のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

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『修理屋(フィクサー)』

2009-01-03 | 
あけました。
おめでたいのかどうか、のろにはわかりません。
「よろしく」という言葉は嫌いなので申しません。

こんなことだから生きるのが面倒くさいんだろうなあ。




「キートンの西部成金」の一場面より。
ご覧になりたいかたはyoutubeにて、キーワード buster keaton go west で検索してくださいまし。ありがたいことに、全編UPされております。
日本では何故かDVDになってもいないマイナーな作品でございますが、たいへんキートンらしい一本ではないかと存じます。
即ち作る側はひたすら笑いのみを目指しているスラップスティック喜劇でありながらも、奇妙に詩情と哀愁が漂う点において。
決して意図的に演出されたものではない詩情と哀愁、ここがポイント。


年末にお仕事が舞い込んだため、今年のお正月も18きっぷ遠足はしないことにいたしました。ひとえにのろの力量のなさと「集中して、やるべきことをちゃっちゃと済ます」ということができない散漫な性質ゆえ。ああまったく。
ともあれ、移動中に読もうと思っていた本は自宅で消化することとなりました。
よって今年の初読書はバーナード・マラムード(マラマッド)の『修理屋』(1969 早川書房)でございます。

「必然」はスピノザを自由にし、ヤーコフを監獄に閉じこめた。スピノザは思索を通じて宇宙に達したが、ヤーコフの貧弱な思考は監房の中に封じ込められていた。
おれはスピノザと比較できるような人間ではないではないか。
彼は以前学んだ生物学を想い出そうとつとめ、頭に想い浮かべられるかぎりの歴史について考えてみた。神は歴史の中に姿を現わし、歴史を自分の目的に利用したと言われているが、そうとすると、神は人間に対して何の憐れみも持っていなかったわけだ。
p.259

革命前、ニコライ二世統治下のロシア。
レンガ工場のほど近くで、身体をめった刺しにされた子供の遺体が発見されます。
工場で監督として働く主人公ヤーコフはユダヤ人であるというだけの理由から、無実の罪で逮捕され、起訴すらされないまま、いつ果てるとも知れない屈辱的な監獄生活を強いられます。(なんともグアンタナモでございますね)*注
獄吏らによって加えられる激しい暴力と辱め、彼を是が非でも殺人犯に仕立て上げようとする官吏の不正や偽証、宗教熱に浸りきったキリスト教聖職者による弾劾と「悔悛」の勧め、保身を計った囚人仲間による厚顔無恥な裏切りなどなどによって、ヤーコフは何度も絶望の淵に叩き込まれます。
何度も、と申しましても、ある絶望的状況から這い上がるたびに再び、ということではなく、ある絶望的状況から、さらに一層ひどい絶望へと蹴落とされるのでございます。
映画『パピヨン』を彷彿とさせる劣悪な監獄生活の中で、ヤーコフに加えられる不当な精神的・肉体的暴力はまことに卑劣かつ残酷でございます。しかもそうした暴力は、正義を自認する検事や聖職者、そしてよき市民を自認する反ユダヤ主義者たちによってなされるのでございます。小説とはいえ、新年早々はらわたの煮えくり返る思いで読まねばなりませんでした。

しかし。
自身もユダヤ人である作者がこの作品の中で訴えているのは「ユダヤ人は偏見の中でかくもひどい目にあってきた」という狭い範囲での抗議のみではございません。それは原爆、冷戦、赤狩り、ケネディ暗殺、そして大戦後も各地で勃発する戦争と市民の犠牲といった、あとがきの言葉を借りるなら「ヒューマニズムを圧殺しようとしている現代の不合理な社会現象」への抗議であり、描かれているのは20世紀初頭のロシアにおける人種差別という限定された問題のみならず、自由と正義をめぐって人間はどういう態度を取りうるのか、という問題でございます。

今後一年-----どうなるやらわかりませんけれども-----、もし生きるとすれば、のろはこの作品のことをしばしば考えつつ生き、生活することになりましょう。

「...だから、今は生命の心配なしに眠るがいい。なんとか監獄を出られたら、自由の目的はひとのために自由を創り出すことにあるのだということを忘れないように」p.402

ああ、ビビコフさん。
だけどあなたは。



*注この設定は1913年に実際にロシアで起きた「ベイリス事件」を下敷きにしております。13歳の少年が何者かに殺害され、レンガ職人であったユダヤ人メンデル・ベイリスが「儀式殺人」の疑いで逮捕されたのでございます。「ユダヤ人は過ぎ越しの祭の際、キリスト教徒の血で練ったパンを食べる」という迷信に基づくでっちあげ逮捕でございました。ベイリスは2年間の拘束の後無罪を勝ち取りました。
この迷信にもとづく不当な弾圧の例は他にもあり、ベイリス事件の約十年前には、やはり儀式殺人のかどで無実のユダヤ人青年ヒルスナーが逮捕され、死刑を宣告されております。彼は当時大学教授でのちにチェコスロヴァキア初代大統領となるトマーシュ・マサリクの活動により、その後再審が認められ減刑、恩赦されました。


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