退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「『外』から見た社会」について

2014-07-29 02:28:40 | Weblog
晴れ。なぜか風が涼しい。

末井昭「自殺」を読む。

偶然図書館で見かけたので借りてきたもの。
新聞か何かで賞を取ったという記事を読んだばかりだったので。

パチンコ雑誌の編集者でずいぶん変わった人だとは知っていたけれど
「『純真な蛭子能収』のような人」だという印象。

「どうしても死にたいと思う人は、まじめで優しい人たちなんです。」
つい先頃まで年間三万人を超えていた自殺者たちを著者はそう表現する。

彼ら彼女らを「切り捨てる社会」を浮き彫りにした格好で
「社会的包摂」の重要性をあらためて思わせる内容。

当然の事だが「年間の自殺者が三万人以上」というのはどう考えても異常事態。
それが確か十年以上続いていたのだからなおさらおかしいはず。

ところが「社会」は何事もなかったかのように続いていて
あの3・11でさえ忘れ去られようとしている始末。

そのような「社会」とはいったい何なのかということを考えさせつつ
「望ましい社会のかたち」を思い出させる「きっかけ」としては最適。

「自殺」という一見ネガティブな行為に対して
こういう受け止め方もできるんだということがわかると「違う世界」が現れるはず。

できれば「視野狭窄」には陥りたくないもの。
もちろん視点は本来人の数だけあっていい。

どうせ生まれたんだから
いろんなものが見てみたい。

それだけのためでも生きている価値はあるだろう。
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