今日地方銀行に電話をかけました。2人の銀行マンにです。
同じ銀行の本店・支店でしたが、「ムッ」とくる応対でした。
こちらが定年前の団塊世代とわかると、私の想像外の発言になりました。
自己紹介で、来年Uターンで岡山に帰るとまず伝えました。
定年後の生活設計のための銀行との付き合いをお願いしたい旨話しました。
家や事業のため、退職金や年金を担保の融資のことに話が及ぶと
「最近多いんですよね、そういうのが」と突然口調が変わりました。
驚きました。まさかそんな風に言われるとは思っていませんでした。
世の中では、「団塊世代」の2007年問題とか少しは注目を集めていると思っていました。
好意をもっていてくれるとは思っていませんでしたがこんなに否定的とは。
完全な思い違いをしていました。
退職金や年金による消費活動、音楽村や地域通貨発行で地元の活性化を図ろう思っていたのですが。
威張った言い方をしたのか考えましたが、思い当たりません。
この銀行にとって、団塊世代は「お荷物」だったのです。
まして定年退職のUターン組、は「落ち武者」だったのです。
ご当地の銀行にとって、私は素性のわからない人間になっていたのです。
「銀行から遠くお住まいの為、ご足労いただくのが申し訳ない」との一流の断り文句とともに。
今日はっきり、わかりました。団塊世代は城(会社)にいる間に手を打つ必要があります。
「人や法人へのお願い事は在職中にやるべし」と。
人間としての志や誇りを見てくれるのではなく、実利が優先するのです。
今日思い出して良かったと思いました。銀行の本質を。退職までまだ1年8ヶ月あります。
日曜日に観た「華麗なる一族」の一部をスケールの差はあれ、まさか自分が体験しようとは思いませんでした。
久しく感じたことのない怒りがふつふつ涌いてきて抑えるのに、時間がかかりました。
こんな手合いに負けません。
同じ銀行の本店・支店でしたが、「ムッ」とくる応対でした。
こちらが定年前の団塊世代とわかると、私の想像外の発言になりました。
自己紹介で、来年Uターンで岡山に帰るとまず伝えました。
定年後の生活設計のための銀行との付き合いをお願いしたい旨話しました。
家や事業のため、退職金や年金を担保の融資のことに話が及ぶと
「最近多いんですよね、そういうのが」と突然口調が変わりました。
驚きました。まさかそんな風に言われるとは思っていませんでした。
世の中では、「団塊世代」の2007年問題とか少しは注目を集めていると思っていました。
好意をもっていてくれるとは思っていませんでしたがこんなに否定的とは。
完全な思い違いをしていました。
退職金や年金による消費活動、音楽村や地域通貨発行で地元の活性化を図ろう思っていたのですが。
威張った言い方をしたのか考えましたが、思い当たりません。
この銀行にとって、団塊世代は「お荷物」だったのです。
まして定年退職のUターン組、は「落ち武者」だったのです。
ご当地の銀行にとって、私は素性のわからない人間になっていたのです。
「銀行から遠くお住まいの為、ご足労いただくのが申し訳ない」との一流の断り文句とともに。
今日はっきり、わかりました。団塊世代は城(会社)にいる間に手を打つ必要があります。
「人や法人へのお願い事は在職中にやるべし」と。
人間としての志や誇りを見てくれるのではなく、実利が優先するのです。
今日思い出して良かったと思いました。銀行の本質を。退職までまだ1年8ヶ月あります。
日曜日に観た「華麗なる一族」の一部をスケールの差はあれ、まさか自分が体験しようとは思いませんでした。
久しく感じたことのない怒りがふつふつ涌いてきて抑えるのに、時間がかかりました。
こんな手合いに負けません。
岡山に住んでから10年以上たちました。気候も温暖で、潤沢な水量の大河を抱え、肥沃な平地が広がり、交通の要衝でもある。そして人々も勤勉で教育熱心。しかし、今ひとつ地域としての活気が感じられない・・・
以前いた部署でイベント関係の仕事に携わっていた時に、しきりに耳にした言葉があります。それは「やっちもねえ」という方言です。元々は「やってもしょうがない」という意味なのでしょうが、この方言を耳にするとき、(ごくたまにですが)「理想」を追求する者に対して、斜めから嘲笑するニュアンスを感じるときがあります。新しいことを始めようとすると「やっちもねえ~」、現状を改革しようとすると「やっちもねえ~」。私の生まれ育った神戸では、こういうニュアンスの方言は存在しなかったんです。
私はこの方言が岡山の発展を阻害する「何か」を端的に表していると思っています。
でも、元ベース弾き様は逆に闘争心が沸いてきているんですね。備北の皆さんは県内でも「熱い」方々が多いように思います。高梁に住んでいた頃、『松山踊り』に参加して、「岡山の人ってこんなに情熱的なんや~」と感動したことを思い出します。このエントリーを見て、私自身も「やっちもねえ~」に染まらないように、仕事せにゃおえん!と勇気づけられました。
ついつい長文になってしまいました、すみません。
久しぶりに感情的になりました。相手にはぶつけませんでしたが。
かみさんから文章が怒っているとからかわれました。
その方言は、あります。久しぶりに思いだしました。
障害は今後もあるでしょうが、負けないようにします。
気の短い私ですが、応援願います。
私から見たら「団塊世代」は両親世代です。
これからの問合せに、いくら地方とはいえ銀行が
そのような対応をするとは思いませんでした。
驚きと寂しさと腹ただしさの感情が入り混じります。
障害はあると思いますが、頑張ってくださいとしか
言いようのない自分です。
私が具体的なことを話す前の反応ですから、銀行は私の支払能力はわからないはずです。ということは、年齢から判断したのでしょう。退職金額や企業年金、公的年金額の平均値から焦げ付きの心配をしたのでしょう。もしくは団塊世代に対する嫌悪が個人的にあったのかも知れません。
どちらにしても、こんなことで夢を諦めるつもりはありません。励ましありがとうございます。
反面私も同世代ですから、同様の扱いをされた事が有りますので、「元ベース弾きさん」の心情もよく分ります。
よく巷で全国サラリーマン世帯の、平均的預金高「うん千万」なんて耳にしますが、皆さんそんなに預金があるんですかね。
それが事実なら、我家の場合など毎月生活していくのが精一杯で、皆さんが羨ましい限りです。
私が一人っ子で、両親の入退院・看病・葬式・法事の費用・墓地・墓石・仏壇の購入費用で出費し子供の学費から結婚費用まで、我々夫婦で頑張って来ました。
どこの家庭でも、多少の差は有れ皆さん遣って来られている事だと思いますが。
毎月給料が口座に振り込まれ、税金・ローン等の支払で引き落としされ、残りを生活費に当てる。
多少の金額は、預金として残るかもしれませんが、そんな状態で、預金高「うん千万」に成ると思いますか?
でも金融機関の判断は。違うんですね。
平均的預金高「うん千万」の・・・、ちょっと落として「うん百万」の預金客しか、顧客として見ていません。
団塊世代だから、この位の預金高があって当たり前、その金融機関のボーダーライン以下は、顧客ではないのですから先ほどの対応があっても、仕方がないのです。
私の場合は、正しくその通りでしたね。
しか~し、負けちゃあいられません!
「人生まだまだこれから、夢があるうちは青春だ!」・・・と思いつつ頑張っています。
頑張らなくては!
別の銀行に電話した時は親切でした。
人によって対応が異なりました。
良い勉強になりました。