君のものは僕のもの、僕のものは僕のもの


 「未完の横尾忠則―君のものは僕のもの、僕のものは僕のもの」(於金沢二十一世紀美術館、11月3日まで)。

 横尾忠則という人も「滝」にはまったり、「分かれ道」にはまったり、いろいろなものにはまるのでなかなか面白いです(「滝にはまる」というのは溺れたということじゃなくて、滝の絵葉書収集にすごく凝った、という意味です)。

 『その後の天国と地獄』というのも面白い趣向です。
 1966年に描かれた『天国と地獄』(渋沢竜彦旧蔵)を再制作するということになったのですが、一般公募されたメンバー30名がひとつずつ模写を行い、横尾氏本人による模写もあわせて全部並べて展示してあります。並べられると、横尾氏自身もどれが自分の模写からわからなかったということです。

 さて、こういうのは「作者」の存在をあやしくして「見せよう」という手続きみたいなもんだと思います。

 前のエントリーのオディノのような人が評価されるのも、オディノ(これは本名ではないのですが)という人間の意識的人格の属性やテクニックのゆえではない、はずですね。

 「作品」は「作者」の「持ち物」ではなさそうですね。

 それはともかく。
 先日集中講義に来られていた大阪市立大の福島先生を囲んだ茶話会でのおしゃべり中に、なんともうすぐフランス研修にいく学生さんのひとりが、この「横尾工房」の企画に参加してたというのがわかって、びっくり。模写の一枚は彼女の「作品」(?)なのです。

 実はもうすぐその研修生に同行して、わたしもフランスにまいります。
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