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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・29『里中ミッション・1』

2018-09-24 06:41:15 | ボクの妹

が憎たらしいのにはがある・29
『里中ミッション・1』
    


 俺はねねちゃんになってしまった……。

 つまり義体であるねねちゃんのCPにボクの心がインストールされたということで、ボクの体は、今はねねちゃんである。
「インスト-ルは90%に押さえてある。完全にインスト-ルすると、太一は、自分の体も動かせなくなるからな。今日は一日、オレの家で休んでいてくれ」
「で、ミッションは?」
「ねねの行動プログラムに従って、学校に行ってくれ。問題は直ぐに分かる。じゃ、よろしくな」
 そこでボクは車を降ろされた。
 角を曲がって五十メートルも行けば、フェリペの正門だ。視界の右下に小さく俺の視界が写っている。まだ、しばらくは車の中なんだろう。

 五メートルも歩くと違和感を感じた。スカートの中で、自分の内股が擦れ合うのって、とても妙な感覚だ。
――女の子って、こんなふうに自分を感じながら生きてるんだなあ……大したことじゃないけど、男女の感受性の根本に触れたような気がした。

「里中さん、ちょっと」

 担任の声で、わたしは……ねねちゃんになっているんで一人称まで、女の子だ。わたしは職員室に入った。
「失礼します」
「こちら、今日からうちのクラスに入る、佐伯千草子さん。慣れるまで大変だろうから、よろしくね」
「チサって呼んでください。よろしく」
 チサちゃんは、立ち上がってペコリと頭を下げた。
「わたし、里中ねね、よろしくね」
 ほとんど自動的に、笑顔が言葉と手といっしょに出た。チサちゃんがつられて笑顔になる。
 で、握手。
「やっと笑顔になった」
 担任の山田先生が、ホッとした顔をした。ねねちゃんは、単に可愛いだけじゃなく、人間関係を円滑にするようにプログラムされているようだ。

 教室に着いた頃、本来の俺は、里中さんの家にいた。
 車の中からここまではブラックアウトしている。セキュリティーがかかっているんだろう。たとえ一割とは言え、自我が二重になっているのは、ややこしいので、本来の俺は直ぐにベッドに寝かしつけた。

 朝礼まで時間があるので、わたしはチサちゃんに校内の案内をした。

「ザッと見て回ってるんだろうけど、頭に入ってないでしょ」
「うん……」
「こういうことって、コツがあるのよね」

 わたしは、教室、おトイレ、保健室。そして、今日の授業で使う体育館と美術室を案内した。そして、そこで出会った知り合いやら、先生に必ず声をかける。そうすると、場所が人間の記憶といっしょにインプットされるので、ただ場所だけを案内するよりも確かなものになる。
 しかし、行く先々で声を掛ける相手がいるというのは、わたし……ねねちゃんもかなりの人気者なんだ。

「佐伯千草子って言います。父が亡くなったので、伯父さんの家に引き取られて、このフェリペに来ることになりました。大阪には不慣れです。よろしくお願いします」
 短い言葉だったけど、チサちゃんは、要点を外さずに自己紹介できた。最後にペコリと頭を下げて、大きなため息ついて、ハンカチで額の汗を拭った。それが、とてもブキッチョだけども素直な人柄を感じさせ、クラスは暖かい笑いに包まれた。
「がんばったね」
「うん、どうだろ……」
「最初に、自分の境遇をサラリと言えたのは良かったと思うよ」

 三時間目が困った、チサちゃんじゃなくてわたし。

 体育の時間で、みんなが着替える。女子校なもんで、みんな恥じらいもなく平気で着替えている。わたしは、プログラムされているので、一見平気そうにやれるけど、この情報は、寝ている「ボク」の方にも伝わる。案の定、「ボク」は、真っ赤な顔をして目を覚ましたようだ。

 美術の時間、チサちゃんは注目の的だった。

 静物画の油絵だけど、チサちゃんはさっさとデッサンを済ませると、ペィンティングナイフで大胆に色を載せていく。そして五十分で一枚仕上げてしまった。

「まるで、佐伯祐三……佐伯さん、ひょっとして!?」
「あ、その佐伯さんとは関係ありません……」
 それまで、絵に集中していたんだろう、先生やみんなの目が集まっていることに恥じらって、俯いてしまった。
 一枚目は習作のつもりだたのだろう、与えられた二枚目のボードを当然の如く受け取った。
「そこ、場所開けて」
「は、はい……」
 チサちゃんは堂々と自分の場所を確保。だれもが、それに従順に従った。
「先生、この作品は、まだまだ時間が要ります。放課後も描いていいですか?」
「う、うん、いいわよ」

 チサちゃんは、たった一日で、自分の場所を作ってしまった。まあ、それについては、わたしも少しは寄与している。
――これでいいんでしょ、里中さん?
 連絡すると意外な答えが返ってきた。
――これからが、本当のミッションなんだ。

 ターゲットは、帰りの地下鉄の駅前の横断歩道にいた……。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・28『バーチャルな履歴』

2018-09-23 06:20:42 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・28
『バーチャルな履歴』
    

 

 

 向こうの世界の幸子は、千草子、通称チサと名乗り俺の家に同居することになった。

 髪をショートにして、眉を少し変えたチサちゃんは幸子によく似た従姉妹ということで十分通った。
うちと同姓の佐伯という画家が、この時期に亡くなったので、役所の方で戸籍を改ざんし、チサちゃんは、その遺児ということになっている。甲殻機動隊はチサちゃんの履歴をつくり、パソコンを使って亡くなった佐伯さんの関係者や、チサちゃんが通っていたことになっている人間の記憶にインストールした。むろんチサちゃん自身の記憶もそうなっている。
 これでチサちゃんのグノーシス対策は万全だ。学校は、うちの真田山ではなく、大阪フェリペへの編入ということになった。ねねちゃんといっしょにすることで、セキュリティーにも万全を期したようだ。

「チサちゃん、どうかした?」

 明日から学校という前の日に、チサちゃんは手紙を投函して、帰ってきたとき目が潤んでいた。
「……ううん、なんでも」
 そう言って、チサちゃんは幸子と共用の部屋に駆け込んだ。親父もお袋も心配顔。

 しばらくして、幸子が部屋から出てきた。

「残してきた彼に手紙を書いていたら悲しくなってきたんだって。むろんバーチャルな記憶だけど、ちょっと手が込みすぎ」
「込みすぎって?」
「彼との馴れ初めは、中三の文化祭でクラス優勝して賞状をもらうとき。風で賞状が舞い上がって、クラス代表だった二人が慌てて取ったら、偶然二人がハグしあって……まあ、映像で見て」
 幸子が、テレビをモニターにして映しだした。ハグした二人の唇が一瞬重なった。他にも、二人の恋のエピソードがいくつもあったが、まるでラブコメのワンシーンのようだ。

『あの、ご不満かもしれませんが……』

 高機動車ハナちゃんの声が割り込んできた。ちなみにハナちゃんは、うちの狭い駐車場に割り込んで、二十四時間、ボクたち家族のガードに当たってくれている。
「なんだよ、ハナちゃん」
『チサちゃんの履歴を作ったのは、甲殻機動隊のバーチャル情報の専門機関なんですが、チーフがゲーム会社の出身で……』
「恋愛シュミレーションの専門家……なるほど」
『今でも、細部に手を加えて、更新してます……』
 まあ、それぐらい徹することができる人間でなければ、完ぺきにバーチャルな履歴など作れないのだろう。チサちゃんは、ドラマチックな青春を迎えることになりそうだ……。

 その数日後、俺は甲殻機動隊の里中さんに呼び出された。

 めずらしく高機動車ではなく、普通の自動車であった。
「実は、プライベートで、頼みがあるんだ……」
「いいんですか、グノーシスとか……?」
「あっちは、いま極東戦争で手一杯だ。こっちに干渉している気配もない」
「で、なんですか用件というのは?」
「実は……」

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 というわけで、ボクはねねちゃんになってしまった……。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・27『新型ねねちゃん』

2018-09-22 06:36:14 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・27
『新型ねねちゃん』
    


 一瞬分からなかったが、髪をショートにして眉の形を変えた向こうの世界の幸子だった。

 パーカーのフードを取ったのは……ねねちゃんだ。


「審議会の結論は、サッチャンの力を使わないで極東戦争を戦うことになったけど、こちらのグノーシスみんなが賛成してるわけじゃないの。だからセキュリティーの面からも、こちらのサッチャンといっしょにするほうが安全だということ」
「こちらでは、千草子という名で、従姉妹ということになります。チサって呼んでください」
 チサが緊張した顔で言った。
「こちらは……」
「ねねちゃんの新しい義体?」
「里中副長へのお詫び」
「本当は、現状を変化させないため。ねねちゃんが一人いなくなったことのツジツマ合わせは大変。それよりも交換義体のわたしが来た方が合理的でしょ」
 にっこり言ってのけるねねちゃんは、その言ってる内容があまりにプラグマティックなので面食らう。
「面倒かけるわね。ねねちゃんの引き渡しをお願いしたいの。わたしたちじゃ上手くいかないと思うの」
「ねねちゃんが、自分で行ったら?」
「その時点で、里中副長に破壊されるわ。もうすでに一体破壊された」
「どうして……」
「ハンスの実態は、破壊される寸前に他の義体に転送されたわ。今は行方不明。それに義体だったら、いつ誰がハッキングされるか分からない。里中副長はシビアだから、義体のねねちゃんと分かった時点で破壊するわ。だから、あなたに仲介してもらいたいの」
「このねねちゃんは、大丈夫なの?」
「大丈夫。里中副長がスキャンすれば、すぐに分かる。そこに行くまでに破壊されないように、よろしく」

 その日の内に、里中さんに連絡をとって会うことにした。

 お母さんも幸子も、チサちゃんといっしょに暮らせるようになって嬉しいという反応をした。むろん幸子はプログラムモードの反応だけれど、高機動車のハナちゃんまで喜ぶと、単純なぼくは嬉しくなってきた。

 里中さんは、瞬間鋭い殺気を放った。ねねちゃんの姿を見たからだ。

「とにかく、スキャニングをしてください!」
 美シリのミーに言われたとおりに叫んだ。里中さんの目が緑色になった。
「交通信号じゃないからな。OKサインじゃない。スキャニング中なんだ」
 里中さんも、一部義体化しているようだ。
 一瞬の沈黙のあと、里中さんは爆笑した。
「アハハハ……こりゃ、傑作だ!」
「な、何が可笑しいんですか?」
「太一、ねねの目を三十秒見つめてみろ」
「え、ええ?」
 可愛いねねちゃんにロックオン(見つめられたってことだけど、表現としては、まさにロックオン)され、ドギマギした。ちょうど三十秒たって、ボクはねねちゃんといっしょに目をつぶった。そして目を開けるとたまげた。ボクの視界は二つにダブってしまっていた。ゆっくり視界は左右二つに分かれる。

「「え!?」」

 驚きの声がステレオになった。ボクとねねちゃんが同時に叫び、里中さん以外のみんなが面食らった。
 視界の半分にねねちゃんが、もう半分にはボクが写っていた。両方同じような顔で驚いている。
「ねねの視界に集中して」
 里中さんに、そう言われ、ねねちゃんに集中した……ボクはねねちゃんになっていた。
「こ、これ、どうして……?」
 声がねねちゃんになっていて、さらにびっくり。視界の端にボーっと突っ立っているボクの姿が目に入った。
「お母さん、ボクどうなったの?」
「え、ええ!?」
 お母さんが、一歩引いて驚いている。幸子はなにか理解したように、チサちゃんはお母さん同様。ハルは面白くてたまらないように車体を振動させた。
「もういいだろう」
 里中さんの一言で、ボクの視界はもとに戻った。ニコニコしたねねちゃんが、ボクを見ている。
「いま二十秒ほど、お兄ちゃんは、ねねちゃんになったのよ」
「このねねにインストールできるのは、太一、お前一人だ」
「ええ!?」
「このねねは、アナライザー義体だから、情報に関しては双方向。いろんなブロックをかけても、ハッカーの腕がよければ、ねねの人格を支配できる。成り代われると言ってもいい。そういう危険性のあるものなら、必要はない。だが、今の実験で分かったが、人格をインストル-できるのは、太一に限られている。つまりねねのCPの鍵穴は、太一の形をしていて、他のものは受け付けない仕掛けになっている」
「それって……」
「グノーシスにも、ジョ-クとセキュリティーの両方が分かる奴がいるみたいだな」
「なるほど……」
「でも、太一。言っとくけど、この鍵穴は、オレでなきゃ開かん。勝手にねねになることは許さないからな」
「ぼ、ボクに、そんな趣味ないですよ!」
 幸子は憎たらしく方頬で、みんなは遠慮なく爆笑した。
 

 義体だけど、ねねちゃんは本当に可愛い。幸子だって、プログラムモードなら、これくらいの可愛さは発揮できるのだが、自分で押し殺している。早くニュートラルな自分を取り戻したい一心なんだろう。そう思うと、このニクソサも、なんだか痛々しい。

 そして、ボクがねねちゃんにならなければならない事件が、このあとに待っていた……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・26『高機動車ハナちゃん』

2018-09-21 06:19:44 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・26
『高機動車ハナちゃん』
    


 平穏な日々が続いた。

 校舎の屋上でのねねちゃん爆殺事件は、里中副長と幸子の手際の良さで、だれも気づかなかった。
 

 情報衛星が一機、爆殺の瞬間の熱をサーモグラフィーで捉えていたが、調子に乗った生徒が、ちょっと多目の花火遊びをやったということでケリが付いた。
 当然甲殻機動隊が手を回したことだけど、ご丁寧に大量の花火の燃えかすまで撒いていった。
 おかげで、全校集会で、生徒全員が絞られ、屋上は当面生徒の立ち入りは禁止された。
 向こうの幸子は姿が消えた。グノーシスの誰かがリープさせたようだ。しばらくして『当方の幸子は、こちらで預かる。義体化はしない。グノーシス評議会』というメールが入った。

 ブログが炎上した。

 と言っても、屋上の事件とは関係ない。

 幸子のモノマネは、マスコミでも頻繁に取り上げられるようになり、話題になった。特にAKRのセンター小野寺潤と、初代オモクロの桃畑律子のモノマネは、前者は過激なファンから。後者は、アジア問題を気にする有象無象から。それぞれ賛否両論のコメントが数万件も来た。
「なんだか昔のわたしみたいね。でも、頑張ってね!」
 と、モノマネの大御所キンタローさんからも応援を頂いた。

「サッチャン、がんばってね~」

 練習を終えたばかりの演劇部の子達が、ブンブン手を振って送り出してくれた。
「幸子、ほんとにこの調子でやってくつもりか?」
「うん。このお陰で、神経回路がすごく発達してるような気がするの。幸子、ニュートラルの状態でも笑顔になれるようにがんばるわ」
 幸子は、学校とモノマネタレントとしての使い分けを見事にやりこなしていた。学校の授業はもちろんのこと、演劇部とケイオンの部活も休まず。放課後と土日だけを、タレント業にあてている。

 まいったのは俺の方だ。俺は、テイのいい付き人。
 マネージャーはお母さんがやっている。

 放課後と土日だけのスケジュールなので、お母さんはラクチン。車の運転さえしない。車はガードを兼ねて甲殻機動隊が貸してくれた完全オートの高機動車。音声を女の子にして「ハナちゃん」と名付けられた。
『オカアサン、編集のラフできました(^0^)』
「ありがとうハナちゃん。助かるわ」
『いえいえ、ハナも勉強になりま~す』
 ハナちゃんは、目的地まで運転している間に、お母さんのアシスタントまでこなしている。
「ハナちゃんの学習意欲は、よく分かるわ。今のわたしといっしょ」
『そんな、幸子さんとハナとでは機能が二桁違いますからね。ま、励ましのお言葉として受け止めておきます。太一さん起きて下さい。あと一分で到着ですよ~♪』
「☆○×!!……その電気ショックで起こすのは止めてくれないかなあ」
「これが、一番効果的だと学習したの~」
 ハナちゃんと、お母さん・幸子は相性がいいようだが、俺は、もう一つ馬が合わない。

「おはようございます。今日は小野寺さんと、共演になりましたのでよろしく」
「え、やだ。わたし緊張、チョー緊張!」
 プログラムモ-ドの幸子は、憎たらしいほどに可愛い。衣装をかついで控え室へ。お母さんは幸子を連れて、ゲストのみなさんに挨拶回り。

 控え室には先客がいた。寝ぼけ頭の俺は一瞬部屋を間違えたかと思った。

「少しだけ時間を下さい、太一さん……」
 モデルのようにスタイルのいい女の人が、部屋間違いでないことを間接的に。で、次の言葉で直接的な目的を言った。
「この二人を預かっていただきたいんです」
「あ、どうぞ掛けてください……あ、あんたは!?」
 ボクは、ナイスバディーの女の人のヒップラインで気づいた。
「美シリ三姉妹……」
「の……ミーです。でも今は敵じゃありませんから」
「その二人は……」
 二人は、ニット帽とパーカーのフードをとった。
「き、君たちは……!」

 ボクは、しばらくフリーズしてしまった……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・25『序曲の終わり』

2018-09-20 06:48:42 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・25
『序曲の終わり』
    


 甲殻機動隊里中副長の娘のねねちゃんが立っていた……。

「あなたは……」
「この子は……」
「義体ね」
「ああ、中味は、グノーシスのハンス。性別・年齢不明だけど、いちおう味方だよ」
 ボクが安心すると、ねねちゃんは労るように言い添える。
「AGRの連中が、そっちのサッチャンを狙ってる。甲殻機動隊で保護させてもらうわ」
「そりゃありがたい。幸子、この子は、一応ねねちゃんと言って……」
「里中副長さんの娘さん」
「幸子、知ってたのか?」
「お兄ちゃんの記憶を読んだの」
「だったら話は早いや。甲殻機動隊なら安心できるからな」
「そう、じゃ、預かっていくわね……」

 ダメよ

 近寄ったねねちゃんを、幸子はさえぎった。

「そうはさせない。このサッチャンを利用しようとしているのは、あなただもん」

「え?」

 俺は混乱した。駅前で出会って以来、ねねちゃんは中身はハンスでも俺たちの味方だった。

「なにをバカなことを。わたしはハンス。あなたたちの味方よ……」
「違う。このサッチャンを使って、そちらの極東戦争を有利に運ぼうというのが、評議会の決定だものね」
「チ……心が読めるのねっ!」

 バッシャーン!

 ねねちゃんは窓ガラスを蹴破って、屋上に飛び出していった。
「サッチャンのこと見てて!」
 そういうと幸子も、破れた窓から屋上に飛び上がっていった。

「残念ながら、ヘリコプターは甲殻機動隊がハッキングしたみたいね。ここには来ないわ」
 かなた上空でヘリコプターが、お尻を振って飛び去るのが見えた。
「デコイの偽像映像もまずかったな」
 屋上で待ち伏せていた里中副長が、アゴを撫でながら言った。
「どうしてデコイと分かったの?」
「こっちのサッチャンは、兄貴と二人のときは絶対に笑わない。ニュートラルな時は、ニクソイまんまだ」
「評議会の結論が変わったのね……」
「ああ、美シリたちが工作してな。そういう情報のネットワーク化ができないのが、そっちの弱みなんだな」
「だから、サッチャンを使ってグロ-バルネットにしようと思ったのに……」
「ご都合主義なんだよ……」
「お父さん……」
「あばよ……」
 里中副長は、背中に隠し持っていたグレネードで、幸子が蹴りを入れる寸前のねねちゃんを始末した。

「殺しちゃったら、何も情報が得られないわ……」

「こいつに余裕を持たせると時間を止められてしまう。サッチャンの蹴りの気迫が、こいつの隙になった。礼を言うよ。ガーディアンがガード対象に救われてちゃ世話ねえけどな」
 そう言いながら、里中副長は、ねねちゃんの残骸をシュラフに詰め始めた。
「洗浄は、わたしがやっとく」
「すまん。ガードは、しばらく部下がやる。いちおう、義体はオレの娘だったから、始末ぐらいは、オレの手でしてやりたいんでな」
「始末なんて言わないで」
「じゃ、なんて……?」
「自分の口から言わなきゃ意味無いわ」
「……じゃ、言わねえ。ただハンスは」
「ハンスは、いま死んだわ。なにか?」
「……いや、なんでもねえ」
 そう言い残すと、里中副長は非常階段を降りていった。幸子は、屋上に残ったねねちゃんの生体組織から飛び散った血液と微細片を高圧ホースで流していった。

 ここまで……ここまでのことは、ここから起こるパラレル世界とグノーシス骨肉の争いに巻き込まれる戦いの序曲に過ぎなかった……。



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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・24『むこうの幸子ちゃんを救出』

2018-09-19 06:42:18 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・24
『むこうの幸子ちゃんを救出』
    


 満場の拍手だった!

 生徒会主催の新入生歓迎会は例年視聴覚教室で行われる。
 しかし、今回は二つの理由で体育館に移された。
 飛行機突入事件で、視聴覚教室が使えなくなったこと。

 そして、今年は大勢の参加者が見込まれたからだ。

 去年、俺が新入生だったときの歓迎会はショボかった。

 なんと言っても自由参加。ケイオンもまだスニーカーエイジには出場しておらず、それほどの集客力が無かった。
 今年は違う。
 加藤先輩たちが、昨年のスニーカーエイジで準優勝。これだけで、新入生の半分は、確実に見に来る。
 そして、なにより幸子のパフォーマンスがある。
 路上ライブやテレビ出演で、幸子は、ちょっとした時の人だ。二三年生の野次馬もかなり参加して、広い体育館が一杯になった。
「わたしらにも一言喋らせてくれんかね」という校長と教務主任の吉田先生の飛び入りは、丁重にケイオン顧問の蟹江先生が断ってくれた。普段はなにも口出ししない顧問で、みんな軽く見ていたが、ここ一番は頼りになる先生だと見なおした。

 幸子は演劇部の代表だったが、ケイオンが放送部に手を回した。

――それでは、ケイオンと演劇部のプレゼンテーションを兼ねて、佐伯幸子さん!
 

 満場の拍手になった。
 

 最初に、幸子がAKRの小野寺潤と、桃畑律子のソックリをやって、観衆を沸かし、三曲目は、最近ヒットチャートのトップを飾っているツングの曲を、加藤先輩とのディユオでやってのけた。
 もちろんバックバンドはケイオンのベテラン揃い。演劇部の山元と宮本の先輩は、単なる照明係になってしまった。

 結果的には、ケイオンに四十人、演劇部には幸子を含め三人の新入部員。正直演劇部には気の毒だったが、気の良い二人の先輩は「規模に見合うた、部員数や」と喜んでくれたのが救いだった。

――お兄ちゃん、生物準備室まで来て。

 そのメールで、俺は、生物準備室に急いだ。

 用があるなら、幸子は自分でやってくるはずだ。きっと、なにかあったんだ。

「おい、幸子」
「まだ、入っちゃダメ!」
 中で衣擦れの音がする……例によって着替えているんだろうか。それなら進歩と言える。いつもは大概裸同然だったりするから。
「いいわよ」
 やっと声がかかって、準備室に入るとラベンダーの香りがした。昔のSFにこんなシュチュエーションがあったなあと思った。
「ドアを閉めて」
 そこには、二人の幸子が立っていた。
「どっちが……」
「わたしが、こっちの幸子。で、こちらが向こうの幸子ちゃん。やっと呼ぶことができたの」
 二人とも無機質な表情なので、区別がつかない。とりあえず、今喋ったのが、うちの幸子だろう。
「義体化される寸前に、こっちに呼んだの。麻酔がかかってるから、立っているのが精一杯」
「義体化?」
「危険な目にあったら、自動的にタイムリープするように、リープカプセルを幸子ちゃんの体に埋め込んでおいたの。こっちの世界に居ながらの操作で、手間取っちゃったけどね。それが、このラベンダーの香り」
「なんで、この幸子ちゃんが、義体化を……事故かなんかか?」
「ううん。向こうの戦争に使うため。幸子ちゃんを作戦の立案と指令のブレインにしようとしたのよ。わたしとほとんど同じDNAだから狙われたのね」
「おまえは命を狙われてるのに……」
「それが、6・25%の違い。この幸子ちゃんは、わたしより従順なの……」

 その時、準備室のドアが音もなく開いた。

「だれ!?」
 こっちの幸子が一番先に気が付いた。
「……やっぱ、サッチャンは鋭いわね」

 そこには、甲殻機動隊副長の娘のねねちゃんが立っていた……。
 


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・23『幸子テレビに出る』

2018-09-18 05:59:39 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・23
『幸子テレビに出る』
    


「対馬戦争が最後のカギだったんです」

 桃畑中佐が、静かに言った。


「しかし、あれで、三国合わせて二千人の戦死者が出たんですよ。ロボットによる戦闘が膠着状態になったんだから、あのあとは外交努力による解決こそが望ましかったんじゃないですかね」
 メガネのキャスターが、正義の味方風に、桃畑中佐を責めた。
「あれで、当事国は目覚めたんですよ。多くの命を犠牲にしてまでやる戦争じゃないって」
「その結果南西諸島も対馬も日本の領土と確定はしましたけど、新たなナショナリズムを掻き立てたんじゃないんですか!」
「……あなたは、僕になにを言わせたいんですか」
「だから、極東戦争は、生身の人間が……あなたの部下も含めて、命を失ったことに反省がないことが問題だと思うんですよ。思いませんか!?」
 キャスターの声は、過剰な正義感に震えていた。
「不思議なことをおっしゃいますなあ。僕たちは、命令に従ったんです。軍人なんだから」
「軍人だって、心というものがあるでしょう。防衛法三十二条、第三項にあるじゃありませんか。指揮官が精神的あるいは、肉体的に正当な指揮判断ができなくなったときは、次席の指揮官、作戦担当者が指揮をとれる!」
「僕は、単なる一方面の前線部隊の指揮官に過ぎない。僕への命令は、大隊司令から、大隊司令は、方面軍司令から、方面軍司令は、統合幕僚長の作戦命令に従った。そして、その作戦実行にゴーサインを出したのは、内閣総理大臣です。この命令に従わないのはシビリアンコントロールの原則に反します……お分かりになれますか?」
「その大元が狂っていた。そういう世論もあるんですよ。現に内閣は、戦争終結直後に総辞職している」
「それは、亡くなった人たちへの鎮魂のためだと理解しています」
「なんにも分かってないなあ。桃畑さん、これは言わないつもりだったんだけど、対馬戦争の直前に亡くなった、妹さんの敵討がしたかっただけじゃないんですか!?」
 桃畑中佐の目が一瞬光った。
「ありえません、そんなことは」

 ボクは、そこでテレビのスイッチを切った。

 幸子が、路上ライブをやるようになってから、動画サイトへのアクセスが増え、先日はナニワテレビが学校まで取材にきた。

 そのときリクエストで、先代オモクロの『出撃 レイブン少女隊!』を亡くなった桃畑律子そっくりに演ったことが、評判を呼び、動画へのアクセスも二百万件を超えた。
 これを、一部のマスコミが意図的なナショナリズムを煽ったと非難し始めた。
 桃畑中佐は、ただ妹の思い出の曲としてリクエストしただけなのである。ただ、それだけのことにマスコミは桃畑中佐をスケープゴートにして、叩きはじめた。
「お兄ちゃん。わたしがやったことって、悪いことだったの?」
 あいかわらず、パジャマの第二ボタンが外れたまま、幸子が無機質に歪んだ笑顔で聞いてきた。
「そんなことはないよ」
「じゃ、決めた」
 そう言うと、幸子は自分の部屋で、なにやらガサゴソやりはじめた。

「ジャーン、オモイロクローバーX!」

 部屋からリビングに突撃してきたのは、往年のオモクロの桃畑律子そっくりになった幸子だった。
 幸子は、ナニワテレビからのオファーで、出演が決まっていて、早手回しに衣装を送りつけてきていた。

 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後、校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放してしまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!


 スタジオは満場の拍手になった。別にADが「拍手」と書いたカンペを持って手をまわしていたわけでは無い。
 ナニワテレビは、世論には無頓着で、かえって逆なでするように、幸子のパフォーマンスを流した。
「この、曲のどこがナショナリズムや言うんでしょうね。我々オッサンには、ただただ眩しい人生の応援ソングに聞こえますが。どうも佐伯幸子ちゃんでした。後ろでワヤワヤ言うてるのは、サッチャンの学校、真田山高校のみなさんです!」
 三カメが、われわれをナメテいく。祐介も優奈も謙三もいる、佳子ちゃんまでも大阪人根性丸出しでイチビッテいる。正式な付き添いであるボクはその陰で小さくなっていた。

「似てるよなあ」
「そっくりやなあ」
「懐かしいて、涙出てくるわ」
「桃畑中佐はんも来はったらよかったのに」
「いや、今日はお仕事の都合で……」
 ゲストが喋っているうちに、次のコーナーの用意がされる。幸子は制服に着替え、最後のコーナーに出ることになっている。
「あと8分です」
 ADさんが小声で伝えてくれる。

 俺は楽屋に幸子を呼びに行った。あいつのことだ一分もあれば着替えている。

「俺だ、入るぞ……」
「どーぞ」
 入って、またかと思った。幸子は下着姿で、マネキンのように立っていた。
「言ってるだろ、いくら兄妹だってな……」
「向こうの幸子が、ちょっとあって、こっちに呼ぶ準備してるの……」
「向こうの……とにかく着替えろよ」
「うん……」
「早く!」
「手伝って、あと、もうちょっとだから……」
「あのなあ……」
「早く!」
「オレの台詞だ……バカ、脱ぐんじゃないよ、着るんだってば!」
 脱いだ下着の前後に一瞬戸惑ったが、なんとか三分ほどで、着せることができた。

 何度やっても、こういう状況には慣れない自分を真っ当なのか不器用なのか、判断が付きかねた……。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・22『レイブン少女隊』

2018-09-17 06:33:33 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・22
『レイブン少女隊』
    


 幸子の頭脳には二つのバージョンがある。

 サイボーグとして、インストールされた状態で働くプログラムバージョン。
 僅かに残った数パーセントの神経細胞が働くニュートラルバージョン。

 プログラムバージョンは急速に成長している。感情表現も豊かになり、バージョンアップは、声や表情などを完ぺきにコピーできるところまできている。
 ニュートラルバージョンは……分からない。ただボクへの反応が無機質であることには違いない。

「お兄ちゃん、ど、どうしよう、放送局がやってきちゃった!」

 放課後、幸子がアタフタと、ケイオンの仮練習場にやってきた。むろん、この女の子らしいアタフタはプログラムバージョンである。

「あ、飛行機事故の取材かなんかじゃないのか?」

 真田山高校は、三日前、グノーシスAGRに操られた軽飛行機が突っこんできて、視聴覚教室を中心に大被害を被った。
 視聴覚教室は、我がケイオンのメインスタジオだったので、今は狭い放送室を使っている。でも使えるのは、加藤先輩たちの選抜メンバーだけで、ボクたちその他大勢は、普通教室で、アンプ無しのマッタリでやっている。

「ち、違うのよ!」
「一昨日の路上ライブが動画サイトでもすごくて、そんで、テレビ局が取材。サッチャンを!」
 早手回しにタンバリンを持った佳子ちゃんが補足した。
「で、でも、緊張しちゃって……それに、今日は演劇部の日だから、ギター持ってきてないし」
「それなら、簡単やんか……」

 優奈が走り回り、お膳立てをした。

 グラウンドの一角に、演劇部とヒマなケイオンのその他大勢で、特設ステージを組み、ギターは加藤先輩が、自分のギブソンを貸してくれた。その間テレビのクルーは、飛行機が突っこんできた跡や、しゃしゃり出た校長先生の取材なんかをやっていた。
「ええ……かくも迅速に復旧できましたのは、府教委はじめ保護者、卒業生の……」
 その時、グラウンドから、ADさんのOKサイン。
「ありがとうございました。それでは、最近動画サイトなどで人気上昇中の、佐伯幸子さんの演奏をライブでお届け致します!」
 MCのセリナさんを先頭に、スタッフがグラウンドに突撃した。

 三曲ほど唄ったところで、スタジオから注文がきた。

「あ、あ、そうですか……サッチャン(幸子さんが、もうサッチャンになっている。マスコミの変わり身、早!)スタジオに初代オモクロの桃畑律子さんのお兄さんが来られてるんですけど、その桃畑律子さんの『出撃、レイブン少女隊!』のリクエストが来ているんですけど。お願いできますか?」
 桃畑律子は、極東戦争が終息しかけたころ、危険も顧みずに『アジアツアー』の途中、乗っていた飛行機が撃墜され、それが対馬戦争の発端になった。
 幸子は、二秒で、律子の情報をインストールした。後ろ向きになると髪を律子のようにトップ気味のツインテールにし、イントロを奏で、振り返ったときは律子そのものだった。

 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後、校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放してしまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!


 在りし日の桃畑律子そのままだった。

 極東戦争後、悲劇の歌のジャンヌダルクと言われた彼女だが、新生オモクロやAKRに押され、しだいに懐メロ化してきたこの歌と共に、あまり見られなくなった。その陰には、アジア諸国を刺激したくないという政府の意向が働いていて、NHKなどでは取り上げられなくなり、たまに懐メロで出てくるときは、ソフトにアレンジされていた。

 それを、幸子は、もっともエキセントリックだったころの桃畑律子そのままに熱唱した。

 スタジオでは、律子の兄で空軍中佐の桃畑太郎が、目を真っ赤にして聞いていた。歌い終わると、グラウンドも、スタジオも、日本全国と世界の一部の家庭の茶の間も感動の渦に巻き込まれた。この部分は、数時間後には、動画サイトに投稿された。

「飛行機事故から立ち上がり始めた真田山高校グラウンドからお届け致しました。いま話題の佐伯幸子、サッチャンでした!」
 幸子を取り巻き、真田山の生徒や先生達、MCのセリナさん達が、明るく手を振って中継は終わった。

「お疲れ様でした。これ、ナニワテレビからのささやかな差し入れ」
 セリナさんがヌクヌクの紙袋を渡した。
「わ、タイ焼きの団体さんだ!」
 優奈が叫び、それを合図にみんなの手が伸びてきた。

 そして、本編と共に、改めて動画サイトに投稿され、一日でアクセスは五万件を超えた……。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・21『AGRの存在』

2018-09-16 06:58:57 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・21
『AGRの存在』
    

 

 

 ようやく三日目に学校は再開された。

 幸子は、佳子ちゃんといっしょに先に行く。
 出かけるときに、ちょっとしたドラマがあった。

「おはようございます」

 トイレに行こうと廊下に出たところで、佳子ちゃんと目が合った。
「おはよう……」
「あの、はっきりしときたいんやけど」 
「は?」
「お兄ちゃんのことは、なんて呼んだらええのかしら?」
「あ……なんとでも」
「お兄ちゃん……はサッチャンの言い方やし。ウチが言うたら、なんやコンビニのニイチャン呼んでるみたいやし、お兄さんは、なんかヨソヨソしいし……」

「そのとき、そのときでいいんじゃない」

 幸子が割って入った。

「そやかて……」
「なんなら、太一さ~んとか呼んでみる」
「いや、そんな恋人みたいな呼び方」
「じゃ、いっそ恋人になっちゃえばいいじゃん!」
「へ!?」
 ボクは、びっくりして……オナラが出てしまった。

 ボクは、十分遅れて家を出た。これで十分遅刻せずにすむ。しかし、朝から佳子ちゃんの前でオナラ……なんだか、ついていない一日になりそう予感がした。

 予感は的中した。

「佐伯太一君だよね?」

 懐から定期を出そうとして声が掛けられた。実直そうな公務員風のオジサンと、その娘とおぼしき女の子が一歩下がって立っていた。女の子は真田山の隣の大阪フェリペの制服を着ていた。AKRの矢頭萌に似たカワイイ子で、そっちの方に目がとられた。

「申し訳ないが、一時間ほど時間をいただけないかな」
「あ、でも学校が……」
「わたしは、こういうものなんだ」
 出された、警察のIDみたいなものには「甲殻機動隊副長・里中源一」と書かれていた。
「お願い、太一さん……」フェリペが切なそうな声で言ってきた。
「娘のねねだ。学校には、役所の名前で公欠扱いにしてもらう」
 ボクは、公欠ではなく、ねねちゃんの「太一さん」に惹かれて頷いた。

 それは、一見どこにでもあるセダンだった。

 ただ、ドアを開けたとき、ドアが微妙に分厚いのが気にかかった。

「これは甲殻機動隊の機動車でね、超セラミック複合装甲で、対戦車砲の直撃にも耐えられる。サイバー防御も完ぺきで、ここでの会話は、アナログでもデジタルでも絶対に漏れない」
「は……で、お話は?」
 ボクは、横に座ったねねちゃんの温もりを感じてときめいていた。
「幸子ちゃんのことだよ」
「幸子の?」
「ああ、君も知っているだろうが、あの子の体は義体だ。それも特別製のな」

 幸子のことを知っている……一瞬警戒したが、すっとぼけられるほど器用ではない。

 一呼吸置いて、素直に質問した。


「どう特別なんですか?」
「義体とは、機械のボディーに生体としての皮膚組織を持ったロボットやサイボーグのことだ。技術はパラレルの向こうの世界のものだ」
「それは知ってます」
「最新の技術で、あの子の義体は予測のつかない進化をし始めている」
「それも、なんとなく感じています。少し怖ろしいぐらいです」
「そうなんだ……」

 ねねちゃんがため息をついた。いい香りがして、目がくらみそうになった。

「あの子の頭脳もそうだ。数パーセント残った神経細胞が頭脳を急速に発達させている。夕べ、向こうの幸子ちゃんと入れ違っただろう」
「……そんなことまで知ってるんですか?」
「ああ、君たちのことは二十四時間監視している。今朝、佳子ちゃんの前で屁をたれたこともな」

「え!?」

「フフ……」

 ねねちゃんが笑った。可愛さのオーラが車内に満ちあふれた。

 ねねちゃんが居なければ、オッサンの威圧的な雰囲気には耐えられないだろう。

「幸子ちゃんが入れ替わったのも、あの子がやったことだ。正直予想以上の進歩だ」
「あれ、幸子がやったんですか!?」
「ああ、無意識でな。理由は分からんが、あの子の頭脳が必要と判断したんだろう……話は前後するが、我々はグノーシスだ」

「え……」

「甲殻機動隊は、こちらの世界のグノーシスのガーディアンだ。ムツカシイ理屈は後回し。幸子ちゃんは、両方の世界にとって、非常に大事な存在なんだ」

 ねねちゃんが、ボクの顔を見て真剣な顔で頷いた。

「両方の世界で、科学技術の進歩と人間の心のバランスが崩れ始めてる。新潟に原爆が落とされたことなんかが、その例だ。こっちの世界じゃ、極東戦争とかな」
「ああ……」
「君のお父さんが、営業から外れていたことの理由も、ここにある」

「え……?」

「お父さんは、自分の会社が戦争に絡んで儲けているのに抵抗があったんだ。対馬の戦闘はお父さんの企業が絡んで起こったものだ。まあ、あれで日本は勝利できたんで、評価は分かれるとこだがな」
 愕然とした。お父さんは、単に営業に向いていないから外れたんじゃないんだ。
「向こうの世界じゃ、今それが起ころうとしている。俺たちグノーシスの主流は、密に交流しあうことで、互いに健全な発展を図ろうとしている」
「それと幸子と、どう関係があるんですか?」
「幸子ちゃんの頭脳は、成長すれば、世界中のCPにアクセスし、争いを回避させる潜在能力がある」
「CPだけじゃないわ、人の心にも働きかける力があるかも……」
 ねねちゃんが、熱い眼差しで呟いた。
「それは、まだ仮説中の仮説だがね……グノーシスの中には違う説を言うやつらもいる。そいつらが幸子ちゃん無しで、パラレルな世界が個別に発展した方がいいと考え、幸子ちゃんの抹殺を企んでる」
「こないだの美シリ三姉妹の飛行機事故……」
「そう、我々も極秘でガードさせてもらうが、君もよろしく頼むよ」
「……はい」
「幸子ちゃんが、その力を持つのは、ニュートラルで君に自然な感情が示せるようになった時だ」

 そのとき、車が勝手に走り出した。

 里中さんもねねちゃんも、左側に倒れ込んだ。ねねちゃんは俺の方をを向いていたので、もろに体が被さってきて、俺は右半身で、ねねちゃんの胸のフクラミを受け止めてしまった!

 ドッカーーーーーーン!!

 車が走り出した直後、それまで車を停めていた路面が大爆発した。

『ガス管の亀裂を感知したので、回避しました』車が喋った。

「それ、先に言ってくれ」里中さんがぼやく。
『回避を優先しました。悪しからず』
「ガス会社のPCにリンクして、事故の原因を精査」
『了解、多分AGRでしょう』
「AGRって?」
「グノーシスの反主流派。多分、痕跡も残ってないでしょうけど」
「ねねちゃん、その声……?」
「フフ、ばれちゃった?」
「ハンス……か?」
「こちらの世界に来たときの義体」

「ええ!」

 鳥肌がたった。

「なによ、こないだ見たハンスも義体よ」
「性別含めて、オレにも分からん。ただ、こっちの世界じゃ、オレの娘ということになってる」
「よろしくお願いします」

 ハンス? ねねちゃんは元のかわいい声に戻って、にっこりした。

 車から降りると、ガス爆発で飛行機事故以上の大騒ぎになっていた……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・20『6・25%のDNA』

2018-09-15 06:24:29 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・20
『6・25%のDNA』
    



「おはよう」の声はいつもの通りだった。

 昨日、大阪城公園の路上ライブから帰ってからの幸子は変だった。
 普段の無機質な歪んだ笑顔をしないのだ。
 いつもならパジャマの隙間から胸が見えてると言っても平気でいるのに、夕べは、頬を赤くして怒った。

「おはよう」の声が、いつも通りなんで俺は試してみた。
「第二ボタン、外れてるぞ」
「うん……」
 狭い洗面所の中だったので、いっそう丸見えだったけど、いつものように気にもしない。
 顔を洗うので、洗面台を交代しようとして、幸子がささやいた。
「あとで、わたしの部屋に来て」

「夕べ、別のわたしがいたでしょう」

「幸子、こういう状況で、部屋に人を入れるもんじゃないぜ。たとえ兄妹でも」
 幸子は、下着一枚で姿見の前に立っていた。
「ごめん、ニュートラルにしとくと、こういうこと気にならないもんだから」
 そう言って、幸子は服を着だした。
「オレも、夕べの幸子は変だと思った、話が合わなかったし、恥じらいってか、自然に女の子らしかった」
「わたしも。このパンツ、わたしのじゃないし」
 スカートを派手にまくって、相違点を指摘する。
「だから、そういうところを……」
「うん、プログラム修正……だめだ」
「どうして?」
「これ、修正しちゃうと、お兄ちゃんにメンテナンスしてもらえなくなる。メンテナンスの時はニュートラルでダウンしちゃうから、恥じらいをインストールしちゃうと、裸になったり、股ぐら開いたりできなくなる」
「せめて、そのダイレクトな物言いを……」
 構わずに、幸子は続けた。
「わたしのパンツも一枚無くなってる……確かね、パラレルから別のわたしが来た」
「オレも、こんなのシャメった」
「盗撮?」
「あのな……」
 ボクは、風呂上がりの幸子の様子が変だったので、後ろ姿を写しておいた。タオルで髪を巻き上げていたので、耳の後ろがよく見えている。耳の後ろの微妙な皮膚の盛り上がりがない。
「これ、右側だよ。コネクターは左側」
「これ、リビングの鏡に写ったの撮ったから、左右が逆なんだ」
「情報修正……お兄ちゃんは記録より少し賢い」
「コネクターが無いということは……」

「この幸子は、義体じゃない」

「じゃ、小五の時の事故は起こってないってことか」
「……そういうことね。向こうのパソコンで検索したんだけど、大事なところで違いがあるの」
 幸子は、ケーブルを自分のコネクターとパソコンを繋いだ。
「アナログだなあ、ワイヤレスじゃないのか」
「ワイヤレスだと、誰に読まれるか分からないからよ」

 数秒して、画面が出てきた。ウィキペディアの第二次大戦の情報のようだ。

「ここ。原爆は、広島、長崎と新潟に落とされてる」
「新潟に?」
「こっちの世界でも、投下の候補地にはなったけど、グノーシスの中で情報が交換されて、こっちの世界では、新潟への投下は阻止された。他にも、いろいろと相違点はある」
「パラレルワールドの誤差だな」
「ううん、互いに意識して、グノーシスたちが変えたものがほとんど」
「グノーシスって……」
「お兄ちゃんが、想像している以上の存在。わたしも全部は分かっていない。ちょっと、これ見て」
 幸子は、写真のフォルダーを開いた。
「あっちの幸子は、マメな子ね。親類の写真をみんな保存しているの……これよ」
 そこには、「ひいひいじいちゃん・里中源一」と書かれた、実直そうな青年が写っていた。
「うちの親類に、里中ってのはあったかな……」
「こっちの世界で、これにあたるのは……山中平吉」
 パソコンには、お父さんのアルバムの中にあった、お父さんのひいじいちゃんの写真が出てきた。
「向こうの世界じゃ、この平吉さんは、新潟の原爆で亡くなってるの」
「……ということは」
「八人のひいひいじいちゃんが一人違うってこと。だから佐伯家は、向こうと、こっちじゃ、微妙にDNAが異なる。玄孫(やしゃご)の代じゃ6・25%、外見的に影響ほとんどないけどね」
 ボクの頭の中で、何かが閃いたが、お母さんの一声で吹っ飛んだ。
「幸子、太一、朝ご飯早くして、片づかなくて困る!」

「……でも、幸子、モノマネ上手くなったな。テレビの取材なんか受けてたじゃん」
 ボクは、歯に挟まったベーコンをシーハーしながら、ナニゲに聞いた。
「うん、自分でも止まんないの……あ、また」
 
 こっちを向いた幸子の顔は、なぜか優奈と佳子ちゃんの顔に交互に変わった……。
 


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・19『ニホンの桜』

2018-09-14 06:32:01 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・19
『ニホンの桜』
    


「すごい、テレビの取材まで来てる」

 連休前の大阪城公園の取材に来て、たまたま見つけたんだろう。「ナニワTV」の腕章を付けた取材チームが、熱心にカメラを向けている。
「AKRやってぇや!」
 オーディエンスから声がかかる。
「はい、リクエストありがとうございます。それではAKR47の小野寺潤で『ニホンの桜』」
 そう言って、イントロを弾き出すと、身のこなしや、表情までも、小野寺潤そっくりになっていった。

 《ニホンの桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

  あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

  それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

  空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

  ああ ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下


 引き込まれて聞いてしまった。

 気づくと、幸子の顔立ちは小野寺潤そっくりになっていた。
 そして、ナニワTVのスタッフ達が、すぐ側まできていた、
「あ、この人、あそこで唄てるサッチャンのお兄さんで佐伯太一君ですぅ!」
 優奈が、余計なことを言った。
「妹さんなんですか。すごいですね! 妹さんは、以前から、あんな歌真似やら、路上ライブをやってらっしゃったんですか?」
「え、あ、いや最近始めたんです。ボクがケイオンなもんで、門前の小僧というやつでしょう。ハハ、気まぐれなんで、飽きたら止めますよ。なんたって素人芸ですから、ギターだって……」
「いや、たいしたもんですよ。歌によって弾き方を変えてる。上手いもんですよ!」
「セリナさん、もうじき曲終わり、インタビューのチャンス!」
「ほんとだ、ちょっとすみませーん。ナニワテレビのものですが!」
 取材班はセリナという女子アナを先頭に、オーディエンスをかき分けて、幸子に寄っていった。

 俺は、こういうのは苦手なんで、そそくさと、その場を離れた。

「楽器でも見ていこうや」

 そういう口実で、無理矢理三人の仲間を京橋の楽器屋につれていった。

 優奈なんかは最初はプータレていたが、一応ケイオン。最新の楽器を見ると目が輝く。店員さんに「真田山のケイオンです」というと、付属のスタジオが空いていたので、三曲ほど演らせてもらった。加藤先輩たちがスニーカーエイジで準優勝したことが効いたようだ。四曲目を演ろうとしたら。
「すみません。予約の方がこられましたんで」
 と、追い出された。やっぱ、加藤先輩たちとはグレードが違いすぎる。

「ただいま~」
「おかえり~」

 ここまでは、いつもの通りだった。

 リビングを通って自分の部屋に行こうとすると、キッチンに人の気配がして、バニラのいい匂いがしてきた。で、お母さんは、テーブルでパソコンを打っている。

「台所……なにか作ってんの?」
「幸子が、ホットケーキ焼いてんの。幸子、お兄ちゃんの分も追加ね!」
「もう作ってる」

「幸子、ナニワテレビの取材はどうだった?」
 ホットケーキにメイプルシロップをかけながら、聞いた。
「え、なんのこと?」
「おまえ、大阪城公園で路上ライブやってただろ?」
「なに言ってんの、ずっと家にいたわよ。あ、佳子ちゃんと優ちゃんとで、公園の桜見にいったけどね。あの公園八重桜だったのね。今年はお花見できなかったから、得しちゃった」
「え……?」

 幸子の様子がおかしい……微妙に話が食い違う。

 まあ、ライブのことは親には内緒にしたかったのかもしれないが。それ以外の……とくに態度がおかしい。歪んだ笑顔や、無機質な表情をしない。「リモコン取って」とか「お兄ちゃん。短い足だけど邪魔!」など、ぞんざいではあるけれど、自然な愛嬌がある。ニュートラルじゃなくプログラムされた態度かとも思ったが、決定的と言っていい変化があった。
 風呂上がり、頭をタオルで巻いて、リビングに入ってきた幸子のパジャマの第二ボタンが外れて、形の良い胸が覗いていた。

「第二ボタン、外れてるぞ」
「ああ、見たなあ!」

 慌てて、胸を隠した幸子は、怒っていた……ごく自然な、女の子として。

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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・18『飛行機事故の翌日』

2018-09-13 06:48:53 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・18
『飛行機事故の翌日』
        

 明くる日、学校は臨時休校になった。

 奇跡的に死傷者が出なかった(グノーシスたちがやったんだけど)とはいえ、飛行機が校舎に突っこんできたんだ。警察や、国交省の運輸安全委員会の現場検証は今日が本番だ。それに、突っこんできたのは視聴覚教室だけど、他の校舎や施設も無事ではない。復旧には一週間はかかる……と、これはボクの希望的観測。

 ケイオンで視聴覚教室を使っていたのは、加藤先輩たち中心メンバー。先輩達の楽器はおシャカになってしまったけど、そこは選抜メンバー、みんな自分ちにスペアの楽器を持っている。加藤先輩は、幸運にも、昨日はスペアの方を持ってきていて、ギブソンのアコステは無事だった。

――アタシらはスタジオ借りてレッスン、あんたらは適当に――

 加藤先輩からは、こんなメールが来ていた。いかにもアバウトなケイオンだ。
 で、ボク達のグループは、学校の中に楽器がオキッパだったので、自主練と称して、カラオケに行った。

 十曲ちょっと歌ったところで、みんな喉にきた。

 いかに普段マッタリとしか部活をやっていないか、メンバー全員が自覚した。自覚したが反省なんかはしない。ボクらがケイオンに求めているのは、一に掛かって、このマッタリした友人関係なんだから。

「しかし、祐介、とっさに優奈庇ったのは大したもんやな」
 ドラムの謙三が、ジンジャエールを飲み干して言った。
「うん、オレ、ひょっとしたら優奈に惚れてんのかもな」
「祐介のは、ただのどさくさ紛れ。庇うふりして、わたしのオッパイ掴んでた!」
「うそ、そんなことしてへんて!」
「病院で検査してもろたとき、赤い手形がついてた」
「とっさのことやから。祐介も力入ったんやろ」
 ジンジャエールでは足りず、ボクのウーロン茶まで手を出して、謙三がフォローした。
「そやかて、両方のオッパイやで!」
「そう、惜しいことしたなあ。オレ、その時の感触全然覚えてへんわ」
 大阪弁というのは、こういうことをアッケラカンと言うのには最適な言葉だと実感した。

 そして、良かったと思った。

 ハンスたちグノーシスが時間を止めて処理していなければ、プロペラの折れは、祐介の背中を貫通して、庇った優奈ごと串刺しにしていたに違いない。
 それに、なにより、あの時の祐介の顔は、真剣に優奈を守ろうとしていた。普段はヘラヘラした奴だが、本当のところは、情に厚く、優奈のことも本気で好きなんだと思う。
 謙三は体育とか苦手で、ドン謙三(ドンクサイ謙三の略)などと言われているが、本気になれば意外に俊敏。いつか、その俊敏さが、ドラムのスキル向上に役立てばいいんだけど、ボク同様マッタリケイオン。望み薄かな……。

 そのころ、幸子はギブソンの高級ギターを持ち出して、大阪城公園駅から、大阪城ホールに行くまでの道で路上ライブをやっていた。ここは、大阪の路上ライブの聖地の一つ。京橋や天王寺などは、大容量のアンプを持ち込んでガンガンやる悪質なパフォーマーが多く、幸子のように生声、生ギターで演るものまで締め出しにあうが、ここは比較的に緩い。佳子ちゃんが、例によって警戒とパーカッションを兼ねて付いていくれている。

 ボクが、それに気づいたのは、優奈がスマホで動画を検索している時だった。

「ちょっと、これサッチャンちゃうん!」
「ええ……!」

 ボクたちが、大阪城公園に行ったときは、優奈のスマホで見た何倍もの老若男女が、幸子の生歌に聞き惚れていた。リクエストに応えてやっているようで、松田聖子の歌を唄っていた。

 ……松田聖子そっくりに。

 思い出した、夕べ、パラレルワールドの説明をしているときに、ボクがパソコンに写った幸子の顔を垂れ目にしたら、幸子は自分の顔も垂れ目にして、ボクをおちょくっていた。幸子は確実に進化している。
 オーディエンスは次々に増え、四百人ほどになったが、どういうわけか、みんな行儀良く座って聞いている。そして、道路の半分はキチンと空けられ通行人の邪魔にもなっていない。
 お巡りさんが、向こうのアンプガンガン組の規制をしはじめた。
「あいつらが、おったら、この子の歌が、あんじょう聞こえへん」
 六十代とおぼしきオッチャンが、お巡りさんに注意したようだ。
「あんた、警察に顔きくねんなあ」
「ええ音楽は静かに聞かなあかん」
 その顔つきの悪さから、その筋の人か、お巡りさんのOBかと思われた。

 そのころ、幸子は、拍手の中、安室奈美恵のそっくりさんになっていた……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・17『パラレルワールド』

2018-09-12 06:52:29 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・17
『パラレルワールド』
        


 バグっていたアクション映画が急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。

 ドッカーン! ガラガラガッシャーン! ガッシャンガッシャン! グシャ! グチャ! コロン……。

 様々な衝撃音、飛び交う破片、大勢の叫び声……それが女の子たちの泣き声に変わったころ、ようやく冷静さを取り戻した。

 飛行機は、グラウンド側から突っこみ、視聴覚教室を破壊し、飛行機自身と視聴覚教室の破片を反対の中庭側にぶちまけていた。一瞬炎も吹き出したけど、さっきのような爆発にはならなかった。

 そして、これだけの事故であったにもかかわらず死傷者が一人も出なかった。

 優奈を庇った祐介の背中に迫っていたプロペラの折れは、祐介の頭の直ぐ上を飛んで中庭の木に突き刺さった……あれは、どう見ても、祐介の背中に刺さるはずだった。パイロットと思われるオジサンも、怪我一つ無く植え込みのサツキをなぎ倒して気絶していただけ……そうか、あのグノーシスの四人が、誰にも当たらないように破片や、人を動かしたんだ。

 そのあと、消防車、救急車、パトカーなんかが押し寄せてきた。これだけの事故、当然だろう。
 しかし、救急車以外は、差し迫った仕事は無かった。火事にはならなかったので、消防車には用事はない。パトカーも黄色い規制線を張って、現場検証だけ。ただ、怪我こそしなかったけど、パニックになる者、気分が悪くなる者などは多く、中庭にいた全員が、三カ所の病院に搬送された。

「無事でよかったわね!」

 病院に迎えに来てくれたお母さんが、開口一番に叫んだ。
「レントゲンなんか撮ったんじゃないのか」
 車をスタートさせながら、お父さんが聞いた。
「大丈夫、ダミーの映像カマシテおいたから」
「ぬかりはないな」
「ただ、CT撮るときにナースのオネエサンに言われちゃった」
「え……なんて?」
「あなた、パンツが前後逆よって」
 一瞬、お母さんとお父さんが笑い、俺は真っ赤になった。
「女物って、前後分かんないよ」
 幸子は、後部座席のボクの横で、器用にパンツを穿きなおした。
「……それって、太一がメンテナンスやったのよね」
 お母さんの顔色が変わった。
「グノーシスが動き始めてるの」
「グノーシス……幸子に義体を提供してくれた人たちね」
「わたし、少しずつ思い出してきた……」

 親父も、お袋も沈黙してしまった。

 その夜、ボクの部屋に幸子が入ってきた。
 風呂に入る前で、バスタオルやら着替えのパジャマなんかを抱えている。

「これ見て」
 目の前に着替えのパンツを広げて見せた。
「な、なんだよ!?」
「こっちが前で……こっちが後ろ」
「わ、分かったよ」
「大事なことなんだから、しっかり見て」
「な、なんだよ」
「又ぐりの深さが微妙に違う。それから、前の方には小さなリボンが付いてんの」
「わ、分かったから、しまえよ!」
 視野の端の方に、ニクソゲで無表情な幸子の顔が見えた。
「これ、大事な話なの。物事には、前とよく似た後ろ……裏と表があるの」
「それぐらい、分かるよ。次からは気をつけるから」
「ちがう、これは例えなの。パラレルワールドの」
「パラレルワールド?」
「世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指すの。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいうわ」
「わけ分かんねえよ」
「鈍いわね。じゃ、これ見て」

 幸子は、ベッドに腰掛け、手鏡を出した。我ながら鈍そうな顔が写っている。

「この鏡の世界がシンボル。まったく同じお兄ちゃんが写っているようだけど左右が逆でしょ」
「当たり前だろ」
「そういうものなの。この世界とほとんど同じだけど、微妙に違う世界が存在してるの。ちょっとスマホ貸して」
 幸子は、ボクのスマホを取り上げると、瞬間笑顔になって自分の顔を撮り、なにやら細工した。
「お兄ちゃんのパソコンに送ったから、開いてみて」
 添付画像として送られてきた画像が出てきた。よくもまあ、憎たらしい無表情が、瞬間でアイドルのようになるもんだ。
「これで、同時にわたしが二カ所に存在することになる。よく見て、微妙に違うから」
「あ、アゴにホクロがある」
「他にも、四カ所あるんだけど、まあいいや。同じようだけど違うのは分かったわね」
「あ、なんとなく……」
「昼間、飛行機事故をおこしたハンスとビシリ三姉妹は、このパラレルワールドからやってきたの」
「そいつらが、グノーシスなのか?」
「グノーシスは、こちらの世界にも居る。互いに連絡をとって、それぞれの世界を修正してるの。ほら、お兄ちゃんが、今やったみたいに」
「え……?」
「今、わたしの目尻を下げたでしょう」
 俺は、こういうものを見ていると無意識に遊んでしまう。微妙に目尻を下げて、幸子の顔を優しくしていた。
「あ……」
 手が滑って、どこかのキーを押してしまった。幸子の画像が、思い切り垂れ目になってしまった。
「直してよ。わたしって影響受けやすいんだから」
 幸子の顔を見ると映像そっくりの垂れ目になっていた!
「あ、ごめん、ええと……どこを押したっけ……?」
 ボクはあせった。
「冗談よ。それに合わせて顔を変えただけ」
「あのなあ……」
「これで、概念としては、少し分かったでしょ。今日は、ここまで」
 そういうと、幸子は部屋を出て行った……最初の教材を忘れて。

「幸子、教材忘れてんぞ」
 脱衣場のカーテン越しに言った。
「これで、イメージは焼き付いたでしょ」

 カーテンの隙間から手が伸びてきて教材をふんだくった……。


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・16『グノーシス・片鱗』

2018-09-11 06:23:22 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・16

『グノーシス・片鱗』    


 大きな破片が目の前に迫ってきた。

 あんなものを、まともに食らったら死んじまう!
 思わず目をつぶる……直後に来るはずの衝撃やら痛さが来ない。
 薄目を開けると、破片が目の前二十センチほどのところで止まっていた。
 ショックのあまり、体を動かせず目だけを動かす。

 ……時間が止まっていた。

 様々な破片が空中で静止し、逃げかけの生徒が、そのままの姿でフリ-ズしている。
 加藤先輩は、一年の真希という子の襟首を掴んで、中庭の石碑の陰に隠れようとしている。ドラムの謙三は、意外な早さで、向こうの校舎の柱に半身を隠す寸前。祐介は、途中で転んだ優奈を庇って、覆い被さり、その背中に、飛行機の折れたプロペラが、巨大なナイフのように突き立つ寸前。まるで『ダイハード』の映画のポスターを3Dで見ているようだった。

 目の前の破片が、ゆっくりと横に移動した……破片は、黒い手袋に持たれ、ボクの三十センチほど横で静止した。当然手だけが空中にあるわけではなく、手の先には腕と、当然なごとく体が付いていた。

 黒いジャケットと手袋という以外は、普通のオジサンだ。なんとなくジョニーデップに似ている。
「すまん、迷惑をかけたな」
 ジョニーデップが口をきいた。
「こ……これは?」
「まず、自己紹介をさせてくれ。ボクはハンスという。ややこしい説明は、いずれさせてもらうことになるが、とりあえず、お詫びするよ」
「これ……あんたが、やったのか!?」
「いや、直接やったのはぼくじゃない。ただ仲間がやったことなんで、お詫びするんだよ。もう正体は分かってるぞ。ビシリ三姉妹!」

「……だって」
「……やっぱ」
「……ハンス」

 柱の陰から、三人の女生徒が現れた。さっき俺がお尻に目を奪われ、優奈にポコンとされた三人だ。
「まだ評議会の結論も出ていないんだ。フライングはしないでもらいたいね」
「まどろっこしいのよ、危険なものは芽のうちに摘んでしまわなくっちゃ!」
 真ん中のカチューシャが叫んだ。
「あの、勇ましいのがミー、右がミル、左がミデット。三人合わせてビシリ三姉妹」
「美尻……?」
「ハハ、いいところに目を付けたね。あの三姉妹は変装の名人だが、こだわりがあって、プロポーションはいつもいっしょだ。スーパー温泉、電車の中、そしてこの女子高生。みんな、この三人組だよ」
「おまえらがやったのか、こんなことを!?」
「まあ、熱くならないでくれるかい。あと四十分ほどは時間は止まったままだ。その間にキミにやったように、ここの全員の危険を取り除く。太一クン、キミはその間に、妹のメンテナンスをしよう。今度はレベル8のダメージだろう。ほとんど自分で体を動かすこともできない。保健室が空いている。ほら、これで」
 ハンスは、小さなジュラルミンのトランクのようなものをくれた。
「要領は知っているな、急げ。ここは、わたしとビシリ三姉妹で片づける。さあ、ビシリ、おまえらのフライングだ。始末をつけてもらおうか!!」
「「「はい!」」」
 美尻……いや、ビシリ三姉妹がビクッとした。

「メンテナンス」

 そう耳元でささやくと、幸子の目から光がなくなった。だけどハンスが言ったようにダメージがひどく、幸子は自分で体が動かせない。しかたなく、持ち上げた。思いの外重い。思うように持ち上がらない。
「幸子の体重が重いんじゃない。死体同然だから、重心をあずけられないんだ。こうすればいい……」
 ハンスは、幸子を背負わせてくれた。
「せっかくなら、運んでくれれば」
「血縁者以外の者が触れると、それだけでダメージになるんだ。すまんが自分でやってくれ」

 保健室のベッドに寝かせ、それからが困った。前のように、幸子は、自分で服を脱ぐことができない……。

「ごめん、幸子」
 そう言ってから幸子を裸にした。背中の傷がひどく、肉が裂けて金属の肋骨や背骨が露出していた。
「こんなの直せんのかよ……」
 ボクは、習ったとおり、ボンベのガスをスプレーしてやった。すると筋肉組織が動き出し、少しずつ傷口が閉じ始めた。脇の下が赤くなっていた。さっきハンスが背負わせてくれたとき触れた部分だ。そこを含め全身にスプレーした。やっぱ、他人が触れてはいけないのは事実のようだ。
「ウォッシング インサイド」
 幸子の体の中で、液体の環流音はしたが、足が開かない。すごく抵抗(俺の心の!)はあったが、膝を立てさせ、足を開いてやり、ドレーンを入れてやった。
「ディスチャージ」
 幸子の体からは、真っ黒になった洗浄液が出てきた。
「オーバー」

 幸子の目に光が戻ってきた。

「早く服を着ろよ」
「ダメージ大きいから、まだ五分は体……動かせない」
 仕方がないので、下着だけはつけさせたが、やはり抵抗がある。
「……オレ、保健室の前で待ってるから」

 五分すると、ゴソゴソ音がして、幸子が出てきた。なぜか、ボロボロになった制服はきれいになっていた。
「服は、自分で直した。中庭にもどろ」
 憎たらしい笑顔……どうも、これには慣れない。

「あなたたち、グノーシスね」

 中庭での作業を終えたハンスとビシリ三姉妹に、幸子が声をかけた。
「オレたちの記憶は消去してあるはずだが」
「わたし、メタモロフォースし始めている。グノーシスのことも思い出しつつある」
「悪い兆候ね……」
 ビシリのミーが言った。
「どうメタモロフォースしていくかだ。結論は評議会が出す。くれぐれも勝手なことはしないでくれよビシリ三姉妹」
「評議会が、ちゃんと機能してくれればね」
「とりあえず、俺たちはフケルよ。二人は、あそこに居な」
 ハンスは、視聴覚教室の窓の真下を指した。
「あんな、危ないとこに?」
「行こう、あそこが安全なのは確かだから」
 幸子が言うので、その通りにした。
「もっと、体を丸めて。この真上を破片が飛んでくるから」
 幸子に頭を押さえつけられた。その勢いが強いので、尻餅をついた。
「じゃ、三秒で、時間が動く。じゃあな」
 そういうと、ハンスとビシリ三姉妹が消え、三秒後……。

 グワッシャーン!!!!!!!

 バグっていたアクション映画が、急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。
 


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高校ライトノベル・妹が憎たらしいのには訳がある・15『墜落』

2018-09-10 06:46:58 | ボクの妹

妹が憎たらしいのには訳がある・15
『墜落』
    


 幸子は、また路上ライブを始めるようになった。

 ただ、前回のように、無意識な過剰適応で、やっているわけではなく。しっかり自分の意思でやっている。
 また、演奏する曲目も「いきものがかり」にこだわることなく、そのときそのときの聴衆の好みにあわせているようで、流行のAKRやおもクロ、懐かしのニューミュージック、フォークや、どうかすると演歌まで歌っていることがある。
 そして、場所は、地元の駅前では狭いので、あべのハルカスや、天王寺公園の前など、うまく使い分けていた。パーッカッションを兼ねて、佳子ちゃんが見張りに立ち、お巡りさんが、やってくると場所替えをやる。
 過剰適応ではないので、口出しはしない。幸子は、そうやって自分に刺激を与え、自分の中の何かを目覚めさせようとしているように思えた。

「サッチャン、なかなええやんか」

 加藤先輩が動画サイトの幸子を見ながら頬杖をついた。
 加藤先輩は、ご機嫌がいいと、この頬杖になる。演奏中だったりすると、肩から掛けたアコステの上で腕組みしたりする。そういうマニッシュなとこと、乙女チックなとこが共存しているのが、この人の魅力でもある。
「みんなも、よう観とき。このノリと観客の掴み方は勉強になるで」
 加藤先輩は、パソコンに写っていた動画を、大型のプロジェクターに映した。
 視聴覚教室にいるみんなが、プロジェクターに見入った。
「かっこええなあ……」
「ノリノリや……」
「やっぱり、お客さんがおると、ちゃうなあ」
「ハハ、祐介は、お客さんがいててもいっしょやで」
「そうや、祐介はただの自己陶酔や」
 視聴覚教室に笑いが満ちた。

 当の本人は、ケイオンの活動日ではないので、演劇部の練習をしている。

――あいつら、なんでトスバレーなんかやってんだ――
 窓から見える中庭で、演劇部の三人がトスバレー……と思ったら、エアートスバレーだった。ボール無しで、バレーをやっている。
――あれか、無対象演技の練習というのは――
「どれどれ」
 優奈たち女の子が興味を持って見始めた。それに気づいて、幸子が手を振る。仕草が可愛く。ケイオンの外野が「カワイイ」なんぞと言い出した。あれがプログラムされた可愛さであることを知っているのは俺だけだ。
「これから、エアー大縄跳びやるんです。よかったら、いっしょにやりませんか?」
「面白そうやん!」
 加藤先輩が、窓辺で頬杖つきながら言った。

「ああ、また山元クンで絡んでしもた!」

 不思議なもので、縄はエアーなのに、みんな、この見えない縄に集中している。で、さっきから、演劇部の山元が、よく絡んで失敗になる。このエアー縄跳びは、幸子のマジックではない。ちゃんとした芝居の基礎練習なのだ。ケイオンのみんなが加わったので、場所もグラウンドに移し、四十人ほどのエアー大縄跳びになった。チームも二つに分けて競争した。連続十五回で幸子たちのチームが勝ってグラウンド中が拍手になった。
「ああ、もう息続かへんわ……」
 加藤先輩たちが、陽気にヘタってしまった。

 そんなボクたちを見ている視線に、微妙な違和感を感じた。

 違和感の方角には三人の三年生の女子がいた。他のみんなのようににこやかに、ぼく達をみていたが、ヘタったので、笑いながら、食堂の方に行った。
 その後ろ姿……正確にはお尻に目がいった。どうして、このごろ形の良いお尻に目がいってしまうんだろう。
「どこ見てんねん!」
 優奈に、頭をポコンとされた。
「よかったら、サッチャンのライブの動画見ない?」
 加藤先輩の気まぐれ……いえ、発案で、ケイオン、演劇部合同で、幸子のライブ鑑賞会になった。
「ヤダー、恥ずかしいです」
 幸子は、新しくプログラムした可愛さで、照れてみせた。ボクには優奈と六歳の優子ちゃんのそれを足して二で割ったリアクションであることが感じられた。知らないみんなはノドカに笑っている。空には、そのノドカさを際だたせるように、ゆったりと八尾飛行場に向かう軽飛行機の爆音がした。

 それは動画を再生していて五分ほどして起こった。

 みんな逃げて!

 幸子が叫んだ。飛行機の爆音が微かにしていたが、幸子が暗幕ごと窓を開けると、軽飛行機が上空で鮮やかな捻りこみをやって、この学校、いや、視聴覚教室を目がけて突っこんでくるのが分かった。

 こういうとき、人間というのは、急には動けないものであることを実感した。
「みんな、窓から飛び降りて!」
 幸子が、反対側の窓を全部開けて叫んだ。視聴覚教室は一階にあるが、窓の位置が少し高く、女の子などは躊躇してしまう。
「男子が先。で、下で女子を受け止めて!」
「よっしゃ!」
 男子たちが叫び、女子が飛び降りる。爆音が、すぐそこまで迫ってきた。
「お兄ちゃんも、早く」
 ニクソイ冷静さで言うと、幸子はボクを窓の外に放り出した。景色が一回転して中庭の植え込みに落ちた。目の端に窓辺に片脚をかけ、窓から飛び出そうとする幸子が見えた。パンツ丸見え……そう思ったとき、視聴覚教室に飛行機が突っこみ爆発、炎と破片と共に幸子は吹き飛ばされた。幸子は中庭の楠に背中から激突、逆さの「へ」の字のようになって落ちていった。

 人間なら命はないだろう……。


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