Netflixに加入してから1ヵ月が経過した。
無料視聴期間が終わったが、引き続き、有料にて視聴を継続中。
理由は1つ、「Netflix」のオリジナルコンテンツが面白いからだ。
オリジナルの海外ドラマとドキュメンタリー番組をいろいろと観たので感想を残しておく。
まずは、待ちに待った海外ドラマ「ベター・コール・ソウル」。
感想は一言でいえば「期待通りの面白さ」。
もう一言、付け足すならば「秀逸な人間ドラマ」。
神ドラマ「ブレイキング・バッド」のスピンオフドラマかつ、同じヴィンス・ギリガンの手によるものであるため、その期待値は平均レベルをはるかに超えるのだが、その期待を裏切ることのない面白さと完成度である。ヴィンス ・ギリガン製作ドラマは、他の海外ドラマとは一線を画すなぁ~と再認識する。
「ブレイキング・バッド」の悪徳弁護士で、主人公ウォルターの強い見方であった「ソウル・グッドマン」が、まだ、別の本名「ジミー」として真っ当な弁護士として働いていた頃の物語だ。「ブレイキング・バッド」の前日譚なので、「なぜソウルが悪徳弁護士になったのか」という経緯が描かれるものだと思っていたのだが、その観点でのストーリー描写はほとんどない。シーズン1の本作で描かれるのは、1人の新米弁護士が、正義と困窮する自らの生活のために奔走する姿だ。なので、「ブレイキング・バッド」を知ってても、知らなくても、大差なく観られるような気がする。
また、本家「ブレイキング・バッド」 について、展開のダイナミズムとスリルのみでファンになっていた視聴者にとっては、肩透かしを食らう人も多いと思われる。逆に「ブレイキング・バッド」は好きじゃないが、本作は好き、という層も結構いるようで、それもわかるような気する。自分はどちらも好きだ。生きるか死ぬかのシリアスな展開で突き進んでいた「ブレイキング・バッド」に対して、どうにかして稼がなきゃと、貧乏暇なしの一介の弁護士を描く「ベター・コール・ソウル」。その温度差はまるで違うが、どちらも面白い。
普通のドラマは、ストーリーのために登場人物が機能するのが常であるが、「ブレイキング・バッド」や「ベター・コール・ソウル」は少し異なる。キャラクターを描く中で、ストーリーが後から追っかけ てくる感じだ。登場人物をどう活かすかが、ヴィンス・ギリガン製作ドラマの真骨頂であり、最大の魅力である。その点において「ブレイキング・バッド」や「ベター・コール・ソウル」は同じだと断言できる。もちろん、人間が持つ滑稽さに着眼したユーモアも満載だ。
「ブレイキング・バッド」で成熟された演出力、観る者の予想を凌駕する脚本力は、そのまま継承されており、文句のつけようのない完成度だ。TVドラマのレベルではありえないようなカメラワークや編集にも唸る。それもこれも主人公ジミーを個性、生き様をより際立たせて描写するためのものだ。ジミーの奮闘ぶりに時に笑い、時に涙する。自身のコンプレックスを恨み、プライドとエゴの狭間で苦悩し、知られざる親友との絆に救われ、正義のために戦う。弁護士という仕事を選んだ背景や仕事へのモチベーションが、「ブレイキング・バッド」で知る「ソウル」とはまるで違う。そんな彼が、「ジミー」から「ソウル」へと変わる展開はおそらく来年のシーズン2で明らかになると思われる。
そして、もう1人、「マイク」の存在も忘れてはならない。「ブレイキング・バッド」ではソウルから裏仕事を受ける「何でも屋」であったが、ソウルとマイクが手を組む前の話が本作で描かれている。ソウルと同様に、マイクのキャラクターも深堀されており、「なぜ彼がアルバカーキにいるのか」という経緯を辿った、第6話の内容が感動的で素晴らしく、「ブレイキング・バッド」ファンは必見である。
回数を重ねて見せることが目的ではなく、1話1話を1つのドラマとして完成させる。全話一挙視聴というNetflixの放送スタイルも手伝い、次回への興味喚起で引きずる必要はなくなった。その分を本作は観終わったあとの余韻に代替させる。この作りは、「ブレイキング・バッド」にも共通するところであるが、「ベター・コール・ソウル」はその色がより濃くなっている。
結果、本作を「つまらない」という「ブレイキング・バッド」ファンが出てくるのはやむなしではあるが、この面白さを享受できないのは非常に残念なことだ。
スピンオフドラマであるため、本作がシーズン2で終わってしまうのが非常にもったいないのだが、展開が大きく動き出すであろうシーズン2を楽しみに待つことにする。
【90点】