六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

【郡上節など】雨も降らぬに 春駒!春駒! 

2010-08-12 16:01:58 | よしなしごと
 暦の上ではもう立秋だそうだが、地域の盆踊り大会の音頭などがあるいは近く、あるいは遠く聞こえたりすると、夏たけなわの感もある。遠く、近く聞こえるのは地域ごとに開催日を調整しているからだ。踊り好きな人は、今日はあちら、明日はこちらと踊り歩くらしい。
 
 宵の口は子供たちに合わせてTVのアニメソングなどが聞こえるが、やがて東京音頭になり、炭坑節になったりする。なぜ、美濃の国で東京音頭なのか、あるいはいまの若い人に炭坑節が分かるのかなどとつい思ってしまうのだが、まあ、それも野暮な詮索といえるだろう。

     

 しかしやがて、終盤に近づき、幼い頃から聞き慣れた郡上節の「かわさき」や「春駒」が聞こえたりすると、なぜかホッとしてしばし耳を傾けたりする。
 「かわさき」の 
 ♪郡上のなぁ 八幡出て行くときは 雨も降らぬに袖絞る♪
 の袖絞るが涙を含意し、百姓一揆の訴人たちが命がけで郡上を発つときの情景であることを知ったのはいつ頃のことだったろう。
 替え歌としては
 ♪郡上のなぁ 八幡出て行くときは 雨も降らぬに「みの」恋し♪
 があるが、これは簑と美濃をかけたものである。

     

 同じく、郡上節の中で「春駒」というややアップテンポな歌があるが、その中の歌詞で、1184年(寿永3)の宇治川の先陣争いで梶原景季の愛馬であり名馬として知られた磨墨(するすみ)と、やはり佐々木高綱が騎乗する名馬の誉れ高い池月(いけづき「生食」とも書く)とが先陣を争った際の、その磨墨が八幡近くの明宝・気良(けら)の里から出た馬であることも知った。
 その歌詞にいう。
 ♪郡上は馬所(うまどこ) あの磨墨の名馬だしたも ササ気良の里 七両三分の春駒春駒♪

 この郡上八幡の近くには「磨墨の里公園」という道の駅を兼ねたエリアがあり、そこで馬刺しのブロックを買ったことがある。ポーランド産だったが適当にサシがあってうまかったので文句を言う筋合いはない。

     

 もっとも、この磨墨伝説は全国各地にあるようなのだが、美濃国の人間としてはこの奥美濃説を一応は支持したい。それにこの「春駒」というのは軽快で好きな歌であり踊りなのだ。

     春駒が下駄で跳ねてる郡上節  六

 なお、本場の郡上八幡では明日13日から、14、15、16日の四日間、宵から明けまで徹夜踊りが開催される。この郡上踊り、日本三大盆踊りに数えられ無形文化遺産にもなっているようだ。

 さて地元の夜に戻ろう。
 盆踊りとオーバーラップするように聞こえていた花火遊びの音色が次第に鮮明になるのは、やはり、盆踊りが終わった頃である。花火の音のみではなく、それに伴う嬌声などがはっきりと聞こえるようになる。
 やがてそれらも次第に静まり、往来する車もめっきり減ると、遠く夜汽車がひた走るのがかすかに聞こえてくる。
 かくて夏の夜は更けてゆく。
 ん? やはり秋の気配がそこはかとなく・・・・・  <追記>があります。

          

<追記> このブログに時々コメントをいただいているTさんが、毎年6月に東京は青山で郡上踊りの会があることをお書きになっていらっしゃいますが、この青山という地名、郡上踊りの隆盛に功績があった往時の郡上藩主、青山公の江戸屋敷跡だからだそうです。
 なお、このTさん、郡上のご出身でその縁もあってか青山にお住まいです。
 
 なお、郡上一揆(いわゆる宝暦騒動)の藩主はその前の金森公で、お家断絶になっていますが、百姓の側にも大勢の犠牲者が出ました。郡上踊りは、それらの人たちの霊を慰める意味もあります。
 
 

コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【なんでだろ】アマガエル君... | トップ | 【追憶】65年前の軍国少年と8... »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (六文錢)
2010-08-13 14:18:07
>田中さん
 「口裂け女」と郡上節の関連ははじめて聞きました。
 そういえば、その都市伝説が流布した頃、岐阜方面での話が多かったような記憶があります。
 なお、青山の郡上踊りではMIXIなどでも盛り上がっていて、今年の告知には100以上のコメントがついていました。
 お母さんがごらんになると、懐かしくお思いになるのではないでしょうか。
返信する
Unknown (田中)
2010-08-13 17:39:53
mixiで盛り上がったおかげか、今年は秩父の宮ラグビー場の駐車場で開催されました。家族で見学に行き、私は簡単な春駒を踊り、いつものように700円/匹で解禁まもない長良川の天然アユの塩焼きをいただきました。女性は適応能力が強いのか、母は東京の生活にも馴れて来ています。陳健一の中華料理より、近所の薬膳中華の方がうまいとか、、、新しい生活を楽しんでいます。男だとこういう訳に行かず、昔を懐かしんだりして、過去に向かって行くのかも知れません。10月には草津温泉を予約しました。無理をしない程度に「新しいこと」に関わるようにしています。たぶん、その方が脳には良いと思い。

ところで、NHKの龍馬伝を見ていると「土佐弁」が「美濃弁」に良く似ているなぁ、と思うことがあり、少し検索してみたら明智光秀と土佐、山内一豊と郡上と、土佐と美濃は随分交流とつながりが深いのですね。東京の街は家康以降の歴史を散策するには面白いのですが、岐阜も信長は有名ですが、その他の歴史散策も面白そうです。

エルサレムにちょくちょく行っていた関係から、街に住むと、その歴史を知りたくなり、調べたりする癖がついてしまいました(笑)。









返信する
Unknown (N響大好き。)
2010-08-13 22:47:34
円高を放置して避暑中の総理大臣に、
一揆を起こすぞ、と言いたい。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。