めっきり秋らしくなってきた。
日が短くなったし、朝夕の気温も下がってきたので、そろそろコートの出番も近そうだ。
仕事では相変わらず出張が多く、緊張を強いられる場面も多いが、オフは音楽とお酒でモードチェンジ。
昨夜は解禁日に届いていたボジョレー・ヌーボーを堪能させてもらった。
銘柄はすでに我が家の定番になったフィリップ・パカレ。
やっぱり美味しい・・・
このボジョレーには毎年裏切られたことがないが、今年も本当に素晴らしい。
ボジョレーがこんなにエレガントでいいんだろうか。
とにかく、飲むほどに幸せを運んできてくれるワインだ。
さて、私のもうひとつのモードチェンジである音楽だけど、秋に入ってから仕事の間隙を縫っていくつかコンサートを聴いた。
ウィーン国立歌劇場の「サロメ」、ティーレマンとドレスデンシュターツカペレのブルックナー、小菅さんとシェレンベルガーのモーツァルト、デセイのルチア等、それぞれが記憶に残る名演揃いで、音楽を聴けることの喜びをあらためて実感している。
機会をみつけてそれぞれ感想を書くつもりだけど、中でも素晴らしかったのが、7日に聴いたポリーニのベートーヴェン。
オーバーな言い方かもしれないが、私が実演で聴いた最高のピアノ演奏だった。
いや、ピアノに限らず、今まで聴いた実演の中でも5指に入る感動的な演奏だった。
10日以上経った今も、その感動は薄れるどころか、ますますはっきりした形で私の心の中に刻み込まれている。
この日の席は、サントリーホールP席の最前列。
この席は演奏者の表情や息遣いがよく感じられるので、実演を聴く以上「ホールに入れば、聴衆と言う名のプレーヤー」のつもりでいる私にとって、大のお気に入りの席。
ただ、とくにピアノの演奏は、蓋の関係もあって総じて音が良くない。
しかし、私は自分の中でひとつの賭けをしていて、「確かに音は良くないかもしれない。しかし本物の名演奏であれば、そのハンデを超えて必ず自分の心に響くはずだ。今回のポリーニは絶対私の心に強く響くはず」と。
そして、その賭けは当たった。
それも、私の予想をはるかに超えて・・・。
しかし、この日は、申し訳なくなるほど聴衆の入りが悪かった。
安い方の席は大半が埋まっているが、高い席は1階中央部分を除いて閑散としていた。
全体で6割程度だろうか。
前半は、ジャック四重奏団のラッヘルマンの「クリド(叫び)」で始まった。
この曲のことはおろか、作曲者のラッヘルマンのことも全く知らなかったが、とても面白い曲。
弦楽器のフラジオレットの効果を活かした緊張感の高い作品で、ジャック四重奏団の超絶的な名演奏もあって楽しませてもらった。
およそメロディなんてものは存在しないが、音楽が十分に呼吸していて、それが興味深く聴けた原因かもしれない。
前座と言うには、あまりに失礼なくらい素敵な演奏だった。
その後ポリーニが登場して、ベートーヴェンの28番のソナタを弾いてくれたが、第三楽章の祈りのような表現以外、正直あまり印象に残っていない。
やはり、P席ではポリーニの素晴らしさを味わえないのかと、幕間は少し落胆していた。
そして、迎えた後半。
いよいよ、ポリーニのハンマークラヴィーアが始まった。
前半の28番のときとまったく違う。
冒頭のあの響きを聴くだけで、既に王者の風格が漂っていた。
ただならぬ気合いに満ちているにもかかわらず、決して空回りしない。
ベートーヴェンの音楽に対するポリーニの真摯な姿勢が、豊かで温かい響きとなってホールを満たしていった。
「ポリーニのピアノが豊かで温かい?」と驚かれる方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、あのハンマークラヴィーアの演奏は、豊かで温かいとしか言いようがなかった。
「全てに亘って完璧。しかし音楽の温度はいささか低い。」という嘗てのポリーニのイメージが、既に過去のものであることを思い知らされる。
完璧を求め続けた不丗出の巨匠がたどり着いた世界は、信じられないくらい豊かで温かく、そこには真摯に音楽に向き合った人間だけが表現できる魂の叫びのようなものが存在していた。
圧倒的な技術も、経験も、研ぎ澄まされた感性も、そのすべてが真摯な気持ちとともに、ベートーヴェンの音楽にひたすら奉仕している。
こんな演奏を聴かされて感動しないわけがない。
第三楽章、アンダンテソステヌートの、ピュアで深い表現を私は決して忘れないだろう。
そして、終楽章。
天から舞い降りてきたかのような美しい「センプレ・ドルチェ・カンタービレ」の主題とその後のフガートの何と感銘深かったことか。
私は、いつまでもこの幸せな時間が続いてくれることを、祈らずにはいられなかった。
最後の和音を響かせて長大なハンマークラヴィーアが終わった後、私は涙が止まらなかった。
かつて同じサントリーホールでアバドが聴かせてくれたマーラーの6番を聴きながら、この日と同じような震えるような感動を味わったことを思い出す。
そのときのアバドたちの演奏も、恐ろしいほどの透明感を基本にしつつ、ヒューマンな温かさに満ちていた。
だから、マーラーの音楽が、いつも以上に生々しく聴き手の心を鷲掴みにした。
この日のポリーニのベートーヴェンは、そのときのアバドたちと比べても優るとも劣らない。
彼が奏でてくれたハンマークラヴィーアは、私たちの心の中で、ずっと生き続けることだろう。
そして、いつの日か「伝説の名演奏」と言われるに違いない。
聴衆は決して多くなかったけど、いつまでも鳴りやまない拍手と全員の熱いスタンディングオベーションが、何よりの証左だ。
生きてて良かった。
そして向こう何十年も、この日の感動で生きていける。
私は心からそう思った。
☆ポリーニ・パースペクティヴ 2012
<日時> 2012年11月7日(水)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■ラッヘンマン:弦楽四重奏曲第3番「グリド(叫び)」
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 op. 101
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op. 106 「ハンマークラヴィーア」
<演奏>
■マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
■ジャック四重奏団
日が短くなったし、朝夕の気温も下がってきたので、そろそろコートの出番も近そうだ。
仕事では相変わらず出張が多く、緊張を強いられる場面も多いが、オフは音楽とお酒でモードチェンジ。
昨夜は解禁日に届いていたボジョレー・ヌーボーを堪能させてもらった。
銘柄はすでに我が家の定番になったフィリップ・パカレ。
やっぱり美味しい・・・
このボジョレーには毎年裏切られたことがないが、今年も本当に素晴らしい。
ボジョレーがこんなにエレガントでいいんだろうか。
とにかく、飲むほどに幸せを運んできてくれるワインだ。
さて、私のもうひとつのモードチェンジである音楽だけど、秋に入ってから仕事の間隙を縫っていくつかコンサートを聴いた。
ウィーン国立歌劇場の「サロメ」、ティーレマンとドレスデンシュターツカペレのブルックナー、小菅さんとシェレンベルガーのモーツァルト、デセイのルチア等、それぞれが記憶に残る名演揃いで、音楽を聴けることの喜びをあらためて実感している。
機会をみつけてそれぞれ感想を書くつもりだけど、中でも素晴らしかったのが、7日に聴いたポリーニのベートーヴェン。
オーバーな言い方かもしれないが、私が実演で聴いた最高のピアノ演奏だった。
いや、ピアノに限らず、今まで聴いた実演の中でも5指に入る感動的な演奏だった。
10日以上経った今も、その感動は薄れるどころか、ますますはっきりした形で私の心の中に刻み込まれている。
この日の席は、サントリーホールP席の最前列。
この席は演奏者の表情や息遣いがよく感じられるので、実演を聴く以上「ホールに入れば、聴衆と言う名のプレーヤー」のつもりでいる私にとって、大のお気に入りの席。
ただ、とくにピアノの演奏は、蓋の関係もあって総じて音が良くない。
しかし、私は自分の中でひとつの賭けをしていて、「確かに音は良くないかもしれない。しかし本物の名演奏であれば、そのハンデを超えて必ず自分の心に響くはずだ。今回のポリーニは絶対私の心に強く響くはず」と。
そして、その賭けは当たった。
それも、私の予想をはるかに超えて・・・。
しかし、この日は、申し訳なくなるほど聴衆の入りが悪かった。
安い方の席は大半が埋まっているが、高い席は1階中央部分を除いて閑散としていた。
全体で6割程度だろうか。
前半は、ジャック四重奏団のラッヘルマンの「クリド(叫び)」で始まった。
この曲のことはおろか、作曲者のラッヘルマンのことも全く知らなかったが、とても面白い曲。
弦楽器のフラジオレットの効果を活かした緊張感の高い作品で、ジャック四重奏団の超絶的な名演奏もあって楽しませてもらった。
およそメロディなんてものは存在しないが、音楽が十分に呼吸していて、それが興味深く聴けた原因かもしれない。
前座と言うには、あまりに失礼なくらい素敵な演奏だった。
その後ポリーニが登場して、ベートーヴェンの28番のソナタを弾いてくれたが、第三楽章の祈りのような表現以外、正直あまり印象に残っていない。
やはり、P席ではポリーニの素晴らしさを味わえないのかと、幕間は少し落胆していた。
そして、迎えた後半。
いよいよ、ポリーニのハンマークラヴィーアが始まった。
前半の28番のときとまったく違う。
冒頭のあの響きを聴くだけで、既に王者の風格が漂っていた。
ただならぬ気合いに満ちているにもかかわらず、決して空回りしない。
ベートーヴェンの音楽に対するポリーニの真摯な姿勢が、豊かで温かい響きとなってホールを満たしていった。
「ポリーニのピアノが豊かで温かい?」と驚かれる方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、あのハンマークラヴィーアの演奏は、豊かで温かいとしか言いようがなかった。
「全てに亘って完璧。しかし音楽の温度はいささか低い。」という嘗てのポリーニのイメージが、既に過去のものであることを思い知らされる。
完璧を求め続けた不丗出の巨匠がたどり着いた世界は、信じられないくらい豊かで温かく、そこには真摯に音楽に向き合った人間だけが表現できる魂の叫びのようなものが存在していた。
圧倒的な技術も、経験も、研ぎ澄まされた感性も、そのすべてが真摯な気持ちとともに、ベートーヴェンの音楽にひたすら奉仕している。
こんな演奏を聴かされて感動しないわけがない。
第三楽章、アンダンテソステヌートの、ピュアで深い表現を私は決して忘れないだろう。
そして、終楽章。
天から舞い降りてきたかのような美しい「センプレ・ドルチェ・カンタービレ」の主題とその後のフガートの何と感銘深かったことか。
私は、いつまでもこの幸せな時間が続いてくれることを、祈らずにはいられなかった。
最後の和音を響かせて長大なハンマークラヴィーアが終わった後、私は涙が止まらなかった。
かつて同じサントリーホールでアバドが聴かせてくれたマーラーの6番を聴きながら、この日と同じような震えるような感動を味わったことを思い出す。
そのときのアバドたちの演奏も、恐ろしいほどの透明感を基本にしつつ、ヒューマンな温かさに満ちていた。
だから、マーラーの音楽が、いつも以上に生々しく聴き手の心を鷲掴みにした。
この日のポリーニのベートーヴェンは、そのときのアバドたちと比べても優るとも劣らない。
彼が奏でてくれたハンマークラヴィーアは、私たちの心の中で、ずっと生き続けることだろう。
そして、いつの日か「伝説の名演奏」と言われるに違いない。
聴衆は決して多くなかったけど、いつまでも鳴りやまない拍手と全員の熱いスタンディングオベーションが、何よりの証左だ。
生きてて良かった。
そして向こう何十年も、この日の感動で生きていける。
私は心からそう思った。
☆ポリーニ・パースペクティヴ 2012
<日時> 2012年11月7日(水)19:00開演
<会場>サントリーホール
<曲目>
■ラッヘンマン:弦楽四重奏曲第3番「グリド(叫び)」
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 op. 101
■ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op. 106 「ハンマークラヴィーア」
<演奏>
■マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
■ジャック四重奏団
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