退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「女子とヤンキー」について

2013-11-04 02:21:49 | Weblog
くもり。夕方にはパラパラ夜にちょいと降る。

昨夜も眠くなって寝てしまう。
ほぼ「廃人」か。

「女子会2.0」を読む。

「女子会」というものが喧伝されるのは実は残念なこと。
なぜなら「男子抜き」でないと話せない内容が多いようだから。

21世紀に「性別」であれこれあるというのは何とも「時代遅れ」。
まして別々になってしまうのは残念というよりない。

本書で興味深かったのは「センス」というのが実は「どうしようもない差異」だということ。
「どうしようもない」という意味は「育った環境による」と理解していただきたい。

わが国では相変わらず「ヤンキー文化」が「主流」。
なぜなら「ヤンキー」を生み出す「土壌」が常に「再生産」されているから。

個人的には「ヤンキー=田舎もしくは郊外で弾かれた存在」だと思っている。
それらの場所には「隠れる所」がなく周囲からの「制約」が厳しい。

もちろん理解のない親のいる家には居たくないので「居場所」はない。
「電車」もあまりないので「夜の交通手段」として「原付」あるいは「バイク」を求めることになる。

「先輩」が彼ら彼女らを受け入れ「居場所」ができる。
学校は面白くないし「今までにない楽しさ」も覚えてしまえばあとは一直線。

実は「ヤンキー」を生み出すのは「学校」と「地域」という「制度」。
その「単純」に気付けば「再生産」も終わるはずなのだが。

これがなかなか難しいようで。

「男女の仲」同様に結局は「コミュニケーション」。
いつでも「話ができる相手」でいたいものではある。

ただ「肝心な時」に「無神経」だったりするので
できる限り「慎重」に接する気持ちはあるのだと言っておく。
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