NHK BSPでやっていた「新作歌舞伎 風の谷のナウシカ」を見た。
「風の谷のナウシカ」は、まず宮崎駿の原作コミック全7巻があり、その2巻の途中までがアニメ映画になっている。歌舞伎版は原作準拠で7巻までやるというので、公演の発表時から注目していた。
映画版は、途中までというだけでなく、設定もストーリーも原作とは大きく違っている。原作はトルメキア王国と土鬼(ドルク)諸侯国連合という二大国の戦争「トルメキア戦役」と、その顛末を描いた物語だが、映画版は土鬼が存在しないため、敵がなんだかはっきりしないことになっている。
真の敵がいないので、クシャナが王道楽土を築くためとかいう意味不明な理由で攻めてきて、嫌われ役を担わされている。
原作のクシャナは違う。常に冷徹な判断を下せる優秀な軍司令官だが、母親が侮辱されるとガチギレし、部下が戦死すると猛烈に不機嫌になって悲しみのあまり髪を切る。もう一人の主役と言ってもいい扱いになっている。
で、この歌舞伎版は最初からクシャナ推し。原作では段々この人いいかも、好きかもとなっていくのだが、最初から正義側のポジションな雰囲気。我々は原作通り行く、と歌舞伎界が宣言しているかのようだった。
だが、僕が好きなクシャナ関係のエピソードは一部省かれた。城門から出ると待ち構えている土鬼の射線に捕まるという理由で、城壁を爆破して、その穴から出撃する奇襲作戦立案(そしてクロトワが「兵学校の答案なら零点だよ」と呟く)と、ナウシカを守って死んだカイ(トリウマ)を「食料にせず丁重に葬ってやれ」と指示するところ。カイは舞台に出てきて倒れたりもしたので、あれはやって欲しかったな。
ナウシカは尾上菊之助。僕は歌舞伎素人だが、きっとこの人しかやれなかったんじゃないかと思う。小柄で顔が整っているから。クシャナの中村七之助がでかいので(クシャナは原作でも長身)、対比としてもよかった。
全体的に和風アレンジな世界観の中で、クシャナが唯一金髪で若干浮いてた。ナウシカも茶髪にするとか、セルムも金髪にしてもよかった気がする。または、クシャナも黒髪にするとか。原作まんまの装甲ティアラ?でクシャナ感は出せてたので、黒髪でも良かったかな。
ヴ王が痩せてる。歌舞伎界には太った人がいないのかもしれない。マニの僧正の目が見えてるようだ。盲目の表現はNGなのかも。彼の死と引き換えに活路を開いた「行け、友よ!」の叫びが原作通りで良かった。
ミラルパとナムリスが坂東巳之助の二役。兄弟感を出したかったのかもしれないが、見た目を揃えるとミラルパが脳移植をせずに長生きしてること、ナムリスが手術を繰り返して若い肉体を持っていることが分かりにくいんじゃないかと。あそこは原作未読の歌舞伎ファンがついて来れてるか疑問。
とはいえ、原作の難解さを少しでも分かりやすくしようという努力は随所に感じた。かなり早い段階で腐海の役割について言及があるし、全てが旧時代人の仕掛けであることも、早めに何度か仄めかされる。それでも時々「おじいさんおばあさんたち、ついて来てるー?」と画面に向かって声をかけたくなったが。
テトは黒子が動かすぬいぐるみ。王蟲は模型。巨神兵はセット。だが、王蟲と巨神兵はそれぞれの「精」が人の姿で登場して歌舞伎的な抽象表現でナウシカと対話したり敵と対決したりする。歌舞伎でも十分ああいうのを表現できるんだなと感心した。
ユパとアスベルが王蟲の培養槽を破壊するシーンが長い。本作の宣伝文句で「本水」とあるのは、そのシーンである。原作通りっちゃーそうだけど、そんなに暴れる?というくらいユパが派手に立ち回る。ユパ役が半沢に出たりして人気の尾上松也だからだろうか。ユパについては、酒場で嫌われている蟲使いを助けるシーンがちゃんとあったりして、マニアックだなあと思った。
取り留めなく感想を書き殴ってきたが、まとめとしては、まず原作通りにやろうという心意気を感じる全体の作りに拍手。さらに、歌舞伎って結構なんでもやれるんだな、と。伝統芸能ならではの縛りがあるんだろうと思っていたけど、柔軟な発想でナウシカ世界を再現できていた。それでいて、見栄を切るっていうの?をユパやクシャナが節目でやったり、音羽屋!と声がかかったり、三味線とかの合奏が見せ場になったり、慣習的な要素もしっかり入って歌舞伎になっていた。テレビだけど、生まれて初めてちゃんと全部見た歌舞伎、かなり良かったです。保存用にブルーレイに焼いたほど。
左がクロトワ、右がクシャナ。
左からカイ、ナウシカ、クシャナ、クシャナのトリウマ、クロトワ。
ナムリスがミラルパの沐浴槽に毒を入れるところ。ここは分かりにくかった。
ナムリスとヒドラ。ヒドラかわいいよヒドラ。
左からチャルカ、ナウシカ、チクク。チククがマルコメくんっぽかった。
ユパも見せ場が多めに用意されていた。
新婚のナムリスとクシャナ。
左が道化、右がヴ王。シュワの墓所でのヴ王の名言。