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イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

ムダムダ弾

2009-03-17 21:06:48 | 特撮・ヒーロー

『侍戦隊シンケンジャー』第五幕(3月15日)は、外道衆アヤカシ・ヤナスダレがよかったですね。

今作、正義のメインキャラは、変身後の顔面に若干の抵抗があったものの、全員強いし変身前からカッコいいし可愛いし文句はなかったのですが、敵側がホレ、前作『炎神戦隊ゴーオンジャー』ではいちいちみんなユニークで、キュートな造形と決めゼリフを持っていたじゃないですか。ガイアーク&蛮機獣に比べるといまいち敵キャラが暗くて魅力が薄いなあ…と思っていたところ、前週第四幕のナミアヤシで造形的にモリモリ盛り返し、ヤナスダレは「ムダだムダムダ!」と都心で大筒リボルバー=柳糸連打銃を連射するアナーキストっぷりが素晴らしかった。いやー、渋谷や新宿の駅前の雑踏を目にすると、ランボーのようにバリバリ機関銃撃ちまくって蟻みたいな人間どもがバタバタ倒れるところ見てみたいと一瞬、月河でも思いますもんねえ。虚無への本能。やりませんけど。

ヤナスダレには国会議事堂とか議員会館とか、永田町界隈に向けて「ムダだムダムダ!」砲を撃ち放ってもらいたかったですね。攻撃されても“柳に風”と受け流せる体質、及び三途の川の水分を吸収していないと“この世”で暴れられないという外道衆の宿命が、あまりやる気のないニヒルな性格を生み出したのでしょうか。

どこかの総理大臣も、次期総理大臣心得(誰だ)もあやかりたいだろうな。柳に風。ムダだムダムダ。自分がいちばん最初に吹っ飛ばされたりして。

「自分が強くないと、臣下のシンケンメンバーが恐れを抱いて士気が下がる」と思い、志葉家伝来の秘伝ディスクを使いこなすモヂカラを得るべく、花形満の鉄球鉄バットみたいな特訓に夜通し取り組む丈瑠(松坂桃李さん)。ノブレス・オブリージュ。

メンバー間の“序列”が、後天的な訓練や努力によらず“出自によってあらかじめ決まっている”というのも、近年の戦隊ではあまり使われなかった『シンケン』独自の設定と言えるでしょう。

「私ひとりでは不安だからサポートしてくれ」とぶっちゃけちゃったほうが、少なくとも、友達として友情に訴えてくれれば意気に感ずるタイプのグリーン千明(鈴木勝吾さん)と、弱ってる男の天使・ピンク茉子(高梨臨さん)は先頭に立って「それなら私たちが殿の足りない分を頑張ります」と意気上がってくれそうなんだけど、家臣たちへのそういう対し方は殿、まだできないのね。甘え下手。これまたTVの前のママさんたちが日曜の朝、全国でウルウルしてそう。

シンケンジャーは生まれつき、先祖代々シンケンジャーたることを世襲しなければならないと決まっている、究極の“宿命戦隊”。背負い込み体質の殿の本心を、他のメンバーが早く成長して察知してくれるといいですが、いつか、“成り上がり参入者が下剋上を企てる”エピソードなんかもやらないかな。


それ以下ランチ

2009-03-16 17:25:10 | 特撮・ヒーロー

『仮面ライダーディケイド』8話、『剣(ブレイド)』世界篇前半は、なんだかおもしろい感じになっていましたな。BOARD(ボード)が国から予算もらってアンデッドを封印する会社になっていて、アンデッド出現!A(エース)出動!まではオリジナルのボードと一緒なんだけど、司令室社員が「アンデッド封印の件」てな稟議書持って社内アタフタ走り回って、経理、総務、社長とハンコ揃わないと仮面ライダーに変身しちゃいけないことになってるのね。出現してから稟議上げるって、どんだけ泥縄な会社なんだ。国から予算下りてるということは、さぞかし美味しい天下り先として、役員会なんかがめつい能なし官僚OBがはびこっていることでしょう。

それはともかく、オリジナル平成ライダー世界の中でも特徴的な“給料取りのサラリーマンライダー”という設定が、やはり『剣』世界篇を書く脚本家さん(米村正二さん)の琴線にいちばん鋭く触れたんでしょうな。確かに、オリジナル『剣』の、他作品と異色な点を、ムリヤリひとつだけに絞って挙げるとすれば、この点かもしれない。仮面ライダーに変身を許されたA級の社員同士、相手を蹴落として自分のランクを上げるために汲々としているというのはオリジナルとだいぶ違うけど、“懐疑と不信、裏切りが渦巻くギスギスした人間関係”とまるめて見れば、オリジナルの、特に前半のダークな空気感のカリカチュアライズとしてアリかなとも思う。

スペードAから最低ランクの2に降格されてしまったブレイド・剣立カズマを演じる鈴木拡樹さんが、撮り方でしょうが角度によってオリジナルのブレイド剣崎・椿隆之さんに驚くほどよく似ている。「元Aのプライドはないのか」とギャレン菱形サクヤ(成松慶彦さん)や黒葉ムツキ(川原一馬さん)に詰られて悔しさをかみ殺す表情など、演技プランもオリジナルを見てかなり盗んでそうです。ここらは監督さんが、オリジナルでメイン監督をつとめた石田秀範さんなので安心して見ていられる。

斜めに右手を上げてクルッとさせる、あの変身ポーズが見られただけでも、我ながらあきれるくらい、テンションがウナギのぼりしますな。改めて、平成ライダーの中でいちばん惚れ込んだ作品はやはり『剣』だったということを再度自己確認。カズマ鈴木さんには、できれば髪の色を整えてから撮影に臨んでほしかったけれど、“そこらのフリーター上がりの駆け出しが、あれよあれよと成り上がって、調子に乗ってる”感じを出すために、あえてあのままにしたのかもしれない。

ギャレン菱形サクヤの成松さんは、変身前の私服時のコーディネートとか、なんとなーく人がよさそうで、強いのか弱いのかわかんないところがオリジナルの、天野浩成さん版橘朔也に似てなくもない。せっかく“Aランチ”お食事シーン、厨房シーンもあったことだし、「これ、食ってもいいかな?」って言ってくれてもよかったのにね。

後半でA昇格、レンゲルバックルを与えられたアラレちゃんメガネのムツキくんは、先輩に叩くクチのでかさが、スパイダーアンデッドに支配されたブラック化期の、北条隆博さんのオリジナル睦月をちょっと髣髴させます。カズマ先輩が自分を気遣ってくれたために降格されたのに、ビタ一文感謝の言葉もない外道っぷりが上等。

ディケイドがアンデッドと戦ってるそばでブレイド、ギャレン、レンゲルが内輪揉め、そこへ伝説のライダー・カリスがうぉーーーっと走ってくるなんざぁ、ちょっとサービス過剰な気もしないでもありませんが、まあ歌舞伎の顔見世みたいなものと思えばいいのかな。

いままで士(井上正大さん)ディケイドたちが通ってきた世界、前半で“ライダーの力がこんな感心しない方向に使われています、使われそうです”を提示、後半でディケイド、ユウスケたちとライダー適合者らが意思疎通し協調してそれを是正、退治すべきものは退治して、鳴滝(奥田達士さん)「この世界もオマエに破壊されてしまった…」というのが流れでした。

TVの前の小さいお友達、「パパはリストラ攻勢に耐えて働くサラリーマン」という子が多いと思うのに、ヒーローに「サラリーマンになる気はない!」って断言させちゃいましたが、組織とか、雇い雇われ給料もらいという一見夢のない社会も、裏を返せば(表を返せば、かな)人と人との信頼、1人ではできないことを団結して可能にするチームワーク、上が下を教え導いたり、世のため人のために貢献したりという崇高な要素から成っている。アンデッド封印という職務より、目の前の人命を助けるほうを優先して降格された、不器用だけど真っ当な正義漢のカズマと士たちが協力して、最低の会社を最高の組織に変える話が、次週語られるのではないかな。

……オリジナル『剣』と言えばもうひとつ“組織崩壊”“組織トップが悪ラスボス”もキイワードだったので、若干イヤな予感…いやワクワクな予感もしますけど。

ボード社長(累央さん)に「協力してほしいなら予算を」と要求されて「なるほどねぇ~」と納得してしまうユウスケ(村井良大さん)が今話もいい味を出していました。厨房でカズマがサクヤたちに嘲られて「言われなくてもこんな会社出て行く」と癇癪を起こしかけたところへ「それじゃただの負け犬だろう!それでいいのか」とにょっきり現われたり。前のシーンで社長室で顔合わせただけなのに、どこの誰ともわからないはずなのに「……(考直)」とたじろいでしまうカズマもいいヤツだ。

ヒーローとして士のわかりにくいところ、ひとひねりふたひねりあるところを“真っ直ぐ”に翻訳して表現するのがユウスケの役目。給料上げてもらってご満悦の士に「染まりすぎだろ」って言うときの手は完璧にツッコミ型になってました。

どうなんだろう、カッコいいけど言動が極端で、直球で“いい人”“見習いたいヒーロー”タイプではない士と、カッコいい変身戦闘シーンは少ないけど気だての良さやポジティヴさにあふれているユウスケ、人気が半々ぐらいだとちょうどいいんじゃないでしょうか。やはり士派がちょっとは上回ってるぐらいのほうがおさまりがいいかしら。

K(キング)に特進して厨房のチーフを任されたけど、味見をお願いされても「なんだ、このコジャレた味は!」とケチャップとソースと醤油しか要求しない士くん、舌が完全にお子ちゃまなところが可愛い。要するに『ディケイド』は、少年(心が少年である者)の成長物語でもあるんですね。

アンデッド造形ファンとしては、バッファロー、エレファント、カプリコーンと“ツノキバ系”しか出てこなかったのがちょっと物足りなかった。オリジナルで画面に登場しなかったパラドキサの造形も、出されてみると“まあ、あんなもんかな”という感じでした。


ギャギャギャギャギャ

2009-03-11 21:30:46 | 特撮・ヒーロー

『仮面ライダーディケイド』龍騎の世界後編(38日)、〆方はあれでよかったのでしょうかね。ナイト=レン(北村栄基さん)がヘロヘロになりながらオーディンからタイムベントカードを奪い、龍騎=シンジ(水谷百輔さん)と士(井上正大さん)が玲子編集長変死前に時間移動。真犯人は中庭にいたアビス鎌田(入江雅也さん)と判明、夏海(森カンナさん)の容疑も晴れ、シンジが根に持っていたレンの他社転職の真相と真意も編集長の口から明らかにされて、カメラのシンジとライターのレン最強チーム復活でめでたしめでたし。まだ龍騎の世界に来たばかりだと思っているユウスケ(村井良大さん)と夏海キョトンの間に、士は「この世界での用事はもう終わった」と余裕の笑み。

…しかし、オリジナル『龍騎』のように、神崎士郎が醸成したミラーワールドが消滅してライダーバトル自体が“なかったこと”になったわけではないので、今回のような事件が起きたらまた検察、弁護、事件関係者が変身して入り乱れて戦うんじゃないのかしら。それとも鳴滝(奥田達士さん)が、実はまさかのパラドキサアンデッドだった鎌田を連れて次週からの剣(ブレイド)世界に行ってしまったので、龍騎の世界はもう無事なのかな。何かあったら、死ななかったことになった桃井編集長のAtashiジャーナルが書いてくれるわけだし。

もともと人類の平和と幸福のために戦うはずだった“仮面ライダー”が“テメエひとりのために”戦い出したらこんなんなっちゃいましたという『龍騎』物語の一側面をフィーチャーし、ミラーワールドの成り立ちどうこうはほぼオミットしたのは成功だったのかな。

オリジナル『龍騎』視聴の間、特に秋からの後半戦は「何をどうすればあのミラーワールドは解消されて、いい人たちみんな死なないで済むんだ?」と悩み続け、“いい”人じゃないけど死なないでほしいと思う人物がどんどん増えていってますます悩ましくなった日々を思うと、ずいぶん簡単に「終わった」ことにされちゃったなという気がしないでもありませんが、それでもレンが命がけで奪取したタイムベントカードにシンジが「その身体じゃ無理だ、俺が行きます」とライダーバトルのルール破りを買って出る場面や、「僕は1人で戦ってるんじゃない!」、士との「いまは、僕たちがチームだ」など、理屈はどうでもぞくっとしましたね。

ヒーローものの場合、設定→展開→回収の整合性が多少アレでも、局面局面の“燃え”で取り返してお釣りが来てしまうことがたまさかあるんです。

逆に言えば、ヒーローもの以外の普通の実写ドラマは、この“燃え”という情緒のゲタをはかせてもらえない分、いろんなことを隅々整合取らないと杜撰呼ばわり、欠陥作呼ばわりされるのでつらいのだな。

オリジナル最終話、“花鶏”に一見さんとして入って来る真司と、出て行った蓮との間に、ライダーバトル抜きで友情が芽生える未来がありますように…と思ったので、“シンジ”と“レン”の“最高のチーム復活”は素直に嬉しかった。設定も、役者さんも変わっているんですけどね。先週放送の前半しか登場がなかった脇役ライダーたちの扱いや、人間体のキャスティングを含めて、「こんなんで終わり?」と不満なオリジナル『龍騎』ファンも少なくはないでしょう。

昼ドラウォッチャーとしては、06年『美しい罠』の水谷百輔さんが、素朴でほどほど山だしやんちゃな味を保ったまま“ライダーが似合う”若者に成長して出てきてくれたのも収穫でした。82年生まれ、草太の頃は20歳、いま23歳。オリジナル『龍騎』の真司に扮した須賀貴匡さんが当時24歳でしたから、水谷さんはうまいこと“シンジ適齢期”にはまったわけです。ファイナルフォームでアビスファイナルベントを両断するとき、オリジナル真司の「しゃーー!」も再現してくれましたね。

草太時代共演の芳賀優里亜さんが『龍騎』の翌クール作555と、『ディケイド』の前クール作『キバ』でヒロインを演じているのも、「世間って狭いものだ」感あり。ちょっとしたすれ違いメロドラマ。

士とユウスケが、ライダー世界をひとつ訪ねるごとに互いへのリスペクトを深め合っている様子も微笑ましい。ユウスケは龍騎世界では、変身しての見せ場は一度もなく、ひたすら士ディケイドの忠実なサポーターに徹していましたが、こういう方法論でもユウスケのキャラは成立し得ることがわかってしまうと、ちょっと複雑な気もしますね。『555』の啓太郎、『剣(ブレイド)』の虎太郎といった“ヒーロー側の、変身しないサポーター”役って、人物としてどんなに明るくても、奥行きがあっても、結局はもの悲しいんですよ。『龍騎』以降特に、ライダー造形の哲学というかスタンダードが一変したので、00年造形のクウガが入ってくると若干ヴィジュアルが古く見えてしまうかもしれないけれど、ユウスケ版クウガの再変身参戦はもうないのかな。前枠の『侍戦隊シンケンジャー』同様、若手レギュラーの中でいちばん演技が安定していて、リキんだり見得切ったりでない日常の芝居の引き出しもより多く持っている人=村井良大さんが、クレジット2番手にいることで『ディケイド』も見やすくなっている。

ディケイドが各ライダーをファイナルフォームライドゥするときの「ちょっとくすぐったいぞ」は小さな男子諸君が学校でやりまくっていそうだな。演出的には、せっかくオリジナルで輝ける主役だった各ライダーが、ディケイドのツールにされたみたいで釈然としなかったりしますが、ライダー→変形→ライダーフォーム復帰のCGアニメがあまりにきれいなのでつい楽しみになってしまうんですよね。

次週から剣(ブレイド)の世界。今週ラストシーンの4ライダー並列は、オリジナル『剣』の前期OPに直結する色合い、照明具合でした。4ライダー全員に見せ場と、カッコいい変身前俳優さんを…なんてセコいことを願うより、“給料取りの職業ライダー”“冒頭で組織崩壊”“生物種ごとの祖の封印=種の地上覇権”というオリジナルの基本アイディアがどう換骨奪胎されるかに期待です。

やっぱりあれかな、ディケイドにフォームライドされると「ブブブブブレイド」の声が流れるのかな。


あ、え、あ?

2009-03-09 17:29:48 | 特撮・ヒーロー

『侍戦隊シンケンジャー』のメイン脚本を今年つとめる小林靖子さんは、特撮ドラマ、アニメ界ではファンが多く評価も高い脚本家さんのひとりです。2000年の『未来戦隊タイムレンジャー』、0304年の実写版『美少女戦士セーラームーン』あたりは、ファンと言うより“信者”と言ったほうがいいくらいの熱心な愛好者が、月河の周囲の、おもに大きなお友達にかなり存在します。

『シンケンジャー』は小林さんが久しぶりにメイン参戦するスーパー戦隊ということで放送前から期待が盛り上がっていました。もちろん月河も期待を寄せている大きなお友達のひとりです。06年の『轟轟戦隊ボウケンジャー』でも全49話のうち10話ほどが小林さん脚本でしたが、あくまでチームのサブライターの一人としての参加だったので、小林節(ぶし)全開とはいかなかったですからね。

まぁそれでも信者というほどの熱心なファンではないし、さほどたくさんのタイトルを完視聴しているわけでもないのでおこがましいのですが、小林さんの書くホン・キャラの魅力、無理矢理ひと言で言うなら“痩せ我慢的美意識と義侠心”にあるように思います。

家族や、愛する恋人のためならどんな凡人匹夫でも自分の一命を賭して守りたいと思うはず。しかし、見ず知らずのあかの他人、客観的に守る価値があるのかと疑うような卑しい人間、時には犯罪者や憎い敵のためにでも、進んで己を危険にさらし戦わなければならないのが物語のヒーローであり、そういうヒーローを描くのが特撮の世界です。

小林さんの脚本は、そうした、ヒーローが背負った“割りの合わなさ”“具体性のないもの(倫理、美意識など)への義理立て”、もっと言えば“痛いカッコよさ”を、人物や、お話全体の魅力に変換するのが実にうまい。

今作『シンケン』も殿=丈瑠(松坂桃李さん)のクールでストイックな佇まいに時おり垣間見せる不器用な感情表出や、千明(鈴木勝吾さん)の、義理堅いくせに規則や権威には反骨的で、ラクして楽しいことが大好きなのに自分に厳しく負けず嫌いというアンビヴァレンツなキャラクターに、早くも小林さんの筆になるヒーローものらしさが開花してきています。

ドラマやお芝居の脚本であれ、小説や漫画であれ、フィクション作品創作を生業とする人には、基本的に性差はないと月河は思っています。日本には“女流”という言葉があり、“女性にしか書けない言葉”“女性ならでは描けない世界”なるものを異様に珍重し称揚する一部の男性評論家や男性中心媒体もいまだに存在しますが、それは男性が幻想妄想好きだからです。

虚構を書くとき、人間はつねに同時に男であり、女でもある。大人でもあるし、子供でもある。

取材の段階で、男では入りにくく情報収集しにくい分野があり、その逆もあることは事実だし、世に発表する段階で、著者が男名前では商業的にむずかしい種類の作品もあることは確かです。しかし“女(or男)であること”単体理由で「だからこそ書けた」なんてフィクション作品はこの世に存在しません。『源氏物語』が一千年を経ても高校で習う古典たり得、諸外国にも最古の長編小説としてリスペクトされているのは作者が女性だったからではなく、時空を超える級の才能があったからです。

8日放送の第四幕、シンケンジャーになるため家族や過去を捨てて参集したものの、ここへ来て歌舞伎役者時代が懐かしくなりホームシック気味の流ノ介(相葉弘樹さん)に茉子(高梨臨さん)が「自分がヘコんでるとき逆の行動(=人の悩みを聞き出し世話を焼きたがる)に出るヤツ、居るよねぇ」と看破し、「自分が情けない!思い切り殴ってくれ!」と迫られて「そういう弱ってるヤツ、ダメなのよ…んもう、馬鹿ぁ!助けたくなっちゃうじゃなぁい!」と抱きしめてしまうラブコメチックな場面は、月河としては、“女性脚本家だから”ああなったのではなく、小林靖子さんという優秀な脚本家の、内なる女性の部分が“このときたまたま”表出したから生まれたのだと解釈しています。特に“自分が凹むと人の悩みコンシャスになる”という部分は、TVの前の小さなお友達はキョトーンで、むしろ朝ご飯の支度の傍ら背中で聞いているママさんたちがいちばん「あるある」気分だったのではないかな。

月河はここより、野球少年宅に徹夜で張り込んだ2人が、明け方明らかに茉子持参なピンクの毛布にくるまって、プチ家出のバカップルみたいになってるところがいたく気に入りました。“いかにもラブコメ”“いかにもジュニア小説ワールド”を余裕かまして記号化できる、こちらのほうが小林さんの本領に近い。「(シンケンジャーになるため)夢を捨てたって言っても、あきらめたわけじゃないから」「夢は捨てても、あとでまた拾う」との茉子の台詞もさることながら、大オチ間際のタイミングで流ノ介に「大切なものを捨てるのは、私たちだけで十分だ」と茉子デレ~なお笑いノリで言わせてしまう辺りが、月河が小林脚本を愛する所以です。この台詞をオチ前に使って、笑いにつなげるって、ヒーローもの作家として凡庸な書き手にはまずできませんよ。シリアスで重い、痛いことほど、軽く、ふざけて表現するほうが胸に迫る。もちろん流ノ介を演じる相葉さんの、稀有な表現力あってこそ成立したのですけれど。

このブログで再三書いているように、月河はドラマや映画を見ていて「この俳優さん、いい」「見どころがある」と思うと、速攻「昼ドラか特撮に出てくれないだろうか」と思ってしまう悪いクセがあるのですが、もう何年も前から、小林靖子さんが昼ドラ脚本を書いてくれないだろうかと考えているのです。

男女の恋愛関係のもつれや、血縁因縁にまつわるドロドロ劇は小林さん、まったく興味がないでしょうが、昼ドラの固定ファン、固定ウォッチャーの中に、たとえば06年の『美しい罠』のような、“痩せ我慢萌え”志向は確実に存在する。枠として話数も十分あるし、ゴールデンの実写ドラマほど、こう言ってはなんですが数字のハードルがアホみたくは高くありません。

小林さんの資質が活きる企画、いつか誰か立ててくれないものでしょうか。


笑は笑顔

2009-03-04 17:05:22 | 特撮・ヒーロー

ヒーローの造形と言えば、今期は何と言っても『侍戦隊シンケンジャー』でしょう。いやー、年明け、公式プレサイトで初めて見たときは、「こっ、こんな、へのへのもへじみたいなヤツをどうやって“カッコいい”と思えというんだ」と一瞬脱力。次の瞬間、失笑でも冷笑でもなく、純粋にただ笑ったものです。

だって顔面“”ですよ。両サイドのチョンチョンが目で、タテに一本真っ直ぐな部分が鼻筋で、フタマタに分かれてるのがクチと思って見れ、ってことでしょ?

”は上の横棒が眉で、下の横棒は一本で二つの目。で、フタマタがやっぱりクチ。“”“”なんかは真ん中タテ一本がアゴまで届いてますから、その両サイドのフタマタは名探偵エルキュール・ポワロかサルバドール・ダリ画伯ばりのヒゲに見えるんですよ。で、“”だけなぜかクチが横一文字。

こういう造形が企画として通った背景には、携帯コミュニケーションにおける顔文字の普及、百花繚乱があると思って間違いない。無機的な記号や符号を並べて、人間の顔及び顔面での意思感情表出に見立てるということに、若い諸君を中心に抵抗がなくなっています。

まぁ、気を取り直してよく見直すと、黒い文字を白で縁取ったり、画ごとの太さを変え角度を工夫するなどして、“”が眼光鋭い若侍の顔に、“”が凛々しいボーイッシュガールの顔に、“”がけなげな頑張り娘の顔、“”がキュッとクチ結んだ一本気できかん気の少年の顔、“”が乙に澄ました“俺おシャレ”野郎の顔に見えなくもないよう、デザイン担当さんがかなり涙ぐましい試行錯誤、知恵を絞ったあとがある。

そうこうするうちに先輩『炎神戦隊ゴーオンジャー』の本編後に予告が流れるようになり、♪チャンバラ チャンチャンバラ のテーマをバックに動いてちゃっちゃと斬りむすんでいるのを見ると、「アレ?全然ギャグ戦隊っぽくないし」「笑い抜きで観られるかも」と思うようになってきたんですね。

12幕は、おもに“水”の流ノ介(相葉弘樹さん)の頑張りと言うかナイス空回りで「おもしろいしかわいいし、結構カッコいいわ」にガツンと振れ、3幕で“木”の千明(鈴木勝吾さん)と、変身後走り跳びまくったスーツアクターさんのおかげで、ほぼ「これだけカッコよければ、顔が少々アレでも気にならない」に漕ぎつけたのみならず、アヤカシ・ロクロネリの腕攻撃をアンティシペートするため“火”マスクの下で目を閉じる丈瑠(松坂桃李さん)の場面に至って、「おぉこの仮面、いい!強そう!」と180°感じ方が変わってしまいました。

プレサイトのスチール一枚→アクション→台詞と人間性→劇中演出と、ドラマとしての描写が一枚また一枚と重なるにつれ、静止画ではどうかと思われた造形でも魅力が増して行く。なんだか製作側の意図にまるごとホイホイ乗せられている気がしないでもありませんが、ドラマや小説味読の醍醐味は、心地よく“乗せられる”“騙される”ことでもありますからね。

但し、ドラマ本編のほうは、3話終了時点で各メンバーの持ち武器と持ちワザ、協働での連続ワザ(=螺旋の舞)などを紹介しましたが、“文字”“言葉”の力を戦闘パワーに変えるという基本設定の本格的な展開にはいまだ至っていません。ここがどんな解釈、バリエを見せるかにいちばん期待しているのですがね。いままでいちばん痛快だった場面は、1話で丈瑠が“馬”と書いて馬が出てきたところでしたね。

その代わり2幕でことは(森田涼花さん)、3幕で千明に焦点をあてて、“シンケンジャーであることの意味、本分”“キャラによるその理解度の深浅”など、おもにメンバーごとの性格の違いや、そこから生じる人間関係を描出するほうに力が入れられていましたね。お話のおもしろさに“嵌まって”、十二分に堪能してもらうためには、やはり主要人物に興味を持って、好きになってもらうのがいちばんの王道ですから、ここまでのやり方は間違っていないと思います。

ただ、比べてはいけないけれども、前作『ゴーオンジャー』よりは、“好きになるために理由が必要”な描写法をとっているなという気はする。ゴーオンメンバーは、3話までは走輔(古原靖久さん)たちスカウトされた3人と、押しかけ自薦で加わった軍平(海老澤健次さん)範人(碓井将大さん)との間に、意識上の距離感や摩擦はあったけれど、“動いてしゃべっているのを見ていれば自然と全員好きになれた”。

シンケンのメンバーの場合、たとえば“ピュアで努力家だから”ことはを好きになった、“反抗的だけど友人には義理堅く、向上心を持ったから”千明が好きになった、という人が多いのではないでしょうか。

もちろん、“最初からいきなり好き”より、“最初はどうかと思ったけど、或るきっかけやいきさつから好きになった”ほうが“好き”度が深くなることは現実の異性関係などでも以下同文ですから、マスクの造形同様、製作陣ワザありと言っていいのかもしれない。

ところで、恒例のシーズン途中から参戦する追加戦士は“何顔”になるんでしょうね。「火水木がいて土がいるなら、金がいなきゃおかしい」という意見は当然あるでしょうね。丈瑠についているじい(伊吹吾郎さん)が“日”下部彦馬ですから、あとは“金”と“月”がいれば一週間のカレンダー成立ですよ。

しかし、顔に“金”ってつけたキャラが刀振り回してるってのも正義のヒーロードラマとしてちょっとねぇ。なんだか、振り込め詐欺とかグレーゾーン金融に気をつけましょうの啓発VTRみたいじゃないですか。画数も、“顔1コ”の面積に入れ込むには多過ぎる。

月河としては顔面“月”のヒーローが出て来てくれると嬉しいけど、左右対象にならないか。麻生太郎さんみたいに、明らかに左右対称でない顔の人でも国のトップにはなれるわけだが。関係ないか。

いっそ、“”“”の兄弟2人追加ってのはどうでしょう。『忍風戦隊ハリケンジャー』のゴウライジャーみたいに。シンケンベージュとシンケンアクア。地味か。

なんだかシンケンジャーの仮面のおかげで、漢字を見るたび「人の顔だったら…」と思うようになってしまった。本当に乗せられやすいなあ。