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仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

電話ボックスの兄妹

2021年07月16日 | いい話

『あなたの涙そうそう』(2005/8/・TBS「あなたの涙そうそう」プロジェクト編纂)から、もう一話。

 

電話ボックスの兄妹

 

仁平井清次(74歳)東京

 

まだ大人も子供も手軽に利用でさる携帯電話が普及していない時代でした。今はもう撤去されてない団地の電話ボックス跡を時折、通り過ぎるたびに、私には心は鮮明に浮かんでくる光景があります。

 カードで電話をかけようと思い立って公衆電話に立ち寄ったある夏の日の昼下がりのことです。不快指数もさぞやと想像できるくらい、老人にはこたえる蒸し暑い日でした。

 ちょうど団地の公衆電話ボックスの近くに小学生らしい兄妹がいて、うろうろしながら電話をかけようかと迷っている様子でした。「君達、電話をかけるなら早くしなさい」。暑さにいらいらしていた私は、荒々しい声になっていた覚えがあります。

 私に促されて決心がついたのか、二人は顔を見合わせながら電話ボックスに入りました。ボックス内から直射日光の熱気でうだるような空気が流れてきました。少しでも涼しい外気を入れようと思ったのか、閉まってしまうドアを必死で押えていた兄らしい男の子は、私が支えてやると嬉しかったのかペコリとお辞儀をしました。

 「お兄ちゃん、本当に番号知ってるの? 電話かけられる?」。女の子が、不安でたまらないのか心配そうに見上げています。

 「大丈夫。絶対間違いないよ。ちゃんと書いたんだから」。妹に聞かれて男の子は頷いてしわくちゃのメモを取り出しました。

 「お金、これだけしかないからね。あんまり長く話しちゃあ駄目だよ。遠い所だからね」。兄らしい男の子は噛んで含めるように説明しながら、握りしめている汗だらけの百円玉を二つ見せました。おかっぱ頭の女の子は大きく頷さました。興奮しているのか彼女のほっぺたは真っ赤で、心なしか期待で小さな体が小刻みに揺れている感じでした。

 深く息を吸い込むと、男の子は緊張した様子で百円王を入れ、紙片に書かれている長距離らしい番号を確かめるようにしてから丁寧にプッシュしました。

「もしもし、お母さん呼んでください。僕、子どものひろしです」。呼んでいるような気配でした。暫く間があって、女の人らしい声が響いてきました。それが母親の声と察したのか、女の子は兄の体をぎゅっとつかみました。

 「もしもし、お母さん? 僕ひろし、ひろしだよ。ここにミカもいるよ」。

電話をかけている少年の顔は紅潮して、汗がキラキラ光って見えました。「お母さん元気? うん、僕達も元気だよ。とってもとっても元気だよ」

 そばに寄り添うようにしていた女の子が、兄からひったくるようにして受話器を取ったのはその時でした。話したいのを我慢していたらしく、その声は早口で弾んでいました。

 「お母さん、ミカだよ。チビとさっき散歩したの。それから学校の水泳で二本線になったよ。夏休みの宿題だってちゃんとやってるから」。女の子は鉄砲玉のように、およそ聞いていて脈絡のない近況を一気に話し始めました。

 「ピーつて鳴ったら教えるんだよ。お金入れなさや電話切れちゃうからね」 背後で男の子が呼びかけましたが、女の子は一切かまわず話し続けていました。

 「お母さん、新しいお母さんもいい人だよ。靴も買ってくれたの。優しい人だよ」。話しながら、唐突に彼女は兄の方を振り向きました。「ピーつて鳴ってるよ、鳴ってるよ」。「話してていいよ。お兄ちゃんがいまお金入れるから。大丈夫」。男の子は汗まみれの最後の百円玉を慎重に入り口から押し込みました。

 伸び上がるように話していた女の子は、急に涙声になりました。「お母うん、ミカね、やっぱりお母さんの方がいいよ。お母さんがいないと寂しいよ。お母さん、どうして行っちゃったのよ、どうして?」

 聞いていて、なんとなく兄妹の置かれている状況が私には察しがつきました。さっと両親が何らかの理由で離婚してしまい、再婚したお父さんに引き取られた子供達が、遠方に住んでいる実母にひそかに連絡しているのだと思いました。

 いつまでも話しをやめようとしない妹の手から受話器を強引に奪い取った男の子は、残り少ない時間を気にしてか思い詰めた口調になっていました。「お母さん、もう電話できないよ。お父さんに怒られるから。もうしないよ」

 男の子の目から涙がとめどなく溢れて、頬に流れ伝わっていくのが見えました。母らしい人の鳴咽の声が漏れてきて、私にも聞こえる程になっていました。「お母さん、大人になったらミカと一緒に会いに行くからね、さっと行くからね」

 言い終わってから男の子は、首を伸ばして待っていた妹に受話器をしっかりと握らせました。飛びつくようにして受話器を取った女の子が、怒鳴るようにして大声で叫んでいました。

 「お母さん、大好きだよ。お母!ん、大好きだよ」。ピーと通話終了を知らせる合図の音が継続的に響さました。

 「お母さん、ミカ、お母さんのこと忘れないからね。お母さん、大好きだよ」。途中で電話が切れたようでしたが、女の子は何度も何度も同じ言葉を繰り返し続けました。私は聞いていて涙が止まらなくなって、恥ずかしかったのを覚えています。

 電話ボックスから出てきた二人の表情は、何故かとても爽やかに見えました。それ以来会ったことはありませんが、今頃どうしているかと思うと胸がキューンとなります。(以上)

 

 

 

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