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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

「もうすぐ春なのかしら」殺人事件

2015-03-06 20:40:13 | よしなしごと
 

 殺人事件の容疑者として逮捕された
 友人の連れ合いを殺したというのだ
 動機は痴情のもつれか金銭問題だという
 どちらか一方にしてほしいものだ
 手段はトリカブトで意識を曇らせ
 金属バットで頭部を強打したとのこと
 取り調べを受けたが詳細は思い出せない
 モゴモゴいっていたら釈放された

 無罪放免になったわけではない
 明日から裁判だそうで出廷せよという
 警察署を出たらすぐ近くの道端に
 証拠物件のトリカブトと金属バットが
 無造作に捨てられていた
 まったく管理のずさんな警察署だ
 戻って注意してやろうかと思ったが
 余計なおせっかいだと思いやめた

 歩いて川べりの道へ出た
 私が殺した女性の連れ合い つまり友人が
 その愛人とともに魚釣りをしている
 女性が「ホラ引いたわよ」などとはしゃいでいる
 瞬間 この友人こそが自分で連れ合いを
 殺したのではないかとの疑いがかすめる
 でも 友人である彼にそれをいうことはできない
 「容疑者」である私の責任転嫁になってしまう

 またしばらく歩くと 道路の反対側から声が
 「アラッ 六さんじゃないのお久しぶりッ」
 なんと、私が殺した女性ではないか
 少し慌てて彼女を引き留めにかかる
 その行く手は 彼女の連れ合い つまり友人が
 愛人と戯れている方向だったからだ
 そんなところへ彼女を行かせたくはない

 「あのう、明日裁判所へゆくのですが、
 よろしかったらあなたもいらっしゃいませんか」
 とほとんど無意味な声をかけてみる 
 「そうねえ でも着るものなんかもないし」
 「いいじゃないですかそのままでも」
 「あなたも関係していることなんですよ」
 といいかけて 口をつむぐ
 彼女は本当に「関係」しているのだろうか

 で いきなり裁判が始まる
 小林稔侍のような検察官が私から視線を逸し
 「え~、容疑者は有罪のような無罪のような」
 と つっかえたように話すのがもどかしい
 「で、どちらなんですか」と判事がキレる
 「これなんかはどうでしょう」と検察官
 どういうわけか取り出したのは真っ赤なタオル
 「これで首を絞めたということでは」
 「それで異議ありませんか」と判事が私に訊く
 トリカブトと金属バットと赤いタオルが
 ぐるぐる頭を巡って何が何だか分からない
 
 傍聴席を振り返ると私が殺した彼女が
 えくぼを浮かべて無邪気に微笑んでいた
 そのまわりをまだらな蝶が一頭
 ヒレホロハラチルと舞っていた

 
 カット内部は裏文字です。

コメント
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