ETUDE

~美味しいお酒、香り高い珈琲、そして何よりも素敵な音楽。
これが、私(romani)の三種の神器です。~

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番 「大公」 by カザルス・トリオ

2011-12-23 | CDの試聴記
師走も、もう残すところ10日余り。
先週末、私にとって今年最後のコンサートになる第九を聴いてきた。
今年はアレクセーエフ率いる新日本フィルの演奏。
終始悠然としたテンポを守り、何一つ奇を衒った表現はない。ベートーヴェンの音楽の持つ力をひたすら信じて、実直に音を響かせていく。そして迎えた終楽章。器楽だけの長いフガートの後、合唱が歓喜の歌を歌い始めた途端、私の体の中で突如として抑えきれない感動がこみあげてきて、涙が止まらなくなった。
誰もが勇気づけられる素晴らしい箇所だけど、いままでこんなことはなかった。
この一年に起こったいろいろな出来事が頭の中を駆け巡り、それが私の中でベートーヴェンの音楽と完全に一体になったのだろう。
第九を聴いてこれほど大きな感動を得たことは、嘗てなかった。
演奏してくれた人たちの素晴らしさはもちろんだが、音楽の力、ベートーヴェンの偉大さというものを、改めて思い知らされた一日だった。

さて、いまお気に入りの珈琲豆(勿論バッハブレンドです!)を挽き、気持ちを込めて丁寧に淹れた珈琲を飲みながら、ベートーヴェンの「大公」を聴いている。
いや、実はこの一週間、何十回となくこの曲を聴き続けている。
今頃って言われそうだけど、きっかけは、村上春樹の「海辺のカフカ」。
この小説がブームだった時には、「大公」の特設コーナーができたとか。
恥ずかしながら、私はまったく知らなかった。
本の中で登場するのは、ハイフェッツ・フォイアマン・ルービンシュタインたちの演奏だ。
喫茶店の店内で流していた「大公」に興味をもった客の星野青年に、店主がやさしく語りかける。
「(この演奏は)ルービンシュタイン = ハイフェッツ = フォイアマンのトリオです。当時は、『百万ドル・トリオ』と呼ばれました。まさに名人芸です。1941年という古い録音ですが、輝きが褪せません」
まさにその通りだ。
「100万ドルトリオ」という呼称はあまり好きじゃないけど、この演奏を聴くと確かにずっしりとした手応えを感じる。
70年以上前のこの録音から放たれるオーラの強さと迫力は、尋常ではない。
録音時、ハイフェッツとルービンシュタインの音楽的な主張がかなり食い違ったそうだが、逆にその食い違いがこの独特のオーラにつながったのかもしれない。
そして中を取り持ったとされるフォイアマンが、実にいい味を出している。
ただ、これほど各楽器に「我も我も・・・」と自己主張されると、いささか食傷気味になってくる。

私が今まで大切に聴き続けてきたディスクは、シェリング・フルニエ・ケンプたちの録音。
「百万ドルトリオ」の後で、聴いてみた。
やはり素晴らしい。端正で、気品に満ちていて、風格がある。
やっぱり、この演奏こそ「大公」の理想だ。

そんな風に思いながら、ふと部屋を見渡すと、片隅に積み上げた段ボール箱があった。
近々まとめて処分する予定のCDを詰めた段ボール箱だ。
何か引っかかるものがあって中を確認すると、カザルストリオが演奏した「大公」のディスクがあった。
最後にもう一度だけ聴いてみようと思いプレーヤーにかけてみる。
驚いた。本当に驚いた。
何と、ふくよかで瑞々しい演奏だろう。
高貴で、優しさに溢れ、加えてひたむきな情熱も併せ持っている。
たとえば第3楽章のアンダンテ・カンタービレ。
典雅なサラバンド風の主題に続き、第一変奏では、ピアノのアルペッジョに伴われて、カザルスが豊かに、そして息の長いフレージングで歌い始める。楽器の音というよりも、まるでカザルスという最もヒューマンな音楽家の心の声が、音となって表現されているようだ。
このときチェロを優しく見守るコルトーのピアノが、たとえようもなく美しい。そして、この二人が作り上げた雰囲気を、ティボーが見事に受け継いでいく。その後は、この神々しいまでの雰囲気を保ちながら、全員で音を紡いでいく。もうため息が出るばかりだ。
一方、先述の百万ドルトリオの演奏では、表情豊かに歌うフォイアマンに対してルービンシュタインも負けじと自己主張してくる。
このあたりがコルトーとの大きな違い。そしてハイフェッツが加わると、いよいよ三重協奏曲のような様相を呈することになるが、その分熱くスリリングな音楽になっていくことも事実。
この勝負、どちらがいいなんて簡単に言えるはずもないが、私はコルトー・カザルスたちの演奏の方がはるかに好きだ。

ちなみにティボー・カザルス・コルトーという名人たちによるこの演奏は、百万ドルトリオの録音よりもさらに古く、1928年に録音されたものだ。
もちろん原盤はSP。しかしこのCDへの復刻は奇跡的に上手くいっている。
むしろ音としてのコンディションは、百万ドルトリオよりずっといいくらいだ。

それにしても、いままで一体私は何を聴いてきたんだろう。
情けない限り・・・
しかし、結果的に間一髪のところで、この宝物を救い出すことができた。
そしてこのディスクは、まだ50枚ほどしか入ることを許されていない、CDラックの特等席に鎮座することになった。
今後も折に触れて聴くことになると思う。

<曲目>
■ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 作品97「大公」
■シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 D.898
<演奏>
■カザルス・トリオ
 ティボー(Vn),カザルス(Vc),コルトー(P)
<録音>1928年11月19日

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« フランク:ヴァイオリン・ソ... | トップ | マーラー:交響曲第7番ホ短... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

CDの試聴記」カテゴリの最新記事