温泉ファンからフューチャーされている温泉施設は、わかりにくい立地だったり、寂しく鄙びた風情だったり、陋屋然とした建物だったりと、一般的な観光客が志向するラグジュアリや瀟洒な佇まいとは逆ベクトルの施設が多い傾向にありますが、今回訪れた氷見市郊外の「神代温泉」もその典型例でして、カーナビをセットして辿り着いたその目的地は、集落から離れて山の方へどんどん進んでいった谷戸の谷頭、昔話でタヌキかキツネが化かし合いを繰り広げていそうな、昼なお暗き辺鄙な里山の中であり、薄気味悪い茂みの手前に、風雪に耐えること幾星霜、草臥れまくった旅館と思しき建物が1軒ぽつんと佇んでいました。車寄せの前の池はすっかり干上がっており、本来水が張ってあるべきところには、タイルの破片が散乱していました。その怪しげな雰囲気に不安を抱いて腰が引けてしまったのですが、玄関には「営業中」の札が掛かっていたので、ホゾを固めて戸に手をかけました。
訪問者を不安に陥れる外観とは裏腹に、この温泉を訪れたファンが異口同音で各自のサイトにて紹介しているように、受付のおばちゃんはとても明るくおしゃべり好きで、私が戸を開けて挨拶しますと、お湯について立て板に水で説明してくださいました。曰く、お湯は湧いたまんまの状態であり、湧いた直後は無色透明だけれども、鉄分が参加して強く濁ってしまうんですよ、とのこと。必要最小限の照明しか点けていない薄暗い館内にはひょうたんがたくさんぶら下げられていたのですが、これが何を意味するのか、初見の私にはわかりません。こちらはかつて旅館業を営んでいたんだそうですが、現在は日帰り入浴のみの営業に限定しているんだとか。
昭和レトロという使い古された表現では片付けられない、トワイライトゾーンのような得も言われぬ空気感の中、トイレ(ぼっとん)の前を左に曲がり、緩やかなスロープを下って脱衣室へ向かいます。脱衣室は棚と籠が用意されているだけの至ってシンプルなものですが、扇風機が一台置かれており、後述する個性的なお湯に浸かった後には、この扇風機が大活躍しれます。
お風呂は男女別の内湯が一室ずつで、浴槽傍に置かれた石灯籠やV字をクロスさせた壁の模様などが目を惹く浴室からは、全体的に暗い色で覆われており、長い歴史の面影が深く沁み込んでいることが如実に伝わってきます。洗い場にはシャワー付き混合水栓が2基設置されていますが、お湯・水ともに吐出圧力は弱めでした。
まわりを岩で飾っている浴槽は、一見すると5~6人入れそうな容量がありますが、手前半分が浅くなっているので、全身浴できるのはせいぜい2~3人といったところ。受付でおばちゃんが教えてくれたようにお湯は鉄分の存在を主張するような黄土色に強く濁っており、透明度は殆どありませんから、浴槽内のどこで深くなるのか目視できず、足の裏で探りを入れながら浅深の境界を見つけることになります。
お湯はバルブ付きの黒い塩ビ管からドボドボ注がれており、湯船ではやや緑色と赤みを帯びた黄土色に強く濁り、完全掛け流しのお湯が溢れ出てゆく浴槽の縁は、温泉成分によって恰も漆器のように美しい色合いにコーティングされていました。湯口のお湯を口にしてみますと、とっても塩辛くて金気味、特に鉄分が強く、一度お湯を口に含んだら、水でちゃんと濯がないと、濃い塩気と金気で口腔内が窄まってしまいそうです。嗅覚面では金気臭や臭素臭、そしてアンモニア臭が漂ってきました。
こんな濃いお湯ですから当然ながら体への負担も強く、入浴してから2~3分で心臓がバクバクと激しく拍動しはじめ、決して長湯できず、2~3分浸かっているだけでも一旦湯船から出ないと、体がヘトヘトになってしまいます。圧倒的な豪腕でボディを攻めてくるパワフルなお湯ですから、お湯と真っ向から対峙しながら湯船に入ったり出たりを繰り返しましたが、それでも私は30分が限界でした。またこの時は私以外にも、富山県内や愛知県からのお客さんがいらっしゃいましたが、皆さんもお湯の濃さに音を上げて短時間で上がっていきました。だからこそ、湯上がりには脱衣室の扇風機が非常に役に立つのであります。
鉄分が多い強塩泉は青森から富山までの日本海沿岸に点在していますが、神代温泉はその典型例ですね。鄙びた風情からは想像できない非常に力強いお湯であり、温泉が持つ驚異的なパワーを体感させてくれました。あたりが雪に覆われる冬に入れば、きっとその頼もしい温浴効果が本領を発揮してくれることでしょう。
ナトリウム-塩化物強塩泉 45.4℃ pH7.14 33L/min(掘削自噴) 溶存物質20.325g/kg 成分総計20.344g/kg
Na+:7086mg(86.73mval%), NH4+:6.89mg, Mg++:126mg(2.92mval%), Ca++:679mg(9.53mval%), Sr++:33.4mg, Fe++:3.20mg,
Cl-:11863mg(98.95mval%), Br-:109mg, I-:8.46mg, HCO3-:116mg,
H2SiO3:50.2mg, HBO2:176mg, CO2:19.6mg,
富山県氷見市神代3021 地図
0766-91-1210
10:00~21:00
500円
備品類なし
私の好み:★★+0.5
昔ながらの風情があるお宿だったのですね。いまは入浴営業のみとのことで、もう当時のような体験はできないのが残念ですし、いまは混浴ではなく男女別になっていますが、きっとお湯は当時と同じままですから、もしシローさんが再び入浴できる機会がございましたら、当時の旅の想い出が鮮明に蘇ってくるかと思います。おっしゃるように、いつまでも残ってほしいですね。
20年以上前だと思いますが、たまたま日本全国宿泊帳で温泉マークを見つけてその理由だけで泊まったことがあります。確か夕食などは食べ終わったらお膳を廊下に置くようなシステムの旅館でした。
当時は混浴でしたよ。混浴と言ってもコの字型の浴槽で奥がつながっているという半混浴でしたが、風情を感じて一晩に何度も入った経験があります。
こういう宿なくならずにぜひ残して欲しいですよね。
富山には他にも