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イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

“鮨”

2009-03-31 00:04:09 | 特撮・ヒーロー

昼休みや飲み会の四方山話ではなくネットのここに書くときは、ドラマ・映画なら本スジの話、芸人・タレント・役者さんネタなら芸や演技の話に極力絞りたいと思っていますが、いま触れとかないと永久に触れる機会がないと思うので少しだけ。

藤原紀香さんの実家母上からの生々しい、しかし断片的な情報のせいもあって、主因は陣内智則さんの女グセ…という結論になりかかっていて、それもまぁまるハズレのまる濡れ衣、というわけではないのでしょうけれど、そういう性癖とか芸人としての生活志向みたいなものなら結婚前からある程度わかるはずで、それ単体で結婚生活破綻の決定打になったとはどうも考え辛い。あのいまどき珍しい、TV生中継つきクソ豪華な披露宴、ムダにクラシック本格的な挙式を思い出すにつけ、このカップル、“結婚の商品化・商材化”に失敗したという、それに尽きる気がします。

1971年生まれの藤原さん結婚当時35歳、売名でも宣伝でもなんでもなく普通に温かい家庭や良き妻への意欲はあったと思うし、陣内さんも「(若干トシ行ってるけど芸人にも人気の)天下の美女が嫁になってくれちゃってうらやましいオレ」という気分の弾みがあったと思いますが、それとは別な大きな力が“商売”を志向していたように思えてならない。式も披露宴もWBCじゃないけど、思わず“経済効果”という言葉を連想するしつらえだった。

よくある“落ち目・低迷芸能人の、私生活露出切り売りによる再浮上画策”(と地続き同類項ではあるけれど)よりもっと“大きな”力を感じました。

それが芸能事務所の力なのか、宗教団体もしくは政治的圧力団体の力なのかはしかとはわからない。

しかしご当人たち、誰であれ画策者たちの考えているよりずっと、“結婚”とはコントロールが難しいものです。他によく商品化の対象とされる、“闘病”“リハビリ”“出産”“流産”“不妊治療”“借金”あるいは“離婚”などと違って、“結婚”はひとたび商品化したら、絶えずメンテナンスしていかなければならないアイテムです。闘病なら根治、復帰とか、借金なら完済とか、離婚なら和解成立といった、「これにて一件コンプリート」ということがない。

妊娠出産のタイミング、何人作って産むか、夫婦2ショットあるいは子連れで露出する頻度やその際のファッションなどを含めて、結婚が継続している間じゅう“ランニングコスト”がかかるのです。何もコストをかけず、挙式披露宴のみ商品化してあとはおめでたの報もなく、当然流産や異常分娩の悲報もなく、嫁姑問題もなく夫婦露出もゼロの放置プレイとなると、“仮面夫婦”の疑惑を免れず、商品化した意味がなくなってしまう。

“結婚”がこれだけ手ごわい、手間ヒマのかかるアイテムだということに、当の陣内さん藤原さんも、商品化を企画した主体も気がついていなかったふしがある。切り売り露出の必要がない無名一般市民の男女ですら、“結婚”単体では御しかねて晩婚非婚が進み、よくて“できちゃった”婚で、“結婚”のありあまる濃度を“出産”“子育て”で薄めなければ挑戦できない時代だというのに。

企画主体にすぐれて受け身に“乗せられた”ほうである陣内さんが、浮気問題でも起こさなければ間が持てなくなったというのが正直なところではないでしょうか。いまとなってはイタい笑止対象になっている披露宴でのコブクロ弾き語り熱唱も、陣内さんとしては愛とか恋とかから発するものではなく“芸人として無茶振りにも応え、うまく演れてもトチっても、どっちに転がってもネタ化できる力量を見せた”つもりだったかもしれない。

月河としては今回の話題で、藤原さんの女優としての数少ない(と言うか、ほとんど唯一の)代表作だと思う99年のフジテレビ系『危険な関係』が再放送されないかなと期待しているのですが、当地、その気配はありませんね。藤原さんもさることながら、脇の稲垣吾郎さん、まだ主役とはいかなかった頃の篠原涼子さん、月河が個人的に贔屓のモロ師岡さんもとても良かったんだがなあ。

『侍戦隊シンケンジャー』29日に第7幕。行方不明だったカジキ折神捕獲に流ノ介(相葉弘樹さん)派遣、巷では猛毒霧を噴くアヤカシ・ヤミオロロ跋扈、毒霧に倒れる丈瑠(松坂桃李さん)たちシンケンメンバー、捕獲に手間取る流ノ介は元・侍と思われる漁師・朔太郎(綱島郷太郎さん)のアシストを受け…高熱のダメージをおして爺(伊吹吾郎さん)を振り切りひとりヤミオロロに立ち向かう丈瑠、「ひとりで目立ってんじゃねぇ」「ワタシたちだってできるだけのことは」と、毒霧にやられて変身する力がないのにもかかわらず追いかけ駆けつける千明(鈴木勝吾さん)、茉子(高梨臨さん)、ことは(森田涼花さん)、そこへ流ノ介がカジキを持って帰還し、殿もメンバーも海の浄化力で解毒され、カジキシンケンオーとなってヤミオロロ撃破。

流ノ介ら若い侍たちの忠誠心、代々シンケンジャーの親から刷り込まれただけではない、正義と信頼の心に感動した朔太郎は、一度去った志葉家に仕える道を再び選びひっそりと黒子へ…という転帰、30分枠の使い方として無駄なくうまいこといってはいるんですけど。

昨年『炎神戦隊ゴーオンジャー』GP7ではボンベ蛮機とキャリゲーターが参入していたっけ。あの頃に比べて『シンケン』が視聴していて心がはずまない理由は、メンバーの内面モティベーションやシンケンジャーのシステム的整合性(言われ、由縁)に重心が行き過て、シンケンレッド以下メンバーに天真爛漫さ、“戦士としての生を謳歌している”感がないからだと思います。

日々敵組織と、危険を冒し身体を痛めて戦わなければならないけど、「でも自分で選んだ生き方だし、戦士にならなければ得られなかったこと、出会えなかったもの、経験できなかったこといっぱいあるし」という、青空を仰ぐような気分が乏しいので、30分の中で「ここは、こういう意味を表しているんだよな」といちいち引っかかってしまう。

同じ宿命・世襲戦隊でもたとえば『魔法戦隊マジレンジャー』は、冒頭で母親が敵に倒され消滅するというショッキングな出来事が提示されても「ボクたち、ワタシたち魔法が使えるんだ、あんなこともこんなこともできるんだ」「知らないでいたことが次々にわかってきた」という気持ちの弾みがあり、「ボクらの魔法力を合わせれば必ず母さんを取り返せる、それを目標に敵を倒そう」という結束力、ポジティヴさにもつながっていた。

シンケンジャーたちは、彼らが戦士であることによって生じる、観ていて心浮き立つ要素がなく、戦士であるがために不自由や不安や、メンバー間のぎくしゃくに甘んじなければならないという苦痛要素ばかりが目立ちます。今後どう変わっていくでしょうか。

せめて『ゴーオン』のボンちゃんことボンパーくんや、『マジレン』のマンドラ坊やみたいな、間の緩衝キャラがいれば、物語世界の空気感が軽くなるかもしれませんが、そういうのを配しないことが今作の個性なのでしょうしね。

今話、数少ない笑いどころは流ノ介がモヂカラでカジキ折神を釣り上げようとする、その餌が“”の字だったこと。いいのか。ここに“”が付いたらアレになっちゃうぞ。


ありがたき幸せ

2009-03-29 00:54:33 | 特撮・ヒーロー

『仮面ライダーディケイド』“剣(ブレイド)”篇完結篇(322日)、とりあえず剣立カズマ(鈴木拡樹さん)が滅法いいヤツでよかったよかった。

それも、オリジナル『剣(ブレイド)』の剣崎(椿隆之さん)となんとなーく通底している、純真思い込み系のいいヤツに造形されていたのがうれしかったですね。オリジナル『剣』を視聴中、剣崎ってちょっと『龍騎』の真司に似ているかなとときどき思ったことがあるのですが、真司が仮面ライダーになったのは使命感より多分に“巻き込まれ”によるものだったし、無鉄砲、一本気、ピュアな善人っぷりの中にも“基本はジャーナリストの卵”らしい好奇心の塊りぶりも感じられたものです。

対して剣崎は、みずから選んでBOARDのライダーシステム要員となった動機に、幼い頃火災で目の前で両親を失ったトラウマがあったり、真司より切迫感やイタさ成分が多かった気が。組織や、先輩・同僚に対する忠誠心、義侠心など、伝統的には孤高のヒーローだった仮面ライダーらしくないキャラなんですけど、設定上のサラリーマン被雇用者ライダーに似つかわしく、いち人間として人を愛する思いと、世界を守る大義とのせめぎ合いは心を打ち作品の魅力ともなった。

ディケイドでのブレイド・カズマは、剣崎を下敷きにして“上昇志向”“序列にこだわる”という、組織に雇われる者がとかく嵌まりがちな卑小な要素をプラスし、そこが人間味、普通の若者らしさとなるように造形されました。

度重なるオリジナルの前期OP曲、相川七瀬さんが歌った『Round Zero』から派生させたと思われる“ゼロからの再出発”というモチーフを織り込んでくれたのも、あの曲のファンとしてはジンと来るものがありましたね。カラオケで何度か挑戦したんですけど、キーが高すぎて毎回ノドがライトニングスラッシュ(意味不明)。

「正社員としてのランクの上下に拘泥して“どうせダメだ”と投げ出さずに、自分がいまの場所でできることを精一杯やれば次の道が開ける」…非正規雇用者に甘んじ逆風を食らっている若者たちへの、ちょっと肉薄くして骨表れたメッセージではありましたが、カズマが厨房皿洗いバイトくん姿でもじゅうぶんカッコよかったのでスマートに伝わったのではないかな。オリジナル剣崎も、すべてのアンデッドを封印し終わった設定の劇場版でいきなりゴミ収集員になっていたり、非力を絵に描いたような体型にもかかわらず妙に肉体労働の似合うキャラでした。

カリス=ジョーカーが最強ライダーにして悪のライダー、という転帰はオリジナルの哀切な結末からするとちょっと残念かなとも思いましたが、カリスの最強感・間感あふれる造形から物語がre-birthするとなると、やはりこうなってしまうか。四条ハジメ社長(累央さん)の「君ら下々の者には経営者の苦しみはわかるまい」「アンデッドの脅威がなくなれば、我が社の存在意義は無くなる。国からの予算を得るためにはさらなるアンデッドの脅威が必要だ」「恐怖と安心のバランスは(経営者たる)私が決める」という大見得は、いまそこにある恐怖として説得力がありました。ライダー世界ならずともいつの世も、体制の管理者、統率者の論理とは斯くなるものかもしれない。

パラドキサ鎌田(入江雅也さん)と最強のライダーにして最強のアンデッド・ジョーカーたるカリス四条の、悪の世界統率コラボに、カズマブレイドと士(井上正大さん)ディケイドのタッグ。士が宣言した“進化”を“自分との戦いに挑戦、克服”と読み換えれば、オリジナルの世界とも見事に地続きになって、かつ、2009年の現実への翻訳もされている。

ディケイドが前に訪れた世界で入手した龍騎フォームでの、鏡面から出たり入ったりの攻撃も見応えがあったし、すべてが解決してこの世界をあとにする士にカズマが「また、会えるか?」と言ったときには、ぜひ再訪カモン!と心から思えました。たぶんユウスケ(村井良大さん)が救出したと思われるサクヤ(成松慶彦さん)とムツキ(川原一馬さん)がカズマと和解するところも見たかった。A(エース)としてBOARDで肩で風切っていたカズマの転落街道のきっかけはムツキを守ろうとした件だったのに、ヤッコさん劇中では感謝も反省の色もなかったですからね。できれば揃って社員食堂でAランチを食べてほしかったな。

士の黒字化テコ入れ策で、にわかに社員食堂を手伝うことになった夏海(森カンナさん)がメイド服、ユウスケがホスト風になり、夏海がおっさん社員に記念撮影をせがまれてる後ろで、女子社員に「カッコいい~」と迫られて逃げられなくなっているユウスケなど小ネタ満載。

OPクレジットで一瞬、前枠『侍戦隊シンケンジャー』で薄皮太夫の声出中の朴璐美さんが顔出し出演?と思ったら柊瑠美さんでした。木ヘンと王ヘンと“美”しか合ってませんでしたね。NHK朝ドラ『すずらん』から10年、少女・萌役で劇場版にも主演した柊さん、調べると87年生まれ21歳になっておられますが、根(?)が小柄なせいもあり、バリバリ当時の面影がありました。

役名がアイ、マイ、ミーと、そこらに普通に居そうで揃って居るのは珍しい“厨房1人称トリオ”、チーズ…じゃなくてチーフ去りし社員食堂で活き活き働いているかしら。


隙隙隙隙

2009-03-27 00:41:57 | 特撮・ヒーロー

昨日触れた『ゴーオンジャーG3プリンセスG5プリンスProjectRスペシャルラップ』、昨日はメンズメンバーの“君ギュ”ソロヴァージョン・シリーズのあまりのインパクトで思わず取りこぼしてしまいましたが、忘れちゃいけないガールズの『G3プリンセスラップ~PRETTY LOVELimited』、早輝・美羽・ケガレシア、各ソロヴァージョン。

スルーのままではあまりにも失礼だし、『ゴーオンジャー』放送期間中、野郎メンバーと同じくらいガールズメンバーにも楽しませてもらった申し訳が立たないので、改めてレヴュっときましょう。

いや、実際、ここ10年ぐらいのスーパー戦隊シリーズ諸作品の中で、「ここは『ゴーオン』がいちばんでしょう」というセールスポイントを、無理やりひとつに絞って挙げるとしたら、「女性レギュラー(敵側含む)の“目の保養度”が圧倒的に高い」

………ひとつに絞るな!絞ったらソコかい!という抗議、ツッコミは甘んじてお受けしますが、個人的にはまったくこれに尽きますね。

“単品”で、可愛い子、顔立ちやスタイルにおいて目立って端麗な子がいるというだけの戦隊なら、多数の応募者から何段階ものオーディションを敢行してキャスティングする作品のこと、当然ながらそんなに珍しくありません。しかし『ゴーオン』、イエロー早輝の逢沢りなさん、シルバー美羽の杉本有美さん、ケガレシアの及川奈央さんと並べると、何と言うか、“華”の絶対質量が違うんですね。「可愛い」、あるいは「美しい」の後にいつの間にか“けれど”が来て、たとえば「可愛いけれど、どっかイタい」「可愛いけれど貧乏臭い」「きれいだけれどキャバっぽい」といった割引要素、がっかり要素が付いて回ることがいっさいなかった。演技し慣れていない、(特にムービーで)撮られ慣れていない新人さんの多い戦隊ガールズで、華を持ち通すというのは「それだけなら簡単」なようで誰にでもできるものではないのです。惜しみなく、思い切り良く、いつも華。しかも陽性にきらめき倒す華。

全員、野暮ったくない程度にいろんなところの肉づきがピチピチしているほうなのもプラス要因でしょうね。幸薄い感がまったくなかったですから。最年長…いやさ長姉格の及川さんは、通常時の衣装がハード&メタリックに固めているので、G3Pのぶりぶりピンクドレス姿を初めて見たときは腕や肩の細さに驚きましたが、ケガレシア衣装時の胸と太股(露出は右脚だけ)なんかは、“セクシーとは何たるかを知っている”貫禄でした。

さて、『G3Pラップ』ソロですが、初聴きでは区別がつかなかった(爆)。

早輝『Smile×Smile』、美羽『夢の翼』、ケガ『桃源郷(ユートピア)』とそれぞれのオリジナルソロ曲の後に入れるという編集上の親切がなかったら、ガチわからなかったかも。

誰がいちばんうまくて誰がその次、なんて線引いていても始まらない。「同じ詞曲を同じアレンジで一字一句違わず1人ずつ歌うほうが個性が際立つ」という感想を昨日書いたばっかりなのにナンですが、G3Pに関してはまったくプロデュースの勝利かも。危なっかしさと無難さ、“照れ”感と「でもこういうの着てみたかったのよネ」という血中“女の子テンション”上昇感のバランスが、全員同じ目盛りらへんで拮抗している。

強いて言うなら、早輝が最年少らしくふんわりおっとりシャイな感じ美羽はちょっぴりしっかり者と見えて実は天然なお姉さん風、ケガ様はさらにお姉さん風(当たり前か)。

及川奈央さんはキャラクターブックのG3Pページに「平成生まれのふたり(早輝と美羽)に、私が入ることで昭和風味のスパイスを加えられたらと思って(アイドルユニットに)挑戦しました」とコメントしていますが、これはナイス着眼でした。昭和っぽさってアイドルをアイドルらしくするために大切な要素。曲終わりの、♪未来の王子さま 早くぅっ! のケガ様ヴァージョンは必聴です。1曲前のオリジナルソロ曲『桃源郷』のミステリアスでノーブルな曲調と併せ技で聴くと、まさに「惚れなきゃ後悔」(@GP31)。


ギュッ×5

2009-03-25 20:29:09 | 特撮・ヒーロー

18日にリリースされていた『炎神戦隊ゴーオンジャー G3プリンセスG5プリンスProjectRスペシャルラップ』(←←左柱に期間限定掲示中)を先日やっと入手。背帯でボンパーちゃんが「ゴーオンジャーのラストアルバムだよ、ボンボン!!」と言っていることでもあるし、もー『ゴーオンジャー』関連支出はこれにて打ち止め!との決意をこめて購入。

17曲中、いままで出たゴーオンアルバムに一度も収録されてない、真っ新曲はありません。1月リリースの『全曲集ソンググランプリ』にはなかったゴールド大翔(徳山秀典さん)作詞作曲曲歌の『miss you』だけは、月河個人はフル聴くのが初めてでした。劇中GP31ではロムビアコを巨大化させてしまう損な役回りに使われていましたが、文句なしの美声で美曲で、それはよろしい。

白眉は『全曲集ソンググランプリ』既収録ながら、今作、走輔・連・範人・軍平・大翔、それぞれのソロヴァージョンが併録された『君とギュッと♪』。

女子メンバーの早輝・美羽・ケガレシアの『G3プリンセスラップ』も各ソロヴァージョン初併録ですが、彼女たちはすでにそれぞれ『Smile×Smile』『夢の翼』『桃源郷(ユートピア)』というフルソロのキャラクターソングを歌っていますからね。大翔を除く野郎メンバーのソロ声が聴けるのはこれが最初で最後。マストバイです。『ゴーオン』関連支出のフィナーレを飾るにふさわしいアイテムではありませんか。

しかしね、『全曲集』の君ギュが、初聴き当時の記事にも書いた記憶があるけど、いい意味で“突き詰めない”、可塑性の高い楽曲・仕上がりだったことだし、ソロ版となったら、歌唱者ごとに歌詞なり、後半のラップパートなり、あるいはアレンジなり、若干でも変えてくるんじゃないかと、普通思いますわね。…思うでしょ?それが、全然違った。

詞もラップも一字一句全員同じ(爆)。

後半、11曲目から15曲目まで、まったく同じ詞の、同じ曲の、同じアレンジを野郎5人が1人ずつ、点呼取るかのようにだーーーっと歌い、だーーーっとラップする(倒)。

なんかね、オーディションの一段階を聴いてるよう、と言うか、…言っちゃっていい?

新手の罰ゲームみたい(炎)。

勘違いしないでくださいよ。コレ、「聴くに耐えない」とか「企画が安直」とかのケナシの意味じゃないですから。

むしろ真逆。「『ゴーオン』は男子メンバーのオリジナルソロキャラソンは作らないのかよぉー、毎戦隊あったのに手抜きだなあ」「ひとりずつの違ったカッコよさをフィーチャーしてくれたっていいじゃん」と思った、そのニーズとウォンツに対する、ひとつの見事な答えになっています。

歌詞もラップもアレンジも同じ曲を全員ひとりずつ歌うほうが、キャラの違いも役者さんの個性もずっと際立つものなんですね。オーディションの一段階を聴くようと言ったのはそういうこと。

意外にいちばんアイドルらしい“男のぶりっ子”声なのが走輔(古原靖久さん)。連(片岡信和さん)は“声のいいシロウトのおにいさん”風、範人(碓井将大さん)は“ツッパリキャラでないマッチ(近藤真彦さん)と言うか、“声量のあるひかる一平”と言うか…既存の何かに喩えようとすればするほどドツボるな。

これまた意外に、声質・歌唱の持ち味と楽曲がいちばんナイスフィットしているのが軍平(海老澤健次さん)だと思います。「オレ、歌なんてあんまり…」という、ほどの良い腰の引け具合が、曲とキャラに出会いがしらジャストミートしたんでしょうな。沖縄生まれのリズム感とでも申しましょうか、ラップ部分がいちばんラップらしく聞こえるのも彼です。

ちなみに、中学校の国語の先生がラップしているような、連の当該パートもキャラ通りで必聴。

この曲のソングライターでもある大翔の歌唱が、もひとつ意外にも曲と不思議に合ってない感じなのもおもしろい。徳山秀典さんはすでに歌手活動も経験されているだけに、歌いっぷり自体はこなれているんですが、「自分が歌いやすいように」作った曲ではなかったんでしょうね。とにかく突き詰めてないのが味の楽曲ですから、声質が、と言うより唱法が曲に比べて本格的過ぎるんだと思う。大袈裟に言えば、千の風の秋川雅史さんがサザエさんのテーマを歌ってるような、そういう合わなさです。ラップも連と比べると北極と南極ぐらい手慣れているけど、もっとハードな、社会的な内容のラップのほうが合っていそう。徳山さんご本人は曲作りも含めて、この突き詰めなさを心から楽しんだことでしょう。

アルバムとして欲を言えば、ラストを飾る『炎神スペシャルラップ』のファーストからセカンド、セカンドからサード…のつなぎ方がちょっと芸がなかったかな。冒頭ウイニングランのイントロからファーストに入るので、締めのウイニングラン部分をもっと盛り上げるアレンジにしてもよかった。『全曲集』に、分けて収録されている炎神ラップを、とりあえずぶっ通しで聴きたいという向きは多そうなので、企画としては親切な狙いでしょう。

裏ジャケ写のバックの青空が、この季節のリリースにふさわしくいい感じ。戦いの後の砂塵さえも春霞に見える。『ゴーオンジャー』を1話も欠かさず完視聴した人、DVDも揃えようとしている熱心なファンには薦めるまでもありませんが、序盤でも途中でも、何話か観たけどあまりピンとこなかった人、前年までの戦隊シリーズの中では『ゴーオン』って好みじゃないやと思った人こそ、聴いたらきっと、知らなかった楽しみ方に気づくんじゃないかと思います。絶対笑うから。嘲笑うんじゃなく、幸せに笑うから。


爺に「無用ノ介!」

2009-03-22 18:08:43 | 特撮・ヒーロー

わはは、悪口に入るんだ、「プチ整形!」。

『侍戦隊シンケンジャー』322日放送)、悪口でダメージを与えるアヤカシ・ズボシメシがいろいろ言ってましたな。しかし、“施術してもらう側”じゃなく“する側”に立つと、プチ整形を商売にする美容外科だって当節立派に市民権得た医療ビジネスなんだから、職業差別に当たらないかな。まぁ、悪口=「おもて立って人から言われたくないこと」「自覚があったり、事実だけに言われると傷つくこと」と考えればアリなのか。

ピンク茉子(高梨臨さん)に「一生独身!」も笑ったな。効かなきゃいいのに、おもしろいように効いちゃったという。まだ勝負決まったわけじゃないけど、「そうなったらどうしよう」とひそかに思ってたところに来たんでしょうね、子供好きお料理好きで花嫁願望の茉子としてはね。茉子タイプの女子に、34年前なら「負け犬!」でもよかったかも。

丈瑠(松坂桃李さん)は先週の流れからいって「ションベンたれ!」か、さもなきゃ「ツンデレ!」で飛ばされるのかと思ったら、「大ウソつき!」で飛んだのが意外。まあ意地っ張りで努力している姿を仲間に見せず、大丈夫でない時にも大丈夫と言い張るところを突かれたとも取れるけど、殿にはまだまだ秘密がありそうですからね。うまいこと先へと興味をつないだ。「(触れられたくないことが誰にでもあるって)“ウソつき”も?」と水を向ける茉子との、夕陽の土手での2ショットは月9のよう。

しかも、「落ちこぼれ!」でビル駐車場口の壁面に飛んだ千明(鈴木勝吾さん)、「ファザコン!」でさらに同ビル最上階まで豪快に行った流ノ介(相葉弘樹さん)に比べ、丈瑠は1階壁面止まりと、“やられ飛距離”的には殿の面目も保てました。

「大ウソつき」の所以をムリヤリ掘り下げると、“丈瑠は本物の志葉家御曹司ではなく、実は替え玉、なりすましだった”なんてドンデン返しも後半来るかな。昼ドラになっちゃうな。

流ノ介は丈瑠に「歌舞伎の世界では父親は師匠でもあるから特別な存在だろう、気にするな」とフォローしてもらったにもかかわらず、後半戦「マザコン!」でまたもやきれいに飛ばされてやんの。どんだけ弱点多いんだと。流さまの場合、「言われると(勝手に良いほうに解釈して)嬉しいこと」も山のようにありそうですけどね。

ただ、言葉の力で戦うという設定のシンケンジャー、敵の武器として、人を傷つけた心のダメージが物理的ダメージに直結する“言葉の暴力”を持ってきた今話は特に大いに期待したのですが、「アホ」「間抜け」「ドンくさ女」などの罵倒言葉がいっさい通用しないイエローことは(森田涼花さん)が「子供の頃からよく言われてきたし、自分でも自分はアホやなぁ思うから平気」というところまでは、彼女のおっとり天然な持ち味を敷衍した、理にかなった絵解きだったけど、“バカにされたらなにくそと思わなきゃおかしい”負けず嫌いな千明が、剣の稽古でことはにやられっ放しだったことを引きずって「自分はバカだって言い訳しているみたいだし、謙遜なら嫌味だし、本気で思ってるなら本当にバカ」「そういうのイラつく」と否定した辺りから若干ゴチャついた。

“己を知り、自信持てるだけの鍛錬を積み、かつ謙虚に構えていれば、中傷や悪口なんかではビクともしない”というようなところに着地すればよかったのではないかと思うのですが、「謙遜と卑屈とは違う」とか、「愛し信頼してくれる人(ことはの場合姉)がいれば自分を信じることができる」、さらには「応えてない素振りをしていても、言葉の暴力による傷は見えないところに深手を残す」などいろんな解釈要素が入り混じって、結局“悪の言葉の暴力に立ち向かう、正義の言葉の力とは”という眼目のところがぼやけてしまったのがちょっと残念。今作、世界観作りや武器(玩具)紹介はまずまずうまくいっていると思うんだけど、各メンバーの出自や育った環境と人間性、それぞれの衝突や摩擦を披瀝するお話部分でともすれば理屈先行になりがちなきらいがあるんですよね。

“言葉の暴力”という食材が、第六幕時点では若干デカ過ぎ、骨っぽ過ぎて生煮えになったというところでしょうか。

主客層の小さいお友達のほうが、変身名乗りやシンケンオーのキック攻撃などで、意味に縛られず楽しんでいるのかもしれない。ことはのモヂカラ“石”をズボシメシのビッグマウスに詰めて黙らせるところと、さんざん悪口攻めしてきたズボ自身がことはに「最低や!」と言われるとひるんでしまうのがおもしろかったですね。人を呪わば穴二つ。

ところで、ことはに悪口攻撃が通じず「言われたくない所を見抜く、ワシの目がくるったか?」と疑問に思ったズボが、三途の川の六門船に戻って“試し撃ち”に薄皮太夫に放った悪口って何だったんでしょうか。

小さいお友達の番組で、実質“ピー音”に等しい伏せ処理されていることと、“太夫”の常用する「わちき」言葉から推測するに、ずばり「ドウコクの囲われ者!」「売女(ばいた)!」ではなかったかと思うのですがどんなもんでしょう。

さすがに「ヤリ○ン!」ってことはないよね。

思ったんですけど、シンケンジャー、ことはが悪口攻撃に耐え過ぎて失神しちゃうまでガチ戦うより、黙ってガイアーク(@『ゴーオンジャー』)からケガレシア様を連れてくればよかったんですよ。悪口にあれだけ直球敏感な人もいませんからね。ズボ「そこの、きれいなおばさん!」一発でケガ様「キレイと言うでない!おばさんではおじゃらぬ!機械生命体の乙女でおじゃーるー!!」と沸騰、巨大化してズボ踏み潰されて終了だったのに。