ここしばらく仕事が忙しくてなかなかブログの更新もできなかったのですが、今日は久しぶりに所用があったこともあり休暇をとりました。用事も終わったので、忘れないうちに日曜日に行った芸劇マチネーコンサートの感想を。
<日時>7月10日(日)
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
《チャイコフスキー・プログラム》
■チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 op.23
■チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 op.74〈悲愴〉
<演奏>
指揮:広上 淳一
ピアノ:小菅 優
読売日本交響楽団
今年の読売日響のマチネーコンサートは毎回充実した演奏で、読響の好調さがはっきりうかがえます。指揮者・ソリストも人を得た人選で、月1回ではありますが、とても贅沢な楽しみを味わわせてもらっています。
さて、今回のチャイコフスキープログラムは、両曲とも生涯に何度も味わえないかもしれないような感銘深いできばえでした。
まず、ピアノ協奏曲第1番。
小菅さんのピアノコンチェルトを聴くのはベートーベンの3番、モーツァルトの21番に続いて3回目になりますが、やはり本当に素晴らしかった。
指揮者広上さんの好サポートもありますが、とにかく音楽が活き活きしていました。
まず、冒頭のオケのテーマに続いて登場するピアノの音の凄いこと。その気迫溢れる音に思わず身を正してしまいました。最初のうちこそ広上さんとテンポが微妙に合わなかったようですが、だんだん音楽が進んでいくうちに息もぴったり。これだけ大きなスケールで弾ける女流ピアニストは、少ないでしょう。
続く第二楽章では、一転して夢見るようなデリカシーを感じさせてくれました。弱音の美しさ、歌わせ方の上手さも特筆もの。中間部のスケルツォはまさに小菅さんの本領発揮です。指揮者とラリーするというよりは、ピアノから身を乗り出して直接オケのメンバーに語りかけるんです(もちろん声に出してではないですよ・・・)。これこそ音楽の、また協奏曲の原点なんだと感じました。
フィナーレは、快速なテンポで一気呵成に聴かせてくれました。このリズム感のよさ、テクニックの素晴らしさはなんと表現したらいいんだろう!さらにエンディング近くでティンパニの猛烈なクレッシェンドを受けてピアノが登場するところ、音量も気迫もまったくオケに負けていませんでした。これこそ協奏曲の醍醐味ですね。全曲を通して、オケとピアノががっぷり四つに組んだ素晴らしい演奏でした。
終演後、盛大なブラボーがかかったのも当然でしょう。
ベートーベンやモーツァルトでは、どちらかというと「オーケストラと自然に対話する」という印象が強かったのですが、今回のチャイコフスキーでは、よりスケールの大きな白熱したものを感じました。白熱した演奏だけど決して強引ではない。その音楽はどんな場合も自然に息づいていて、オケと一体感をもっています。今後がますます楽しみな小菅さんでした。
少し甘めの感想に感じられるかもしれませんが、何せ熱心な小菅ファンなものでその点はご了承下さい。
唯一残念だったのは、せっかく休憩の時に小菅さんのショパンの前奏曲集のCDを買ったのに、サイン会がなかったことです。ああ残念!
後半は、「悲愴」です。
チャイコフスキーのシンフォニーは、とにもかくにも「オケが気持ちよく鳴りきってなんぼ」です。その基本条件を満たした上で、スラブ的だとかチャーミングな表現だとかの要素が加わって個性的な名演が出来上がるのではないでしょうか。
その意味から、今年ラザレフ&読響で聴いた4番・5番は素晴らしい演奏。
この日の広上さんの「悲愴」は、さらにその上を行く印象に残る名演でした。
第一楽章冒頭、ファゴットの神秘的なフレーズに続いてチェロ・コントラバスで奏される主題が、対旋律のバランスが絶妙で、素晴らしい演奏になる予感を持たせてくれました。
第二楽章は、もう優雅としか言いようのないワルツ。とても変拍子の曲とは思えません。読売日響も色気のある演奏をするようになったなぁ。
第三楽章のマーチ(+スケルツォ)は執拗にインテンポを意識した演奏で、チェロ等の弦楽器の刻みを終始克明に演奏させることで、圧倒的な緊迫感と迫力を感じさせてくれました。
(よくぞここで拍手が起きなかったものです・・)
そしてあの終楽章。広上さんは決して誇張した表情付けはしません。しかし、だからこそあの第一バイオリンと第二バイオリンに一音づつ交互にメロディを弾かせる特殊な作曲技法が、絶大な効果を与えてくれるのです。しかし、何より私が感動したのは、曲の中ほど以降で何度かでてくる「全休符」でした。その全休符では単に音がないのではありません。オケのメンバー全員が息を吸い込んだ状態で瞬間息を止め、次のフレーズを待っているのです。聴衆を含めたホール全体が息を止めているといっても過言ではありません。このものすごい緊張感。つづくフレーズは、当然ながら堰を切ったように熱い表情になります。そしてまた全休符。こんな体験は初めてでした。
心の底から感動しました。
強引なことは何もしないようでいて、こんなに深く感動的な音楽を作るとは・・・。
広上淳一、恐るべしです。
<日時>7月10日(日)
<場所>東京芸術劇場
<曲目>
《チャイコフスキー・プログラム》
■チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 op.23
■チャイコフスキー: 交響曲第6番 ロ短調 op.74〈悲愴〉
<演奏>
指揮:広上 淳一
ピアノ:小菅 優
読売日本交響楽団
今年の読売日響のマチネーコンサートは毎回充実した演奏で、読響の好調さがはっきりうかがえます。指揮者・ソリストも人を得た人選で、月1回ではありますが、とても贅沢な楽しみを味わわせてもらっています。
さて、今回のチャイコフスキープログラムは、両曲とも生涯に何度も味わえないかもしれないような感銘深いできばえでした。
まず、ピアノ協奏曲第1番。
小菅さんのピアノコンチェルトを聴くのはベートーベンの3番、モーツァルトの21番に続いて3回目になりますが、やはり本当に素晴らしかった。
指揮者広上さんの好サポートもありますが、とにかく音楽が活き活きしていました。
まず、冒頭のオケのテーマに続いて登場するピアノの音の凄いこと。その気迫溢れる音に思わず身を正してしまいました。最初のうちこそ広上さんとテンポが微妙に合わなかったようですが、だんだん音楽が進んでいくうちに息もぴったり。これだけ大きなスケールで弾ける女流ピアニストは、少ないでしょう。
続く第二楽章では、一転して夢見るようなデリカシーを感じさせてくれました。弱音の美しさ、歌わせ方の上手さも特筆もの。中間部のスケルツォはまさに小菅さんの本領発揮です。指揮者とラリーするというよりは、ピアノから身を乗り出して直接オケのメンバーに語りかけるんです(もちろん声に出してではないですよ・・・)。これこそ音楽の、また協奏曲の原点なんだと感じました。
フィナーレは、快速なテンポで一気呵成に聴かせてくれました。このリズム感のよさ、テクニックの素晴らしさはなんと表現したらいいんだろう!さらにエンディング近くでティンパニの猛烈なクレッシェンドを受けてピアノが登場するところ、音量も気迫もまったくオケに負けていませんでした。これこそ協奏曲の醍醐味ですね。全曲を通して、オケとピアノががっぷり四つに組んだ素晴らしい演奏でした。
終演後、盛大なブラボーがかかったのも当然でしょう。
ベートーベンやモーツァルトでは、どちらかというと「オーケストラと自然に対話する」という印象が強かったのですが、今回のチャイコフスキーでは、よりスケールの大きな白熱したものを感じました。白熱した演奏だけど決して強引ではない。その音楽はどんな場合も自然に息づいていて、オケと一体感をもっています。今後がますます楽しみな小菅さんでした。
少し甘めの感想に感じられるかもしれませんが、何せ熱心な小菅ファンなものでその点はご了承下さい。
唯一残念だったのは、せっかく休憩の時に小菅さんのショパンの前奏曲集のCDを買ったのに、サイン会がなかったことです。ああ残念!
後半は、「悲愴」です。
チャイコフスキーのシンフォニーは、とにもかくにも「オケが気持ちよく鳴りきってなんぼ」です。その基本条件を満たした上で、スラブ的だとかチャーミングな表現だとかの要素が加わって個性的な名演が出来上がるのではないでしょうか。
その意味から、今年ラザレフ&読響で聴いた4番・5番は素晴らしい演奏。
この日の広上さんの「悲愴」は、さらにその上を行く印象に残る名演でした。
第一楽章冒頭、ファゴットの神秘的なフレーズに続いてチェロ・コントラバスで奏される主題が、対旋律のバランスが絶妙で、素晴らしい演奏になる予感を持たせてくれました。
第二楽章は、もう優雅としか言いようのないワルツ。とても変拍子の曲とは思えません。読売日響も色気のある演奏をするようになったなぁ。
第三楽章のマーチ(+スケルツォ)は執拗にインテンポを意識した演奏で、チェロ等の弦楽器の刻みを終始克明に演奏させることで、圧倒的な緊迫感と迫力を感じさせてくれました。
(よくぞここで拍手が起きなかったものです・・)
そしてあの終楽章。広上さんは決して誇張した表情付けはしません。しかし、だからこそあの第一バイオリンと第二バイオリンに一音づつ交互にメロディを弾かせる特殊な作曲技法が、絶大な効果を与えてくれるのです。しかし、何より私が感動したのは、曲の中ほど以降で何度かでてくる「全休符」でした。その全休符では単に音がないのではありません。オケのメンバー全員が息を吸い込んだ状態で瞬間息を止め、次のフレーズを待っているのです。聴衆を含めたホール全体が息を止めているといっても過言ではありません。このものすごい緊張感。つづくフレーズは、当然ながら堰を切ったように熱い表情になります。そしてまた全休符。こんな体験は初めてでした。
心の底から感動しました。
強引なことは何もしないようでいて、こんなに深く感動的な音楽を作るとは・・・。
広上淳一、恐るべしです。
早速ありがとうございます。
全く同感です。大変感動的なコンサートだったのですが、実は演奏を聴きながらそのことを思っていました。ロマンは以降になると、両翼配置のコンサートにはまずお目にかかれませんよね。でも、この曲に関しては一度両翼配置で聴いてみたいものです。
やはり行けばよかったですね(;_;)奥様ご同様あちらを優先してしまいました^^;
次回は是非行きたいと思います。
とにかく若い彼女、私が聞いたリサイタルでもやはり出来不出来というのではなく、こちら(受け手)の感動にむらがあるというか…、それは録音でも同様なのですが、だからこそ、更なる未知の魅力があるのでしょうね。楽しみな演奏家です。
>サイン会がなかったことです。ああ残念!
あら、後半のオーケストラの間にお帰りになったんでしょうね^^; うちの夫はリサイタルだったので、ゲットできてウハウハでした。
最近、ちょっとした移動時に、いつも悲愴をMDで聴いています。あ、プロジェクトが悲愴だからじゃないですヨ。。。
ところで、数年前ですが私もマチネーコンサートに行ったことがあります。アルブレヒト夫妻がそろって出演、小品を散りばめた楽しいコンサートでした。機会を見つけてまた行きたいですね(^^
そう言っていただけると本当にうれしいです。
聴衆も一緒になって音楽に溶け込めるようなコンサートが最高ですね。
ところでMD「悲愴」の件、笑ってはいけませんが笑ってしまいました。でも、仕事の前に聴くのであれば、第二楽章~第三楽章に限定して聴かれたらいかがですか?きっと、「元気、はつらつ・・・」になりますよ。
コメントありがとうございました。
実際のコンサートに行くと、私はすぐ感激する方なのですが、その気持ちを伝えるのが本当に難しいです。もう少し文才があればもっと「熱さ」が伝えられるのにと、いつも歯がゆく思っています。
ところで、読響はこの一年間で一段と素晴らしいオケになりましたよ。機会があれば、是非マチネー等のコンサートにお出かけ下さい。
こんばんは。
今回のコンチェルト、聴いて欲しかったなあ。
決して彼女のスポークスマンではないのですが、これだけ自然に音楽が作れるって、やっぱり凄い才能です。次はラフマニノフなんかを聴いてみたいなぁと思います。
いかがでしょうか・・・。
コンサート聴きに行っちゃいました。
とても良かったです。感想は、おさかな♪さんのブログにコメントさせて頂きました。