イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

もの言わずに思っただけで

2011-01-02 16:19:11 | 夜ドラマ

NHK正月時代劇『隠密秘帖』11920~)がなかなかいい出来でした。最近の舘ひろしさんは石原軍団臭があまりなくて、“基本棒読み役者”(←断固、褒め言葉です)の中年以降のいい化け方を感じさせる。『ゲゲゲの女房』継続視聴中にも何度も思ったのですが、ドラマの中で、“演技が達者な人でこその役”って、実はそんなに多くはないのです。要所要所に、ポン、ポンと散在しているほうがいい。特にヒーロー役は、“芝居が巧いとあまりカッコよくなくなる”ことも多い。

『秘帖』で舘さんが扮した神谷庄左衛門の次男・又十郎成長後、35年後の物語として、8日からの土曜時代劇『隠密八百八町』に引き継がれるようですが、その又十郎役がまた舘さん。なんか、逆・『天地人』みたい(直江兼続幼少期を演じた加藤清史郎さんが、兼続長男役で後半再登場)。又十郎幼少期が『龍馬伝』の子供龍馬の記憶が新しい濱田龍臣さんだったので、35年間で顔の上下が伸び過ぎのような気もしますが、まあ昼帯のヒロイン一代記ものなんかじゃよくあることなのでね。庄左衛門の同僚の役人役で、六角精児さんカンニング竹山さんのメガネレス顔も楽しかった。メガネなしで丁髷ズラ着けると、気持ちいいくらい普通な、ぽっちゃり顔のおっちゃんになりますな。

その六角さんもご活躍の『相棒』元日SP“聖戦”がまた、格別の読みごたえと読後感のドラマでした。ここ最近の『相棒』拡大枠SPでは珍しい、テロや政治家絡みも、大量殺人もない、普通の子持ち主婦の、長年月をかけての変貌と、加速する逸走を主軸にした、『相棒』の中でも異色の味わいを持つ好篇だったと思います。

プライムタイムの2サス+αの枠に嵌め込むためにか、類型的な謎解き叙述や土壇場犯人説得シーンなんかもあって、全体の印象が“ありがち”になってしまったのが惜しかったけれど、いま少しいろんなところのカドを鈍角にして、方向を散乱させれば、月河が愛してやまないパトリシア・ハイスミスの世界、特に『イーディスの日記』(1977年)や『愛しすぎた男』(1960年)にも相通ずる、人間の深奥を覗く奥行きあるミステリになった可能性も。

犯人・寿子(南果歩さん)のひとり息子が幼い頃から心臓をわずらい、長い入院生活とリハビリ療養後に復学し少年野球チームでプレーできるまでになったものの、中学校ではいじめに遭い、担任は無理解、登校拒否となり進学も就職もままならず苦闘した日々が、変則時系列で“○年前”のテロップつきでフラッシュされます。「あ、そういうことか、んでそうなって…あれ?」と、概略がつかめたかつかめないうちにスライドショーのように次へ進む、観客に慌しさを強いる回想演出が実にクレバー。引きこもりになって「いじめたヤツらと担任を殺す」と爆弾製造を試みるまで歪んでしまった最愛の息子と格闘するうち、徐々に母親の寿子のほうが“息子依存”を深めて行く過程が、観客の心理をも切迫させる。幼時の長い療養生活で、愛情濃やかな母親に構われ慣れ、庇われ慣れて育った息子は対人能力が弱く、どうしてもいじめられ体質になってしまう。

それでも基本まじめで、闘病にも耐えた努力家の息子は、「(人と話さないで済む)機械相手の仕事だから今度は続けられる」と工場の就職口を自力で見つけ、社長から「夢は?」と訊ねられて「おふくろを幸せにすること」と答え、“これからは自分のために生きて”とカードを添えて口紅をプレゼントするまでに立ち直りました。

そんな矢先、その最愛の息子が雨の夜バイクにはねられて死んだのです。加害者は麻薬使用で朦朧としていた大学生。彼は反省し、寿子夫婦に弁護士を通じて自筆の謝罪文を送り、服役しましたが、寿子の傷は癒えず、うつに陥って家事放棄、自宅はゴミ屋敷状態に。激務とストレスで体調を崩した夫は家を出て行き、再会したのは癌に冒された死の病床でした。

結局寿子には、息子の存在、息子のためにする粉骨砕身、息子がもたらすささやかな喜びがおのれのすべてだった。息子が消えると同時に、妻としても主婦としても社会人としても、地滑り式に自分を支えられなくなっていくプロセスが乾いた映像筆致で振り返られます。

「いるかいないかわからない人だった」と店長が評する働きぶりで、抜け殻のようにウェートレスを勤めていたファミレスで、出所していた加害者・折原(しかしバイクで事故る役とはなんとも。スリップストリームか?仮面ライダーギャレン天野浩成さん)を客として12年ぶりに偶然見つけ、衝撃を受けます。妻と幼い娘を連れた折原は、事故当時麻薬で朦朧としていたからか、寿子の顔を見ても被害者の母親と認識せず、ひたすら「娘が火傷したらどうするんですか!」と怒る父親になっていました。

夫の死に際に「私、やっぱり(息子を殺した加害者を)殺したいんですよね…」とあてどなくつぶやいていた寿子に、ここで劇的なスイッチが入ります。出所後消費者金融の回収担当として更生していた折原の後を尾け、行きつけの店をつきとめ、サウナの清掃員になってロッカーから自宅の鍵を持ち出して合い鍵を作り、妻子の留守に侵入して盗聴器を設置。ついには息子の遺品の工具を使って爆弾を作りはじめます。

引きこもり期の息子が、いじめ級友たちへの怒りや憎しみを紛らわす捌け口にしていた爆弾作りに手をそめることは、母親の寿子にとっては、他人に報復反撃できなかった優しい息子への、ゆがんだ鎮魂でもありました。訪ねる友人知人もない、夫の遺した一軒家の居間をビニールシートで囲い、関係書籍を読みあさって試作した爆弾の起爆実験場を求めて、アクション映画のスタッフクレジットから制作会社の名を見つけ、発破のプロである社長をこれまた尾行して愛人関係の写真を盗撮、自宅に押しかけ脅迫して採石場に案内させる。事故当時の記事から、折原に麻薬を密売し事故の遠因を作った常習売人・江上(びっくり激痩せチョロ中野英雄さん)を犯人に仕立てる計画も併せて立て、爆薬原料の粉末を彼のアパートに持ち込み床に撒く。江上がかつて左翼活動に加担し爆弾製造の前科持ちなのも調べ上げ済み。痕跡を残さず二階の窓から侵入するため、ランニングに懸垂、ひとり鉄板焼き肉で体力も鍛えます。

『相棒』でときどきやる、ティピカルな倒叙型エピソードなら、“ここまで綿密にやった犯行を、右京さん(水谷豊さん)がどこからどう切り崩す?”がメインの興味になっていくのですが、今回ばかりは南さん扮する寿子の、凄絶な“ひとり戦争”が物語のおおかたを圧しました。

神戸くん(及川光博さん)との連携よろしくわざと読まれる罠を仕掛けて、寿子が最後の目的のために隠していた第二の爆弾の在処に誘導したものの確保に失敗。間一髪、捜査一課の急行前に期せずして救援になったのは、折原の子を身ごもったその妻・夏実(白石美帆さん)の“夫を殺した犯人を、絶対自死させない、生きて後悔させる”という執念でした。神戸のGTRから手錠を奪い(中盤、寿子の容疑を伝えられた夏実が直談判するとゴネて、困った神戸が咄嗟に録音機を渡す場面で、夏実がGTR内の手錠の収納場所を目視記憶する伏線あり)、みずから寿子と繋いで胎児のいる腹に触れさせると、極頂に達していた寿子のテンションは風船に針を刺す様にはじけ、リモコンは無事右京さんの手に。

冒頭、折原の寝室を公園の高台から双眼鏡目視しリモコン起爆のタイミングをうかがっていた寿子が口ずさむピンクレディー『UFO』、媒体での次回予告で“寿子の息子の事故死は12年前”とありましたから、30年以上前のこの曲をなぜ?…とずっと思っていたら、ラスト拘束されてパトカー移送され、収監されるまで寿子が再び口ずさみ始める場面で、やっと明らかになりました。息子が赤ん坊の頃、抱いて歌って聴かせていちばん機嫌を良くする歌だったのです。

虚弱で母親に依存気味だったが、どうにか自立して苦労に報いようとしていた息子よりも、実は寿子のほうがはるかに深く、抜き差しならなく息子に依存していた。男性には成長しても母胎回帰願望が永遠に残存し、それが性欲、繁殖欲となって自分の家庭を築くことにつながると言いますが、事故で断ち切られた寿子の息子依存は、永遠に宙ぶらりんな“子を自分の胎内に戻したい、せめて赤子に戻して抱きたい”願望に変形した。だから夏実のお腹の胎動に手が触れたとき、自他の境界が消え、殺意も一瞬空白になって、リモコンを握るもう一方の手から力が抜けたのです。

♪手を合わせて見つめるだけで 愛し合える話もできる…『UFO』は、身も心も息子とひとつでいられた、寿子の幸せの頂点の記憶そのものでした。

中盤で寿子の捜査誘導通り容疑をかけられる江上と、病身で余命幾許もない老母と、間に入って心を砕く姉(石野真子さん)との脇エピもじんわり効いていました。特命コンビはこの時点ですでに本ボシは寿子、江上は利用され嵌められただけと目星をつけているので、神戸くんは「(あと数日しか生きられないであろう母親をせめて安心させるために)江上の容疑は晴れたと言ってあげましょう」と提案しますが、同情の嘘をよしとしない右京さん(season 5 “赤いリボンと刑事”を思い出します)は「まだ確たる証拠がない、事実上の嘘になる」と却下。姉は「私も嘘なんかついてほしくありません」と2人を見送りますが、病室に戻るとやはり「容疑は晴れたって、警察の人が謝りに来た」と嘘を。しかし母親は娘の嘘などすぐにお見通しで「ありがとうね」と微笑みます。

結局神戸くんの願いもむなしく母親は江上の勾留中に亡くなってしまうのですが、ラストに江上が姉とともに墓前で合掌する場面が入り、せめて姉との和解、遅きに失したが更生成ったか?の救いはありました。

右京さんが花の里で「敗北かもしれない」「富田寿子という人間が、最後まで掴めませんでした」と述懐してエンドとなりますが、ひとたび“母親”を踏切板にすれば、正にも邪にも、貴にも卑にも、美にも醜にも、無限の振幅で飛翔もでき、墜落もできる女性の潜在エネルギーを、男性は結局理解できないのかもしれません。

season 4 『監禁』や7『密愛』で、女の心理の深淵を時にカリカチュアっぽく、時に箴言的に描いてきた脚本古沢良太さんが、NHK土曜ドラマ『外事警察』2009年11~12月放送)を経て到達した新境地と言ってもいいと思います。

寿子の役は『外事』の石田ゆり子さんでもよかった気もしますが、生きてれば30歳過ぎになる息子の母親に、さすがに見えないか。南さん起用に特に異議はないけど、のっけからあからさまに“手ごわい!”“一筋縄でいかない!”との印象が強すぎるもんでね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする