽しみ大会になった。

 それから、幸子は潤とディユオをやったり、メンバーといっしょに歌ったり踊ったり。週刊メガヒットは、そのとき最高視聴率を叩きだして生放送を終えた。

「わたし、本当の自分を取り戻したくって……でも、CPのインスト-ル機能が高くなるばかりで、わたし本来の心が、なかなか蘇らない」
 潤の姿のまま、幸子は無機質に言った。感情がこもっていない分、余計無惨な感じがした。
「でも、オレのメッセージは通じたじゃないか。『おまえは幸子』だって」
「……そうだよね。それで、廊下で小野寺さんと入れ違って、ここまできたことが思い出せたのよね」
「少し、進歩したんじゃないのか」
「でも、小野寺潤が固着して、元に戻れない。メンテナンス……メンテナンス……」
 そして、電子音がして、幸子は止まってしまった。
「……さあ、またメンテナンスか……」
 そのとき、幸子の口が動いた。
「わ、わたし、自分で……」
「わたしが、シャワールームに連れていく」
 お母さんが、幸子をシャワールームに連れて行った。廊下で待っている心配顔の仲間には「幸子、ちょっと横になっているから」と説明。直後、お母さんがボクを呼んだ。

「太一じゃなきゃ、だめみたい」

 シャワールームで、幸子は裸で、背中を壁に預けて座っていた。まるで気をつけのまま座らせたリカちゃん人形のように。
「メンテナンス」
 そう呟くと、幸子はゆっくりと膝を立てて開いていった……。




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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・35『幸子の変化・1』

2018-09-30 06:57:07 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・35
『幸子の変化・1』
   


 その日は週間メガヒットの生放送の日だった。

 19時局入りだったので、幸子は演劇部の部活もケイオンの練習もしっかりやって、18時過ぎに高機動車ハナちゃんに乗って帝都テレビを目指した。念のため、ボクたちは大阪の真田山高校にいる。帝都テレビは東京の港区だ。1時間足らずで、500キロ以上移動しなくちゃならない。リニアでも無理だ。

 ハナちゃんは、高速に入ると急加速し、気がついたら空を飛んでいた。
「ハナちゃん、空も飛べるんだ!」
 お母さんが、無邪気に喜んだ。
『これでも、甲殻機動隊の高機動車ハナちゃんです。マッハ3で飛びます。今のうちに食事してください』
 お母さんは、用意しておいたハンバーガーのセットをみんなに配りだした。
「しかし、マッハ3で飛んでるのに、衝撃もGも感じないね」
『エッヘン、衝撃吸収はバッチリ。最先端の旅客機並ですよ』
「衝撃吸収装置って、小型自動車ぐらいの大きさじゃん。この小さなボディーに、よく収まったね」
『そこが、甲殻機動隊ですよ』
「里中さん、しばらく会ってないけど、元気?」
『ええ、こないだのねねちゃんの件、感謝してらっしゃいました』
「なに、ねねちゃんの件て?」
「みんな、早く食べないと、もう浜松上空よ」
 幸子が、あっさりと食べ終わって、チサちゃんがびっくりしている。チサちゃんも学校帰りに真田山にやってきて合流している。見学半分、家に帰っても、お父さんが帰ってくるまでは独りぼっちなんで着いてきたの半分。他にも佳子ちゃんが妹の優子ちゃんを連れて同席している。
「ハナちゃんが居るから大丈夫なんでしょうけど、ガードの方も大丈夫なんでしょうね」
『大丈夫、ハナを信じて。それに、もっと強力なガーディアンが……あ、これ内緒です。お母さん』
「え、どこ?」
 お母さんは、窓から外を見渡した。車内にソレが居ることは、そのときのボクにも分からなかった……。
 難しいことなんか考えてるヒマもなく、ハナちゃんは帝都放送の玄関前に着いた。
『じゃ、終わる頃には、関係者出口の方で待ってます』
 ハナちゃんは、みんなを降ろすと、さっさと駐車場の方へ行ってしまった。

「お母さん達はスタジオで待ってて。今日の準備は極秘なの」
 幸子は、そういうとみんなを楽屋から追い出した。こんなことは初めてだったけど、これも幸子の自律回復の兆しと納得して、スタジオに向かった。
 途中、お馴染みにになった、AKRのメンバーと廊下ですれ違う。小野寺さんを始め、みんなキチンと挨拶してくれる。アイドルも一流になると、このへんの礼儀もちがう。
 廊下を曲がるとき、小野寺さんがスタッフに呼ばれ、別室に向かうのがガラス窓に映った。メンバーの総監督ともなると忙しいもんだと……その時は思った。

 生放送だけど、リハーサルめいたことは何も無かった。ディレクターからザッと進行の説明があったあと、出演者の立ち位置、フォーメーションやマイク感度、照明のチェックが行われただけ。AKRのメンバーはひな壇で雑談しながら並び始めた。副調整室とやりとりがあって、ADさんの手が上がる。
「じゃ、本番いきます。10秒前……5・4・3・2……」
 Qが出て、テーマが流れ、みんなの拍手。
「週間メガヒット!! 今夜もみなさんにアーティストやその作品についての最新情報をビビットにお届けします」
「さて、今夜はいきなり特別ゲストの登場です!」
 スナップの居中、角江コンビのMCで、スタジオ奥のカーテンが開いた。
 数秒の拍手……そして、スタジオはどよめいた。ボクたちも驚いた。

 出てきたのは、AKR総監督の小野寺潤だった。そして、ひな壇にも小野寺潤が居た……。



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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・34『青春の夕陽丘』

2018-09-29 07:03:57 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・34
『青春の夕陽丘』
        


 

 あのう……加藤先輩が話があるって、放送室まで!

 真希ちゃんは用件だけ言うとさっさと行ってしまった。
「なんやろ……?」
 ドラムの謙三が、真希ちゃんの残像に声をかけるように呟いた。
 
 わがケイオンは規模も大きく、技量も三年の選抜メンバーは、スニーカーエイジなどでもトップクラス。だけど、それ以外は、マッタリしたもので、軽音楽部というよりは、ケイオン。楽器を通じて結びついている友だち集団に過ぎず、そういう緩い結びつきのバンドの連合体みたいなのが実態で、加藤先輩と言えど、日頃の他のバンドを呼び出したり、指導したりということは、ほとんど無い。

 放送室の狭いスタジオは、先輩達とその楽器で一杯。ボクたち四人が入るとギュ-ギューだ。

「ごめん、こんなクソ狭いとこに呼び出して」
 加藤先輩が、そう言うと、他のメンバーが楽器をスタジオの隅に寄せて、スペースを造ってくれた。
「あのう、なんでしょうか?」
 一応リーダーの祐介が声を出した。
「メンバーの編成替えやりたいねん」

 唐突だった。

 メンバーの編成は、自然発生的に出来たものを優先し、先輩達が口を出すのは、編成が上手くいかなかった時に調停役をやるときぐらいで、今年の編成は、どのグル-プも出来上がっていた。

「太一、あんた、うちのギターに入ってくれる」
「え、ギターは田原さんが……」
「ギター二枚にしよ思て。ボーカルがウチとサッチャンやんか。自分で言うのもなんやけど、この二人のボーカル支えるのには、田原クン一枚では弱い」
「でも、ギターなら、他に上手い奴は一杯いますよ」
「そやけど、サッチャンの兄ちゃんは太一一人や。サッチャンは演劇部と兼部や。練習は、演劇部の休みの日と、向こうの稽古が終わった五時半からや。どうしてもツメがが甘なる。そこで太一やったら兄妹やさかいに、呼吸も合わせやすいし、家で細かいとこの調整もできるやんか」
「はあ……」
「そっちのギターは、もう決めたある。真希ちゃんに入ってもらう」

 真希ちゃんが、さっさと行ってしまったのは、このことを知っていたからだろう。ボクたちは決定事項の追認を迫られているだけだ。

――こんなの横暴だ――

 メンバーみんなが、そういう気持ちになったが、誰も口には出さなかった。

 加藤先輩たちに逆らって、この学校ではケイオンはやっていけない。

 それに、今年のスニーカーエイジを考えると、加藤先輩と幸子がボーカルをやるのはベストだし、そのメンバーにボクが入るのも妥当だろう……一般論では。
 幸子は義体で、普段人前で見せている幸子の個性はプログラムされたそれで、けしてオリジナルではない。ただ、そういう刺激が、幸子の中に僅かに残ったオリジナルな個性を、ゆっくり育てていることも確かだった。今度いっしょのメンバーになることが、どれだけ幸子にプラスになるか分からないが、俺は四捨五入して前向きに捉えようとした。

 その日は、練習そっちのけで、みんなで保津川下りに遊びにいく話ばかりした。むろん新メンバーの真希ちゃんも含めて。ボクたちは何より争うことを恐れる。だから、必死でたった今言い渡された理不尽を、触れないということで乗り越えようとした。

「太一、ちょっと付き合わへん?」

 保津川下りの話を過ぎるほど明るくしたあと、ボクたちは早めに帰ることにした。で、優奈がいきなり切り出してきた。
「え、ああ、いいけど」
「太一に見せたいもんがあるねん」
 
 そして、二十分後、ボクと優奈は四天王寺の山門前に来ていた。
「ここから見える夕陽は日本一やねん」
「え、ほんと?」
「昔はね……せやから、このへんのこと夕陽丘て言うねん。ナントカガ丘いう地名では、ここが一番古い。大昔は、ここまで海岸線で、海に落ちる夕陽が見事やねん」
 太陽は、高いビル群の間に落ちようとしていた。正直、東京で観る夕陽と代わり映えはしなかった。
「想像してみて、ここは波打ち際。見渡す限りの海の向こうにシルエットになった淡路島、六甲の山並み、その間をゆっくりと落ちていく夕陽……」
 優奈は目をつぶりながら話していた。優奈の目には古代の夕陽が見えているんだろう。
 一瞬微妙な加減で、夕陽がまともに優奈の横顔を照らした。優奈の横顔が鳥肌が立つほど美しく見えた。

 こんな優奈を見るのは初めてだ……。

 その微妙な一瞬が終わると同時に優奈は目を開けた。

「いま、ウチのこと見とれてたやろ!」
「え……うん」
「アホ。こういうとこはボケなあかんねん。シビアになってどないすんねん」
「だって、優奈が……」
 潤んだ優奈の目に、あとの言葉が続かなかった。
「バンド解散するときに、一回だけ太一に見せたかってん」
「夕陽をか?」
「うん。そんで、おしまい。明日は、また新しい朝日が昇る。そう言いたかってん」

 そして、優奈は目の前の道が「逢坂」といい「大阪」の語源になったことや、ここから北に向かって並んでいる天王寺七坂のことを説明してくれた。ずいぶん博識だと思ったら、お父さんが社会科の先生であることを教えてくれた。一年間同じバンドにいながら、ボクは優奈のことはほとんど知らなかったんだと思い知った。

 気づくと、優奈は『カントリーロード』を口ずさんでいた。

「……カントリー・ロード 明日は いつもの僕さ 帰りたい 帰れない さよなら カントリー・ロード♪」
「うまいな」
「当たり前、ボーカルやでウチは……あ、行きすぎてしもた」
 ボクたちは逢坂を下って、松屋町通りを北上していた。
「ま、ええわ。この先が源聖坂や。ええ坂やで」
 確かにいい坂道だった。道幅は狭いけど石畳で和風の壁に囲まれ、途中緩くZの形に道が曲がっている。坂を登り切って振り返ると、太陽はとっくに西の空に没し、残照が西にたなびく雲をファンタジックに染め上げていた。
「ほんと、きれいだなあ……来た甲斐あったよ」
「優奈のとっておきでした。ほな地下鉄乗ろか……」

 そうやって、振り返ると……その手のホテルが建っていた。

「あ……」
「惜しいなあ、制服着てなかったら入れたのにね……」
「ゆ、優奈!」
「アハハ、赤こなった。太一のエッチ!」

 優奈は、大阪の女の子らしく、ボクをイジリながら、コロコロ笑って地下鉄の駅にリ-ドした。
 大争乱が始まる前の、ボクたちのささやかな青春の最初の一コマだった……。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・33『葉桜の木陰で』

2018-09-28 06:41:09 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・33
『葉桜の木陰で』
    


「おや、キミも僕の姿がみえるようだね……そして、僕が何者かも」

 言われてみれば、その通りだ。死んだ人が見えたり、その人が佐伯雄一さんだというのは俺の思いこみだ。
「思いこみじゃない。キミたち、兄妹の力だよ」
「ボクたちの?」
「ああ、向こうの妹さんも気づいているようだが、気づかないふりをしてくれている」
「佐伯さんは、その……」
「幽霊だよ、今日は、こんなに賑やかに墓参りに来てくれたんで嬉しくてね」
「すみません、亡くなった方を、こんな風に利用して」
「パパは、そんな風に思ってないわよ、お兄ちゃん」
「パパ?」
「墓石の横に、千草子の名前が彫ってあっただろう」
「ええ、今度のことで、ある組織がやったんです。申し訳ありません」
「いや、あれは、元からあるんだよ。ただ、赤く塗ったのは、その組織の人たちだがね」
「それって……」
「千草子ちゃんは、実在の人物だったの」
「もう、十年前になる。僕たち夫婦は離婚して、千草子はボクが引き取っていた。家内は女ながら事業家で、世界中を飛び回り。僕は絵描きで、ほとんどアトリエ住まい。で、子育ては、僕の方が適任なんで、そういうことにしたんだ……」
「月に一回は、家族三人で会うことにしていたの」
 チサちゃんは、まるで自分のことのように言う。
「あのときは、別れたカミサンが新車を買ったんで、試乗会を兼ねてドライブにいったんだ……」

 ボクには、その光景がありありと見えた。

 六甲のドライブウェーを一台の赤い車が走っている。
 車はオートで走っていて、親子三人は、後部座席でおしゃべりしていた。
「昔は、自動車って、人間が運転していたの?」
 幼い千草子ちゃんが、興味深げに質問した。
「今の車だって、できるわよ。千草子が乗るような幼稚園バスや、パパの車は、いつもはオートだけどね」
「パパは、実走免許じゃないからね。車任せさ」
「あたし、実走免許取ったのよ」
「ほんとかよ!?」
「ストレス解消よ。そうだ、ちょっとやって見せようか!?」
「うん、やって、やって!」
 千草子ちゃんが無邪気に笑うので、ママは、その気になった。
「おい、この道は実走禁止だろ。監視カメラもいっぱい……」
「ダミー走行のメモリーがかませるの。ウィークデイで道もガラガラだし」
 ママは、千草子ちゃんを連れて、前の座席に移った。

 そして悲劇が起こった。

 同じように実走してくる暴走車と、峠の右カーブを曲がったところで鉢合わせしてしまった。不法な実走をする者は、監視カメラや衛星画像にダミー走行のメモリーをかますために、衛星からの交通情報が受けられない。二台の実走車は前世紀のロ-リング族同様だった。ママの車は、ガードレールを突き破り、崖下に転落。
 パパは助かったが、ママと千草子は助からなかった。
 そして、佐伯家の墓に、最初に入ったのは千草子だった。

「で、先月、やっとわたしもこの墓に入ることになったんですよ……」
「チサちゃんは?」
「転生したか、ママのほうに行ったか。ここには居ませんでした」
「そうだったんですか……」
「千草子が生きていれば、ちょうどこんな感じの娘ですよ」
「感じも何も、わたしは、パパの娘だよ。パパこそ自分が死んでるってこと忘れないでよ」
「ああ、もちろんだよ。千草子、なにか飲み物がほしいなあ」
「なによ、自分じゃ飲めないくせに」
「雰囲気だよ、雰囲気」
「はいはい」
 チサちゃんが行くと、佐伯さんは真顔になった。
「太一君」
「はい」
「幽霊の勘だけどね。しばらくは平穏な日々が続くが、やがて大きな争乱になる。どうか、千草子……あの娘さんのことは守ってやって欲しい。君たちは巻き込まれる運命にあるし、それに立ち向かう勇気も力もある」
「佐伯さん……」
 握った、その手は、生きている人間のように温かかった。

「お兄ちゃん、パパは?」

「日差しが強くなってきたんで、お墓に退避中」

 ボクのいいかげんな説明を真に受けて、幸子に呼ばれるまで、葉桜の側を離れようとしないチサちゃんだった……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・32『チサちゃんの墓参り』

2018-09-27 06:30:56 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・32
『チサちゃんの墓参り』
    


 日ごと、チサちゃんの様子が変わってくる。

 チサちゃんは、向こうの世界の幸子で、ひいひい祖父ちゃんの一人が違う(向こうの世界では、新潟に原爆が落とされ、源一というその人は亡くなっている)けども、五代もたつと、ひいひい孫になる幸子とチサちゃんのDNAの違いは6・25%に過ぎず、見た目には、まったく区別がつかない。だから、こちらの世界で保護するときには、髪を短くしたり、眉の形を変えたりしたが、挙措動作はまるで同じ。幸子がプログラムモードのときなど、薄暗がりだと区別がつかなかった。

 それが、最近微妙に変わってきた。

 例えば、ティーカップを持つときに小指を立てるようになった。呼びかけて振り返ったりすると微に小首を傾げて、幸子とは違った可愛さになる。念のため、幸子が可愛いのはプログラムモードのときだけ(ボク以外の第三者がいるとき)で、本来のニュートラムモードでは、あいかわらず愛想無しの憎たらしさである。ま、幸子本来の神経細胞は数パーセントしか生きておらず、うまく感情表現ができないのは仕方がない。

「お父さんのお墓参りがしたいんです」

 チサちゃんが言い出した時は驚いた。チサちゃんの記憶は全てがバーチャルである。甲殻機動隊の担当が、元ゲ-ムクリエーターで、そいつが創り上げたもので、バーチャルであるための不足や、矛盾が当然ある。
「ここがお墓。この日曜日が四十九日だから」
 ウェブで検索したら、《佐伯家の墓》というのが実際出てきた。

『その程度のことなら、もうバーチャル処理済みだ』

 里中副長の一言で墓参りに行くことになった。

 半分ピクニックみたいなお気軽なもの……それはチサちゃん自身の提案。幸子の企画で、筋向かいの佳子ちゃん優子ちゃん、バンドのみんなに里中副長親子、その他まで付いてきた。
「おい、あれ、ナニワテレビの車じゃないのか?」
 こちらは、今やちょっとしたスターになった幸子の取材で追っかけてきている。最初のサービスエリアに着いた時は、うちの車、高機動車のハナちゃん、レンタルのマイクロバスに、放送局と四台も車が並んでしまった。

 お墓は高台の墓地の一角にあり、真新しいオブジェのような墓石が建っていた。

 佐伯雄一というのが、チサちゃんのお父さんということになっていて、お父さんとは従兄弟ということになっている。
 ナニワテレビのクルーも含め、みんなでお墓に献花し、本来なんの関係もない佐伯雄一さんの四十九日の法要を勤めた。里中副長が、なぜか浄土真宗の僧侶の資格を持っていて、導師を勤めてくれる。
「お父さんて、いくつ顔持ってんの?」
「資格だけで、五十八。あと、わたしのCPに登録されていないものも幾つか……わたしにも分かんない」
 ねねちゃんは、にっこりと答えた。ああ、この笑顔が青木拓磨をメロメロにしたんだなあ……俺自身、ねねちゃんのCPにインストールして、一日使っていた義体なので、なんとも懐かしかった。拓磨は、ねねちゃんのガードと称して、くっついてきているが、さすがにちょっかいは出さない。ねねちゃんを見る目が、女の子へのそれではなく、なにか師匠を見るような目になっている。
 
 目というと、ボクがねねちゃんと喋っていると、佳子ちゃんと優奈の視線を時々感じる。この視線は、のちのち面倒の種になるのだけど、鈍感な俺は、まだ何も気がついてはいなかった。

 献花の途中で、墓石の横を見ると、佐伯雄一の名前の横に佐伯千草子という名前が彫り込まれて赤く塗られていた。これは将来、チサちゃんもこの墓に入ることを意味していて、ボクは、さすがにやりすぎだろうと感じた。

 あとは、墓場を少し下ったところにあるキャンプ場で焼き肉パーティーをやった。ナニワテレビは気を利かしてカラオケのセットを貸してくれて、カラオケ大会になった。むろん抜け目なくカメラを回し、セリナさんは、ちゃっかり幸子の独占インタビューなんかやっている。

 あちこちで盛り上がっていると、肝心のチサちゃんが居ないことに気づいた。さっきまでいたのに……。

 チサちゃんは、墓場からつづら折れになった小道が下りきった、葉桜の側にいた。
 側に寄ってみると、木の向こうの誰かと話している様子だった。
「チサちゃん……」
 声を掛けると、チサちゃんが振り返る。木の向こうの人も顕わになって振り返った。

 その人の姿に見覚え……それは、墓で眠っているはずの佐伯雄一さんだった!
 


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・31『里中ミッション・3』

2018-09-26 06:41:26 | ボクの妹

が憎たらしいのには訳がある・31
『里中ミッション・3』
    


 俺の脳みそとねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。

「大阪城の天守閣って、鉄筋コンクリートなんだよね」
 まずは、小学生レベルの話題で、拓磨の自尊心をくすぐる。
「ああ、そうや。昭和の6年に市民の寄付金で再建されたんや。150万円の寄付が集まったんやけど、5万円はうちのひいひい祖父ちゃんが寄付しよったんや」
 拓磨は、単純にのってきた。
「すごい、再建費用の5%だね!」
「ハハ……ねねは、数学弱いんだな」
「どうして?」
 拓磨は、アイスクリームを買いながら計算していた。
「150万円のうちの5万円なら、3・3%じゃん。ほら」
 アイスをくれた。
「このアイスいくら?」
「いいよ、こんなのオゴリの内にも入らへん」
「いいから、いくら?」
「うん、300円やけど」
「150円が儲けで、120円がアイス。30円がカップかな」
「なんや、原価計算か?」
「天守閣は50万円しか掛かってないんだよ。このアイスのカップみたいなもの」
「え……ほんなら残りの100万円は?」
「公園の整備費が20万円。残りは後ろの三階建て?」
「なんや、この地味なテーマパークのお城みたいなんは?」
「陸軍の師団司令部」
「こんなもんに金使うたんか!?」
「ここ軍用地だもん。バーター交換」
「せやけど、80万はエグイで。半分以上やないか」
「でも、それは大阪市民には内緒だったんだよ」
「それは、ひどい!」
「その提案したの、市会議員やってた拓磨のひいひい祖父ちゃんよ」
「うそ……!」
「『軍の要求分は、われわれ産業人で持ちましょ。市民からの寄付は、全て天守閣の再建に当てる』そう言って市議会の賛同を得たんだって」
 話題の効果か、拓磨はカップの先まで食べてしまった。
「うん、確かに、このアイスはカップまでおいしいなあ」
「そういう心意気と思いやりが、拓磨の血にも流れてるといいわね」
「そら、オレかて青木の跡取りやさかいな」

 この話で通じるようなら、これで許してやってもいいと思った。

 天守閣横の石垣のベンチに並んで、腰掛けた。

 目の前は膝の高さの石垣があり、それを超えると、15メートルほど下に西の丸公園が広がっている。旅行者とおぼしき家族連れが八割、残り二割がアベック。中には熱烈に身を寄せ合っているアベックもいる。どうも、拓磨は、その少数のアベックに触発され、ひいひい祖父ちゃんの高潔な血など、どこかへ吹っ飛んでしまったよう。

 目の輝きは、西空のお日さまの照り返しばかりではないようだ。
 ソヨソヨと拓磨の腕が、わたしの背中に回り始めた。肩を抱かれる寸前に、わたしは目の前の石垣にヒョイと飛び移った。

「うわー、気持ちいい!」
 わたしは、その場で軽くジャンプして拓磨の方を見た。勢いでスカートが翻り、太ももが顕わになった。
「危ない!」
 そう言って、拓磨は生唾を飲み込んだ。恐怖半分、スケベエ根性半分と言ったところ。
「拓磨も、こっちおいでよ」
「いや、おれは……」
「な~んだ。わたしのこと好きなのかと思ってたのに」
「え……分かってくれてたんか?」
「もろわかり。車のCPに細工して、わたしを怪しげなとこに連れていこうとしたのは、いただけないけどね」
「かんにん、そやけど……」
「そこまで好きなら、ここにおいでよ」
 拓磨は、へっぴり腰で、石垣の上に上がってきた。
「こ、これでええか……?」
「拓磨、初めて地下鉄のところで会ったときのこと覚えてる?」
「あ、ああ。忘れるもんかいな!」
「ほんと?」
「ああ、運命の出会いやったさかいな」
「じゃ、あのときの、やって見せてよ」
「え……なにを?」
「狭い歩道で、バク転やってくれたじゃん」
「え……それを、ここで!?」
「そう。愛のあかしに……拓磨の気持ちが愛と呼べるならね」
 拓磨は、半べそをかいていた。
「わたし、フィギヤスケートやってんの。さすがにトリプルアクセルは無理だけど、二回転ジャンプしてみせる。拓磨は、それに続いて」
 わたしは、きれいに二回転ジャンプをやってみせた。まわりの旅行客の人たちが拍手をしてくれた。

 さあ、勝負は、ここから……。

「おい、ニイチャン、自分も決めたらんかい!」
「せやせや!」
 オーディエンスから野次が飛ぶ。
「み、見とけよ……えい!」
 予想外に、拓磨はやる気になった。しかし、力みかえり過ぎてバランスを崩し、石垣を転げ落ちた。
 すかさず、わたしもジャンプした。拓磨の腕を掴み、もう片方の手で石垣の隙間に手を掛けた。
「不器用だけど、とことん気持ちは歪んでないみたいね。オトモダチならなってあげる。それ以上はゴメンよ」
「ねねちゃん……」
「あとは自分の力で、なんとかしなさい。手を離すわよ、ボクちゃん……」
「た、た……」
 助けての言葉を言い切るころに、拓磨は尻餅をついていた。なんたって、拓磨の足と地面は5センチもなかった。
「じゃ、今日はこれで、オトモダチの拓磨クン」
 わたしは、ヒラリと降りて、西の丸公園の外へと出て行った。

――ミッション、コンプリート!――

 里中さんの声が頭の中で聞こえて、俺は自分の体に戻った。
「思ったより、君とねねの相性はいいようだ。また、なにかあったら頼むよ」
「で、今日のボクの一日は、どうなるんですか?」
「病院に行ったことにしておいたよ。お腹痛でね」
「えーー! ボク皆勤なんですよ。せめて公欠に……」
「すまん、そういうコダワリは嫌いじゃないぜ。じゃ、伝染病かなにかに……」
「そんなの、あと何日も学校に行けないじゃないですか!」

 で、次ぎに気が付いたら、ボクは自分のベッドにいた。

「グノーシスも、甲殻機動隊も大嫌いだ!」

 幸子が、ドアを半開きにして、無機質に言った。

「近所迷惑なんだけど……お兄ちゃん」


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・30『里中ミッション・2』

2018-09-25 06:26:11 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・30
『里中ミッション・2』
    


 ターゲットは帰り道の横断歩道にいた……。

 それまでフリーズされていた情報がいっぺんに解凍された。
 横断歩道の信号機に半身を預けて気障ったらしく(ボクの感性では、そう見えた)立っているのは、このところしつこく、ねねちゃんに言い寄って来ている大阪修学院高校二年生。

――青木拓磨――

 草食を装った肉食男子。

 姿勢が、いつも左右非対称。自分をかっこよく見せる演出以外に、狙った女の子が逃げられない位置を確保するための準備姿勢でもある。
 大阪市内にいくつもビルを持っている『青木ビル』社長の次男。凡庸な兄を幼稚園のころには追い抜き、『青木ビル』の後継者は自分であると思っている。
 修学院とフェリペは最寄りの駅がいっしょで、入学早々から、拓磨はねねちゃんに目を付けている。
 ねねちゃんは、自分や周囲の人間に危機が迫らない限り、人を拒絶しないようにプログラムされている。
 だから、拒絶しないまま、ここまで来て、拓磨は――ねねは、オレのもんだ――と、思いこんでいる。

――こいつを、どうにかしてくれということですね――
――そいつは、今日ねねをモノにしようとしている――
――それって…………――
――ねねは義体だ。肌を接すれば分かってしまう――
――ねねちゃんの生体部分は、人間と変わりません。幸子で慣れてますけど、並の人間じゃ区別つきませんよ――
――万が一ということがあるだろう!――
――フフ、里中さんが、ねねちゃんに愛情もってくれていて、嬉しいですよ――
――いや、これはあくまで!――
――わたしも、こんな奴に……まかしといて――

 俺……わたしは95%ねねちゃんをインスト-ルして青木拓磨の前に立つ、一人称が変わる。

「なにか考え事してた?」
「ううん、拓磨の印象を思い出してたの」
「嬉しいね、ボクのこと、初めて拓磨て呼んでくれたな」
「ちょっとした気分転換。あの車ね?」
 駅の入り口から百メートルほど離れたところに、後ろ半分スモークガラスになったセダンが止まっていた。
「先に乗っといて。駅の裏側で、オレ乗るから」

 わたしは、車に乗ると、車のCPにリンクした。

「例の場所に……チ、返事なしかよ」
「車も、気を遣ってるのよ」
「そ、そうかな。まあ、アズマの最新型だからな」
 さりげなく拓磨の手が膝に伸びてきた。わたしは偶然を装って、重いカバンを思い切り拓磨の手の上に載せ、可愛く窓の外を見た。
「わあ、阿倍野ハルカスの改修工事始まるんだ!」
「あ、ああ、もう完成から三十年やからな……」
「どうしたの、その手?」
「いや……」
「あ、ごめん。わたしカバン置いたから、下敷きになっっちゃったか……カバンの底の金具が壊れてるんだ(直前に壊しといたんだけど)血が出てきちゃったわね。ちょっと待ってて」

 わたしは、ティッシュで血を拭き、バンドエイドをしてやる。髪の香りが拓磨の鼻を通って高慢だけど、薄っぺらい脳みそを刺激する。車に急ハンドルを切らせた。拓磨が吹っ飛んできて、わたしの体に覆い被さってきた。バンドエイドをしてやったばかりの右手が、わたしの胸を掴んでいる。

「なに、すんのよ、どさくさに紛れて!」
「ご、ごめん、そういうつもりじゃ……」

 機先は制した。そして、車は目的地に着いた。

「え、大阪城公園……なんでや?」
「わたしがお願いしたの」
『雰囲気作りを優先しました』
 車のCPが仕込んだとおりの返事をした。
「そ、そうか、さすがアズマの最新型、まずは雰囲気、よう分かってるやんけ」
「まずは……て?」
「いや、アズマの言い間違い。若者は、まず、明るい日差しの下におらんとなあ……!」
 拓磨は、健康的に伸びをした。わたしも一応付き合ってやった。

 俺の脳みそと、ねねちゃんのCPが一緒になってのお仕置きが始まった……。


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