イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

歌は世に攣れ

2009-03-07 16:19:03 | テレビ番組

高齢家族の高齢友人より、NHK総合ローカル放送の公開歌謡バラエティ番組に観覧者当選して、何回かTVカメラに映った「ような気がする」から見てね、と先月お触れがあったので、一応6日(金)の当該時間に録画セットして高齢組に見せました。

しかし、自分もNHKの公開収録番組は『爆笑オンエアバトル』を始めBSマンガ夜話』『週刊ブックレビュー』などいくつか応募当選して参加しましたが、当該番組に全然関心のない、視聴したこともなければ番組の存在すら知らない知人にまで「『○○』の客席に映ってるかもしれないから何日何時に何チャンネル観て」となかば強要する人の気持ちだけは本当にわかりません。TVに映るのがそんなに晴れがましく誇らしいものなのかしら。

のど自慢なりお店お仕事ルポなり、自分で何かをご披露して、どこそこの何野誰子さんですと紹介付きで撮られるんなら、ひとりでも多く観てもらいたいと思って当然ですが、いち無名の、薄暗い客席のひとコマに過ぎないその他大勢として映るんですぜ。「これくらい素朴な一般ピープルがこんな人数集まって、こんなに楽しそうにリアクションしてくれましたよ」という番宣・局宣好感度アピールのための置き道具扱いでもある。アホヅラで大口開けて金歯見せて笑ってるとこ抜かれでもしたらどうするんだろう。恥を知った大人なら「知人に視聴されませんように」と願うほうが自然だと思うのですがどんなもんでしょう。ああいう公開収録って、これでもかと照明され作り込まれたステージと次元を隔てた“無名性の闇”に埋もれるところが心地良いんですよ。

まぁ、『オンバト』は審査して玉入れたり入れなかったりする、“無名性を利した”楽しみもあるので若干異質でしたかね。

そんなことはちょっとコッチに(ドッチだ)おいときまして、高齢家族に付き合って再生視聴した『とことん!ふるさとステージ』、ゲストがキム・ヨンジャさんとジェロでした。月河はこのジェロさんという人を見るたびに、1970年代前半に活躍したスター競走馬にちなんで“演歌の怪物ハイセイコー”とのキャッチコピーで売りされた高校生演歌歌手・藤正樹さんを思い出します。

共通項はヴィジュアルと楽曲(曲調、声質、唱法込みで)の、狙ったミスマッチ

“狙い方”の角度も非常に近似しているように思います。藤正樹さんはスポーツ刈りに学ラン(正確には学ラン風の詰め襟スーツ)姿で、ムード歌謡風女心演歌を、美川憲一さん似の甘く隠微な美声で歌っていました。

『忍ぶ雨』の藤さんにしても『海雪』のジェロさんにしても、あの衣装あのヘアメイクで歌うべき必然性は、楽曲の中には鐚一文見つけだすことはできません。代わりに全面に溢れているのは“らしくなさ”のアピールです。“らしからぬ”のアピールと言ったほうがいいか。高校生らしからぬ、外国人らしからぬ、黒人らしからぬ、あるいは“演歌歌手らしからぬ”。

もう演歌って、なんらかの形で“らしからぬ”が付かないと人気しない、というより世の中でメジャーに受け容れられなくなりつつあるのでしょう。氷川きよしさんがブレイクしてからというもの、明るめカラーリングのツンツン前髪ありヘアに若手ホスト風の、“アイドルとの一線が明確でない”衣装が若手男性演歌歌手の規範になっていますが、氷川さんがすでに、演歌歌手、特に男性歌手と言えば“ダサい”“ミズっぽい”“ヤクザっぽい”という前提に対するアンチ、新風だったからこそ成功したのです。

と言うより、“いかにも演歌らしさ”なんてすでにどこにも存在しないのかもしれない。ファッションであれ容貌であれ出自、国籍、学歴経歴等々であれ「こんな人が演歌歌うなんて、らしくないよね」と、皆に言われるような人が歌わないとヒットしないことは確かだけれども、訣別、払拭すべき“らしさ”の正体は明確でない。なんだか空気と相撲取ってるような、敵対妄想のような状況です。

ジェロさんにしても、『ふるさとステージ』でダンス自慢のチビっ子(←これほど演歌ゲストのローカル番組に似つかわしい言葉もありませんな)コンビと半笑いで渋々からんでいるところなんか見ていると、横向きにかぶったキャップ、ダボTレイヤード、ローライズ幅広パンツにスニーカーというヒップホップスタイルが彼自身そんなに得意、ホームグラウンドじゃないんじゃないかと思えてくる。

“演歌歌手らしからぬ”を演出したいばっかりに、“いまどきのアフリカン・アメリカンの若者らしさ”という記号を纏わされているだけなんじゃないでしょうか。若者っつったって今年でもう28歳なわけで、露出のないプライベートではタイガー・ウッズみたいなポロにゴルフスラックスの、休日のホワイトカラーサラリーマン風で、「これがいちばんくつろげる」と思っているかも。

しかし、ジェロさんに、かりに「『海雪』のような曲を歌う歌手“らしく”見せるためには、こういうものを着てこういう髪型にしなければダメだよ」と指導するとしたら、その目標、規範はどこにもない。規範がないのに、規範から外れた“らしからぬ”を表現しアピールしなければならない。よってジェロさんは本当の黒人若者でありながら“黒人若者のコスプレ”をして『海雪』を歌うことになってしまったのです。

文句なしの美声、歌唱力でありながら、ジェロさんの歌にどうしても無心に聴き惚れることまでできないのは、そういう作為性の引っ攣れのせいだと思います。

引き合いに出した藤正樹さんは、確か静岡県だったか、当然のことながら地方出身で、オーディション番組からデビューが決まって、多くの高校生芸能人同様、芸能科のある堀越高校に転校、同校の制服がブレザーだったため「本当は詰め襟の学生服が好きなので、衣装で詰め襟が着られて嬉しい」とどこかのインタヴューでの答えを読んだ記憶があります。読んだ後しばらく経ってからTVで偶然歌う藤さんを見かけ、「こんな薄らムラサキの(←芸名にちなんで“藤”色にしたとの説も)ヘンテコリンな服着て嬉しいわけないじゃん」と思ったものですが、“らしくなさ”に殉じた者、殉じることを強いられた者の悲哀と痛々しさが、30数年後のジェロさんにもある。演歌限定の話ではなく、げに流行り歌とは哀しいものです。

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4 コメント

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ジェロさんの衣装について。 (あのう。。)
2009-04-11 00:47:37
ジェロさんの衣装について。
去年の記事かと思ったら、今年3月ではないですか。公開ブログで断言されるからには、もう少し情報収集してからが良いかと。彼の衣装はすべて自前ですよ。人気が出てからは、メーカーの提供があるそうですが、すべてではないと思います。その前は、服は自分でお店で買ったり、ピッツバーグのお母さんから送ってもらったりしてるとコメントしていました。ちなみにお母さんは長年デパートの店員をなさってるそうです。先日NHKで放送されたドキュメンタリーを見ましたが、ジェロさんは自分らしさということに徹底してこだわりがあり、新人にも関わらず納得できないことは周囲と摩擦を生んでも主張する、アメリカ人そのもののメンタリティを持っています。単なるウケ狙いで衣装を決めるなんてことは、死んでもしない人、そう思います。
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>>あのう。。様 (月河たびと)
2009-04-11 20:21:24
>>あのう。。様

 ご親切なコメントありがとうございます。ジェロさんの歌を映像つきで視聴すると、歌声や楽曲の良さより“痛々しさ”を強く感じることが多かったのですが、貴方の一文で見る目が変わりそうです。
 なお、

>公開ブログで断言されるからには、もう少し情報収集してからが良いかと。

この点、ごもっともながら、“断言”と“私見”は違うと思います(これ自体私見ですが)。
 ご指摘を受け本記事の削除も考えましたが、誤謬や偏見や不勉強を含む私見だからこそ、貴方の様な丁寧かつ理にかなったご注意を受け入れることもできる。意味のないことではないと思ったので、コメントとあわせ公開を続けることにしました。
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月河たびと様 (お返事ありがとうございます。)
2009-04-12 01:03:23
月河たびと様

御理解いただけて、感謝します。
ブログの中には、偏見や悪意に基づいたものもあるので、つい行き過ぎた表現になってしまったこと、お詫び致します。

もしご興味をお持ちになりましたら、veohという動画サイトでそのドキュメンタリーが見られますよ。
10_jeroというタイトルです。
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 情報ありがとうございます。貴方からコメントを... (月河たびと)
2009-04-12 22:57:52
 情報ありがとうございます。貴方からコメントを戴いたあと、偶然家族の知人から評判を知ったのですが、質の良いドキュメンタリーだったようですね。参考にさせていただきます。
 人物へのリスペクトと、「本当のことを知ってもらいたい」という熱意が、貴方のコメントからは伝わってきました。“行き過ぎた表現”でも歓迎ですよ。こんな私見ブログですが、接点がありましたらまたお寄りください。
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