日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

宮崎勤死刑囚の死刑執行に思う

2008-06-17 | ニュース雑感
連続幼女誘拐殺人犯の宮崎勤死刑囚の死刑執行が本日行われたそうです。

鳩山邦夫法務大臣が、わざわざ会見で公表する念の入れようだったようで、一部報道でも言われているように、秋葉原無差別殺人を受けて凶悪犯罪に対する抑止力として執行を利用するという大臣の短絡的な考えから実行されたものではないかと思えてなりません。刑の確定から2年5か月という平均の8年と比べてもかなり早期での執行でした。

この死刑執行、個人的にはどうもシックリこないのです。以前にも言いましたが、私は死刑廃止論者ではありません。ただ、刑の執行の判断は法務大臣の権限ではあるものの、このような短絡的とも言えるタイミングでの死刑執行にはどこか割り切れないものを感じているのです。

もちろん、宮崎勤死刑囚は死刑に相当するだけの重大な犯罪を犯したのであり、執行そのものを問題視するつもりは毛頭ありません。ただ鳩山大臣は「友人の友人はタリバン発言」等を見る限り、およそ思慮深いとは言い難い人物であり、シックリこないのは、そんな鳩山大臣の短絡的な思考回路に、以前から個人的な嫌悪感を感じているからなのかもしれません…。

もし、「凶悪犯罪に対する抑止力として執行を利用する」という考えで、本日の執行がなされたのであれば、それはまさに“見せしめ執行”であることになります。もしそうなら、本来の死刑執行の持つべき趣旨に反する行為ではないかと思うのです。それともう一点、この事件があまりに特殊であり、事件発生から20年がたってはいるものの宮崎死刑囚本人の動機解明が十分になされたとは言えないということも含め、現在再審請求を準備中であったとの話は気になるところです。

今回の秋葉原の事件と同様、孤独な若者の異常な精神状態が起こさせた誤った行動であるという共通点が見えています。宮崎死刑囚の事件はその点では、まさに“孤独な若者の暴走事件”のはしりとも言える存在であり、再審も含め宮崎死刑囚の執行延期を前提とした更なる原因解明は、今後の同種の事件再発防止においても有効な手立てを見出したかもしれないなどと、思えてしまうからなのかもしれません。

孤独な若者の犯罪心理解明には、数少ない“重大な症例”を入念に分析することは、間違いなく再発防止を考える上で役に立つことに違いないと思います。新たな“重大な症例”が発生した直後であっただけに、本当に今回の大臣の判断でよかったのか、私の個人的な好き嫌いは別にしても、関係者はじめ多くの人にどこかシックリこないものが残ったのではないかと思えてならないのですが、いかがでしょうか。