嵯峨天皇の勅願で空海が開基、勝軍地蔵菩薩を彫って安置という。
「勝軍」というように地蔵さんでありながら甲冑を着て軍馬に乗った姿をしている。
武将の崇敬篤く、寺領が大きく今も大きな境内を維持されている。
1番から5番まで堂宇は長宗我部元親の侵攻の際に焼失したものが多い。
江戸時代安永年間に五百羅漢堂が作られ、焼失したものの復興している。
樹齢800年の大銀杏が見事。
五百羅漢を拝見しているうちに夕暮れとなってお試し遍路はここで終了。
遍路寺はこじんまりしていた。
伽藍や仏像など日頃は美術品的価値を目当てに拝観していたが、遍路はちょっと違う。
行くことそのものが目的であり、あえて言えば立地を愛でるものともいえるのではないか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます