元ベース弾きの田舎暮らしは

60歳で田舎にUターン、素人の「米と野菜」作り
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67歳の正月とは

2016年01月02日 | ふるさと
60歳を超えたあたりから、正月への考え方も変化。

嬉しいことといえば、子供たちの帰省。今回は東京から、三女・四女の「独身組」の「帰還」。
めったに会えない娘たちが帰ってきて、都会の暮らしを喜々として話します。
仕事の辛さや金銭的な厳しさはあるものの、遊びや買い物、イベントの多さはさすが東京。

娘たちが母親に甘えている姿も正月ならではの光景。
大晦日に、一緒におせちを作る様子は、まるで臨時の「料理教室」。
娘たちにちゃんと料理の手ほどきをしなかったためか、何も知らない娘たち。
重箱に詰め完成した料理は、出来はともかく、みんなが満足。達成感があるのでしょう。

年越しの「けんちんそば」は岡山県北のみらしい。
昔から「煮干し」で出汁を摂るため、頭や黒いはらわたを除くのが私の唯一の手伝い。
けんちんの由来を長々語ると、聞き飽きたと言わんかりの娘たちの顔。
油でいためた豆腐と野菜のたっぷり入ったそばは、何よりのごちそう。私の大好物です。

     

子供のいる長女、次女は東京で、家族水入らずの正月。
元日にLINEのライブカメラで、孫たちのリアルな「今」を見せてくれ、おめでとうのあいさつ。
孫たちの成長とともに、「母親へと変化する」娘たちの成長も嬉しいもの。

どさっと届いた年賀状。これを読むのも楽しみの一つ。
近況報告や趣味への没頭の様子。一人一人の顔が浮かびます。
その中には、今年を最後に「筆を置く」との賀状も数枚。
年賀状のみの付き合いとはいえ、糸がきれたとの想いは寂しいもの。

年末に喪中欠礼も数多い年でした。
ショックだったのは、本人が亡くなり、家族からの連絡で逝去の判明が四人。
訃報も数年前までは、親や兄弟でしたが・・・。

前期高齢者に突入して数年。残りの人生を考えるようになりました。
健康で正月を迎えられたのは幸せなことかもしれません。
子供や孫が「平和」な時代を迎えられるようにするのが、私たちの世代の義務。
私は今の仕事を通じ「社会に貢献」することを誓った正月です。
コメント
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