くもりのち雨。パラパラ降り続ける。
「リヴァイアサン序説」ようやく読了。
著者ウォルツァーの文体はかなり「硬い」感じ、
ようやく慣れてきた頃に読み終わるというタイミングの悪さ。
「本家」ホッブズを読んだ上で再読決定。
とりあえず「本家」は今日図書館から借りてくるつもり。
ところでいわゆる「現実」と向き合えない若者は増えているのか。
自分に「不都合な真実」を認めようとしない模様。
勝手に「テンパって」は「魂を飛ばす」始末。
「盲動」の後に「見かけだけの反省」を繰り返す。
口とは別にその行動は「わずかな成功体験」にこだわり
やがてくる「破局」をいたずらに待つのみ。
彼ら彼女らはなぜ
そんな「ちっぽけで間違ってばかりいる自分」を認識できないのだろう。
「同じような仲間」と一緒に
感じている不安をまぎらわせるための束の間の「笑い」に走り。
それが結局は「堂々めぐり」であることも知らず
日々を「ごまかしやりすごそう」として。
おやおや。
この姿は若者ばかりでなく見られるもののよう。
まして「大人」が彼ら彼女らの親であるならある意味仕方のないことか。
そうした「負の教育」については
できるだけその影響を少なくしたいものではあるけれど。
そして、貧しい「現実」は続く。
「リヴァイアサン序説」ようやく読了。
著者ウォルツァーの文体はかなり「硬い」感じ、
ようやく慣れてきた頃に読み終わるというタイミングの悪さ。
「本家」ホッブズを読んだ上で再読決定。
とりあえず「本家」は今日図書館から借りてくるつもり。
ところでいわゆる「現実」と向き合えない若者は増えているのか。
自分に「不都合な真実」を認めようとしない模様。
勝手に「テンパって」は「魂を飛ばす」始末。
「盲動」の後に「見かけだけの反省」を繰り返す。
口とは別にその行動は「わずかな成功体験」にこだわり
やがてくる「破局」をいたずらに待つのみ。
彼ら彼女らはなぜ
そんな「ちっぽけで間違ってばかりいる自分」を認識できないのだろう。
「同じような仲間」と一緒に
感じている不安をまぎらわせるための束の間の「笑い」に走り。
それが結局は「堂々めぐり」であることも知らず
日々を「ごまかしやりすごそう」として。
おやおや。
この姿は若者ばかりでなく見られるもののよう。
まして「大人」が彼ら彼女らの親であるならある意味仕方のないことか。
そうした「負の教育」については
できるだけその影響を少なくしたいものではあるけれど。
そして、貧しい「現実」は続く。