OBERON 日記

1999年1月25日。パソコン通信から始まった公開日記。
できれば、死ぬまで続けたい・・・(爆)。

包容力って、習得できるものなんでしょうか(爆)

2007-12-03 22:56:47 | Weblog
好きなことに関して「熱く語る」人って、嫌いじゃない。っていうか、けっこう自分自身が「熱く語る」タイプだから、それを拒否しちゃうと、かなり惨めなことになっちゃうんだよね(^^;。

ただねぇ~、「熱く語る」人の中に多いのが、強い思いがあるばっかりに、否定が多くなったり、見下した言い方をするタイプの人。これは、残念ながら、かなり嫌な感じなんだなぁ~。自分が、そうじゃないという自信は、まったく無いんだけど・・・だから、自分も含めて、嫌な感じだと思う(^^;。

それに比べて、そこはかとなく内に秘めた熱さを感じるんだけど、表はクールって人が、最近は好みだなあ。特に、若い人で、そういう人に出逢うと、感嘆しちゃう。だって、若いときの自分を振り返ると、今以上に超ド級の否定人間だったからねぇ。自慢じゃないけど、何から何まで拒否していた気がする(^^;。

よく、年輩のタレントさん、つまり芸能界といわれる世界で生き残ってきた人が、若い人気者のタレントさんに対して「今は思いっきり増長してればいい。今、天狗にならなきゃ、いつなるの?そういう時期を経験するのは、決して悪いことじゃない」って仰るでしょ。

それは、頭では分かるっていうか、フレーズとしては大層耳障りがいいと思うんだけど、実際に増長している若者を、目の前にすると、そんな風に見て上げられる大きさは、わたしには無いなぁ。反発や拒否って若者の特権だと思うし、俺様気分も年取ってからだと醜すぎるから、若いうちに堪能しておいてもらうのがいいと思うけど・・・まだまだ、俺様キャラの人と接していると「あ~、めんどくせぇ~」と思っちゃう。そんな、わたしが一番めんどくさいかな(^^;。

ただね・・・最近になって、増長した若者より醜いはずの、年輩の増長者を許している自分にビックリすることがある。とはいっても、その感情を突き詰めていくと・・・諦めっていうか、見放してるに等しい感情のような気がするんだよなぁ。ということは、若者には期待する気持ちがあるから、まだまだ色々と思うことがあるということかな。それなら、まっ、いっか(^^;。

諦めるとか、見放すとか、無関心でいるとか、そういう背を向ける感情に手助けしてもらって、鷹揚なふりをするのは、増長より見苦しいよね。けど、あれも許せない、これも許せないと、ありとあらゆるものに喧嘩を売るほど、エネルギッシュにもなれない。懐深く本気で抱擁する力が欲しいものだと思うけど・・・そんなもの、はたして手に入れられるんだろうか。自分という人間を考察するにつけ、無理だという結論しか出てこない(爆)。

そういう包容力のある人って・・・やっぱり資質っていうか、いわゆる才能って奴なんだろうか・・・それとも、何かしらの経験を通じて与えられたんだろうか・・・それとも、本人の修練で手に入れたんだろうか。ほど遠い場所にいる身としては、いくら考えても分からないなあ(涙)。